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エドアルドさんは竜人自治区ではなく、王都の宿に滞在するそうだ。
私を拝み出すんじゃないかという態度のエドアルドさんが帰り。
私はグレンさんにもたれて、しばらく脱力していた。
すっごく疲れた。
大仰な人だと感じたけれど、そもそも聖女は世界の管理者のひとり。
そう考えれば、すごく重い存在だ。
ああいう態度をとる人がいても、不思議ではない。
でも困る。こっちは普通に生きている人間だ。
いや、今は竜人族の伴侶なので、人間の括りとはちょっと微妙だけど。
竜人族の人たちは普通の態度だし、今まで関わってきた人たちは、普通に接してくれていた。
私は普通に生活をしながら、浄化を進めていけばいいと思えていた。
聖女という言葉だけで私を見るのなら、ああいう人も当然いるのだろう。
私自身ではなく、聖女という存在として見るのなら。
思えば今まで交流してきたのは、私自身と接してくれる人たちばかりだ。
異世界から一緒に来たマリアさんとシエルさん。
セラム様やレティ、その周囲とご家族。
シェーラちゃんの家族、セシリアちゃん、商業ギルドの方々。
ドランさんたちや、料理人の人たち。
呼び方が『聖女様』になっている人もいるけれど、実質は菓子職人の私として接してくれていた。
私自身の意思や考えを尊重してくれた。
あんなふうに、拝まれそうな扱いは受けなかった。
竜人族の皆も、まず『ミナ』という私個人と接してくれる。
彼らは竜王として生まれたグレンさんのことも、特別視していない。
これは竜王が決めること、という線引きはあっても、グレンさんをちゃんと個人として扱う。
それと同じように、私個人に接してくれている。
お城に留まらず、竜人自治区に来て良かったと思う。
お城でそのまま知人を増やしていったら、もっと『聖女様』としての交流になってしまっていた気がする。
私が菓子職人として自由に厨房に立つことも、お城では難しかっただろう。
うん。ここに来て良かった。
何より、あの召喚の場にグレンさんやザイルさんがいてくれて、本当に良かった。
オルドさんが予言をして、セラム様やグレンさんたちが召喚の場に来てくれたと聞いているから、今度オルドさんに会ったらそのお礼も言いたいな。
「ミナちゃん、ドレスのお直し、出来たわよ!」
マリアさんが声をかけてくれる。
夜会のドレスは、お城から竜人自治区に届けられた。
お直しのための侍女さんも一緒に来ていたけれど、マリアさんがしてくれるというので断った。
豪華なドレスが五着も届いたことには驚いた。
聖女という言葉でイメージする清楚な白を基調に、グレンさんの色味を意識したドレスばかりだった。
いちばん私に似合いそうなものをマリアさんに選んでもらい、試着をすれば、サイズはぴったりだった。
たぶんレティのところで測ったサイズが使われたのだろう。
お直しはほとんど必要なかったけれど、少し動きにくいと感じたところを、マリアさんが気づいてくれた。
「ついでに付与もしておきましょうね。次の夜会って、変な人も出て来そうなんでしょう」
マリアさんはソルさんに弟子入りして、いろんな付与や効果をつけられるようになり、積極的に服や小物に付与効果をつけて、練習しながら楽しんでいる。
温度調整と防御系などを中心に、ドレスに付与を追加してくれた。
靴や小物類も一緒に届いたけれど、それらもマリアさん、ソルさん、そしてバルコさんまで加わり、加工をしてくれた。
衣装は、マリアさんとシエルさんのものも届いた。
私と一緒に異世界から来た人たちを紹介するという。
私への招待とは別に、マリアさんとシエルさんも招待されていた。
「会場では一緒に過ごしましょうね」
とのことだ。
お直ししてくれたドレスを着ると、すごく動きやすくなっている。
あと、あの温度調整の付与で、とても快適だ。
形は整ったけれど、礼儀作法が心配だなと思っていたら。
「あら、ミナちゃんたちは、そのままあちらの作法を通してしまえばいいのよ」
そうお義母様に言われた。
「ミナちゃんは姿勢も悪くないし、改まって挨拶をしてくれるときは、作法としてきちんと意識をしているでしょう。とても綺麗な姿勢で、異文化の作法として整ったものになっているわ」
そう褒められると、まんざらでもない。
うちの和菓子屋の接客で、お辞儀の仕方などは、練習をしたことがある。
あちらふうの礼儀で通せばいいのなら、気が楽だ。
「あなたたちは異世界から来られた人だと紹介されるのよ。異世界の礼儀でいいの。そもそも異世界から来た人が、こちらの礼儀をすぐにマスター出来るはずがないのよ。してはいけないこと、注意をすることだけは教えるけれど、それ以外は元の世界の流儀で大丈夫なの」
そう言われれば、そのとおりだ。
うん。気が楽になった。
「夜会、か」
グレンさんは、さすがに夜会の経験はないらしい。
