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前話について、実際に介護の現場に立つ方々には、本当に頭が下がります。

現代って身近な誰かがお世話になっていることは多いので。

大変な状況に、くれぐれもご自身のお体に気をつけて下さいと願うばかりです。

※引き続きシエル視点です



 振り返れば、低い位置にある頭。

 中学生か、下手をすれば小学生くらいの少女だ。

 こんな子供が場にいたことに、気がついていなかった。

 私たちが国王たちに向き合う背後にいたらしい。


「あのお、私は先にぃ、あなたのステータスが見てみたいですぅ。あなたすっごくカッコイイし」

 隣の男に向けられた甘えた口調は、張り詰めていた場の空気を崩した。

「だって体格良いし、すっごく鍛えてそうですよね!」

 ただし、バカそうなその言葉は、前に出てまで言う必要があったのかと思うような内容だ。


「あの王様が、最初に勇者って言ったのに、勇者さんがいないなーって、思ってたんですよね。けど、あなたがそうかなーって思うの。カッコイイし、強そうだし!」


 どうやら体格のいい男が勇者だと思い、早くステータスが見たいと言っているようだ。

「今、変な雰囲気だし怖いし。あなたが出てくれたら、雰囲気なおるかなーって。ダメ、ですか?」




 媚びを含んだ声は、耳障りだった。

 こういうわざとらしい態度をとる女性と関わると、碌なことがない。


 私にとっては苦手なタイプだ。こんなわざとらしい態度に引っかかる男がいるのかと思っていたが。

「お、おう。そうだな。雰囲気悪いし、ここはオレが行ってみる」


 男がその気になった。

 可愛らしいおねだり声として、効果があったらしい。


 彼が前に出て行く。周囲の視線が彼に向く。

 私の方は、さっきまでの緊張感から解放され、震えていた足が限界でへたり込みそうになっていた。


 かろうじて立ちながら、それを見送る私に向けて、その声が来た。


「結界で防音しました。普通に前を向いて表情に出さないで聞いて下さい。手短に伝えます」

 今までの態度は何だったのかと思う、少女の事務的な声。


 しかも結界で防音とは、何だ。

 ファンタジーでよくある結界魔法というものか。

 それを使っているのか。

 私たちと一緒に召喚された、子供が?




