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※引き続きシエル視点です



「マリアさんは、こちらでの生活を着実に送っているように見受けられるが」

 商業ギルドの方々としていたやりとりから、彼女はこちらの世界で、職人として歩み始めていると感じた。


「こちらで新しい人生を生きる。そう考えるのは、マリアさんにとっては難しいことだろうか」


 あちらに自分の産んだ娘を残していれば、難しいかも知れない。

 そう思いつつも、尋ねてみた。


「新しい人生、ですか。夫と結婚していなかった若い頃の私が、シエルさんみたいな人とお付き合いを始める、とかでしょうか」

 少し首を傾げて、こちらを見上げるようにするマリアさん。


 ドギマギして、挙動不審になりそうだ。

 これは、あざと可愛いというやつか。

 普段ならスルーするところだが、マリアさんにされると、どうすればいいのかがわからない。


 そう。私たちは若返っている。

 今までの人生がなかったことにはならないが、若返ってお互いに出会った。




「こちらで若返った私として、新しい人生を歩む。確かにそういうのも、素敵かも知れないですね」

 少し楽しそうにうふふと笑われ、さらにうろたえる。


「その、……マリアさんのような素敵な女性が、そんなことを口にすると、本気に取られたら厄介かと」

 実際に私は、本気にしそうでドギマギしているのだが。


 視線をうろつかせながら言えば、マリアさんは控えめな笑みでこちらを見る。


「優しくて勇敢なシエルさんが、女性に素敵なんて言うのも、危険ですよ」

「いや、私は……」

 勇敢などではない。そう言おうとしたけれど。


「勇敢でした。あのとき声を上げてくれて。今思えば、シエルさんにとっては、とても勇気が必要な行動だったでしょう。勇気というのは、怖さを感じないことではなく、怖さを抑えて行動に移せることだと何かの本で読みました」


