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 グレンさんに魔力のほとんどを負担してもらい、転移で帰った私たち。


 まずはザイルさんに、精霊王と会って浄化を進めることを伝えた。

 一緒に来たクロさんが、精霊王の分身体だということも説明する。


 ザイルさんは丁寧に、クロさんに挨拶をしていた。

 小動物を敬うかのように接するザイルさん。

 ちょっとシュールだ。


『おう、家主はんでっか。あんじょう頼んますわ!』

 クロさんの返事も、なんだか違和感満載でシュールだ。




 さて、私がやらなければならない優先事項は、まずクロさんの浄化。

 そのためには、ちゃんと休んで魔力を回復しなければならない。


 とはいえ、日中に魔力回復ってどうすればいいのやら。

 夜に寝るみたいには眠れなくても、お風呂に入ったら眠気が来ないかなと思う。

 なので、久しぶりに昼間のお風呂に入ることにした。


 このところは大浴場ばかりだったけれど、この時間帯は小さい方だ。

 グレンさんもダンジョンで汚れたので、一緒にお風呂へ向かう。


 クロさんはお風呂というものにも、興味があったようだ。

 私から大浴場の話を聞いて、グレンさんの肩に乗った。

『わて、大浴場の方に行くわ!』




 私はちょっとだけ固まった。

 クロさん、私と一緒に入るつもりだったのかな。


 まあでも、そもそもクロさんは精霊王だ。

 たまたま私の前世だという記憶から、関西のおっさんな言語を選んでしまったという話だけれど、性別があるかどうかも謎だ。

 話し方で違和感はあるものの、女湯でも問題はないのだろう。




 お風呂のために別行動をするとき、私の手を放すまで、グレンさんに間があった。

 あれ、どうしたのかなと思ったけれど、声が割り込む。


『実体化すると、色々と匂いも味覚も、感触とかも、面白いもんやなあ』

 グレンさんの肩で、ご機嫌なクロさん。

『風呂っちゅうのん、楽しみやなあ』


「クロさんが、お風呂が楽しみだって言ってます」

 私の通訳に、そうかと頷いてグレンさんは手を放した。




 魂の浄化で、人の営みはひととおり知っているとクロさんは言っていた。

 流転する多くの魂は、良い記憶も悪い記憶も雑多に過ぎ去るもの。

 でもたまに、魂の輝きに惹かれるものがあったという。


 強い輝きだからというわけではない。

 なんとなく惹かれる、琴線に触れるという感じだ。

 そうした魂には、当たり前の人の営みの中、大切ないくつかの記憶があった。


 大切な人と一緒に食事をする、美味しい記憶、満たされる記憶。

 美しい景色。お祭りやお祝い事。仕事の達成感。ほっとするひととき。


 クロさんが惹かれたものは、温かな記憶が多かったという。

 特別に惹かれるもの以外の魂は、良いも悪いも通り過ぎるもの。


 そんな希に触れる魂の記憶で、クロさんの一番の興味は物を食べることだった。

 他にもいくつか興味があり、お風呂もそのひとつらしい。


 グレンさんの肩の上、体を揺らしてクロさんはグレンさんを急かす。

 私もグレンさんに手を振り、お風呂に向かった。




 小浴場には、誰もいなかった。

 ひとりで行儀を気にすることもないので、ポイポイ脱いで準備をする。

 とはいえ、誰かが途中で来るかも知れないので、籠の衣類は畳んでおく。


 最近のお風呂は、夜の大浴場で、マリアさんやティアニアさん、その他の奥さん方も一緒で賑やかだった。

 狭い方のお風呂で、ひとりで入るのは久しぶりだ。

 まあ、狭いと言っても、ちゃんと体を伸ばしてゆったり入れる広さだ。


 お風呂に浸かり、ふうっと息を吐いて縁にもたれる。

 力を抜いて浮力に身を任せたら、ふうっと意識が薄れていく感覚。


 このところのダンジョン通いで、自覚はなかったけれど疲れていたみたいだ。

 いつの間にやら、ウトウト寝てしまっていた。




『聖女はーん、大丈夫でっか?』

 意識が飛んでいたところで、おっさんな声が聞こえた。

 思わずはっと目を覚ます。


 見ればお風呂の縁に立つフェレットが、こちらを覗き込んでいた。


「クロさん!」

 一気に目が覚めた。女湯におっさん声はちょっと驚く。


『竜王はんが心配してはったで。ちょっと遅いし、のぼせてはるんちゃうかって』




 ウトウトするうちに、時間が経っていたみたいだ。

 じとっと汗をかいていて、確かにこれ以上入ると、のぼせそうだ。


 お風呂から上がり、身支度を調えながら、グレンさんに伝言魔法を送った。

「すみません、お風呂でウトウトしてました。今あがりました」


 グレンさんからは、お風呂の出口のところで待っていると返事が来た。


 私が身支度をする間、クロさんはお風呂場や脱衣室をウロウロしている。

 服を整え終わってから見れば、いつの間にかお風呂に入っていた。

『風呂って確かにええなあ。じんわり温もって、溶ける感じや』


 そういえば男湯で、クロさんはグレンさんに洗われたのだろうか。

 小動物を洗うグレンさんの図が少し気になったけれど。


『わてのこれは、魔力で物質化してるから、汚れへんで』

 そのため洗う必要もないのだと言われた。

 実際、湯船から出て来たクロさんは、濡れていなかった。

 おおう、不思議現象。




