115
グレンさんが言ったように、みんなは宿のコテージに戻っていた。
私たちがコテージに近づいたとき、扉が勢いよく開いた。
中からシエルさんが走ってくる。
たぶん、魔力感知で私たちに気づいたのだろう。
グレンさんと、抱き上げられた私を見て、少し心配そうな顔だ。
「ミナ、怪我などはないのか?」
「大丈夫です。浄化に魔力をかなり使いましたけど、怪我や異変はありません」
そう返すと、ほっとした顔になった。
シエルさんの後ろから来るヘッグさんとギドさんも同じだ。
私の言葉が聞こえたみたいで、やれやれと言いたげな顔になっている。
やはりご心配をかけてしまっていたようだ。申し訳ない。
コテージの中に入ってすぐ、私は報告をした。
「精霊王さんに会えました!」
ちなみにクロさんは今、私の背中にへばりついている。
実体化させた分身体は皆に見えるので、紹介されるまでは隠れているそうだ。
え、何だろう。人見知り?
「そうか、精霊王はどうだった?」
ヘッグさんが明るい顔で聞いてくる。
目的の精霊王に会えたことで、世界の瘴気対策が一歩前進したからだ。
まずは源流をどうにかしないと、あちこちの瘴気が止まらない。
「出来るだけ浄化したんですけど、一度では無理でした。なので分身体を作って、一緒に来てくれました。いつでもあちらに行けるそうです」
そこで私の肩の上に、クロさんがチョロチョロっと出て来た。
「よっ!」とでも言うように、片手を上げる。
まるでフェレットの芸みたいで、口が笑いたくてモニョモニョする。
そんなクロさんを見ての、ギドさんの反応が、ちょっとおかしかった。
私の肩に乗ったクロさんに、両手を頬に当てて、身をくねらせる。
「可愛っ! 何コレっ、可愛っ!」
語尾が伸びずに、むしろ短い。
テンションが上がったギドさんは、こうなのか。
「小動物と小動物っ!」
続いた言葉の意味がわからない。
クロさんは小動物だけど、小動物はクロさん一匹だけだ。
私はクロさんに呼ばれて浄化し、魔力の余力を少し残して帰ったことを話した。
「分身体が一緒だったら、私は魔力が回復したらすぐ、あちらへ呼んでもらって、浄化の続きが出来るみたいです」
『任しとき! わてが一緒におったら、どこにおってもあそこに呼び寄せられるし、元の場所に戻したれるからな!』
クロさんの声は、やっぱり皆に届かなかった。
なので私が通訳する。
「不思議だな。精霊王の言葉は、聖女だけに聞こえるのか」
「魔力感知の特別なアンテナが必要で、私はそれを持っているそうです」
ふむとシエルさんが考え込んだ。
「魔力感知ということは、言葉といっても音声ではないのか」
「そうですね。頭の中に声が届きます。ベタベタな関西弁のおっさん声が」
「…ベタベタな、関西弁の、おっさん声」
シエルさんは視線を斜めに逸らして、呟きながら眉根を寄せた。
ちょっと想像が難しいと言いたげな顔だ。
シエルさん以外は、何の話だろうという顔をしている。
「理解が追いつかない。なぜ精霊王という存在は、そんな言語になっているんだ」
「私の魂の、浅い記憶から拾ったという話でしたけど、前世らしいです」
「ミナの前世は関西人だったのか」
「記憶にないので、わかりません」
わからない顔をしている皆には、元の世界の、とある地域の方言だと話した。
今の私には馴染みがない、前世で馴染みのあったらしい言語が拾われたこと。
一度その言語を選択すると、他のものに出来ないらしいと説明した。
「まあ、言語として理解は出来るので、支障はありません」
『えろうすんまへんな。今の馴染みのある言葉を選んだつもりやのに、失敗してもうたわ』
伝わらないけど、クロさんは皆に言い訳をした。
私はひとまず、皆の言葉がクロさんには届いていること、とりあえずクロさんと呼ぶことを伝えた。
「好きに呼んでいいというので、色が黒いからクロさんです」
