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 グレンさんが言ったように、みんなは宿のコテージに戻っていた。


 私たちがコテージに近づいたとき、扉が勢いよく開いた。

 中からシエルさんが走ってくる。

 たぶん、魔力感知で私たちに気づいたのだろう。


 グレンさんと、抱き上げられた私を見て、少し心配そうな顔だ。

「ミナ、怪我などはないのか?」

「大丈夫です。浄化に魔力をかなり使いましたけど、怪我や異変はありません」


 そう返すと、ほっとした顔になった。

 シエルさんの後ろから来るヘッグさんとギドさんも同じだ。

 私の言葉が聞こえたみたいで、やれやれと言いたげな顔になっている。


 やはりご心配をかけてしまっていたようだ。申し訳ない。




 コテージの中に入ってすぐ、私は報告をした。

「精霊王さんに会えました!」


 ちなみにクロさんは今、私の背中にへばりついている。

 実体化させた分身体は皆に見えるので、紹介されるまでは隠れているそうだ。

 え、何だろう。人見知り?


「そうか、精霊王はどうだった?」

 ヘッグさんが明るい顔で聞いてくる。

 目的の精霊王に会えたことで、世界の瘴気対策が一歩前進したからだ。

 まずは源流をどうにかしないと、あちこちの瘴気が止まらない。


「出来るだけ浄化したんですけど、一度では無理でした。なので分身体を作って、一緒に来てくれました。いつでもあちらに行けるそうです」


 そこで私の肩の上に、クロさんがチョロチョロっと出て来た。

 「よっ!」とでも言うように、片手を上げる。

 まるでフェレットの芸みたいで、口が笑いたくてモニョモニョする。




 そんなクロさんを見ての、ギドさんの反応が、ちょっとおかしかった。

 私の肩に乗ったクロさんに、両手を頬に当てて、身をくねらせる。


「可愛っ! 何コレっ、可愛っ!」

 語尾が伸びずに、むしろ短い。

 テンションが上がったギドさんは、こうなのか。


「小動物と小動物っ!」

 続いた言葉の意味がわからない。

 クロさんは小動物だけど、小動物はクロさん一匹だけだ。




 私はクロさんに呼ばれて浄化し、魔力の余力を少し残して帰ったことを話した。

「分身体が一緒だったら、私は魔力が回復したらすぐ、あちらへ呼んでもらって、浄化の続きが出来るみたいです」

『任しとき! わてが一緒におったら、どこにおってもあそこに呼び寄せられるし、元の場所に戻したれるからな!』


 クロさんの声は、やっぱり皆に届かなかった。

 なので私が通訳する。


「不思議だな。精霊王の言葉は、聖女だけに聞こえるのか」

「魔力感知の特別なアンテナが必要で、私はそれを持っているそうです」


 ふむとシエルさんが考え込んだ。

「魔力感知ということは、言葉といっても音声ではないのか」

「そうですね。頭の中に声が届きます。ベタベタな関西弁のおっさん声が」

「…ベタベタな、関西弁の、おっさん声」




 シエルさんは視線を斜めに逸らして、呟きながら眉根を寄せた。

 ちょっと想像が難しいと言いたげな顔だ。

 シエルさん以外は、何の話だろうという顔をしている。


「理解が追いつかない。なぜ精霊王という存在は、そんな言語になっているんだ」

「私の魂の、浅い記憶から拾ったという話でしたけど、前世らしいです」

「ミナの前世は関西人だったのか」

「記憶にないので、わかりません」


 わからない顔をしている皆には、元の世界の、とある地域の方言だと話した。

 今の私には馴染みがない、前世で馴染みのあったらしい言語が拾われたこと。

 一度その言語を選択すると、他のものに出来ないらしいと説明した。


「まあ、言語として理解は出来るので、支障はありません」

『えろうすんまへんな。今の馴染みのある言葉を選んだつもりやのに、失敗してもうたわ』


 伝わらないけど、クロさんは皆に言い訳をした。

 私はひとまず、皆の言葉がクロさんには届いていること、とりあえずクロさんと呼ぶことを伝えた。


「好きに呼んでいいというので、色が黒いからクロさんです」

「名前といい見た目といい、ペットにしか見えない」

