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※引き続きシエル視点です
王都に向かう途中で、ファンタジーの世界だと感じる出来事があった。
ゲームのような魔獣との戦闘だ。
熊や猪が巨大になったような魔獣がいる。特撮映画のようだ。
さらに恐竜のような魔獣もいて、腰が引けた。
子供の頃、蛇に足を絡め取られて以来、爬虫類がとにかく苦手だ。
無害な蛇だったと言われても、怖かったものは怖かったのだ。
腰が引けたが、グレンさんがあっさりと倒してくれた。
とにかくグレンさんは強かった。そして他の護衛の方々も強かった。
魔獣は、瘴気溜りというものから発生しているそうだ。
その浄化に向かうとの話になり、その道中もまた、映画やゲームの世界に入り込んだような、迫力満点の光景だった。
魔法の盾、魔法の攻撃。
そして常識外れの身体能力を持つ護衛の方々。
極めつけがグレンさんの、鮮やかな身のこなしと、大剣での討伐。
ファンタジーらしい魔獣討伐に、気持ちが浮き立った。
私も何か出来ないかと、魔法解析で彼らの使う魔法の内容を確認した。
なんとなくイメージがつかめたものを、実践してみる。
魔力操作もまだうまく出来ず、難しかったが、雷魔法はイメージがしやすく、魔獣を倒せた。
ゲームのヒーローになったようで、うっかり盛り上がってしまい、声を上げて魔獣を倒していたようにも思う。あとから恥ずかしくなった。
マリアさんの態度が少しぎこちなくなっていたので、言い訳のように「お恥ずかしいところを見せた」と、RPGなどが好きで気持ちが高揚してしまったことを話すと、あたたかい言葉が返された。
「これからこの世界で生きて行くには、そうした能力を発揮できると確認することは、大事ですものね。元気になられて良かったわ」
年甲斐もなく、はしゃいでしまった自覚はある。
マリアさんに引かれなかったなら、何よりだ。
一方ミナは、私がそういう人物だと認識している様子だ。
なんというか、それはそれで、ちょっと微妙な気分になる。
私も大人として、会社などではもう少し落ち着いた人間だった。
ゲームの世界のような場で、はしゃいでしまっただけなんだ。
ミナは『聖女』なだけあり、瘴気とやらを浄化できる。
危険なものを生み出す瘴気溜りの浄化を、快く引き受けていた。
実際に見た瘴気溜りは、黒々と不穏な空気が渦巻き、魔力感知でも近づいてはならない、恐ろしいものだと感じた。
それらがミナに浄化されると、清々しい魔力が世界を巡るように散る。
なるほど、聖女とはたいしたものだ。
ステータスを見て魔力残量には注意をしていたようで、疲れたと言いながらも、ミナは大規模な瘴気をすっかり浄化してしまった。
瘴気溜りに近づくときもグレンさんが、なぜかミナに寄り添っていた。
グレンさんはなんとなく、ミナに対して過保護なように感じる。
目つきも、ミナに向けるものは鋭い目が和らぎ、優しいものだ。
大きく立派な体つきのグレンさんと、まだ年少の小柄なミナでは、少し犯罪臭も感じるが、こちらの世界で夫婦の年齢差がどの程度なのかを知らない。
世界が違えば、常識が違う可能性もある。
マリアさんに目を向けると、二人を見て笑いを堪えたような顔つきになり、何やら目を輝かせている。
姉を思い出した。
女性というものは、いつでも恋愛話が大好きなようだ。
浄化のあと、聖女や賢者、勇者がどのようなものかについて教えて貰えた。
聖女や勇者はかなり特別な存在だが、賢者はそうでもないようだ。
スキル『魔法創造』があれば、その称号がつくという。
どの程度存在するものかはわからないが、そういう条件であれば、同時代に複数の賢者がいるのだろう。
自分が特別な存在ではないようで、残念だった。
だが魔法や魔術に秀でた能力の持ち主として、有益な称号のようだ。
マリアさんの『魔装具士』も、職人としては高度な職業だという。
様々な加工や物作りに有益なスキルが多いと聞いて、彼女は「それは良かったわ」と、浮き立った声になっていた。
服飾関係の仕事につき、アクセサリーの作成が趣味だという彼女は、この世界で生活をするなら、物作りの職人になりたいという。
なるほど、この世界での生き方を、私もきちんと考えなければいけない。
賢者の能力がこの世界でどう活かせるのか、今はまだわからない。
不安を口にすると、城で必要な教育も受けられるようにすると、セラムさんが請け合ってくれた。
ありがたい限りだ。
私たちは、こちらの世界の常識や、礼儀作法も知らなければ、生活様式なども知らない。
