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さて、夕飯では夜会に向けての動きを教えてもらえた。
「ジオスとエオナがまた来る予定だと連絡が来た」
義父母の名前だ。
夜会で私とグレンさんに、義父母も同行してくれるそうだ。
ザイルさん夫妻も来てくれるそうだけど、義父母がいてくれるのも、心強い。
「竜人の里付近の瘴気が収まってきたことで、中央神殿も聖女について認識をしてくれたらしい」
収まってきた、という言葉に、私はちょっと引っかかった。
だって、それまでは瘴気の影響があったということだ。
そういえば、グレンさんが遠征から帰って聖女の説明を受けたときに聞いた話。
竜人の里の近くに、いちばん瘴気が発生しやすい場所があると。
竜人族の聖魔力の持ち主が、竜人の里近くの瘴気を浄化してくれていると。
千年の聖女の不在で、浄化仕切れず溢れている瘴気が、あちこちに影響をもたらしていると。
あのときは、その次に先代聖女と竜王の話になり、そういうものかと聞き流していたけれど。
ひょっとして、すごく大変な状況だったのだろうか。
暢気にしていては、いけなかったのではないか。
「あの、私、パン作りとかに魔力を使っていた場合じゃなかったんじゃ」
少し焦って言うと、ザイルさんはそうではないと私を宥めてくれる。
「ミナは早い時期に、聖水で浄化を進める計画を立ててくれた。浄化への同行を見合わせていた間も、作れるだけの聖水を作り続けてくれただろう」
ザイルさんは私に向き合って、改めて説明をしてくれた。
「ミナにはまず、この世界に根を下ろして欲しかった」
私がこの世界に馴染むのを、優先してくれたようだ。
「本来はこの世界に生まれ、世界の瘴気を浄化する役割を、聖女は自然に理解する。だがミナは別の世界に生まれて、いきなりこの世界に来た。まずはこの世界を知ること、この世界にいてくれること、それが何よりだった」
それでも申し訳ない顔をしていたら、ザイルさんは困ったように笑って言う。
「ミナは、最初から我々に、浄化だけを求められていたら、納得できただろうか」
私がこの世界に来て、セラム様たちに保護されてすぐに、世界を浄化しなければと聖女の役割を求められていたら。
必要だと理解はしながらも、たぶん反発しただろうなと思った。
竜人自治区に来たときも、まだ自分がこの世界でどうしていくべきか、よくわかっていなかった。
漠然と、聖女として浄化を求められている程度には、理解していたけれど。
聖水作りで当面はいいだろうと、考えていた。
グレンさんとの番の儀のときは、すぐにグレンさんが不在になり。
帰ってきたグレンさんから、急いでするべきだと言われたのは、ダンジョン行き。
そうしてクロさんの浄化が今、進んでいる。
グレンさんもザイルさんも、他の竜人族の人たちも、私がちゃんと、この世界で生きていくことを決意できるように待ってくれていた。
「この世界にミナが来て、もうすぐひと月だ。この短期間で、充分に成果を出してくれた」
そうザイルさんは言ってくれた。
「精霊王の浄化をしてくれたことで、瘴気の噴き出しが弱まったそうだ」
それによって、中央神殿が聖女の帰還を認識した。
義父母が聖女の帰還と、この地域の神殿とのトラブルについて、中央神殿に伝えた話を、理解してもらえた。
「ジオスとエオナは、中央神殿の者をこちらに連れてくる。夜会のことを知り、中央神殿の者も参加した方がいいと話し合ったそうだ」
前回は、番の儀のことを知り、三日後くらいにこちらに来てくれたのだったかな。
一緒に夜会に出てくれるのは心強い。
あのおしゃべりなお義母様がいてくれたら、なんとなく心強い。
変な人たちが寄ってきても、言い負かしてくれそうだ。
とはいえ、任せ切りは良くない。
ちゃんと私も、対処できるようにならないと。
「クロさんの浄化、あまり進んでないように思えたけど、効果が出てたんですね」
夕食を終えて、肩にクロさんを乗せながら部屋へと歩く。
クロさんのところで、いくら浄化をしても、靄は薄くなっていなかった。
でも成果が出ていたと聞いて、ほっとする。
ちゃんと瘴気が収まってきている。
そのことが嬉しくて口に出せば、クロさんがそうそうと頷いた。
『せやなあ。溢れてた分の瘴気をこっちに引き寄せといたから、わてのところは溢れたままやねんけど。聖女はんが浄化進めてくれはるから、そっちも追々どうにかなるやろ』
どうりで、やってもやってもクロさんのところの浄化が進まないと思っていた。
別のところからクロさんが瘴気を引き寄せていたのだ。
『色々と悪影響が出とったからな。相方も気づいたんか、自分とこで引き受けられへん分、こっちに寄越しよるんや』
相方とは、対になるもう一体の精霊王。
気になっていたけれど、クロさんのところに瘴気を寄越しているということは、そちらは急がなくて大丈夫みたいだ。
『まあ、あっちはあっちで溜め込んだ分があるさかい、そのうち行ったってえな』
クロさんがそう言うので、いずれ行って浄化する必要はあるのだろう。
