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「聖女様は、短期間でこれだけレシピ登録をされ、さらに保存食のレシピにも関わられたのですね」
商業ギルドから、あれらが聖女のレシピだとは、事前に聞いていたそうだ。
「世界を超えて不慣れな中、さぞお忙しかったでしょう」
料理長さんも副料理長さんも、私を労ってくれている。
「逆に、次々にやることがあったから、あまり不安は感じませんでした」
「でも元の世界とは、色々と勝手が違うものね」
「ですね。食材がまったく違いますもんね」
私とマリアさんの会話に、ビゴーさんが反応する。
「異世界の食材は、そんなに違いますか」
「まったく違います。こちらでは、卵やミルク系が木の実だし、小麦粉もそのまま粉だし」
「小麦粉は粉でしょう」
「小麦という穀物を粉にしたものが小麦粉です」
私の説明に、彼らは想像もつかないとばかりに、眉根を寄せている。
「卵やミルク系は、そちらの世界では異なるのですか」
「卵は鳥の卵です」
「それは、鳥になるものでは」
「そうですね」
ますます変な顔をされた。
まあ、そうだよね。こちらの世界では、卵は木の実。
いずれは鳥になる卵を食べるって、おかしいって思うよね。
「ミルク系は」
「牛などの家畜のお乳を…あ、家畜はいますか?」
「肉を食するために育てる動物はおりますな」
ああ、家畜はいるんだ。
「え、その家畜のお乳を、とるのですか?」
「それは、動物の子が飲むものでは」
やはりわからないという顔。
だよね。こちらの当たり前から考えると、不思議だろうね。
「それに家畜のお乳から、ヨーグルトやチーズはどのように」
「発酵させて作ります」
さらにわからない顔。
だよねだよね。こっちの世界に発酵食品がなくて驚いたものね。
すべて木の実で、種類や熟し加減で違うとか、私たちの方がわからなかった。
「世界が違うというのは、当たり前が当たり前ではないのですな」
料理長さんが感心しきりという声だ。
「食材のみならず、調理器具や調理方法もですかな」
「そうですね。そもそも魔法のない世界でしたから」
私が返すと、またも変な顔をされた。
「魔法のない世界」
副料理長さんやビゴーさんまで変な顔になっている。
「聖女様が、魔法のない世界で育たれたと」
あ、不安にさせたかな。
「物語で魔法が語られることはあったわ。私たちにとっては、おとぎ話の世界に入った感じかしらね」
マリアさんの言葉に、私も頷いた。
料理長さんたちも、想像力が働いたみたいだ。
「なるほど、神の国の物語などがありますが、そういった異なる世界に招かれたという感じですかな。なんとも、やはり大変そうですな」
副料理長さんが、ウムウムと頷いている。
「常識の違う世界で、この地に馴染もうと懸命に生きて来られた方に、あれらの噂は酷いものですな」
料理長さんから噂の話が出た。
「食材も調理方法も、慣れた調理器具もない中で、これだけのレシピ登録をされた方に、遊び回っているふしだらな印象の噂とは」
「世話を受けるだけの優雅な貴族女性しか知らぬ者たちの、勝手な想像ですな」
フンと副料理長さんも鼻を鳴らす。
実は竜人自治区で使用する調理魔道具は、あちらの世界の調理器具より便利だ。
でも一般に広められない魔道具だから、今それは言えない。
なので黙って手を動かす。
今はクラッカーに具材を乗せてカナッペにしたり、串でピンチョスを作っている。
パーティー料理と言えば、これだよねと提案したものだ。
串はマリアさんが即席で作ってくれた。
小さな器に小分けした料理はあっても、カナッペやピンチョスはなかった。
ほうほうほうと興味深そうに手元を見られている。
これも各自の工夫次第で、様々な組み合わせが出来るものだ。
それぞれが場にある食材で、独自の組み合わせを作り出した。
「是非とも、これらのレシピは夜会で活用いたしましょう」
「そうですな。聖女様によりもたらされたレシピだと、大々的に伝えるべきです」
お城の二人の料理人は、やる気に満ちあふれている。
そうして私に、要請が来た。
「出来ますれば、前日の準備には、聖女様にも是非ともご参加頂けまいか」
「ええ。是非とも現場での指導をお願い致します」
夜会前日の予定を突っ込まれてしまった。
ダメならいいと言われても、商業ギルド長の言葉がちらつく。
たぶん受けた方がいいのだろう。
新レシピを、この場のレクチャーだけで活用する不安もあるだろうし。
「前日準備なら、私も一緒に出来るわよ」
マリアさんまで協力してくれるというので、やるしかない。
話を受ければ、お二人はとても喜んでくれて、楽しみだと言われた。
なぜかビゴーさんも、前日の準備に参加することになっていた。
さて、その夜はヘッグさんが帰ってきた。
「あー、疲れた!」
ひとりで全員分の騎獣を駆けさせて帰ってくるのは、大変だったみたいだ。
リオールへの転移魔方陣の魔力は、竜人族であれば問題なく転移できる。
それでも魔力を多く使うので、転移後の休憩が必要になる。
