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118 夜会の準備


 翌日は、朝いちばんにクロさんの浄化。

 帰って休憩してから、朝ご飯を食べて、その休憩後にひと眠り。

 起きたら、もう一度クロさんの浄化。

 そして午後にまた、お昼寝のあと浄化して。


 グレンさんの魔力譲渡も受けながら、三回の浄化をした。

 合間の休憩は、セシリアちゃんの本を、グレンさんにもたれて読んだ。


 グレンさんは私と背中合わせで、武器や道具の手入れをする。

 私に影響がないよう気をつかってなのか、慎重な動きだ。

 邪魔じゃないかなと離れようとすると、目線で咎められる。


 離れようとする私に、少し拗ねた顔をして、そんな自分に戸惑っている。

 うん。こんなグレンさんも新鮮だ。




 昨日も今日も聖水を作れそうにない。

 でも納品の倍ほどの聖水を作り続けていたので、当面は大丈夫だ。


 クロさんの浄化にどれほどかかるのか、まだ先が見えないことは不安だけれど。


 セシリアちゃんの本は、とても面白かった。

 あちらの世界の小説を読み慣れていると、少しわかりにくい表現もある。

 でも緩急のきいた物語の構成が、とても面白い。


 こちらの世界の一般的な小説を知らないけれど、ティアニアさんは絶賛していた。

 読み物の少ないこの世界では、きっと画期的な作品なのだろう。




 ご先祖様の恋愛は、幼なじみ同士の純愛だった。

 ひとり娘に婿入りしてくれる、近隣領地の気心の知れた次男。

 でも騎士をしていた彼は、戦地へ赴くことになった。


 届かない手紙。

 想いを書きためる日々。

 思わしくない戦況を伝え聞き、彼の家族が婚約解消を持ち出す。


 主人公を思いやっての提案ではあったが、主人公はひたすら待つことを選んだ。


 そうして行き遅れと言われるようになった数年後。

 ようやく彼は帰ってきた。


 もう主人公が他の男と結婚しているだろうと思い込み、それでも会いたいと、自宅よりもまず主人公の領地へ来た幼なじみの男性。

 信じて待っていた彼女と、抱き合って再会を喜ぶ。


 それからの幸福な結婚。子供も授かり、家族で過ごす幸せの日々。

 途中でドキドキしながらも、じんわり胸の温まる話だった。




 もうひとつはロミオとジュリエットモチーフと思ったけれど、彼女さんのバイタリティーがすごかった。

 そもそも彼氏さんの方は、家で不遇だったようだ。


 騎士の家に生まれたけれど、彼は文官になりたかった。

 なのに勉強は軟弱だと取り上げられ、剣を取らされる日々。

 そして剣で痛めつけられた日は、勉強をまともに出来る状態ではなくなる。


 社交界で互いの家名を名乗らずに、庭園で黄昏れている青年に、彼女さんが声をかけたのが始まり。

 青年は鬱屈した心境を吐き出し、彼女さんがやりたいことをやれと煽る。


 彼女は王都にある、叔父の小さな家を相続していた。

 家族も知らない、彼女だけに残された遺産。

 その家を彼に貸し出すからと、家出をそそのかす。


 青年は、彼女さんが敵対派閥の家の娘だと知るものの、彼女の提案に乗った。


 落ち着いた状態で勉強をして、一年後、彼は難しい高級文官の試験に通った。

 髪を染め、平民としての名前で受けた試験だった。

 貴族であればもっと上の役職だったはずだけど、それなりに高給だ。

 しばらく働いて生活が軌道に乗ると、彼は彼女に求婚をする。


 彼女もそれを受け入れたけれど、そこから父親の猛反対に遭った。

 平民との結婚を許されず、彼が自分の出自を明かせば、さらに反対される。

 結果、彼女さんまでが家出をした。


 彼女は家を出て、神殿で平民として彼と婚姻を結んだ。

 彼氏の家族も彼女の家族も、二人の行方を知らない。

 二人はそのまま家を捨てて、平民として生きていく決意をする。


