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「このたびは、お忙しい中ご無理を聞いて頂き、まことにありがとうございます。城で料理長をしております、クルムと申します」
「副料理長のパトスです。よろしくお願い致します」
おなじみ竜人自治区の門の傍の建物。
厨房でお会いした料理長と副料理長は、とても低姿勢だった。
あのあと、話はトントン拍子に進み、商業ギルドを通してレシピレクチャーが可能だと伝えてもらったところ、さっそく翌日にと返答があった。
そうして今、私の前には、お城の料理長と副料理長がそろっている。
お城の厨房に副料理長は二人いて、一人は本日の厨房を取り仕切っているそうだ。
さらに、なぜかアランさんがビゴーさんを連れてきている。
「先にミナ様からレシピを教わった者として、こちらの世界の料理人には掴みにくい感覚の差を感じました。それを埋めるお役に立てると思っております」
そうビゴーさんに言われると、お願いしますとしか言えない。
確かにこちらの世界の感覚と、私の感覚にはズレがある。
フィアーノ公爵家の料理人として、私がレクチャーしたレシピを、お茶会で実際に活用したビゴーさんがいてくれた方が、認識のズレには気づきやすいだろう。
「まず私、フルーツタルトとやらを頂いて感銘を受けました」
料理長さんが前のめりな姿勢になり、私を見据えて言った。
国王陛下と宰相さんのためにお渡ししたワンホールのフルーツタルトは、料理長の口にも入ったらしい。
そのときから、レシピを熱望されていたそうだ。
「また頂き物のカップケーキとサブレ、パウンドケーキというお菓子も、素晴らしいものでした」
隣で副料理長さんも、うんうんと頷いている。
王妃様が持ち帰られたお菓子も、料理長さんたちの口に入ったらしい。
「そしてフィアーノ公爵家で開かれたお茶会の軽食。見た目も味も食感も、今までにないものであったと耳にし、本日を実に楽しみにしておりました」
「昨夜は眠れませんでした」
いや、そこは寝て欲しい。
楽しみにしてくれた熱意は嬉しいけれども。
「夜会の日は迫っておりますが、材料が手に入るなら、是非とも新しい食事やデザートをお出ししたいと思っております」
「そちらについては、ミナ様のお菓子レシピに必要な素材は取り寄せの手配をしております」
さらっとテセオスさんが口を挟んだ。
そう、今日はテセオスさんまで来てくれている。
彼らより先に来てくれたとき、言われたのだ。
「うっかり新しいレシピを出されるかも知れませんので。私はその場に控えております」と。
うん。否定できない。
まずはタルトとクレープ、そしてサブレとカップケーキ、パウンドケーキなどの基本になる生地をレクチャーした。
あとは生クリームとカスタードだ。
果物などの組み合わせで色々と応用がきくので、それだけのレシピレクチャーで、組み合わせの例をいくつか教えれば、あとは各自でアレンジしてもらえばいい。
材料をそろえたところで、砂糖についての話がビゴーさんから伝えられた。
砂糖は水魔法で水分を抜き、粉で量るようにと注意され、目を丸くしている。
「水分量が変わると、食感がまったく違うのです。彼女のレシピの再現は、水分量が大きく影響いたします」
まあね。水分量は焼き菓子のできばえに大きく影響するからね。
そのあたりの分量をミスると、残念なお菓子にしかならない。
カチカチの焼き菓子とかね。すごく残念だよね。
彼らはメモどおりの分量になっているか、真剣に確認して作業を進める。
料理長さんが実際の調理をして、副料理長さんが手順をメモをする分担みたいだ。
カップケーキやパウンドケーキは、レクチャーしたプレーンタイプを彼らが作成する傍ら、私はアレンジ版のナッツや果実を練り込んだ物を作成した。
そちらも逐一、質問などを受けて答えたら、細かにメモをされていた。
生地を寝かせる時間で、別の生地を作成する。
この生地を寝かせるという考え方にも、ビゴーさんが言葉を添えてくれた。
なるほど、確かに助かる。この世界感覚での調理と、私の感覚との差を、ビゴーさんの説明が見事に埋めてくれる。
各生地を焼き、生クリームとカスタード作りを実演しながらレクチャー。
