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※引き続きシエル視点です



 大人になってから、泣くことなどは滅多になかった。

 人前であればなおさらだ。


 みっともなく泣いてしまった今、何ともいたたまれない気分だ。

 出来るなら場を立ち去り、仕切り直しがしたいところだが。


 静かにゆっくりではあるが、走る馬車の中。

 狭い空間から出ることは出来ず、立ち去る場所はどこにもない。


 なんともいたたまれない。




 背中に添えられているマリアさんの手が温かく、気恥ずかしい気分になりながら、目元に当てていた手を外し、周囲をそっと見た。


 向かいに座るザイルさんは、外に目を向けている。

 気遣ってくれているのだろうか。


 その隣のグレンさんは、ミナを抱えて……眠っている?

 鋭い雰囲気だった顔が緩んでいるので、本気で寝ているようだ。

 武人として、眠れるときには寝るようにしているのかも知れない。

 昼間の爆走する馬車の中、具合が悪そうだったので、寝た方がいいのだろう。


 大切そうにミナを抱えているが、馬車の振動は少なくなっているので、隣の座席に下ろしてもいいのではないだろうか。


 まあ、この世界では、何かそうするべき常識があるのかも知れない。

 咄嗟のときのためにも、眠っている子供は抱えるべきだとか。

 知らない世界ということは、常識も違う。

 周囲が何も言わない状況なので、黙っておこうか。


 私の隣ではセラムさんも、ザイルさんと同じように外を向いている。




 背中に手を添えてくれているマリアさんに、目を向けようとしたときだった。

「んー……」


 ミナが小さく唸る声がした。

 起きたのだろうか。


 マリアさんを見れば、目が合った。

 ぱちりと瞬きをしたあと、彼女は私に頷いて見せた。


「顔を隠すなら、私の方にもたれて下さい」

「え?」

 ひそやかな声は、あたたかい響きだ。


「今の目元、ミナちゃんには見られたくないでしょう。私にもたれて、寝たふりをすればいいわ」

「いや、しかし」




 若い女性の肩にもたれる。

 なんというか、いいのだろうか。


 迷ううちに、彼女が背中に添えた手で、そっと促してきた。

 彼女の肩に額をつければ、いい匂いがした。


 うろたえたところに、小さく息を飲むような呼吸音のあと、声が聞こえた。

「グレンさん」


 どうやら本当にミナが目を覚ましたようだ。

 マリアさんも寝たふりを決め込むのか、私の頭に重みが来る。

 さらなる急接近にうろたえるが、ここは寝たふりを続けるしかない。


 ミナがグレンさんに、迷惑をかけたかと聞いている。

 それに答えるグレンさんの声は、低い男前な声だ。

 腰に来る声だと女性たちが騒ぎそうな声だなと思う。


 膝から下りると主張するミナに、この方が安全だとグレンさんが言い、なぜかミナはそのまま寝たようだ。




 しばらく待っても、向かいからは寝息のような音が聞こえるだけだ。

「え、ミナちゃん、本当に寝たの?」

 マリアさんの囁く声が、耳にくすぐったい。


「そう、だな。……いいのか?」

「本人がいいのなら、まあ、構わないだろうが」


 グレンさんに抱えられた状態で戸惑っていたはずなのに、おとなしく寝ている。

 グレンさんもまた、ミナを抱えたまま再び寝てしまったようだ。

 私とマリアさんだけでなく、セラムさんも戸惑っている。


 小学生でも学年が上がれば、家族ではない男性に抱えられるのは嫌がりそうだが、いいのか。

 こちらの世界の常識はともかく、ミナはもっと抵抗しそうなところだ。

 グレンさんの言葉も、認識が何やらずれていたように思ったのだが。


 とはいえ、ミナ本人がいいのなら、まあいいだろう。

 私はマリアさんに礼を言い、座席に深くもたれて眠ることにした。

 マリアさんもまた、背後に深く寄りかかって眠る姿勢になる。


 馬車の音は意外に眠りを誘い、そこから意識が飛んで、気がつけば朝の光を感じていた。




 顔を洗いたいなと、ぼうっと外に目をやっていると、起きたマリアさんが、汗拭きシートのようなものを出してきた。

「こっそり使いましょう。昨日の今日で顔を拭きたいでしょう」


 小声の内緒話が、また少しくすぐったい。


 あちらの世界の物は、今になれば貴重品だが、もう手に持たされたあとだ。

 気遣いをありがたく頂いて、顔を拭いた。

 化粧水を含んだシートだというそれは、刺激もなく顔がさっぱりした。


 以前汗拭きシートで顔を拭いたら、目が開けられなくなり、清涼成分入りシートで目元を拭いてはいけないのだと、姉から注意をされたことがある。

 女性らしいマリアさんの細やかな気遣いに、やはり母や姉を思い出す。


 そして、あんなふうに泣いた私にも優しい彼女に、安心感を覚えた。




 過去に関わった女性が、母や姉だけだったわけではない。

 学生の頃や社会人になってから、女性とお付き合いをしたことはあった。


 ただし、あちらから申し込まれたのに、短い期間で振られることが多かった。

 私にどういう印象を持っていたのか知らないが、「思っていた感じと違った」と振られてきた。

 あちらから付き合おうと言ってきたのに、何だろうこれはと思ったものだ。


 友人が言うには、若い頃の私の態度は、クールに見えたそうだ。

 父のことで、感情を殺すことが多かったのかも知れない。

 下手に何かを言うと高圧的に反論されることが多く、口数も少なかった。


