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「番、なのですか」

 大きく目を見開いたエドアルドさんが、私とグレンさんに確認してきた。


「はい。私はグレンさんの番です。だから騙されてるとか、そういうことはありません。グレンさんがそんなことをするはずがありません」


 竜人族の番がどのようなものかは、彼も知っていたようだ。

 なので、竜人族が番を騙すはずがないということは、理解された。

 そうかと頷いて、しばらく考える顔になる。




「人族の聖魔力を持つ者が、竜人族の番だったことはないと、耳にしたことがございますが」

 あれ、そうなの? と、私はグレンさんとお義母様、お義父様を見回す。

 すると彼らからも頷きが来た。


 竜王以外の竜人族の番は、聖魔力を持たない人族というのが、一般的らしい。

 へえ、そうなんだ。

 こちらの世界でも、血筋が近過ぎるとまずいとか、そういうのがあるのかな。

 遺伝子とかの法則って、元の世界と通じるところもあるんだろうか。


「一般の竜人族はそうだが、竜王の番は聖女と決まっている。竜人族は聖女の眷属であり、聖女と竜王は魂の伴侶。記憶を継承する竜王は、伴侶として聖女を助ける。それは世界の理のひとつだ」

 グレンさんがあっさりと返した。


 竜王の記憶は、竜人族以外に話しても、取り立てて問題はない。

 他の種族が世界の成り立ちや理などを知っても、問題はないそうだ。


 実際、昔は他の種族もいろんなことを知っていた。

 時代とともに、それらの伝承が他の種族では失われていった。


 竜王の記憶を話す判断は、竜王自身がするのだと、ザイルさんが教えてくれたことがある。

 ザイルさんは、聖女自身が世界の管理者だと知ることに反対したけれど、それを私に話す決定権はグレンさんにあった。

 グレンさんが話すべきだと決めたから、私に明かされたのだと聞いた。




 エドアルドさんは、また目を見張ってから、さらに考える顔になる。


 考えたあと、また質問が来た。

「竜人族の方々には、聖魔力を持つ方がおられます。まさか、それは聖女様の」

「ああ、聖女と竜王の子孫だ」

「では千年前の先代聖女が竜人族と番であったという記録も、真実であったと?」


 エドアルドさんは、新発見みたいに驚きで目を見開いている。

「いや、そうか。聖女だけが竜王という竜人族の番であるなら、この千年で聖魔力の持ち主と竜人族の番がいなかったことは、そういうことか」


 それから彼が考えるように漏らした呟きから察するに、先代聖女以降に竜人族と聖魔力の持ち主が番になることはなかったため、竜人族の聖魔力持ちは聖女の子孫とは別であり、千年前の聖女の情報も誤りだったと考えられていたようだ。