 怖さを感じないことではなく、怖さを抑えて行動に。

 自分の臆病さを恥じてばかりの私には、心強い言葉だ。




「そんなふうに言ってくださるマリアさんだからこそ、……本気にしても、いいのだろうか」


 魔力感知は、人の本質を感じ取ることが出来る。

 マリアさんの魔力は、こんなにも温かい。


 そういえば、マリアさんにも魔力感知のスキルがあった。

 私の魔力はマリアさんにとって、心地良いのだろうか。


 このような話を自分から切り出したことはなかった。

 でも今は、勇気を出すべきところだと、思い切って口を開く。


 ひどく緊張して口にした言葉に、マリアさんは頷いてくれた。


 独身を貫いてきた私にようやく、ひどく遅い春が来た。




 そんなことがあったので、ダンジョンへ向かう頃の私は、完全に浮かれていた。

 米も見つかり、白米と味噌汁という馴染んだ食事、そして和菓子が食べられることも、とても喜ばしい。


 特殊で有益なスキルを持ち、持ち運び可能な転移魔法陣の作成も出来た。

 異世界召喚の勝ち組だと、完全に浮かれていた。


 浮かれた気分は、長くは続かなかった。

 人ごとだと思っていた、夜会の招待状をミナが部屋に持ち帰ってからのことだ。

 私とマリアさんにも招待状が差し出された。


「これは?」

 差し出したガイさんに聞けば、彼は少し苦い顔をしている。

「異世界から来られて、保護している他の二人も、今回の夜会に招かれている。ただし」


 続く言葉の前に、言い淀む彼の様子から、嫌な話だろうとは感じた。

 彼は重い口を開く。

「聖女についておかしな噂を流されていること、二人は知っているか」


「ああ、耳にした。だがあのミナだぞ。見た目は小学生にしか見えない相手に、何を言っているのやらだ」

 魔性の聖女とか、男性を誘惑する聖女だとか。

 とんでもない話になっているとは、マリアさんから聞いている。

 体の年齢がほぼ小学生の彼女に、何を言っているかという話だ。


「そのとおりだ。だから噂を流している者たちは、マリアさんを聖女だと思っているのだろう」

「は?」




 あの噂が、マリアさんを標的にしてのもの。


 思考が一瞬止まってから、一気に不快になった。

 ミナだとしても不快ではあったが、ありえない話だと言い放てるレベルで、馬鹿げた話だった。


 だがマリアさんを聖女と思い、流した噂であれば。

「聖女に誘われたとか、なんとか」

 聖女と肉体関係を持ったなんて話まであったらしい。


 あれは聖女を追い詰め、他に行き場をなくすような意図があったと聞いた。

 なんとも嫌な話だと思ったが、子供相手なら、馬鹿げた話だと突き放せる。


 だが妙齢の女性に対して流された噂なら、本当にひどい悪意だ。

 彼らはその聖女を手に入れて、何をする気だったのか。

 聖女の能力だけでなく、マリアさんという女性を、どう扱うつもりなのか。




「よく考えて返事をしてくれ。特にマリアが出ることで、奴らを誘い出せるが、危険でもある」

「行くわ」


 マリアさんが即答した。

「か弱い女性だから、気が弱そうに見えるから、好き勝手にしていいなんて考える人たちに、負けて逃げ隠れなんて、もうしたくないわ」


 意外にも、マリアさんが毅然と顔を上げている。

 そして彼女の魔力が、怒りを帯びて揺れている。


「シエルさん。雷魔法って、どんなイメージで使ったのかしら」


 マリアさんが、殺る気だ。

 私は引きそうになった気持ちを、踏ん張った。

 ここは引くところではない。引いてはいけない。


「わかった。雷魔法をマリアさんに教えよう。あれはスタンガン的な使い方が出来るから、護身として最適だ」

「ありがとう」

 ふふっとマリアさんは、怒りの魔力に似合わない可愛らしい笑みを浮かべる。




 そうだ。ここはマリアさんの、は、伴侶になる者として、踏ん張りどころだ。


 招待状に添えられた手紙には、外に放つわけではない魔法は使用可能とある。

 もちろん緊急時は、外に放つ魔法も使用可能だ。


 ここはパートナーとして、全力でマリアさんを守ろう。

 結界魔法はもう使いこなせる。


「萎縮して怯えるなんて、もう嫌なの。今の私は魔装具士よ。特別な装備を作り出せる。私は私なりに、戦えるわ」


 ああ、これはマリアさんの勇気だ。

 怖さを押さえつけて、この世界の悪意ある人たちに、立ち向かう勇気。


 魔装具士として、と言うマリアさん。

 だったら、組み込む魔術は私が考えよう。

 優しいマリアさんは、こう口にしても、人相手に魔術を放てないかも知れない。


 悪意に晒されたときに、スタンガン的なものが発動するように、ソルさんと相談してみよう。

 いや、悪意という判定方法は難しいか。

 外に向けて雷魔法を放ったと批難されても面倒だ。


 マリアさんが許可していないのに触れてきた相手に、触れた場所から電流が流れるのはどうだろう。