シエルさんに魔道具のハンドブレンダーを作ってもらったので、生クリームが楽に作れる。
それが終われば、あとは組み合わせの応用編だ。
「ほうほう、カスタードだけでもいいが、生クリームと組み合わせると、このようになるのですか」
「私はクレープで生クリームと果物が好きです」
「タルトはカスタードと果物が至高ですね」
料理長さんと副料理長さん、ビゴーさんの料理人三名で各自のアレンジをして盛り上がる。
さらにおかずクレープ、そしてタルト生地にもおかずを盛り付ければ、大騒ぎだ。
「肉と野菜に甘い生地とは。しかし確かに、甘味と塩気は美味ですな」
「これは、工夫の幅が広がります。見映えも色々と面白い」
「サラダよりは温野菜が合いますよね。いや、ここは芋か」
調理台に出している素材を見渡し、彼らは自分のアレンジを検討する。
「お芋そのままよりも、マッシュポテトの方が合うと思いますよ」
会話に口を挟むと、グリンと三人の顔がこちらを一斉に向いた。
ちょっと絵面が怖い。熱意がとにかくすごい。
「マッシュポテト、とは」
「茹でたお芋を、なめらかなペースト状にしたものです。スイーツ系のベースでカスタードを使うみたいに、おかず系のベースにマッシュポテトを使うのも、面白いですよ」
そうしてマッシュポテトを実際に作り、食べてもらうと、彼らは低く唸った。
「うぬうう。ひと手間かかるが、なるほど、いい。実にいい」
「この食感はいいですな。なるほど、ペーストですか」
「いろんな食材をペーストにしてみて、独自のアレンジをするのも面白いですよね。枝豆ペーストも色々と使えますし、彩りのある食材でやると、見映えのする料理になりますよ」
そんな話をする私の横で、テセオスさんが特殊レシピの書類を用意している。
はい、食材のペーストについて、登録するんですね。
わかりました。本日中にしっかりさせて頂きます。
それから見映えのする料理ということで、寒天寄せもレクチャー。
これも工夫次第で、おかずにもおやつにも使える。見映えも工夫次第だ。
ビゴーさんのときのように、粉末だしを活用してレクチャーすると、彼らはテセオスさんに詰め寄った。
「お任せ下さい。粉末だしも寒天も、なるべく多くをお城に納品できるよう、既に手配をかけております」
どの料理をレクチャーするとか、事前に説明をしていなかったのに、テセオスさんには予想されていたようだ。
ビゴーさんもいるから、寒天寄せは当然の流れだったのかも知れないけれど。
固め方で具材の配置が出来ることや、彩りなどの説明をして、各自で実際に作ってもらう。
その間に私はミルク寒天を作成。
ミニ寒天をミルク寒天の表面にちりばめた完成品には、おおと声が上がった。
「なるほど。彩りをほどこした寒天同士でも、見映えが変わると」
「濃い色の寒天ですか。こちらは」
「さっきの枝豆ペーストの応用です。野菜のペーストを甘くして、おやつに活用することも出来ます」
おおおと低いうなり声。
ニンジンペーストなど、試しやすそうな食材で彼らも早速試している。
料理長さんも副料理長さんも、仕事で調理方法を知りたいという気持ちもあるけれど、元々が料理好きの人たちなのだろう。
三人で料理談義に盛り上がるのが、本当に楽しそうだ。
いちばんの年配が料理長のクルムさん。副料理長のパトスさんがその少し下で、ビゴーさんはかなり若い。
でも年齢を超えて、料理の工夫の話で盛り上がっている。
自分が試しに作った組み合わせを共有して、この工夫はどうかと話し合っている。
私にはなかった発想も出たので、傍で聞いていて面白い。
調理助手として参加してくれているマリアさんも、ときどき口を挟んでいる。
ちなみにクロさんとアランさんは、傍らで試食を好きに摘まんでいる。
クロさんはともかく、アランさんは意思疎通がちゃんと出来ないはずなのに、なぜか意気投合している。
自然にクロさんを受け入れているアランさん、大雑把さが大物だ。
ザイルさんがこちらを気にしながら、彼らに付き合っているのが申し訳ない。
グレンさんは私の傍にいるので、ときどきお口に試食を入れている。
料理も手伝ってくれて、本当にありがたい。
あとで裏庭の運動に付き合わなければ!
