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 セシリアちゃんは、自分の書いた話を目の前で読まれることは平気らしい。

 本を読む私たちの前で、並べたサンドイッチとケークサレ、キッシュなどを食べている。

 美味しいですわねーとご機嫌だ。


 ティアニアさんまでマリアさんと一緒に夢中で読んでいるので、セシリアちゃん付きの侍女さんが、お茶のお代わりを淹れていた。


 私視点は、戸惑いながらもグレンさんに好意を感じていく初々しい印象だ。

 でも所々に、第三者視点のコメディが入る。

 グレンさんの行動や私の対応に、ツッコミが入っている。




 書かれているのは番の儀を終え、遠征に行ったグレンさんと再会するまで。

 異世界召喚され、あの国を脱出して。

 グレンさんに支えられながら、この世界で生きるために動き出す。

 この世界の人たちと関わり、保存食の改良をして、聖女としての役割を超えて世界に馴染もうと、私が奮闘する。

 そんなお話になっている。


 この世界を知り、瘴気の浄化という聖女の役割を知り。

 大規模瘴気溜まりの浄化を受けて立ち、聖水で対応することを考えて。


 お城に招かれたけれど、自分できちんと生活がしたいと希望。

 そうして竜人自治区に来て、グレンさんと話して、この世界で生きることを決意。

 花祭りデートに誘われ、自分がグレンさんの番だと知り。

 惹かれていたグレンさんとの関係を深め、この世界に根を下ろす。


 世界の違いへの戸惑いと、竜人族というものを知っていく過程。

 家族を恋しく思いながらも、この世界で生きる決意をする聖女の健気な話。

 先代聖女と勇者のことは話していないので、手違いで別の世界に聖女の魂が迷い込み、異世界召喚により帰還したというお話になっている。

 でも各所にコメディな雰囲気あり。




 広まっている噂払拭のためと考えれば、とてもいいと思う。

 なぜなら事実そのままに、お城に来てから侍女さんに世話を焼かれて寝落ちした、一日目の話があり。

 二日目は朝からレティが来て、そのまま夜のパジャマパーティまで一緒。

 そして三日目は朝から王家の方々と話し合い、午前中に竜人自治区へ移動。

 竜人自治区の生活も、改めて書かれると、日々が非常に慌ただしい。


 噂のように、お城で男性を誘惑する隙がないことが明白だ。

 事実そのままの時間経過で、滞在日数などは裏付けも可能だ。

 竜人自治区に来てからは、納品のための聖水を作り、お城に行く必要がない。


 実際にお城へ行ったのは、番の儀直前の、招かれた一度だけ。

 国王夫妻との面会後、庭園でのお茶会。

 帰りは商業ギルド経由で竜人自治区へ帰宅。

 すべて集団で行動し、貴族男性と会う隙間は欠片もない。


 あとセラム様視点や、お城のことはレティ視点も入っているのだけれど、どういうことだろう。

 セシリアちゃんに聞くと、こともなげに答えてくれた。


「快く、聞き取りに応じて下さいましたわ」

 レティやセラム様にも、あの勢いで色々と聞き込んだらしい。

「王族の方々も、フィアーノ公爵家の方々も、今回の件には全面協力をして下さると仰いました」


 どうやらアランさんとの面識を利用して、突撃取材をしたらしい。

 思えば病気のときも、セシリアちゃんの勢いはすごかった。

 健康になり、さらに行動的になったということか。


 なんだかもしかして、治癒魔法を使ったことで、とんでもないご令嬢が生まれてしまったかも知れない。

 アランさんに打診をして、レティに突撃取材をして。

 今の噂を払拭するため、私とグレンさんの恋愛話を書いてくれた。




 この本を完成させるため、レティの事情も話の一部として書かせて欲しいと伝えたら、レティは快く受けたそうだ。

 特に王子妃教育のときの嫌がらせは、レティの父、公爵様が大々的に書いて欲しいと言ったそうな。


「レティアーナ様のポテンシャルが、嫌がらせをした人々の心を折った、無自覚反撃を書いておいて欲しいとのことで」


 なぜかセシリアちゃんがドヤ顔だ。

 そして確かに、その話も書かれている。

 喜んで勉強に邁進するレティと、その背後で膝をつく教育係たち。


 うん。まあ、うん。

 レティがいいならそれでいいけど、何やら天然炸裂的な話になってしまっていないかな。

 可愛いからいいのかな。




 セラム様視点の話もある。

 話を聞きながらレティと仲良くなり、どうせならセラム様の話も聞かせてもらえばいいと、レティから提案してくれたそうだ。

 そうしてお城の図書棟で、セラム様の話を聞いたという。


 召喚後の王様とのやりとりについては、セラム様視点の部分もある。

 お城で遭遇する、甘えた声の女性たちみたいだと構えていたら、王様に誓約魔法を使い、あちらに行動制限をかけていたと知ったときの、セラム様の心境。


 その後、グレンさんの番だと知り応援していたけれど、抱き上げて私を運んで来たグレンさんの行動にツッコミを入れていた、二日目の夜について。


 セラム様はあのときこんなふうに思っていた。

 今さらながらに知ってしまい、ちょっと微妙な気分もある。




 ともあれ、いろんな人が協力してくれて、書き上がった本。

 取材みたいに話を聞きに行ったこと、それを本という形にしたこと。

 セシリアちゃんがすご過ぎる。


「こんなに早くに作るの、無理してない?」

 心配になった私が訊いたら、満面の笑みが返ってきた。


「無理はまったくしておりませんわ! だって身体のどこも痛くなく、苦しくなく、ただただ楽しいのです! うっかりすると食事中に寝そうになりますけれど、とにかく書くのが楽しいのです!」


 ダメそれー! 寝て、ちゃんと寝て!