「名前といい見た目といい、ペットにしか見えない」
シエルさんの不可解そうな眉間の皺が消えない。
もうお昼時なのに、皆はお昼ご飯を食べずに待っていた。
そこで私は、亜空間からハンバーガーやパンピザ、ポテト、スープなどを取り出してテーブルに並べた。
すると真っ先に、クロさんが私の肩から下りて、テーブルの上にちょこんと座り、両前足でハンバーガーを抱えて食べた。
体いっぱいでハンバーガーを抱えている。
両前足で大きなバンズを抱え込み、ハムハムと小動物な仕草で食べるクロさん。
見た目はとっても可愛いけれど。
『あー、うまいわあ。サイコーやわあ。このソースええ味しとるわあ』
可愛いのは、言葉が聞こえなければ、だ。
おっさんな言葉が聞こえるたびに、見た目は可愛いのにと、ちょっと残念な気分になっている。
聞こえないギドさんは、また可愛い可愛いともだえて、顔をとろけさせた。
昼食のあとは、グレンさんとヘッグさんが、聖女がこの世界から不在になった理由をクロさんに話した。
先代聖女に執着した、ハイエルフ。
彼が起こした、洗脳が組み込まれていたであろう、勇者召喚。
治らない傷を受けた番を助けるため、洗脳された勇者に回帰スキルを使い、聖女の魂が異世界へ飛ばされたこと。
シエルさんの前で話していいのかなと思ったけれど。
私が精霊王さんのところに呼ばれたことで、シエルさんにも、そのあたりの話はしていたそうだ。
「今回ミナがこちらの世界に戻ったのは、勇者たちとともに異世界から召喚されたからだ」
『ほほう。今回の勇者っちゅうのは、前回とは違うもんでっか?』
グレンさんの言葉に、クロさんが質問する。
クロさんの質問は私にしか聞こえないので、私が答えた。
「そこはわかっていません。でも以前の魔方陣をベースにしていたら、今回の勇者さんも洗脳されている可能性が高いって、話してました」
『そりゃあ心配やなあ。また勇者さん絡みで、聖女はんが異世界に飛ばされてしもたら、わてら、かなんがな』
フェレットな見た目で、後ろ足で立ち、腰に手を当て話すクロさん。
あちらの世界の動物動画にあったら、バズりそうだ。
ギドさんがまたクネクネしている。
うん。見た目は可愛い。声はおっさんだけど。
「それで、私の安全のために、クロさんにも協力して欲しいんです」
『そうかあ。こっちも聖女はんが長らく不在で、バランス崩れてもうてるやろ。その勇者とかいうのんの問題が片付かんと、わてらの負担がたまらんわ。よっしゃ、任しとき』
精霊王は大気の魔力で、精霊王独自の魔法が使えるそうだ。
浄化のために私を送り迎えするというのも、それだ。
その精霊王の魔法で、異世界の勇者や、私を狙う何かについては、クロさんもフォローすると力強く言ってくれた。
皆にそれを伝えると、グレンさん、ヘッグさん、ギドさん、そしてシエルさんまで、ほっとした顔になった。
本当にご心配をおかけして、申し訳ございません。
『それになあ。聖女はんのところに分身体でくっついとったら、美味いもん食えるしなあ』
今まで食事が不要だった精霊王は、食べる楽しみを見つけてしまった。
食いしん坊な理由で、私を助けてくれるみたいだ。
ちょっと微妙な気分でそれを通訳したら、ヘッグさんが頷いた。
「そのとおりだ。ミナの傍にいれば、美味いもんが食える」
美味しいと喜んでくれるのは、お菓子職人としては嬉しいけれど。
それ目当てで守ると言われると、ちょっと微妙な気分になった。
「じゃあミナは、竜人自治区に戻っても、浄化は続けられるってことだな」
「そうらしいですね。夜会の準備もあるし、一度戻った方がいいですね」
ここと往復を続けていたら、転移に魔力を使ってしまう。
クロさんの住処との往復には、クロさんが対応してくれるので、帰った方がいい。