回復魔法もなかったので、行きの倍の日数になったようだ。
回復用の魔力水を作って渡そうとはしたのだ。
でもヘッグさんから断られた。
精霊王の浄化が出来るようになったのだから、そちらに魔力を使うようにと。
夕食後の帰宅になったので、今日の試食の残りを、ヘッグさんに出した。
美味しい美味しいと、ヘッグさんらしく大げさに喜んで食べてくれた。
「ここの食事が美味くなったのは嬉しいが、ここ以外の食事が味気なく感じるのは困るなあ。オレ一生ミナについて行くわ」
「いえ、結構です」
一生ヘッグさんについて来られるとか、ちょっと嫌だ。
即答で拒否したら、情けない顔でしょげられたので、笑ってしまった。
「こちらにも美味しいもの、たくさんあるでしょう」
「まあな。でもパンがまったく違う」
「そちらはソランさんたちに頑張って広めてもらいましょう」
パンのレシピを事業として展開するのは、ソランさんたちにお任せだ。
いつかはパンも、お菓子も、私の登録したレシピが当たり前に広まるだろう。
私たちにとっては、慣れた味が外でも食べられるようになるかも知れない。
「このクレープってのも、美味いなあ」
「ボクはタルトが好きかなあ」
ヘッグさんが帰ったので、ドロップ品の分配のためにギドさんも来ている。
夕食は自分の下宿で終えたはずなのに、ヘッグさんと一緒に食べている。
二人がこうなので、グレンさんとシエルさんにも、デザートのお菓子を出した。
私が収納しているだけでも、ドロップ品は大量にあった。
特に、最後にグレンさんが倒したときの魔石や宝石、鉱石類が、すごかった。
他のフロアでもドロップ品を全部拾ってきたので、大量だ。
ドロップ品の分配は正直よくわからないので、私は収納している分を出して、あとはお任せと思っていたのだけれど。
「分け前があるのなら、出来れば魔宝石に加工できる魔石が欲しい」
そのシエルさんの言葉で、そうかと気がついた。
シエルさんは真剣に、帰還の魔法や、異世界に手紙を転移出来る何かを、考えてくれている。
異世界召喚のとき、あの国の魔術師が大勢倒れていたのは、召喚に多くの魔力が必要になった、魔力切れによるものだ。
となると、異世界絡みの何かは魔力が多く必要だ。
それをカバーするのが魔宝石になる。
「私も、魔宝石になる魔石がいいです。他は特に、必要ありません」
ダンジョンの中で採取した食べ物は、元々好きにしていいと言われていた。
なので、他のドロップ品で分け前があるのなら、魔宝石の素材がいい。
「オレも、魔宝石にしてくれ」
グレンさんまでそう言った。
ヘッグさんとギドさんは顔を見合わせる。
「何か、魔宝石が欲しい理由があるのか?」
シエルさんは私をちらりと見て、頷いた。
「帰還のための魔力が、恐ろしく必要になるだろう」
「帰還、するのか?」
「私たちではないが、いずれ必要になると思う」
シエルさんは昨日話し合った内容を、ヘッグさんやギドさんにも伝える。
「なるほどねえ、異世界と手紙のやりとりかあ」
ギドさんは、何度も頷いた。
「そういう理由で必要ならあ、大きな魔石はすべて残せばいいよお。どうせほとんどはグレンがミナちゃんを追いかけていったときのものだしねえ」
「そうだな。あのときの魔石は分配する必要がない。グレンのものだ」
そう言ってくれるけれど、皆で行ったダンジョンの成果なのに、なんだか申し訳ない気もする。
するとヘッグさんが、笑って宣言してくれた。
「全員で攻略していたときの食品以外の素材類は、ギドとオレで山分けさせてもらう。冒険者ギルドに全部持ち込んで、二人の口座に分配してもらうから」
「そうそう。あのあたりの素材は、魔宝石にできる魔石はなかったからねえ」
「あと特殊魔獣をミナが浄化して手に入った、魔石以外の稀少素材は、半分もらおうか」
「そうだねえ。珍しい素材は持ち込んで欲しいってギルド長に言われたからねえ」
その宣言はむしろ、私たちの気持ちを軽くしてくれた。
グレンさんだけで討伐した最下層の素材は、分ける必要がないという。
「残りの稀少素材は、まだ持っとけよ。そうそう手に入らないものは、その異世界絡みの魔道具とやらで、必要になるかも知れないからな」
「あとは、またブランデーケーキを作ってくれたらいいよお」
そちらの言葉には、ちょっと笑ってしまった。
「ありがとう。頑張って作らせてもらうよ!」
「じゃあ、ひとり五つで」
「いや、六つにして欲しいなあ」
えええと、本当に胸焼けとか大丈夫かな。
あまり食べ過ぎないようにね。
冒険者ギルドへ納品するものは、シエルさんが亜空間に収納して、明日冒険者ギルドへ一緒に行くそうだ。
ついでにマリアさんが、ドロップ肉の包みが新鮮だと言っていたことを話す。
「マリアさんがもっと欲しいなら、私がまたダンジョンに潜ろうと思う。浅い部分でとれるものだし、今回でノウハウはわかったからな」
シエルさんが嬉しそうに言う。
まるでぶんぶん振っている尻尾が見えるようだ。
ええと、もしかしてシエルさん、貢ぐタイプだったりする?