 彼女はいつの間にか、私の横に立っていた。

 反応するなとは無茶振りだ。落差がひどくて肩が動いてしまった。

 たぶん表情も強張っていることだろう。


「失礼ながら鑑定で、あなたのステータスを見ました。完全にこの国に目をつけられるレベルです」


 体は再び緊張感に固まる。

 彼女はステータスを確認する方法を先に知り、私の能力まで把握している。

 その能力を知って、声をかけてきている。


「私はさっき、自分のステータスの改ざんが出来ないか試しました。まず名前と職業は、上書きができます」


 ステータスの改ざん。つまり自分でステータスを見ることが出来るのか。

 いや、目の前では、彼女が声をかけた男が『勇者』と表示されている。

 彼女は彼が勇者であると、わかっていて声をかけた。




「スキルや魔法、数値は上書きできませんが、部分非表示可能でした。桁単位で非表示にすれば、しょぼいステータスに偽装できます」


 必要なことを教えてもらっていると理解しつつも、明瞭に指示するような声に警戒心が強まる。

 状況にぼんやり流されず、彼女は自分のステータスを偽装済みなのだろう。

 ずいぶん有能そうな少女だからこそ、さっきの態度がわざとだとわかる。


 態度の使い分けが出来る若い女性は、トラウマレベルで苦手だ。

 昔の経験で、特に周囲と接する態度を変えられたときが、厄介の前兆だった記憶がある。


 なにがきっかけだったかはわからない。

 その少し前に職場の飲み会があり、その女性を苦手に感じていた私は、近くに来られて適当に返事をしたあと、席をうつった記憶がある。あれだろうか。


 気が付けば彼女は、周囲と私に見せる態度を変えていた。

 私を何らかの標的に定めたからだったと、あとから気がついた。


 私に嫌味を言われた。邪険にされている。

 捏造した話を、あたかも事実のように愛らしく周囲に相談していた。

 周囲からは私が諭され、苦痛の限度を超えて転職に踏み切った。

 あのまま勤めていれば社内の出世コースもありえたが、苦痛が勝った。

 苦い経験だ。


 あとから親しくしていた元同僚が教えてくれたのは、別の被害者の存在。

 彼女は、気に入った男が自分の思い通りにならないと、私のときのように周囲に被害を吹聴して、陥れていたそうだ。

 気に入られた覚えもなく、わけがわからなかった。




 そこからは作為的な態度の人物に気がつけば、ひどく用心した。

 自分が標的にされないよう、うまく立ち回らなければ、また生活が壊される。


 せいぜい中学生程度にしか見えない少女が、様々なことに気づいた上で、狙い通りに勇者を誘導した。とても有能な子供だ。

 最近は子供でも、大人を誘導して手のひらで転がすような者もいる。

 警戒心を崩してはならないと、頭に警鐘が響く。


 それでも彼女の指示は、必要なことを教えてくれている。

 彼女の指示に今従う必要があると、頭では理解をした。


「あと行単位の非表示も出来ました。侮られて不満でも、損して得取れ、名より実です。では、時間稼ぎに行ってきます!」




 彼女はそんな言葉を残し、またあのバカっぽい態度に戻ってステータスを晒しに向かった。

 おそらくは、偽装済みのステータスを。


 時間稼ぎをしてくれている。

 今は余計なことを考えず、私は指示されたとおりにステータスが表示されるよう思い浮かべた。


 賢者という言葉や、高い魔力値などに、浮き立ちそうな心を押さえつける。

 同時に、なるほど目をつけられそうだと、彼女の言葉を知った。


 彼女は他者のステータスまで見ることが出来た。私にもできるのだろうか。

 こんな短時間に、自分のみならず他者のステータスまで見て、改ざん方法も理解をして。


 考えるのは後だ。まずはこのステータスを無難なものにする。

 名前と職業欄は変更可能と言ったか。

 では名前は、スマホでやっているRPGの登録名にしておこう。


 この国が求めているのは魔獣と戦うための戦闘職だ。

 それならば、職業は職人系にすればいいだろう。


 異世界といえば、やはり魔道具だ。

 幸い、魔道具が作れそうなスキルがある。

 今後を考えて浮き立つ心を、今は押さえつける。




 一般スキルの魔力循環、魔力操作、錬成などは表示させておくべきだろう。

 魔法スキルの基礎魔法と付与は、あの女性と同じだな。

 それ以降は一気に非表示だ。

 特殊スキルの魔法創造は消さないとまずい気がする。それ以降を非表示、と。


 ああ、これだけスキルを少なくすれば、目をつけられない程度になるか。

 桁単位の非表示も、なるほど。かなり悲惨なステータスに出来るな。


 考えながらいじったせいで、彼女の時間稼ぎだけでは間に合わなかった。

 だが彼女に続いて女性が二人、先に鑑定をしてくれた。


 この悲惨なステータスを晒せば、盛大に笑いものにされるだろう。

 必要とはわかるが憂鬱だ。

 私の身を守るための提案だったとは、理解しているが。

 このあとどんな要求をされるかが、わからない。




 私の晒したステータスに、案の定、若者たちからバカにする声が飛んだ。

 嘲笑を静かに受け止め、保護をしてくれると声を上げた人物に歩み寄る。

 その背後、ひらひらと手を振る彼女は、さてどういうつもりなのか。


 他国の王子が私たちを連れて退出することには、ひと悶着あった。

 この国は、召喚した異世界の私たちを、余さず利用したいようだ。


 それについても例の少女が、わざとらしい甘い声で、国王のプライドを刺激する言葉を織り交ぜながら、私たちがサフィア国へ向かうことを認めさせている。

 勇者に話を振ると、彼はなぜか少女を支持するような言動をする。


 元からの知り合いというわけでもなさそうな勇者と少女。

 少女に好意的な勇者は、なんだか不思議な気がした。

 まさか彼女のわざとらしい演技に、好意を持ったのだろうか。

 この中学生くらいの、子供にしか見えない女を?


