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シエルと主人公は、ヘルプで見える情報も異なります。シエルは『賢者』として、魔法や魔術に特化したヘルプ情報が出ます。亜空間収納や異世界言語を、なぜ彼らが持つのかという部分は、ミナやマリアが認識していない情報です。
異世界言語スキルの罠とか、ヘルプ情報にスキルが結びついていて個人差があるとか、魔力の関係で若返っているとか、ややこしい設定ですみません。こういう設定系を考えるの、けっこう楽しいですよね。色々入れ込みすぎて、わかりにくくなっていたら申し訳ない。
※引き続きシエル視点です
馬車で逃走するときも、彼女は自分のスキルや魔法を使いこなし、ゲームの回復職のように、全体回復を何度もかける。
私やマリアさんは、揺れる馬車に掴まっているだけで必死だ。
その掴まる体力が尽きる前に回復される感覚は、とても不思議だった。
「おい、私にも魔法の使い方を教えろ。結界魔法は私も使えるはずだ」
中学生の女の子だけが活躍している状況に、私は焦って声をかけた。
私も賢者という特別な職業だ。出来るはずだ。
「さっき言った、魔力をまずは感じて下さい。使い方と言われても、ええと…なんとなく?」
なんとなく、という曖昧な言葉に、思わず「おい」と低く声を飛ばしてしまう。
「なんとなく…」
隣でマリアさんも戸惑う声だ。
彼女からは、ゲームのイメージをしろとか、腹の奥に集中をしろというアドバイスをもらった。
意識を向けてみるが、わからない。
そんな中で、彼女がまた回復魔法をかけたとき、その波動と腹の奥に感じる何かが一致した。
ようやく感覚をつかめば、彼女は出来る限りの丁寧なアドバイスをくれる。
私が賢者として魔法を使いこなせなければ、利用価値はないからか。
さて、助けてくれた礼に、これから何を要求されるのか。
それにしても子供の無謀さか、彼女は誰かに確認することなく、魔法やスキルを使っている。
元から魔法があることが当たり前の、こちらの世界の人々は、彼女の行動に違和感を持たないだろう。
しかし魔法のない世界から来た私たちが、安易に知らない技術を使うのは、危険ではないのか。
使う技術によっては、事前確認が必要なものもあるはずだ。
現にさきほど、セラムさんが教えてくれた。
魔力は使い果たせば命に関わるのだと。
そうした情報もなしに大胆に使うのは、まずくないか。
態度を偽る、油断の出来ない女でも、まだ子供だ。
何かがあってからでは遅い。大人の私たちが気をつけなければ。
「…ミナは誰にも教わらずに、こっそり自分で試して出来るようになったのか?」
知らないまま使う危険性をわかっているのか。
余計な心配だろうが、気にかかる。
「そうですね。何かあったら対処できるように、こっそり試してました」
大人の私たちよりも、何歩も先んじていたミナという少女。
「すごい度胸だな。私には真似ができん」
警戒している相手だからとはいえ、嫌味にしか聞こえない言葉が出て、自己嫌悪に陥る。
これでは父が、私や姉に対してとっていた態度と変わらない。
ときどき父に似ている自分の一面に、嫌気がさす。
姉や母から気をつけるように言われていたことを思い出す。
子供の頃から向けられた言動は、無意識で人に返してしまうという。
父にされて嫌だった言葉や態度を、今度は私が人にしてしまうから、気をつけるようにと。
大人になってからその言葉の意味を知り、気をつけるようにしているものの、恐怖心や警戒心を抱えているときほど、出てしまう。
「失礼ですね。だってあんなヤバそうな人たちに囲まれて、何も対処方法がない方が、怖いじゃないですか」
私の嫌な言い方を感じ取り、彼女も不服そうに言い返してきた。
「暴走したらどうするんだ」
ようやく言いたかった言葉が出て来たが、彼女は眉を寄せたままだ。
「異世界から呼び出した人が、ちょっと試して暴走するくらい、彼らの予想の範囲内でしょ。対処くらいしてくれるでしょ」
「そういうものか?」
私の返した言葉に、ミナはあの場を思い浮かべたようだ。
なるほどと、頷きを返された。
「確かに今となっては、あの人たちにそういう期待は無理だったっぽいですけど。召喚なんていう大規模な魔法って、魔法使いの本職がいっぱい必要です。倒れていた人たち以外にも、魔法を使える人はいたはずでしょう」
なるほど。彼女なりに状況や危険性も考えた上で、使っていたわけか。
本当に余計なお世話だったようだ。
そして言い返す彼女の言葉は、率直だった。
私の指摘する言葉を、確かにと受け入れるあたり、自分の狭い視野だけにこだわる偏屈さはなさそうだ。
そこでようやく、私の警戒心が的外れかも知れないと、少し思った。
違和感のある態度は続いているが、こんな少女に警戒し続けている私も、どうなのか。
あのときの作為は、私を助けてくれ、あの国を脱出するためのものだった。
必要な場合だけ作為的に動いているのなら、彼女の善意に警戒する私が、間違っているのではないか。
あのときの作為的な態度と、今の彼女の態度に感じる違和感は、何かが違う。
では今の違和感は何なのか。
その正体は、夕食をとるための休憩で知ることになる。
爆走する馬車から下りた休憩で、ようやくひと息つけた。
回復魔法で体力は回復しても、やはり揺れに耐え続けている気疲れなどはある。
あと私が引き受けた結界魔法も、慣れない感覚で、込める魔力量にも気を使い、疲れた。
それでも、様々にあったはずの体の不具合をまったく感じないのは、回復魔法のおかげなのだろう。