 触れた場所から流れるだけだ。外へ放つわけではない。


 そちらはミナの装備にも、組み込んだ方がいいだろうか。




「コルセット代わりの下着も広まったし、そちらの商談で知り合いもできたわ」

 怒っているわりに、口にしているのはまっとうな手段だ。


「色々と、返り討ちにする方法はあるわ。シエルさんも色々と助けてね」

「もちろんだ」


 独りで立ち向かうのではなく、私を頼ってくれることも嬉しい。

 私も決意を込めて頷いた。


 異世界から来た私たちを好き勝手に出来ると思う偉い人たち。

 そんな者たちには、徹底抗戦をするべきだ。




 さらにその数日後、ミナの複雑な心境をようやく知った。

 ダンジョンで彼女が姿を消したときのことだ。


 ヘッグさんが、ミナはこの世界で生まれるべき聖女だったと教えてくれた。

 聖女の魂は、本来この世界にあるべきもの。

 それが前回の勇者召喚により、異世界にその魂を飛ばされたため、あちらの世界でミナが生まれた。


 番の竜王を助けるため、回帰というスキルを先代聖女は勇者に使ったという。

 あるべき状態に戻す、なかったことにするスキル。

 とんでもない能力だと言える。


 勇者に竜王が襲われ、命の危機になった。

 その勇者は洗脳状態にあったと、竜王の言葉で先代聖女は知った。


 洗脳という状態異常は、聖女の治癒でも解除は出来ない。

 唯一、回帰スキルであれば、洗脳状態を解除出来ると彼女は考えたのだろう。


 先代聖女は勇者に回帰スキルを使用した。

 しかし相手が異世界から来た勇者であったために、異世界に存在を帰すという現象が発生。


 そのために、聖女は魔力切れで死亡。

 さらに勇者の帰還に巻き込まれ、異世界に魂を飛ばされた。


 つまり前回異世界召喚された勇者は、我々の世界から召喚された者だった。




 ミナはそれらしきことを、この国に来て早々に知ったようだ。

 城に滞在していた頃、自分でスキルの詳細を確認していたとき、ヘルプの情報で知ったという。


 竜人自治区に来る前に、自分はもうあちらに帰れない、帰ってはいけない存在なのだと、ミナは知ってしまった。


 なるほど。それでグレンさんを受け入れたのかと、理解した。




 自分のルーツが、実は異世界にあった。

 それを知り喜ぶ者も、嘆く者もいるだろう。

 ミナは後者ではないかと感じる。


 あちらで菓子職人の専門学校に通い、しっかりと生きようとしていた。

 元の世界の生活で磨り減り、新天地を求めていた私とは、訳が違う。


 遠い世界に連れてこられてしまったことで、泣いていた。

 父親とケンカをしたままだと、泣いていた。


 どれだけ帰りたかったことだろう。

 しかし世界の存続にも関わる役割を持っているからには、この世界の人たちからすれば、帰られては困るのだろう。


 魂の伴侶だというグレンさん。

 彼にしても、ミナが元の世界に帰れば、独りになる。




 私に何が出来るだろうかと考える。


 帰れないことは割り切り、手紙のやりとりがしたいと希望を口にしたミナ。

 難しいそれは、出来ることなら全力で叶えてやりたい。

 マリアさんも希望している。やらなければならない。


 ただ漠然と異世界に手紙を送ると考えれば、難しい。

 たとえば世界を越えて物のやりとりが出来る、小型の転移箱のようなものは、どうだろうか。


 竜人自治区では、遠く離れた竜人の里から温泉を引いている。

 湯を転移する魔道具の本体は竜人の里にあり、竜人自治区には、補助魔法陣の装置があるだけだという。

 魔力などはすべて、竜人の里で賄われているそうだ。


 だとすれば、こちらの世界に魔道具の本体を置けばいいのではないか。

 魔力の補充はこちらの世界でやればいい。

 補助魔法陣の装置を、誰かがあちらに持って行くことが出来れば、実現する。


 もし誰かが帰還できるなら、装置を持ち帰って貰うだけなら可能ではないか。




 ただし、世界を超えることには、きっと莫大な魔力が必要だ。

 たとえばミナが安全に回帰スキルを使用できるほどの、魔力源を用意出来れば。


 竜人の里の魔道具本体も見なければならないが、魔力はどれほど必要だろうか。

 多くの魔宝石を集めれば、可能だろうか。


 考えることが、たくさんある。

 あちらの世界の大人として、出来る最善を考えよう。


ちょっと長くなりましたが、シエルさん編はここでひと区切り。

次回から夜会編に入ります。


シエルさん編がシリアスだったので、ゆるっゆるの短編を勢いで作ってしまい、連載ストックがピンチでヤベエです。

あと下のリンクの無印令嬢、18日金曜日が一般販売開始です。

お兄ちゃんのSSも追加でその日にアップロード予定です。


新作短編や無印も、よろしければ作者名リンクからお付き合い頂けましたら嬉しいです。

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