 そうして子供も授かり、平民として、彼女と彼は幸せに暮らしました。

 それがセシリアちゃんの書いた物語。




 さて、本にはメモが挟んであった。

 この物語を書いた経緯と、その後の顛末だ。


 社交界で知られていたのは、反対派閥同士の男女が同棲しているという噂。

 彼女さんのお友達が、その噂に嫌そうな顔をして、セシリアちゃんにそっと真実を教えてくれた。


 二人の行動力や能力に感動したセシリアちゃんは、お友達を通して彼女さんに、話を書きたいと迫った。

 彼女さんのお友達も、二人の名誉回復がしたいのだと、一緒に説得したという。


 そうしてセシリアちゃんの書いた話が広まり。

 二人が平民として既に結婚していることが、社交界で知れ渡った。


 高級文官になれる能力を持つ人材に、無理矢理騎士の修行をさせていた彼氏さんの家には、批難が集中した。

 貴族出身の高級文官なら、もっと権限を持たせられるはずだ。

 なのに平民としての役職に甘んじるしかない状況を作った実家は、人材の大きな損失をさせる凝り固まった考えの家だと、冷ややかな目を向けられた。


 一方で彼女さんの方は、柔軟な思考で領地の改善を提案し、領民にも近隣領の領主たちにも、領地の役人たちにも愛されていた。

 そんな彼女の失踪の原因を知り、彼女さんの家も、近隣領の領主や領主夫人の怒りを買った。


 話は彼女の領地にも伝わり、領民たちも大激怒。親類も大激怒。

 ついでに、自家に有利な政略結婚として、とんでもない相手に嫁がせようとしていた夫の計画に、彼女さんの母親がキレた。


 また彼氏さんの家族も、長男はともかく三男も、父には不満が大きかった。

 領地経営などが下手な父と長男の補佐を、実は次男がしており、使用人や領地の役人、はては領民たちも大激怒。


 結果、両家の当主は二人に謝罪をして、二人はそのままの生活で、貴族籍に戻ることになった。

 その頃には子供も生まれ、孫の可愛さに両家の母親たちが協力したこともある。




 物語には書かれていない裏話の手紙は、興味深かった。

 むしろ彼女さんの領地での話も読みたいと、その裏話を知ると思う。

 今度セシリアちゃんに言ってみようかな。


 今は貴族出身の高級文官として、彼氏さんは爵位を得たという。

 この国の身分制度のルールは知らないけれど、平民として難しい試験を受けて合格した彼は、きっとすごい能力を持っていたのだろう。


 私がそんな感想を話したら、グレンさんも興味を持ったみたいだ。

 武具の手入れを終えたグレンさんも、その本を読んでいた。


 二日目はそんなふうに、ほとんどグレンさんとくっついて過ごした。


 ちなみにクロさんは、浄化の合間はソランさんのパン屋へ行っていた。

 看板動物的に、カウンターで竜人たちにご挨拶をしていたそうだ。

 そして購入したパンの一部を、そっと与えたという竜人族の皆様。


 まあ、お互いに良ければいいけど、自由だなクロさん。




 そして三日目。

 朝二回の浄化をして、休憩したあとの昼食準備中、セシリアちゃんが訪ねてきた。


 買い出しに行こうとしていたモズさんが、またもそれを伝えに来てくれたので、多めに作った昼食用のサンドイッチをそっと渡した。

 喜んでくれたので、まあいいんだけど、毎度申し訳ない。


 あのときのように、マリアさんとザイルさん、ティアニアさんも一緒に、門の傍の迎賓館的な建物に向かう。


 セシリアちゃんのことは、既にモズさんがお部屋に案内してくれていた。

 部屋に入り、挨拶をしてソファーにそれぞれ座って。

 セシリアちゃんはその間中、私とグレンさんを凝視する勢いだ。


 なぜなら私はグレンさんにずっと抱き上げられている。

 グレンさんに抱えられて登場し、今はソファーでグレンさんの膝の上だ。


 グレンさんの状態は、まだ落ち着かない。

 グレンさん本人も戸惑っているので、しばらく心が安定するまでは、この状態が必要なのだろう。




「諸事情で、今はこれが日常生活です」

