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 翌日もクロさんの浄化を午前に二回して、休憩後の昼食準備をしていたときだ。

 竜人自治区に誰かが来たなと感じたあとに、賑やかな声が聞こえた。


「あらあらまあまあ、二人で厨房に立ってすっかり仲良しねえ。嬉しいわあ。今ソランたちの店でパンを買ってきたの。ミナちゃんとグレンも一緒に食べましょうよ。あら、でも今作っているのも美味しそうねえ」


 お義母様だ。後ろにお義父様も立っている。

 さらに後ろには、ひょろりと背の高い男性がいる。


「お義母様、お義父様、お久しぶりです! お元気でしたか?」

 手が離せないまま声をかければ、にっこりとお義母様が笑顔を向けてくれる。

「ええ、とっても元気よ。ミナちゃんたちも元気そうで何よりね。あら、でもちょっと疲れているかしら? 精霊王様の浄化を頑張ってくれていると聞いたけど、くれぐれも無理はしないちょうだいね。一番大事なのはミナちゃんの身体よお」


 朗らかに気遣いも見せてくれるお義母様の言葉が嬉しい。

 お皿の生姜焼きを狙っていたクロさんが、素早く私の肩に乗った。

 グレンさんのご両親だと教えたら、なるほどなるほどと頷いていた。


『竜王はんのご両親かいな。いや、親父はん、えらい強そうなお人やなあ』

 クロさんの感心する声。

 精霊王のクロさんが言うほど、お義父様が強い人だとは、すごいものだ。

 その言い方は、グレンさんより強いということかな。すごいな。




 ちなみにお米の発見や次々とレシピ登録していることで、各地の商業ギルドから食材見本が届いたと、テセオスさんが持ってきてくれた。

 有益なレシピが登録され、一般流通する商品になることを見込んで、地域の食材を各地が提供してくれたそうだ。

 その中に、探したかったものが、たくさん見つかった。


 緑茶もあった。中国茶的なものも。

 ある地域のダンジョンで採れるものらしい。茶葉そのままが採れるそうだ。

 魔力による謎現象だ。


 ニンニク的なものや、生姜もあった。山葵もあった。

 特定の地域では流通しているけど、広く知られていない食材という話だった。


 ひとまず本日は生姜焼きを作ってみた。

 キャベツ的な野菜の千切りを添えて、白ご飯と具だくさんのお味噌汁。

 それが本日の昼食だ。


 お義母様はソランさんのパンを買ってきたというけど、生姜焼きとパンはどうなんだろう。

 うん。まあいい。このままお出ししてみよう。




 お連れの男の人は、中央神殿のエドアルドさんと名乗られた。

 私が聖女だとお義母様から紹介されると、エドアルドさんは何かの魔道具のようなものと私を見比べて、最後に私を見て固まると、次第に目を潤ませた。


「ああ、聖女様。よくぞ…」

 感極まったように口にしてから、声を詰まらせる。


 悪意は感じないけれど、ちょっと怖い。

 好意らしいけど、なんかちょっとどうなのという気がする感じだ。

 憧れの芸能人に会えて、感激するファンみたいな大げさなもの。


「聖女が現れたからと神殿の人がゾロゾロついて来ようとしたけれど、聖皇様とその側近だけとさせてもらったわ。特にここに招くのは、ひとりだけとさせてもらったの。大勢に来られても困るでしょう、ミナちゃん」


 うん。困る。

 こういう人が大勢来るのは、とっても困る。


 引いてしまっている私の態度に、お義母様が「ンンっ」と咳払いをする。

 それに気がついてくれたのか、エドアルドさんは姿勢と顔を正して、私に頭を下げてきた。


「こちらの地域の神殿がご迷惑をおかけ致しました。誠に申し訳ございません」

 丁寧な謝罪だった。

「神殿へ強制的に所属させるなどと、聖魔力を持つ方々を不当に扱うばかりか、聖女様にまで要求をするなどとは」


「ではこちらの地域で神殿がしていたことは、中央神殿の意向ではないのね」

 彼の謝罪に、お義母様がそんな言葉を投げかける。

 どうやら中央神殿の人とお義母様たちは、事前にそうしたやりとりをしていないみたいだ。




「もちろんです。我々は世界の浄化を担って下さる聖女様と、その一族を助ける役目を持っております。管理など、とんでもない」


 神殿は、聖女とその一族を助けるために出来た。

 ヘッグさんが以前教えてくれたことを、中央神殿のこの人は言う。


「しかしながら、聖魔力の持ち主が聖女様の一族であること、信仰よりも聖女様方を助けるのが本来の役目であることなどは、神殿の上層部のみが知ることです。地域の神殿をまとめる大司教などは知らぬ者も多い」