魔法とは理不尽なほどに不思議な力だと、つくづく思う。
この世界では、これが当たり前なのか。
私が過去に読んだラノベの異世界召喚話では、主人公たちはすぐに魔法やスキルを使いこなし、その世界に馴染んでいた。
しかし常識が異なる世界で、私自身がすぐに馴染める自信はない。
今回保護してくれたセラムさんたちに、色々と聞く必要がありそうだ。
馬車から下りてひと息ついたあとすぐに、ミナが改めて亜空間収納のレクチャーをしてくれた。
私とマリアさんも魔力を感じて、魔法を使えるようになっている。
今度はちゃんとスキルを使う感覚がつかめた。
ミナに預かってもらった荷物を返してもらい、収納し直す。
ああ、本当に便利な魔法だ。
そしてファンタジーの定番だ。
現実では荷物の持ち運びは、色々と気を使わなければならない。
荷物としてまとめたあとにも、乗り物の中での置き場所。衝撃の影響。保存具合など、気をつける点は多い。
しかしこの亜空間収納は、スキルで収納してしまえる。
驚いたことに缶コーヒーが温くならず、冷たいままだった。
駅で飲もうと買ったらすぐに電車が来て、そのままカバンに入れたものだ。
ミナは、各自のスキルの使い方が、ヘルプ情報でわかると教えてくれた。
実際、ステータスのスキル表示から疑問を向けると、その詳細情報が来る。
確認したいことを思い浮かべたら、頭にその情報が流れてくるのだ。
不思議だが、そういうものだと理解しなければならないのだろう。
今は理屈よりも、活用する方が先だ。
魔法創造は、イメージを明確に構築すれば、それまでになかった魔法を構築できるらしい。
ただ、結果となる魔法によっては必要魔力が大きく、注意が必要とあった。
なるほど、単に便利な魔法ではなさそうだ。
魔法解析と魔術解析は、魔法や魔術の構造などを理解できるものみたいだ。
魔法と魔術が別に記載されている。その認識の違いは何か。
それをヘルプ情報で教えて欲しいと思い浮かべると、出て来てくれた。
想像力を元に、魔力で現象を起こすのが魔法。
理論や規則に則って、魔力を使って現象を起こすのが魔術とされている。
魔法陣を使った召喚などは、魔術にあたるようだ。
魔道具も、魔術を使うものらしい。
亜空間収納のスキルについて解析してみると、どうやら異世界召喚されたことにより発生した、特殊な条件で生まれたもののようだ。
時空を超えて呼び出されたことで、その歪みがスキルとして発現したらしい。
ということは、この世界で当たり前にあるスキルではないのか。
異世界言語のスキルも解析してみる。
こちらの世界の住人と意思疎通が出来るように、私たちの認識と近い言語に置き換えられるのだという。
つまり置き換えられた言語は、私たちの世界の物事そのものではない。
これは注意が必要だと、頭に置いておく。
別の物質が、理解しやすい物の名前に置き換えて翻訳されるということだ。
鑑定のスキルもあった。これも異世界召喚もので必須だ。
こちらの世界の物が、元の世界の何にあたるのか、どのような物かがわかるのは、非常にありがたい。
こちらの常識を知らないからこそ、必要なスキルだ。
ミナが他者のステータスまで見ることができたのは、この鑑定のおかげか。
亜空間収納は、異世界召喚という現象で自然発生したもののようだが、異世界言語と鑑定は、召喚時の条件付けだという。
召喚の魔法陣に、そうした条件付けをされていたため、私たちにそのスキルがついたようだ。
召喚時についた条件が他にあるか探りたかったが、残念ながらそうしたものはわからなかった。
スキルの詳細としての説明しか、出てこないようだ。
魔法陣が手元にあれば解析が出来るようなので、もしあれを再び見る機会があれば、そうしたことを調べることも出来そうだ。
召喚する側の意図を想像してみると、召喚されてきた人物と意思疎通が出来なければ、利用も出来ない。
また認識の違いなど、相互理解がまったく出来ないままでは、困る。
そうした意思疎通に不便がないよう、条件付けがされていたのだろう。
あとは得体の知れないものが召喚されても困るので、こちらの人に近い存在とか、そういう条件付けもされていそうだ。
異世界召喚の物語では、似たような人型の異世界人の世界であることが多いが、実際に異世界となると、そうではない可能性も高い。
人が召喚出来るとも限らない。生命体というだけなら、動物が召喚される可能性もある。
異世界人を利用するために召喚するのなら、人型であることや、知能や文明度などの条件はあっただろうなと考える。
意思疎通を条件につけたなら、そうした条件もつけられていそうだ。
ふと、変な洗脳などが入っていなかったか気になった。
しかし召喚した者たちに支配されている感覚はないし、国王たちに反感を持てたということは、洗脳などはなかったのだろう。
それでも変な作用がなかったか、いずれまた、あの魔法陣を見たいとは思う。
シエルの言動は、基本的に警戒心や恐怖心による、理屈ではない感覚で、自分を守るための言動という感じです。今後も入ります。
そういう自分でもままならない厄介なものを抱えたキャラなのです。
あと「父への反感」と「父と似た部分を見つけては自己嫌悪」が、シエルのキャラ造形の根っこです。嫌な態度をとり、後から落ち込むとかする人です。
一人称だと「ミナが気づいたこと」「ミナが知っていること」だけになりますが、彼女の認識と周囲の認識が違うことは、色々あるのです。
シエルさんの警戒心は、悪意ではないので、ミナは感知しませんでした。