「諸事情とは!」

 私が簡潔に説明したら、食いつかれた。


 でもさすがに先代竜王のトラウマは説明できないよね。

 あと私の肩にクロさんがいるけれど、精霊王だなんて紹介できないよね。

 どうしよう。


「浄化のお仕事で色々とあったんですけど、今は説明できません」

 きっぱりと言ったら、引き下がってくれた。


「初対面ではクマを抱き、今はあのときのクマのように抱かれていらっしゃる。お会いするたびに、色々とご事情がおありですわね」

 そんなことを言われたけれども。




 言われて思い返せば、セシリアちゃんとの初対面で私は、グレンさんの魔力水入りのクマを抱いていた。

 あのクマは今、綿のような素材をお腹につめ、窓際の椅子に座らせている。


 二度目のときは、私自身には何もなかったけれど、保存食業者のドランさんたちが来て、ギルドの人たちが来て、アランさんたちまで来て、鉢合わせがひどかった。

 そちらの対応に気をとられていた間に、グレンさんが遠征から帰ったときの暴露が、マリアさんからされていた。


 そして今回は膝の上生活な状態。

 セシリアちゃんと会うタイミングは、どうもこうなってしまうみたいだ。




「これが出来上がったんです!」

 セシリアちゃんは、きれいに装丁された本を出してきた。

 今お借りしている本よりも、立派な作りだ。


「我が家の特別な紙を使い、今回は本として販売することになりました!」

 グレンさんと私のことを、本にしてくれたそうだ。


 ええと、セシリアちゃんとの初対面から十日ほど。え、早くない?

 いや、でも確か二度目に来てくれたとき、マリアさんに書き始めたものを確認しに来ていた。

 二日ほどで、ある程度の量を書いていたのなら、こんなものなのか。


「あら、見てもいいのかしら」

 ウキウキと、マリアさんが手を伸ばした。

「ええ、どうぞ」

 セシリアちゃんもご機嫌でマリアさんに勧める。


 マリアさんの隣から、ティアニアさんも興味津々に、本を覗き込んでいる。




 出遅れた私に、セシリアちゃんはもう一冊の本を出した。

「元々、ミナ様とマリア様には、一冊ずつお渡しするつもりでしたから」


 では遠慮なくと、私も本を開く。

 物語は第三者視点の召喚の儀式に始まり、続いて私視点をメインに進む。

 セラム様視点も少し入っているのは、王様とのやりとりのあたりだ。


 ようやくあの国から脱出のために動き出し。

 馬車から降りた休憩で、家族を想い泣き出す私と、なぐさめるグレンさん。


 そして夜中の馬車移動の風景は、第三者視点になっていた。

 主にマリアさん視点だ。

 泣いた私が寝落ちしてしまい、グレンさんの腕の中で目が覚めたときの話。

 コメディっぽく、マリアさんのツッコミ入りだった。


 え、ちょっとマリアさんとシエルさん、あのときがっつり起きて内緒話してたの?

 それで二人でもたれ合って寝てるみたいになってたのか。

 あのときからマリアさんてば、シエルさんを特別扱いだった感じかな。

 え、マリアさん、あの場で同じ立場で庇ってくれたからって、チョロ過ぎない?


 それに何この、「馬車の中のみんなの心はひとつになった」って。

 まあ私も、あの状況で自分が二度寝したのは、どうかと思っているけれども。

 全員にそれを言われるほどかなあ。


 ロミオとジュリエット系なのに、バイタリティあふれる彼女さんの話を読んだとき、こっち系もアリなんだとは思ったけれども。


 私の話の方が、コメディ色が強い。

 なぜだ。マリアさん監修だからか。


さて夜会編! と思ったけれど、その前の準備話が入ります。

夜会編本番はけっこう先になりそうです。


ご感想くださる方、ありがとうございます。

個別の返事は出来ておりませんが、嬉しく拝見しております。

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