「知らなかったでは済まされないでしょう。人を拘束して使い潰すみたいなやり方を、地域一帯でしていた。その管理を怠ったのは中央神殿でしょうに」


 お義母様の口調が容赦ない。

 口数も少なめに、鋭くなっている。


「返す言葉もございません。少なくとも前の大司教のときには、行われていなかったことです」

「神殿の教えが、聖魔法スキル持ちを管理するみたいな話になっているそうじゃないですか」

「聖魔力の持ち主について、地域の神殿が把握しておく必要があります。その話がどうやら、今のマーゴ大司教により、管理にすり替わってしまったようで」


 マーゴ大司教という人が、この地域の神殿を取りまとめる人らしい。

 その人が着任してから、様子がおかしくなっているようだと、エドアルドさんは語った。


 対するお義母様は、次々と批難する。

「個人の責任のように仰らないでくださいな」

 お義母様のこれほど鋭い口調は、初めて聞いた。


「こちらの地域の神殿がおかしいのではないかと、以前お伝えしたときに、取り合われませんでしたよね」




 あー、以前からこの地域で聖魔力を持つ人がひどい扱いを受けている話を伝えていたのに、ずっと対処してくれなかったので、お義母様は怒っているんだね。


 私は実際の被害に遭っていないけど、今も神殿に拘束されている人たちがいる。

 神殿で生活させられ、無理に浄化をさせられている人たち。

 そのことを考えると確かに、なぜ早く取り合ってもらえなかったのかという怒りはわかる。


 中央神殿の意向と違うことを、この地域だけがしているのなら、早く改善して欲しかったとは私も思う。

 けれどエドアルドさんは、お義母様を見て複雑そうな顔になる。

 それから私に目を向け、こちらに向き直られた。んん?




「聖女様に確認をさせて頂きたい。異世界におられたと耳にしましたが、どのような経緯でそのようなことになられたのでしょうか」


 どのような経緯があったのか、か。

 これって異世界に魂を飛ばされていた理由ということかな。

 前回の勇者召喚とか、回帰スキルで異世界に魂を飛ばされたという話を、してもいい状況なのでしょうか。


 私が困って言い淀んでいると、エドアルドさんは頷いた。

「竜人族に騙されておられる、ということは?」


 いきなり話が飛んだ。しかも不穏な方に。

 あれ、この人ってもしかして、竜人族に不信感を持っているということかな。

 それで竜人族の言葉を、これまで素直に受け止めていなかったとか、そういうことかな。


 あ、お義母様が眉間に皺を寄せて、額を押さえた。

 呆れているのか困っているのか。

 どうしたものかと考えて、ふとこのままでは並べたごはんが冷めるなと、思ってしまった。


「そうですね。ひとまずご飯を食べましょう! そのあと、ゆっくりと、ちゃんと話し合いをしましょう!」

 そう宣言をしたら、お義父様のお腹がぐうと鳴った。




 お義父様はグレンさんとともに、生姜焼きと白ご飯をモリモリ食べてくれた。お気に召したらしい。

 お義母様は、お味噌汁とパンの組み合わせがお気に召したようだ。

「このスープ、変わった風味だけどおいしいわあ。知らない味と香りなのに、なんだか懐かしい気がするのね。味の深みもあって、とてもいいわね。グダグダのお野菜が最高だわ」


 そしてエドアルドさんは、私の作った料理に感激している。

「聖女様が手ずから作られた食事を頂けるとは」

 ちょっと気持ち悪い。


 グレンさんが彼に警戒して、私のすぐ隣にいる。

 なんだか変な雲行きになっているなと思いながら、私はグレンさんの口に、キャベツを生姜焼きで巻いたものをお箸で差し出した。

 グレンさんは嬉しそうに食べてくれた。


「あらあらあらあら」

 気づいたお義母様が、うふふと笑う。

「まあまあまあ、本当に仲良しね。ミナちゃんたら照れずにそれが出来るようになったのね。いいことだわあ。人族はそういう風習がないから、私も最初は照れて、なかなかしてあげられなかったのよねえ。でも竜人族にとっては、とても大事な愛情表現なのよ。夫婦円満の秘訣なの! いい番を得られて、幸せねえグレン」

「ああ、オレもそう思う」


 おお、お義母様もやはり最初は照れたのか。

 だよね、そうだよね。

 異世界から来た私だけでなく、この世界の人も、あーんは照れるものだよね

 そう思いながら、今度はグレンさんから差し出されたパンを口にする。


 ふと、エドアルドさんがこちらを凝視していることに気がついた。


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