さて、翌日もクロさんの浄化を進めていたら、合間に来客があった。
テセオスさんとメレスさんだ。
このところ、商業ギルドとの対応はザイルさんがしてくれていた。
メレスさんが聖水を受け取りお城に納品、注文した食材なども届けてくれる。
私はザイルさんを介して、品物を渡したり受け取ったりしていた。
でも今日はテセオスさんが一緒なので、ザイルさんは私を呼びに来た。
「そろそろ登録するレシピがおありではないかと、思いましてね」
そうにっこりと要求されて、思わず目を逸らす。
どれだけ登録したか、実はよくわからなくなっている。
たぶんブランデーケーキとケークサレ、キッシュはまだだ。
あと、そうだ。
ご飯物レシピは色々と登録が必要かも知れない。
リゾットやパエリア、チャーハンとかも登録がいるかな。
これはマリアさんにも登録してもらったらいいかも。
そうしてマリアさんとお互いの得意料理を話し合い、それぞれのレシピを登録。
ご飯物レシピは、あちらの地域のギルドからも求められていたそうで、テセオスさんはホクホク顔だ。
他にもご飯のお供になるおかず、丼系料理のレシピなどを登録した。
あと、うるち米から作る上新粉や、餅米から作る白玉粉などが特殊レシピ。
それで実際に作った、白玉やお団子、大福などの和菓子レシピも数点登録。
ちょうどギドさんが遊びに来て、和菓子も気に入ってくれた。
クロさんは、白玉団子のモチモチさ加減がお気に入りだそうだ。
ダンジョンの枝豆は、塩茹で枝豆としてこちらの世界でも食べられていた。
でも、きな粉は活用されていなかった。
どうせならと、ずんだ餡も作ってみた。
好みが分かれるかも知れないけれど、私はけっこう好きだ。
白玉団子とあわせたら、クロさんは気に入ってくれた。
「お城の夜会に参加予定と伺いました」
取引が一段落したところで、テセオスさんが話を切り出した。
テセオスさんは心配そうな顔で、メレスさんは目をウロウロさせている。
「顔を出されるということは、聖女として表に立たれるのですね」
訊かれて、私は頷いた。
人前に顔を出す。その影響がどうなるかは、まだわからない。
でも陰で色々と言われる状況よりも、私の存在をオープンにした方がいい。
好き勝手な情報を流されるより、私自身から発信できる状態にした方がいい。
そう考えを変えたことを伝える。
「目立たなければ大丈夫、聖水のサポートでいいだろうと思っていましたが、あちらが積極的に変な噂を流すのなら、表に立つべきかなと思いました」
このままやられっぱなしはダメだと思う。
「あちらが勝手に流した情報が間違いだと、好き勝手にはさせないと、表に出ないと言えないでしょう」
消極策で、本来の情報を流せば大丈夫と考えていたけれど、それで解消する状況ではなさそうだ。
だったら表に出た方がいい。
私が表に出るだけで、あちらの勝手に流した情報が嘘だとわかる。
成熟した女性であることを前提にしたあの噂は、子供みたいな私が出れば、間違った情報だと一目瞭然だ。
「ではギルド長からの提案です。本日は忙しくしており、こちらに顔を出せませんが、伝言を預かっております」
テセオスさんは、姿勢を正して私を見た。
「最近の様々なレシピが、聖女様発信であることを、公開されてはどうかと」
私は少し理解が遅れて、しばらく考える。
そういえば、新しい保存食のレシピが私によるものだと、セシリアちゃんの本では既に書かれている。
他の色んなレシピ登録をしていることも、書かれていた。
確かにそこは隠すつもりはない部分だ。
あの本を知らないテセオスさんに、その話をして、実際の本を手渡した。
テセオスさんはざくっと内容を読んで、なるほどと頷く。
「実は登録されたレシピについて、王城の料理長からも、レシピレクチャーの希望が来ておりました。受けられては、いかがでしょうか」
食材の手配もあるので、あまりギリギリだとメニュー変更が難しい。
でも数日の猶予がある時期にレクチャーすれば、材料さえ融通がきけば、夜会でお披露目される可能性もある。
「あちらは教えて貰えるならいつでも、なるべく早い時期に、とのお話でした。レシピ登録者に都合を全面的に合わせると。夜会前日と当日はさすがに無理ですが、それ以外ならどうにでもなると」
今なら夜会のメニューに加える可能性もある時期だ。
その方が、噂払拭に向けてさらに有効ではないか。
次々に新レシピ登録をしていた者が、聖女だった。
あの噂のような時間を持つ余裕はなかったと、さらに噂の否定材料になる。
様々な思惑が入り乱れる中、商業ギルドが全面的に後押しをしている存在だと知らせることにもなる。
下手に聖女へ手を出せば、商業ギルドすら敵に回しかねない。
そう思ってもらえた方がいいのではないか。
聖魔力だけの話ではない。
食の改革という点において、遠方の食料事情まで改善した。
たかが一国の一勢力だけで囲い込めない存在だと、知らしめることも出来る。
大きな存在感を示すことで、手出しを出来なくする。
存在を表に出すなら、そこまでやるべきではないか。
それらが、商業ギルド長からの提案だった。