12
翌朝、またしても寝起きドッキリの心境になりまして。
そこにグレンさんが、優しい目で頭を撫でてきた。
「おはよう。よく眠れたか?」
相変わらずのイケボに腰が抜けそうになるけれど。
やはり子供を保護している感覚かと、理解した。
ちょっとこのドキドキを返せと思わなくもない。
周囲は明るくなり、馬車の他の人たちは、みんな起きていた。
二度寝をした私がひとり、寝坊をしてしまったようだ。
なんだか視線が生ぬるいが、色々と不可抗力だ。
ようやくグレンさんの膝から下ろしてもらい、座席に腰掛ける。
そうして、みんなに頭を下げた。
「昨夜はみっともなく泣いてしまい、そしてそのまま寝てしまいまして、申し訳ございませんでした」
きっちり謝罪はしておくべきだ。
何しろ、これからお世話になる国の方々と、数少ない同郷の人たちだ。
「気にするな。異世界召喚されたという状況では、無理もない」
「ああ。むしろ、よく頑張ったな」
セラムさんから労られ、ザイルさんも隣で頷く。
「お前のその頑張りのおかげで、助かった。礼を言う」
シエルさんから、お礼を言われ。
「お互い様よ。いちばん最初に取り乱したのは、私だもの」
マリアさんからは共感された。
そしてグレンさんは、またあの優しい目で、頭を撫でてきた。
く、完全に子供扱いか。
明るい中で、改めてグレンさんを間近に見ている。
アイラインを描いたような、くっきりとした目が印象的だ。
鋭い目つきに感じるのは、これのせいかと思った。
そしてザイルさんの目も、同じようなくっきりとした目。
肌の色味は違うけれど、親戚かなと思うのは、パーツが似ているせいらしい。
そのザイルさんは、頭を撫でられている私を、ニヤニヤ笑って見ている。
さっきは労ってくれたが、そのニヤニヤは何なのかと、物申したい。
ついでにマリアさんからもニヤニヤを感じる。
抱えられて寝ていたことに、何か言いたいなら言えばいい。
どう言われようと不可抗力だったと主張する。
馬車から降りての朝ご飯休憩でも、護衛の皆様に謝罪だ。
「昨夜はご迷惑をおかけいたしまして、申し訳ございませんでした」
こちらもケントさんを始め、皆様に労られる。
なんだか気恥ずかしく思っていると、さらに微笑ましそうに見られ、さらに気恥ずかしい。くうっ。
私が出したお菓子の箱は、シエルさんが亜空間魔法で預かってくれていた。
あのまま食べてもらうには、私が大泣きをしてしまったので。
雰囲気的に食べることができなかったのだろう。申し訳ないことをした。
改めて保存食を食べたあと、皆様に振る舞えば、驚かれた。
「なんだこれは!」
「ふわっとして、口で溶ける」
「外はサクサクしてるぞ」
「甘いが、うまい」
食レポか。コメント上手だね。
ミニタルトの詰め合わせだったが、大絶賛だった。
こちらの世界のお菓子は、固い焼き菓子などが中心らしい。
砂糖は貴重品でもなく普通に流通しているそうだ。
でもお菓子の技術は、そんなに発達していないという。
また食べられるのかと訊かれ、少し考える。
「材料があれば、私なりのものは作れますけど、異世界の食材がわからないから、なんとも言えませんね」
「ぜひ作ってくれ!」
「売っていたら買う!」
「給料を注ぎ込んで買う!」
主に護衛の方々に、熱く迫られた。
肉体労働系の方々なので、甘い物は好きなようだ。
その日もハードだった。
街道ではない荒れた道を馬車で急ぎ、疲れるたびにエリアヒールをかける。
シエルさんが結界を張り、強引に草原の中や、森の中の道などを進んでいるのだ。
もちろんマリアさんによる、馬車への浮力付与もある。
そうして昼頃に休憩をとったすぐあと、街道に出た。
そこからバーデンまでは、それほどかからずに着いた。
街の入り口は、異国の使節団である証明書であっさり通れた。
異国の公式の使者を、交通の要となっている街が拒むなど、基本ありえないのだ。
下手をすれば国際問題に発展する。
犯罪者の国外脱出阻止など、王都からの指示が出ていれば別だが、王都からここまで通常速度では、あと数日かかる距離だ。
早馬にしても、今回私たちが取ったような、回復魔法を酷使するような手段は使えない。
無茶をした甲斐があり、早馬よりも私たちの方が先に、この街に着いたらしい。
また国境にいったん向かったことでタイムロスはあったが、何か特殊な手段を使うとすれば、国境側に手を割くだろう。
サフィア国へ行くことを、ここまで来れば邪魔されることはないはずだと言われ、ほっと息を吐いた。
転移魔方陣がある施設へと向かう、ゆっくりペースの馬車の揺れに身を預ける。
どっと疲れた。魔力値はまだ残っているが、気力が絞られた感じだ。
隣のグレンさんから、また頭を撫でられた。
そういえば、夜の配置が今日も続いている。
体の大きさから、この配置が楽だと言われたのだ。
進行方向に、普通の大人サイズの、マリアさんとシエルさん、セラムさん。
逆側に大柄なグレンさんを真ん中に、縦には大きいが横幅は普通サイズなザイルさん、そしてチビの私。
言われてみれば、サイズ的に都合がいいのだろうけれど。
ことあるごとに頭を撫でられているのが、なんだか納得いかないのですが。
転移魔方陣には、異世界召喚された私たち三人で、魔力を注入した。
『私たちがこの国を出たら、けして私たちに干渉しない』の項目があるので、大丈夫だとは思ったけれど。
自分たちの意思で国を出るという条件には、自分たちで転移魔方陣に、魔力を注入すれば完璧だと思ったのですよ。
注ぎ込まれた魔力に、魔方陣が反応して光を放つ。
その光が強くなり、ふわっと体が浮いた感覚がして。
光が収まると、違う建物に立っていた。
あの召喚のときの感覚に、少し似ていた。
そうして私たちは、サフィア国のリオールという街にたどり着いた。
次回の別視点を挟んで、次の章になります。