ご両親とザイルさん、ティアニアさんもいるので、フォローはしてくれるはずだけど、少し不安そうだ。
「何かがあったときでも、剣は使えないな」
あ、そっちだった。
うん。それは使ったらダメだね。
そもそも持ち込んだらダメなやつじゃないかな。
「剣に頼らずとも、戦う方法はいくらでもある」
珍しく、お義父様の声がした。
グレンさん以上に低く重々しい声だ。
低く重いせいか、ちょっと聞き取りにくい。
グレンさんは低いけれど響きがいい。
でもあの、夜会で戦う前提は、どうなんでしょうか。
お義父様ってば、意外と好戦的なんでしょうか。
「あらあらまあまあ、ダメよ、あなたたち。夜会での戦い方は、直接的な戦闘じゃないの。舌戦で勝たなきゃいけないのよ。それに戦っていると意識させないことが大事なの。言葉で転がして、こちらの望む方向に持っていくのがベストよ。あからさまな口論なんて、下の下策よ」
おおう、お義母様、頼もしい。そして恐ろしい。
「番を守るのは、本当に難しいな。武力でそれなりに強くなっても、役に立たないことも多い」
グレンさんが悩ましげに言う。
「それなりに強くなった、だと?」
お義父様の重低音が、魔力の圧とともにグレンさんに向けられた。
いきなりの、ちょっと不穏な声。
「聖女を守るに足る武力を既に身につけたと、本当に思っているのか」
そしてお義父様が立ち上がる。
「よし、稽古だ」
グレンさんも素直に立ち上がった。
そのまま立ち去りかけてから、ふとお義父様がこちらを向いた。
「稽古場の周囲に、結界を張ってもらえるだろうか。周りに被害を出さないようにして頂ければ、全力が出せる」
ちょっと、なんか、すごい話になってきた。
え、本気の手合わせというやつ? 大丈夫なの?
「あらあらまあまあ、私も見学させてもらおうかしら。久しぶりねえ、あなたが全力で戦うのを見られるなんて。初めて会ったときを思い出すわあ。大型魔獣が迫ってきて、もうダメだと思ったところに、颯爽と現れて鮮やかに倒してくれたのよねえ。ひと目で惚れ込んだのに、竜人族だと聞いて、番でなければダメだとがっかりしていたら、私が番だって言うから、驚いたのよねえ。うふふ、夫の戦うところはカッコイイのよ! 義娘としてミナちゃんも応援してあげて。あ、ミナちゃんはグレンの応援になるかしら。ごめんなさいねえ、あの人相手だと、グレンは無様に負けちゃうけど、今日はカッコイイお義父さんの見せ場だと思って、見てあげて欲しいわ」
お義母様のテンションがバカ高い。
竜人族は、いつまでも夫婦仲がとてもいい。
私とグレンさんも、百年後とかの竜人族的熟年夫婦になっても、そうありたいなと思える風景だ。
ただ、グレンさんがやっつけられる前提みたいな話は、ちょっと納得いかない。
お義父様の方が強いかも知れないけれど、グレンさんが無様にやられるとかは、ないと思う。
そうして私はグレンさん、ご両親とともに鍛錬場へ行き。
すごいものを見た。
あのグレンさんが、お義母様が仰ったように、こてんぱんにやられている。
私はこれまで、グレンさんが最強戦士、みたいに思っていたけれど。
経験豊富な黒竜族の最強戦士は、どうやらお義父様らしい。
グレンさんはスピードもあり、攻撃の重さもあると感じていた。
でもお義父様はその上位互換という感じで、グレンさんのスピードをふっと躱して反撃する。
その力強い攻撃で、あのグレンさんが吹っ飛んでいる。
竜人族の中では、グレンさんはまだまだ若い。
お義父様も若い頃から身体を鍛え、ダンジョンに潜り、魔獣との戦闘をしているという。
経験値は圧倒的にお義父様の方が上だ。
お義父様は「稽古」として、グレンさんに指導をしている。
グレンさんを反撃で撃沈させたあと、ここに隙があるとか、この動きが悪いとか言っている。
私には二人の動きが、高レベル過ぎて、よくわからないことも多い。
正直、動体視力が追いついていない。
お義母様には見えているのか、「あなた素敵!」とはしゃいでいる。
息子が吹っ飛ばされて、はしゃげるお義母様もすごい。
私はその隣で手を握り合わせてハラハラしている。
まあでも、グレンさんもすぐに立ち上がるから、大丈夫そうだ。
念のためにあとで回復魔法をかけさせてもらおう。
クロさんがお義父様を強い人だと言っただけのことはある。
なんというか、強さの次元が違う感じだ。
そしてグレンさんを吹っ飛ばしたあと、フシューみたいな息を吐くお義父様。
私の頭に、ラスボスお義父様、という言葉が浮かんだ。
勇者が竜王のことを魔王と呼んだらしいけど。
お義父様の方が魔王っぽいよ。大魔王かな。
夜会編の前に、シエルさんの話を挟みたいと思います。
ミナ視点では出せない部分になってしまいそうなので。
長い話を書くいてると、頭の中とメモがとっ散らかってしまいがちですね。
次回から数話、このお話を冒頭から少しなぞる感じになります。