 濡れていないのに、クロさんはお風呂から出て、体をブルブル振った。

 何かの光が飛び散っている。


『あの温泉水、精霊がようさんおるなあ』


 え、あれが精霊? なんだか光る虫みたいだった。

 むしろ異世界の虫が精霊ってことかな。異世界だし。


「まあ、刺さない虫ならいいけど。小さいし」

 瘴気溜りで巨大化した虫は怖かったけれど、小さい光の粒ならまあ、異世界の虫でも怖くないかな。

 そう思っていたら。


『虫ちゃう! 精霊やっちゅうねん!』

「あ、はい」

 クロさんに怒られた。


 あの温泉水が竜人の里から転移されていると説明したら、クロさんはなるほどと何度も頷いていた。

 頷くフェレット。シュールだ。


『竜人族が浄化して魔力が巡る場所やから、精霊も多いんやろな。あの温泉、魔力回復にええわ』

 そんな効果があるらしい。

 何にしても、温泉効果は異世界でも共通だ。




 お風呂施設の通路を抜け、グレンさんに駆け寄ると、すぐに抱き上げられた。

 私をきゅっと抱きしめてから、耳元で長い息を吐くグレンさん。

 なんだかやっぱり、違和感だ。


 私もグレンさんに抱きついて、間近になっているグレンさんの頭を撫でた。

 しばらくグレンさんは、私に頭を撫でられていた。

 そうしてぽつりと、違和感の理由を教えてくれた。


「すまない。目の前で、連れて行かれたのが堪えている」


 ああああっ、ごめんなさい! そうだよね、さっきの話だもんね!

 思えば転移直後は、グレンさんの髪飾り結界が作動するようなピンチだった。

 番を連れて行かれるという、先代竜王のトラウマも直撃していたかも知れない。


『すんまへん、竜王はん! 焦ったとはいえ、反省しとります!』

 クロさんも平謝りだ。グレンさんには聞こえないけど。


「一緒に、なるべく一緒にいましょうね!」

「ありがとう。大丈夫だ。今は別行動でも、魔力は感じられる。問題ない」




 いや、たぶん問題はある。

 なかったなら、私を抱き上げてからの、この違和感はない。

 今のグレンさんには、ケアが必要な状態だよ、きっと。


「クロさん、浄化に行くときも、グレンさんは一緒だからね」

『任しとき! 二人セットで連れて行かせてもらうわ!』


 グレンさんの不安が消えるまで、なるべく一緒にいよう。

 これはかなりのダメージを受けているよ。

 絶対にケアが必要な状態だよ、グレンさん。


 こうなったら抱っこ生活も、膝の上生活も、甘んじて受けよう。

 そう決意しながら、グレンさんに抱かれたままお部屋へ戻る。




 お風呂でがっつり寝たせいか、魔力は半分ほど回復していた。

 なのでクロさんの本体のところへ呼んでもらい、できる限りの浄化をした。


 グレンさんも浄化に協力すると言って、私に魔力譲渡をしてくれた。

 シエルさんが作ってくれた、魔力譲渡の魔方陣だ。


 グレンさんの魔力が流れてくるので、違和感はすごくある。

 でも番の儀のときほどの、キツさはない。

 シエルさんからは、純粋に魔力として変換する工夫をしたと説明されていた。

 なるほど、違和感が薄まっている。


 靄はまだまだ濃いけれど、浄化が進んでいることに、クロさんはご機嫌だった。


 浄化が終われば、クロさんが元のお部屋へ戻してくれる。

 これが、しばらく日常になるようだ。




 グレンさんと二人、ソファーに座った。

 正確には、ソファーに座っているのはグレンさんだけ。

 私はグレンさんの膝の上で、グレンさんにもたれている。


 短時間で魔力を使い、また少し怠い状態だ。

 グレンさんも、かなり私に魔力を流してくれたので、疲れただろう。

 二人でしばらく静かに、お互いの体温を感じていた。


 そんな私のお腹の上で、クロさんは丸くなる。

『実体化して動くの、なんや怠なるなあ。これが疲れるってやつかあ』


 クロさんならではの感想だ。

 精霊王は身体という物質はなく、特殊な魔力の固まりが本体だという。

 私のお腹の上で、クロさんは寝るつもりだろうか。

 毛並みを撫でると、フカフカで温かくて、気持ちがいいけれど。




「うちは食べ物を扱うお店だったから、動物を飼ったことがないんですよね」


 クロさんのお世話って、どうすればいいんだろう。

 クロさん用の寝床とかも必要だろうか。

 トイレ事情はどうだろうか。


『待って。わて実体化したけど、動物ちゃうで!』

 クロさんがムクっと起きて、反論した。


 魔力で実体化したクロさんには、トイレ事情は不要だった。

 寝床は欲しいと言われ、籠に布を敷き、ソファーに寝床として置いた。

 ルシアさんに小動物用のベッドを特注してみようかな。




 クロさんを連れてルシアさんのところへ行き、寝床を特注したとき。

 ルシアさんは小動物用のベッドに、テンション爆上がりで張り切られた。

 サイズを測るついでにクロさんを撫で回して、制作を請け負ってくれた。


 後日届いたクロさん用ベッドは、とても立派で可愛かった。


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この世界のお貴族様ってペット飼ってるのかな? キャットタワーとかペット用品を製作したら売れるかも?
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