 しばらく考えていたエドアルドさんは、改まったように姿勢を正してグレンさんを見た。

「その方々が、我々神殿の要請を受けて下さらない理由を、お聞かせ頂きたい」


 そちらには、お義母様が答えた。

「竜人族の聖魔力を持つ者は、ラピドゥラの瘴気対策にあたっているわ。いちばん厄介な地域を竜人族が引き受けているの。他の地域まで引き受ける余力は基本的にないのよ」


 竜人の里の近く、世界の臍と言われるラピドゥラという窪地がある。

 そこが瘴気の吹きだまりになっているそうだ。

 今のように、あちこちで瘴気が噴き出すような状況以外でも、そこは常に瘴気の吹きだまりになる場所だという。


 特に聖女不在が長くなってからは、ひどい状態だったらしい。

 私がクロさんの浄化を進めたことで、その瘴気の規模が小さくなった。


「竜人族は、あそこの浄化が何より大切だと知っている。人の手に負える場所ではないの。あそこは聖女か竜人族にしか浄化ができない場所だわ」




 いちばん瘴気の噴き出しがひどい場所があると、神殿は知らなかったそうだ。

 中央神殿の傍にも瘴気が噴き出しやすい場所があり、彼らはそこが一番重要な地域だと考えていた。

 その瘴気の噴き出し方が弱まったことで、中央神殿は聖女の帰還を認識した。


 ラピドゥラは中央神殿から見て、竜人の里がある岩山の向こうにある。

 その奥や周囲には、魔獣が多く出没する大森林が広がっている。


 世界の臍と呼ばれるラピドゥラの存在は知られているが、魔獣が多く出没する大森林は、簡単に行ける場所ではない。

 なのでラピドゥラがどのような場所か、中央神殿の人たちは知らなかった。


 竜人族は竜人の里付近や大森林で活動していること、大森林に魔獣が多くいることは知っていたけれど、それがラピドゥラの瘴気の影響だとは考えていなかった。


 エドアルドさんはそうでしたかと、額を押さえてまた沈黙した。

 それからしばらくして打ち明けられたのは、竜人族に対して神殿が不信感を抱いていった経緯。




 竜人族の中に聖魔力の持ち主がいることを、神殿は知っていた。

 なのに竜人族は、それを公にしていない。

 そこにまず不信感があった。


 また竜人族の聖魔力の持ち主は、神殿とはまったく別の動きをしている。

 竜人の里付近の浄化はするが、神殿の依頼に応えるわけではない。


 聖魔力の持ち主が竜人族にもいるのに、なぜ協力しないのか。

 魔力の多い竜人族が協力してくれたなら、もっと瘴気の浄化は進むのに。

 そう考えて、中央神殿はもどかしく思い、竜人族に腹を立てていたそうだ。


 さらに中央神殿には、聖女と竜人族に深い関係性があると伝わっていた。

 聖女について、神殿に伝わっていない話を竜人族が知っている。

 そのため聖女が姿を消したことに、竜人族が関わっていたのではないかという憶測が生まれたのだという。




「あらあら。それだって神殿が出来た当初は、知っていたはずの情報よ。我々竜人族はラピドゥラを。それ以外の場所の瘴気は神殿が見つけて、人族の中にいる聖女の子孫が浄化をするという話になっていたはずなのよ」

「そうでしたか」

 エドアルドさんは沈痛な顔になっている。


 神殿側の事情として、火災により焼失した文書があったこと、口伝が失われていったことなど、千年の間に色々とあったようだ。


 聖女がいれば、竜人族と神殿の間に交流が出来る。

 でも基本的に竜人族と神殿は関わらない。


 千年のブランクがあったから、中央神殿は竜人族に不満を持ち、それがやがて不信感になった。

 竜人族側も変わっていった神殿のありように不信感を抱いた。

 そういうことらしい。




「神殿は聖女に仕えます。どうか我々をお導きくださいませ」


 エドアルドさんのその要請に、私は思わずグレンさんを見上げた。

 いや、だって、困る。

 導くと言われても、そんなの無理だ。


 私の助けを求める視線に、グレンさんは頷いてくれた。

「そもそもの話から説明をした方が良さそうだな」


 これを機にきちんと話し合って、いろんな誤解を正さないといけない。

 お義母様も深い溜め息を吐き、首を振っていた。


 たぶん正直に確認をされれば、竜人族はそれなりに答えを返しただろう。

 でも不信感が育ってしまった今は、竜人族の言葉のすべてに疑惑がつきまとい、神殿側は竜人族の言葉を素直に受け入れられる状態ではなくなっている。


 知らないところで話がこじれていた。

 千年の聖女の不在が、こんなところにまで影響していた。




 食事のあと、グレンさんからこの世界のサイクルについて話がされた。

 瘴気がどのように生まれるか。精霊王と聖女の役割。

 聖女の眷属として竜人族がいることや、聖女の伴侶である竜王について。


 ちなみに世界の管理者の一角、精霊王のクロさんは、食後のデザートに夢中だ。

 話をする間につまめるものとして、作り置きのサブレを出した。


『サクサクして美味いわあ。バターの風味がたまらんわあ』

 クロさん、ますますグルメな感じになっている。

 私は指先でそっと、ふかふかのクロさんの背中を撫でた。


 基本的なそれらの話のあと、千年前のハイエルフの賢者による勇者召喚と、聖女の魂が異世界に飛ばされた経緯も語られる。


「今回の異世界召喚がどのようなものかは、まだわかっていない。だが召喚により、異世界にいた聖女がこちらに戻った」


 グレンさんからの話に、私からも少し補足をした。

 竜人族に私が騙されていないかと心配していたのなら、スキルの詳細情報を通して私が知ったことも話すべきかと思ったからだ。


 聖女が異世界に魂を飛ばされた情報は、竜人族から出た話ではない。

 私がスキルの詳細を確認していて、回帰スキルで先代聖女が異世界に魂を飛ばされたことを知ったのだ。

 そのことを、エドアルドさんに語った。




 聖女が異世界にいた経緯をきちんと知ることが出来たので、エドアルドさんはしきりに頷いていた。


「聖女様が世界を見捨てられたとの声もありました。まさかそのようなことが起きていたとは。異世界召喚とは非道な行いではございますが、聖女様がこの世界に戻られたことは、嬉しく思います」


 この言葉は、たぶんこの世界で私が生きることを納得していなかったら、とてもひどい言葉として受け取ったと思う。

 急かさずに私の気持ちを待ってくれていた、ザイルさんたちに感謝だ。


 今の私だから、グレンさんと一緒に生きることを自分で決めた私だから、素直に頷ける。




「竜人族の皆様は、浄化よりも私がこの世界に根付けるように、私の気持ちを優先してくれました」

 これ以上の誤解がないように、私も伝える必要がある。


「グレンさんと一緒に、この世界で生きていく決意をしました。だからこそ、変な状況があれば正していきたいし、出来ることをしっかりやっていきたいと、今は思っています」


 おお、とエドアルドさんは感激したように涙ぐむ。

 ちょっとこの、大げさな反応は、どうにかしてくれないでしょうか。


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