 シエルさんの不可解そうな眉間の皺が消えない。




 もうお昼時なのに、皆はお昼ご飯を食べずに待っていた。

 そこで私は、亜空間からハンバーガーやパンピザ、ポテト、スープなどを取り出してテーブルに並べた。

 すると真っ先に、クロさんが私の肩から下りて、テーブルの上にちょこんと座り、両前足でハンバーガーを抱えて食べた。


 体いっぱいでハンバーガーを抱えている。

 両前足で大きなバンズを抱え込み、ハムハムと小動物な仕草で食べるクロさん。

 見た目はとっても可愛いけれど。


『あー、うまいわあ。サイコーやわあ。このソースええ味しとるわあ』


 可愛いのは、言葉が聞こえなければ、だ。

 おっさんな言葉が聞こえるたびに、見た目は可愛いのにと、ちょっと残念な気分になっている。


 聞こえないギドさんは、また可愛い可愛いともだえて、顔をとろけさせた。




 昼食のあとは、グレンさんとヘッグさんが、聖女がこの世界から不在になった理由をクロさんに話した。


 先代聖女に執着した、ハイエルフ。

 彼が起こした、洗脳が組み込まれていたであろう、勇者召喚。

 治らない傷を受けた番を助けるため、洗脳された勇者に回帰スキルを使い、聖女の魂が異世界へ飛ばされたこと。


 シエルさんの前で話していいのかなと思ったけれど。

 私が精霊王さんのところに呼ばれたことで、シエルさんにも、そのあたりの話はしていたそうだ。


「今回ミナがこちらの世界に戻ったのは、勇者たちとともに異世界から召喚されたからだ」

『ほほう。今回の勇者っちゅうのは、前回とは違うもんでっか?』

 グレンさんの言葉に、クロさんが質問する。




 クロさんの質問は私にしか聞こえないので、私が答えた。


「そこはわかっていません。でも以前の魔方陣をベースにしていたら、今回の勇者さんも洗脳されている可能性が高いって、話してました」

『そりゃあ心配やなあ。また勇者さん絡みで、聖女はんが異世界に飛ばされてしもたら、わてら、かなんがな』


 フェレットな見た目で、後ろ足で立ち、腰に手を当て話すクロさん。

 あちらの世界の動物動画にあったら、バズりそうだ。

 ギドさんがまたクネクネしている。

 うん。見た目は可愛い。声はおっさんだけど。


「それで、私の安全のために、クロさんにも協力して欲しいんです」

『そうかあ。こっちも聖女はんが長らく不在で、バランス崩れてもうてるやろ。その勇者とかいうのんの問題が片付かんと、わてらの負担がたまらんわ。よっしゃ、任しとき』




 精霊王は大気の魔力で、精霊王独自の魔法が使えるそうだ。

 浄化のために私を送り迎えするというのも、それだ。

 その精霊王の魔法で、異世界の勇者や、私を狙う何かについては、クロさんもフォローすると力強く言ってくれた。


 皆にそれを伝えると、グレンさん、ヘッグさん、ギドさん、そしてシエルさんまで、ほっとした顔になった。

 本当にご心配をおかけして、申し訳ございません。


『それになあ。聖女はんのところに分身体でくっついとったら、美味いもん食えるしなあ』


 今まで食事が不要だった精霊王は、食べる楽しみを見つけてしまった。

 食いしん坊な理由で、私を助けてくれるみたいだ。

 ちょっと微妙な気分でそれを通訳したら、ヘッグさんが頷いた。


「そのとおりだ。ミナの傍にいれば、美味いもんが食える」


 美味しいと喜んでくれるのは、お菓子職人としては嬉しいけれど。

 それ目当てで守ると言われると、ちょっと微妙な気分になった。




「じゃあミナは、竜人自治区に戻っても、浄化は続けられるってことだな」

「そうらしいですね。夜会の準備もあるし、一度戻った方がいいですね」


 ここと往復を続けていたら、転移に魔力を使ってしまう。

 クロさんの住処との往復には、クロさんが対応してくれるので、帰った方がいい。


「じゃあ転移のあと、ひとりは転移魔方陣を持ち帰る必要があるわけだが」

 シエルさんの敷物型転移魔方陣は、転移は出来るけれど、もうひとつを持ち運ぶ必要がある。


「ミナとグレンとシエルは帰るとして、オレたちのどっちが一緒に帰るか」

「もちろん、ボクが帰るよお!」

 ギドさんが手を上げて、ヘッグさんに頭を叩かれている。