「これらがすべて、異世界のレシピですか」
それぞれが作った物を合間に試食しながら、料理長さんが唸った。
「そうです。なので私のレシピというわけではありません」
私の言葉に、副料理長さんがいやいやと口を挟んだ。
「異世界の調理の技術は、しっかり学ばれた上の話でしょう。それともまさか異世界では、誰でもこのように調理が出来るものでしょうか」
「もちろん誰でもは無理よ。私なんてお菓子作りは、ホットケーキミックスを使って出来る程度よ」
マリアさんが笑って言った。
「ホットケーキミックス、ですか」
「誰でも簡単に作れるように調合された粉よ。決まった分量の水やミルクと混ぜて焼けば、誰でもホットケーキが作れるの」
「ほうほう、そういうものが異世界にはあるのですね」
マリアさんの説明に、試食用のテーブルからテセオスさんが反応した。
ホットケーキやパンケーキは、まだ登録していなかったかも知れない。
そしてそのレシピ登録とともに、ホットケーキミックスにロックオンされている気配を感じる。
「ミナ様は、その粉を作れますか?」
「ええと、ソランさんの膨らし粉もあるから、それに似た粉を組み合わせて作ることは出来ますけど」
なるほどと低い声で、テセオスさんが呟いてから。
「いいですね。その粉の流通を是非」
「夜会が終わって色々と落ち着いてから話しましょう」
私はテセオスさんの言葉にかぶせ気味に、きっぱりとぶった切った。
今その予定を挟まれると厄介だ。
もう一体の精霊王の浄化もあるし、夜会の次はそちらが優先だ。
「私たちの世界でも、調理には知識も技術も必要だわ。ミナちゃんは製菓職人として学んでいたし、お父様が職人さんだったのよね」
マリアさんが話を戻してくれる。
「はい。私はお菓子作り専門の職人を目指してました」
「バイトしてたお店でも、調理に関わらせてもらっていたのよね」
「ほんの一部ですよ」
まだまだ、バイト先で調理を任せてもらえていたとは、言えないレベルだ。
でも専門に学んでいたという話に、料理長さんは頷かれた。
「なるほど、異世界の菓子職人。その教えを受けられるとは、実に素晴らしいことです」
副料理長さんもビゴーさんも頷いていることが、なんだか面映ゆい。
突然の異世界生活で、技術を持っていて良かったなとは、私自身も思っている。
たぶん技術がなくても、聖女として課された役目はあっただろう。
でも、職人としてこの世界と関わることが出来なかったら、色々と気持ちが不安だったかも知れない。
聖女として状況に流されるだけでは、神殿に好きにされていた可能性もある。
世界の浄化もするけれど、自分で職人として生きていきたい。
その目標は、ここで生きる私の道しるべだ。
ふとスマホで読んでみたら、読みにくくて驚きました。文頭一文字下げはネット小説でも必要みたいですね。
他の方の作品を見て「ネット小説はこういうものなんだ」と、形式を寄せたつもりでしたが。
時間が出来れば、過去のものも修正したいと思います。
行間空けてみたりもしていたのですが、どういうのが読みやすい形式なのか。