何より魔法や魔術についての知識が欲しい。
城で専門的に教わることが出来るなら、その方がありがたい。
浄化を終えた翌朝、改めて出立。
昼食時にはようやく街の食堂で、こちらの世界のまともな食事を頂いた。
パンが固かったこと以外は、肉も野菜らしきものも美味しく、味覚に大きなズレがないことに安堵した。
宿泊する街では、歯ブラシのようなものや石鹸、手ぬぐいなどの日用品、私たちに合う服も、支給品という名目で買ってもらった。
ミナとマリアさんは、女性専用の試着室で互いの服を選んだようだ。
私は護衛の方たちに意見を聞きながら、必要なものを選んだ。
あちらの世界から持ってきた着替えはあるが、こちらの世界の服などを着ておかないと、城で世話をする人たちを、戸惑わせそうだという話になった。
私たちの世界の衣類は、特殊な素材と考えられるようだ。
この世界では伸縮性のある布は、特殊素材を用いた高級な装備になるという。
滑らかな化学繊維も、こちらにはなかった布だ。
元の世界の服は着心地がいいが、無防備に扱うことで、思わぬトラブルを招く可能性もあると言われた。
なるほど。こちらにない素材を、うっかり人目に晒せないということだ。
洋服は肌触りが粗いものの、特に着るのが困難な形式でもない。
ボタンなどはなく、紐で締めて調節する。
下着はぴったりしたものではなく、やはり腰を紐で調整するトランクスのようなものだった。
ブリーフタイプに馴染んだ私にとっては、少し心許ない。
服飾関係の職人を目指すマリアさんに頼めば、作ってくれそうだが、これを頼むのは言葉選びが難しい。下手をすればセクハラだ。
その夜は、きちんとした宿に泊まることができた。
ベッドに羽毛布団のような寝具もあったので、快適に過ごせそうだ。
水洗トイレに安堵していたミナではないが、生活様式に大きなズレがないことは助かる。
朝昼夜と時間が巡り、季節もあるという。
肉や野菜、穀物などを調理した食事を食べ、寝台で眠る。
浴槽のついた風呂もあった。
魔法で湯をはり、風呂に浸かることが出来た。
歯ブラシも石鹸も、あちらの物より質が劣ったものの、汚れが落ちればいい。
マリアさんとミナは女性同士でひと部屋。
男性は大部屋に落ち着いた。
居間があり、個別の寝室がある部屋で、私とセラムさん、ザイルさんには個室が与えられた。
グレンさんとケントさん他護衛の方々は、居間で休むそうだ。
まだ部屋で寝るには早い時間帯、居間で護衛の方々と話をする。
少し気になっていた、種族の話だ。
昨夜、瘴気溜りを浄化したあと野宿をしたときに、エルフや獣人、竜人族などがいるとは教わった。
しかし見た目は普通の人間と変わらないようだ。
私たちのイメージでは、獣人といえば獣の耳や尻尾があるイメージだった。
昼間、ミナがその質問をして、種族としての能力を持ち、寿命などが異なるが、見かけは同じ人型なのだと教えてもらえた。
私はさらに、エルフや獣人の護衛男性に、それぞれの種族について詳しく聞いてみたかった。
「獣人族は、体がとにかく頑丈だな」
獣人族だという人たちが、自らについて教えてくれた。
「あと人族と比べると力も強いし、身体能力が全般的に高い」
「でも魔法はあんまり使えないんだよなあ。一部、使える者もいるけどな」
なるほど。獣人は身体能力に特化しているようだ。
「能力は家系によって色々だな。オレは武器がなくても、戦うときに硬化した爪を伸ばせる」
ケントさんがあっさりと教えてくれたが、私が聞いて良かったのだろうか。
「それでいえば、竜人族は皮膚そのものが硬化出来るから、手刀でけっこうな威力が出せるよな」
そしてザイルさんとグレンさんのことにも話が及ぶ。
彼らは今、何やら話し合いをするそうで、セラムさんの部屋にいる。
「竜人族は身体能力も魔力も高くて、物理攻撃も魔法も得意な奴が多いから、種族としていちばん強いのは竜人族だな」
なるほど。グレンさんの強さから考えると、納得だ。
最強種族は竜人族。
そして獣人族は、武器を持って入れない所でも、素手で強い人もいる。
セラムさんの護衛として、そういうことも確かに必要だろう。
獣人族は、魔力はほぼないとされる。
しかし人族の魔力が高い者と同程度の寿命なので、内在する魔力がそれだけあるのではないかという話だった。
魔力によって寿命が変わるというのも、面白い。
世界が変われば常識が変わる。なるほどと頷いた。
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