「ここは平等に勝負だろ」

「ええー、ここの庭で勝負したら、周辺の被害がえらいことになるよお」


 どうやら腕力的な勝負をするみたいだ。

 いや、待って待って。危ない危ない。




「ジャンケンみたいな勝負って、ないんですか?」

「何だ、それ」

 ヘッグさんもギドさんも不思議な顔なので、ないみたいだ。


 シエルさんが、ジャンケンのルールを説明した。

 グーが石、チョキがハサミ、パーが紙だと話したけれど、ピンと来ないみたいだ。


「石が紙に負けるのが、わからない」

「まあ、そういうルールだと理解してくれ。相性の問題で、勝ち負けがあるんだ。グーはチョキに勝ち、パーに負ける。パーはグーには勝つが、チョキには負ける」

「相性か」


 手の形を作りながら、シエルさんが説明するのを、ヘッグさんとギドさんが見ながら、理解しようと頭を働かせている。




 実際にやって見せた方がいいかと、私とシエルさんで実演をしてみた。

 すると、ふとヘッグさんが、何かを思いついたみたいに顔を上げた。


「そうか。相性の話だ。ゲンガボルガジャンガだな」

「あーなるほどねえ。子供の頃に習った、ゲンガボルガジャンガを、手の形に当てはめているわけだねえ」


 二人は何かを理解した顔になった。

 でも私とシエルさんは、ちょっと不思議現象に出会い、動きを止めた。

 だって「ボルガ」の部分で、「スライム」という副音声が聞こえたのだ。


 たぶん、今は名称が必要なので、そのままの名称が聞こえている。

 でも異世界言語では、スライムと表現されるべき魔獣、なのだろう。


 異世界言語スキルが、ちょっとわきまえたらしい瞬間が!

 私とシエルさんは、思わず顔を見合わせていた。




 さて、詳細を聞けば、まずジャンガという二本角の突貫型魔獣がいるという。

 鋭い攻撃で、ゲンガという大きな固い魔獣を貫けるそうだ。

 でも、ジャンガの弱点はボルガという、柔らかく形を変える、相手を溶かす特質を持つ魔獣。

 ジャンガはボルガに絡め取られ、包まれると、溶かされてしまう。


 一方で、そのボルガは、ゲンガを溶かすことは出来ない。

 ゲンガに押しつぶされると、重圧で核まで潰れて死んでしまうそうだ。


 つまり大きなゲンガがパー、二本角のジャンガがチョキ、ボルガはグーだとすれば、理解が出来ると。


 グーが柔らかくて、スライムみたいな魔獣。

 パーが大きくて固い魔獣。

 違和感はあるけど、勝負の法則は合っている。




 竜人族は子供の頃に、戦い方の相性として、その例を聞かされるという。


 パワーファイター系は、スピードで避けて鋭い攻撃をされると弱い。

 でもスピード系は、柔軟に受け流されると体勢を崩して危険だ。

 そしてパワーファイター系の攻撃を柔軟に受け流そうとすると、押し切られて大ダメージが来る。


 そういった戦い方の相性を学ぶときに、ゲンガ・ボルガ・ジャンガという魔獣の例を挙げられるそうだ。

 状況と相手にあわせて、有利な戦い方で対することが肝要だと。


 ジャンケンが、何やら深い話になった。

 説明していたシエルさんが、ちょっと微妙な顔で、まあそうだなと頷いている。

 まあ、うん。まあ、そうですね。


 というわけで、二人はジャンケンならぬ、ゲンガボルガジャンガで勝負をすることになった。

「ゲンボルジャン・ガ!」

 即席でかけ声まで決めている。




 勝負の結果、転移で帰るのはギドさん。

 地道に帰ってくるのはヘッグさんという、役割分担になった。

 ヘッグさんはかなり悔しがっていた。


 この勝負方法は、後日竜人自治区で、さらに竜人の里で、大流行したという。


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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます。 竜人、腕相撲ですら、周辺がヤバいことになるんかい……(遠い目) コテコテの関西弁をインストールしてしまったクロさんは「ジャンケン、ポン」って言わないので、ご注意を。 ク…
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