 慌てて私とマリアさんが、ダブルで説得する羽目になった。

 私たちの説得に、セシリアちゃんに着いてきた侍女さんが、重々しく頷いた。


「完成いたしましたので、今夜こそはしっかり寝て頂きます」

 侍女さんが力強く宣言してくれた。

 セシリアちゃんはちょっとむくれていた。




 まあ、でも、この本の目的は、噂の払拭だ。

 きっと私が出る夜会までに話を広めようと、頑張ってくれたのだろう。


「ありがとう、セシリアちゃん」

 物語の展開に不要な、私のアリバイ的な話まで書いてくれているのは、そういうことだ。

 私の感謝の視線に、セシリアちゃんは満足そうに頷いた。


「次の夜会には聖女様もお出ましだと、聞き及んでおりますわ。であれば、早々にこの本を広めたいと思っております」


 本が好きな人たちが集まるサロンが、ちょうど明日に開かれるという。

 そこでセシリアちゃんは、この本を複製して、販売する予定らしい。


「書き写して頂いて広めるよりは、販売形式の方が早く広まります。我が家も特別な紙で作った本という製品を、新しい商売にするつもりです」

 清書する人員を集めて、今までのセシリアちゃんの話も、この本も、販売していくそうだ。


「次の話が出れば書き写しをしたいと、求めて下さっていた方が、既におられます。その方々に、早々に販売をさせて頂きますわ」




 そこでザイルさんが、セシリアちゃんに提案した。

 竜人自治区には、複写魔道具なるものがあるそうだ。

 複製したい書類と、紙とインクをセットすれば、セットした紙に書類の内容が複写されるというものだ。


 魔宝石の魔力で動くので、魔力を補充すれば何度も使える。

 清書する人員を集めているそうだが、複写魔道具も活用してはどうかと。


「まあ。そのような魔道具は、商業ギルドにしかないと耳にしておりましたわ」

「竜人族の賢者が昔作ったものだ。今回の本のためなら、貸し出そう」

「ありがとうございます!」


 セシリアちゃんは、嬉しそうだ。

 清書のための人員はまだ集まらず、伯爵家の使用人たちが主に清書してくれていたが、無理をさせそうだったらしい。

 自分はともかく、使用人に無理をさせるのはどうかと思っていたという。


「ならば寝て下さいませ」

 ボソリと侍女さんが低い声で呟いた。









 セシリアちゃんが帰ったあと、ひと眠りして、またクロさんの浄化をした。

 そのあと少し休憩をしていたら、グレンさんが身体を動かしたいと言った。

 今までもお部屋の中で出来る筋トレみたいな運動は、同じ部屋でしていたけれど、広い場所で身体を動かしたいという。

 そうしたいとは思うものの、私と離れるのは嫌みたいだ。


 なので一緒に裏庭へ行く。

 グレンさんが武術の型のようなものを、大きな動きでなぞるのを、しばらくは格好いいなと眺めていた。

 でも時々目が合うので、視線で気が散るのかも知れない。

 そう思って、私はまたセシリアちゃんの本を読んだ。

 さっきはざっと読みだったので、改めてゆっくりと私とグレンさんの話を読む。


 そこへシエルさんが来た。


「少し話をしても、いいだろうか」

 なんだかしょんぼりした顔だ。マリアさんも一緒だ。


「ミナは、あちらに帰れないと聞いた」

 シエルさんは、いきなりそんな話をした。

「早くから、ここで生きる決意をしていたと、マリアさんからも聞いた」


 今回のクロさんの一件で、シエルさんにはヘッグさんが詳細説明をしたと聞いた。

 本来この世界に生まれるべきだった私が、あちらに生まれたこと。

 私はこの世界に『帰ってきた』という認識になること。

 だから、戻る方法が見つかっても、私はあちらに戻れないこと。


 聖女の浄化が世界に必要で、この世界の仕組みの一部になっていること。

「聖女だから帰れない。理解はしたが、私になにか出来ることはないか」


 グレンさんが、動きを止めて聞いている。

 私が家族を恋しく思っていることは、グレンさんも知っている。

 この話は、グレンさんとしても複雑なのだろう。




 私は大きく息を吐いて、吸って、お腹にためた。

 うん。大丈夫。私にはグレンさんがいるから。


 だから私の希望はひとつ。

「手紙のやりとりが、出来ればいいなと思っています」

「異世界と、か」


 シエルさんは難しい顔になった。


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