 気弱な態度を見せると、それはそれで叱責が来る。

 虚勢を張り、臆病で気弱な自分を隠して見せていた。

 慎重と言えば聞こえはいいが、子供の頃は特に怖がりでもあった。


 虚勢は張るが、本当に強いわけではない。

 私が何かの際に、腰の引けた態度を取ると、女性から失望したような目を、よく向けられた。

 部屋に置いていたゲームやラノベの量に引かれたこともある。


 マリアさんは、そんな彼女たちとは違うと思う。

 とはいえ相手は推定二十代の女性。

 五十代のおじさんが、何を考えているかという話だ。




 目が覚めたミナは、泣いて迷惑をかけたと謝罪してきた。

 気持ちを新たに向き合えば、きちんとした考えを持ったお嬢さんのようだ。


 今度こそ礼を言おうとし、出て来た言葉は上から目線だった。

 ミナは、私がそういう態度の人間だと既に認識しているようだ。

 上から目線の言葉はあっさり流されてしまい、弁明の余地もない。


 密かに落ち込む私に、マリアさんが横から膝をトンと軽く叩いてくれた。

 私の心の動きにも気づいて、慰めてくれているようだ。


 朝食休憩の後、また馬車は爆走状態で突き進み、転移魔法陣のある街についた。

 馬車のまま転移魔法陣まで進み、私とマリアさん、ミナの三人で、魔法陣に魔力を込める。


 転移の浮遊感のあと、景色が変わった。

 似たような部屋ではあるが、壁の装飾や雰囲気が異なる。

 こちらの国の施設は、清潔感があり少し華やかさも感じる。


 何よりピシッと揃った騎士たちの動きが洗練されている。

 服装なども、以前の国よりこちらの方が、清潔感があり洗練されている。


 先ほどまでいた国より、このサフィア国の方が、先進的な国なのだろう。

 あの国よりも、この国に保護されて良かった。




「今夜は落ち着いて宿で休もう。こちらの世界にも、美味しい食事があると知ってもらわなければ」

 馬車が再び走り出すと、セラムさんが笑ってそんなことを言った。


 ということは、あの保存食はこちらの世界でも、まずいと認識されているのか。

 まともな食事が食べられるなら、ありがたい。


 街並みも、このサフィア国は清潔で整然とした印象を受けた。

 何より街の中に花が多い。

 そういう季節なのかも知れないが、住民が花を飾ろうと思う程度には治安がいいということだ。


 街道に出ても、道は以前の国よりも整っている。

 爆走状態ではなくなったこともあるが、揺れが少ない。

 馬車が走るための、道の整備が出来ているのだろう。ありがたい。


 少し落ち着いた時間が出来たので、またスキルの確認をしてみる。

 魔力循環と魔力操作、あと魔力感知が気になっていた。


 魔力循環は、体の中に魔力を巡らせて、魔法の威力を増幅できるそうだ。

 あとは体内の魔力を整えることで、魔力の円滑な回復をはかれるという。

 ゲームで夜に寝ると回復するように、昨日使った魔力は、今朝回復していた。

 しかし体内の魔力循環をすることで、こうした馬車に揺られる時間も魔力回復をはかれるようだ。


 魔力操作は、魔法の威力や方向性など、魔力の扱いの補助的なスキルだ。

 攻撃魔法で一点に魔力を集中して威力を高めるとか、そういう感じだろうか。




 魔力感知は周囲の魔力を感じ取れるという。

 目を閉じてさっそく試してみると、まず隣のマリアさんの温かな魔力。

 ああ、印象どおりだと思う。


 馬車の外にも意識を向けると、すぐ傍を騎獣で走るケントさんがいた。

 ケントさんは、なんというか大らかそうな印象の魔力だ。

 ひょっとして魔力は人柄と関係するのだろうかと思い、スキルの内容をヘルプ情報でさらに確認すると、人の本質と魔力が結びついているとあった。


 これはひょっとして、かなり有益なスキルではないか。

 見知らぬ世界で、見知らぬ人々とこれから関わる中、相手がどのような人物かを知ることが出来る。

 不要なほど人に構えずに済むなら、私にとってかなり必要な能力だ。


 ミナの魔力も、あたたかくまっすぐな、心地良いものだ。

 思えば懸命に知恵を巡らせ、私があの国に残される事態を、回避してくれた。


 賢者と知られれば、勇者と同じように残れと言われただろう。

 ステータスを偽装したことで、無事にあの国を出られた。

 国王らに表立って反発した私が、あの国に残されたなら、どうなっていたか。


 彼女の本質を感じて、昨日自分がした数々の言動を照らし合わせ、またもいたたまれない気持ちになった。




 今さら彼女に言い訳などをしても意味はない。

 こうなったら、行動で恩を返すようにしていこう。


 セラムさんたちに保護されるきっかけを作ってくれた、マリアさん。

 私もこちらに来ることが出来るよう仕向けてくれた、ミナ。

 数少ない同郷の仲間でもある。


 賢者としての力を使いこなし、これから彼女たちに役立てられるようにしたい。

 私の能力で彼女たちを助けられることがあるなら、これからそれを実践しよう。

 困ったことがあれば、彼女たちのために動こう。


 賢者の能力は、きっとそれだけの力があるはずだ。


 予定以上に長くなってしまっています。

 ひとまず一番書きたかった部分は書けました。

 設定だけはあったものの、このまま話を進めると、書き損ねてしまう部分だったもので。


 あと三話ほどで、いったん切りをつけたいところ。

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