「じゃあ転移のあと、ひとりは転移魔方陣を持ち帰る必要があるわけだが」
シエルさんの敷物型転移魔方陣は、転移は出来るけれど、もうひとつを持ち運ぶ必要がある。
「ミナとグレンとシエルは帰るとして、オレたちのどっちが一緒に帰るか」
「もちろん、ボクが帰るよお!」
ギドさんが手を上げて、ヘッグさんに頭を叩かれている。
「ここは平等に勝負だろ」
「ええー、ここの庭で勝負したら、周辺の被害がえらいことになるよお」
どうやら腕力的な勝負をするみたいだ。
いや、待って待って。危ない危ない。
「ジャンケンみたいな勝負って、ないんですか?」
「何だ、それ」
ヘッグさんもギドさんも不思議な顔なので、ないみたいだ。
シエルさんが、ジャンケンのルールを説明した。
グーが石、チョキがハサミ、パーが紙だと話したけれど、ピンと来ないみたいだ。
「石が紙に負けるのが、わからない」
「まあ、そういうルールだと理解してくれ。相性の問題で、勝ち負けがあるんだ。グーはチョキに勝ち、パーに負ける。パーはグーには勝つが、チョキには負ける」
「相性か」
手の形を作りながら、シエルさんが説明するのを、ヘッグさんとギドさんが見ながら、理解しようと頭を働かせている。
実際にやって見せた方がいいかと、私とシエルさんで実演をしてみた。
すると、ふとヘッグさんが、何かを思いついたみたいに顔を上げた。
「そうか。相性の話だ。ゲンガボルガジャンガだな」
「あーなるほどねえ。子供の頃に習った、ゲンガボルガジャンガを、手の形に当てはめているわけだねえ」
二人は何かを理解した顔になった。
でも私とシエルさんは、ちょっと不思議現象に出会い、動きを止めた。
だって「ボルガ」の部分で、「スライム」という副音声が聞こえたのだ。
たぶん、今は名称が必要なので、そのままの名称が聞こえている。
でも異世界言語では、スライムと表現されるべき魔獣、なのだろう。
異世界言語スキルが、ちょっとわきまえたらしい瞬間が!
私とシエルさんは、思わず顔を見合わせていた。
さて、詳細を聞けば、まずジャンガという二本角の突貫型魔獣がいるという。
鋭い攻撃で、ゲンガという大きな固い魔獣を貫けるそうだ。
でも、ジャンガの弱点はボルガという、柔らかく形を変える、相手を溶かす特質を持つ魔獣。
ジャンガはボルガに絡め取られ、包まれると、溶かされてしまう。
一方で、そのボルガは、ゲンガを溶かすことは出来ない。
ゲンガに押しつぶされると、重圧で核まで潰れて死んでしまうそうだ。
つまり大きなゲンガがパー、二本角のジャンガがチョキ、ボルガはグーだとすれば、理解が出来ると。
グーが柔らかくて、スライムみたいな魔獣。
パーが大きくて固い魔獣。
違和感はあるけど、勝負の法則は合っている。
竜人族は子供の頃に、戦い方の相性として、その例を聞かされるという。
パワーファイター系は、スピードで避けて鋭い攻撃をされると弱い。
でもスピード系は、柔軟に受け流されると体勢を崩して危険だ。
そしてパワーファイター系の攻撃を柔軟に受け流そうとすると、押し切られて大ダメージが来る。
そういった戦い方の相性を学ぶときに、ゲンガ・ボルガ・ジャンガという魔獣の例を挙げられるそうだ。
状況と相手にあわせて、有利な戦い方で対することが肝要だと。
ジャンケンが、何やら深い話になった。
説明していたシエルさんが、ちょっと微妙な顔で、まあそうだなと頷いている。
まあ、うん。まあ、そうですね。
というわけで、二人はジャンケンならぬ、ゲンガボルガジャンガで勝負をすることになった。
「ゲンボルジャン・ガ!」
即席でかけ声まで決めている。
勝負の結果、転移で帰るのはギドさん。
地道に帰ってくるのはヘッグさんという、役割分担になった。
ヘッグさんはかなり悔しがっていた。
この勝負方法は、後日竜人自治区で、さらに竜人の里で、大流行したという。