 勇者は、二十歳は超えていそうな男だ。

 まあ、そういう趣味の者もいるとは知っている。


 だが男を操作することに長けた彼女のような存在は、厄介だぞ。

 見ろ、いろんな言い分を国王に「約束してやる」とまで言わせたことで、してやったりと笑うこの女を。


 私自身は警戒を崩さず接しなければと、気を引き締めた。




 最初に声を上げた女性はマリア、少女はミナ。

 そして保護してくれた男性はセラム。その護衛らしいケント、ザイル、グレン。


 ミナはあの場を退室したあとは、自然体のように水洗トイレにはしゃぎ、亜空間収納のやり方まで説明してくれた。


 信じられないことに、彼女は既にスキルを使えている。

 魔力を感じること自体が出来ない私たちとは、まるで違う。

 一緒に召喚されたのに、なぜそこまで違うのかが、理解できない。

 マリアさんもまた、彼女に戸惑っているようだ。


 やはり警戒心を抱えたまま、ミナがザイルたちと話すのを聞く。

 彼女の本来の職業は、聖女だったらしい。

 なるほど。ミナ本人も目をつけられそうなステータスを、改ざんする必要にかられていたわけか。




「まったく、その見かけで食えない奴だな」

 思わず口にしたら、彼女は拗ねてみせるように、口をとがらせた。

 大きなクリっとした目の、小柄で可愛らしい彼女には、そうした表情が似合う。

 無害そうなそれに、警戒心がさらに高まる。


「誘拐犯に食い物にされたくないですからね。あの王様たち、最初から信用の出来ないタイプだったし」

「ふふん、まあ助かったのは確かだ。礼を言う」

 嫌って距離を置いてくれた方がいいと、わざと偉そうな口調にした。


「侮られて不満でも、損して得取れ、名より実、だったか。確かにあんな馬鹿どもに、正面からケンカを売るのは愚かだった。君みたいな若い娘に諭された自分が恥ずかしいよ」

 セラムたちの目もあるので、若干のフォローも入れる。

 本当に若干だ。気に入られないよう、気に障る言い方を選ぶ。


 私の上から目線の言葉を気にする様子はなく、彼女はフォローしてきた。

「正論も必要だったと思いますよ。あれは役割分担だったんです」

 中学生くらいの女の子にフォローされ、借りを作ったままなのが、気持ち悪い。


「私はあのとき、おバカな子が、おバカなことを言い出したと思っていたわ」

「そう思ってもらえたなら、狙い通りです!」

 マリアさんの言葉に、調子に乗ったように拳を振り上げる彼女。

 またもわざとらしく作られた態度に、思わず苦い気分になる。


 勇者や国王への態度は、必要があってのわざとらしさだと理解が出来る。

 しかし今の彼女も、自然なように見せて、どこか不自然な態度だ。

 やはり自分を偽り続ける彼女に、警戒が働く。

 気に入られたら、ろくなことにならない気がする。




「そのおバカ口調から、一転した事務口調でステータス改ざん方法をスラスラと言われて、反応するなと無茶振りをされたわけだが」


 助けてくれたのはありがたいが、そのわざとらしい態度から、何を繰り出して来るのか。

 不機嫌さを崩さなければ、その態度が通じないと理解するだろうか。

 そう思っていると、やはり彼女はわざとらしく胸を張った。


「むしろあの短時間で必要なことを言い切った私は、偉いと思ってますよ」

「無茶振りに応えて反応しなかった私も、偉いと思うぞ」

 何かにつけて言い返している私は、きっと大人げない態度だろう。


「シエルさん、賢者のくせに真っ正直だったから、ハラハラしましたよ」

 最後に彼女は、さらりと私の本来の職業をバラした。

 つまり私が賢者であることに目をつけて、何かを要求するつもりか。


 何かがあったときのために、自分のスキルや魔法を早く使えるようになりたい。

 この世界でいつ、どのように放り出されても、自分の力で生き抜けるようにしなければならない。


 一人称小説ではわかりにくい、主人公の行動が他者からどう見えるかという点。

 態度激変されるって、普通に怖いですよね。

 ミナ視点ではわかりにくいですが、彼女も大概、最初はやらかしております。態度激変で「お前の能力、先に知ってるぜ」とやられる怖さ。

 彼女も色々考えているようで、かなり混乱しておりました。


 さて、ここから少し宣伝をさせて頂きます。

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 そちらにご興味を持って下さった方は、作者名から作品一覧をご覧下さい。

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