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魔力を大量に使ったあとでも、ひと晩寝れば大抵全回復していた。
寝る以外にも、休憩をしたり食事をして、若干の魔力は回復する。
このところ、朝夕は転移魔方陣へ魔力を注ぎ、ダンジョン内では結界や攻撃魔法、そして夜の聖水作りで、限界まで魔力を使っていた。
魔力量はかなり増えていて、だからこそ一気に減ると、とても疲れる。
おやつを食べたけれど、すぐに大幅回復するものではない。
魔力をしっかり回復して浄化を進めた方がいいけれど、こんな状況でひとり、寝るわけにはいかない。
グレンさんが一緒にいるのならともかく。
そこまで考えて、あれ、と気づいた。
「精霊王さん、すみません。私とダンジョンで一緒にいた人たちが、今どうしているのか、わかりますか?」
『え、ダンジョンでっか? そういうたら聖女はんの浄化の魔力、ダンジョンの中で使てはったから呼び立てたんやったな。なんや、お仲間おったんかいな』
どうやら精霊王さん、私に仲間がいたことに、気がついてすらいなかった。
『いやあ、聖女はんの浄化の魔力を感じて、慌ててたからなあ。その前にそっちがどういう状況やったかは、さっぱりやわ。えろうすんまへんなあ』
ということは、グレンさんたちにとっては、私がいきなり消えた状態。
えええ、どうすればいいんだろう。
すごく心配をかけていそうな気がする。
ダンジョンに来た目的は、精霊王さんに会うこと。
あの状況だと精霊王さんに呼ばれたと、思ってくれていそうな気もするけれど。
だからって、いきなり目の前で消えて、確証がなければ心配するよね。
何か連絡手段。
そうだ、伝言魔法だ!
「あれ?」
伝言魔法を飛ばそうとしたら、グレンさんの魔力が感じ取れなかった。
「え、同じダンジョンにいるのに、魔力って感じ取れないの?」
『何の魔力でっか、聖女はん』
「あの、番の魔力です。私の番の、竜人族の」
『竜王はんでっか。聖女はん、もう竜王はんと一緒になってはるんかいな。そらあ目出度いなあ。聖女はんも竜王はんも覚醒済みってことは、世界にとって頼もしいことやで』
いや、まあ、既に番で覚醒済みですが、それは置いといて。
「あの、番になったら、相手の魔力が感じ取れるんです。でもグレンさんの魔力が、今まったくわからなくて」
『そりゃあダンジョンの中は、階層ごとに別空間やからなあ。特にここは、わての住処でダンジョンとは違う空間やし』
なんと、私はダンジョンにいないらしい。
いや、ダンジョンにいても、別エリアだとグレンさんの魔力は感じ取れないということだ。
つまりグレンさんからも、私の魔力を感じ取れないってことだ。
やっぱりすごくまずい気がする。
ダンジョンの階層が別空間だって、グレンさんは知ってるのかなあ。
「どうしよう。グレンさんに、ここにいることを知らせたいんですけど」
『グレンはんっていうのが、今の竜王はんですかいな。あ、もしかして、このダンジョンの最下層で暴れまくってはるお人ですかいな』
さらっと言われた言葉に、私はちょっと、すぐに理解が出来なかった。
「暴れている、人」
『いやあ、瘴気発散のために、最下層は特に、わっさわっさ魔獣を出しとるんやけど、めっちゃ倒しまくってはるわ。あそこまで来るお人は、滅多におらんから、竜人族やと思うねん』
グレンさああああんっ!
『あの人、聖女はんの片割れの、竜王はんでっか。ええー、ちょっとお呼び立てするの、怖い感じですやん』
そうは言われても、放置されたら困る。
グレンさん、たぶん私のことを探してくれて、そうなってるんだと思う。
「あの、私の声を届けてもらうとか、出来ますか?」
『あ、そやな。それがええわ。ダンジョンの中のことは、任しとき!』
そうして精霊王さんは、私の声をグレンさんに届けてくれた。
今から話してくれれば声が届くと言われて、ちょっとひとりで呼びかけるの、緊張したけれど。
「グレンさん、私は今、精霊王さんのところにいます。精霊王さんをひとまず浄化できるだけ浄化して、休憩中です」
『お、反応しはったわ!』
どうやらグレンさん、周囲の魔獣をひとまず倒し終わったところに呼びかけが届いて、動きを止めたらしい。
ええと、グレンさんてば、怪我とかしてないかな。
『まあそやな。一緒に来はったんやったら、聖女はんのこと心配して探してはったんやな。悪いことしたな。あの人もこっち呼んだ方が、ええかいな』
「そうして下さい!」
『一緒にそこらの物質含めて転移させるわ。ダンジョンの魔獣倒して物質化したやつ、地上では貴重やったりするんやろ』
私としては、とにかくグレンさんが無事に合流できたら、それでいい。
精霊王さんの言い方だと、グレンさんはひとりみたいだ。
他の皆は、どうしたんだろう。
なんだか賑やかだった精霊王さんは、それからしばらく静かになって。
私の前の床が、ゆっくりと光り出した。
魔方陣のようなものが光の中に出て来る。
やがてそこに、足元の輝く石などと一緒に、グレンさんが現れた。
「シホリ!」
グレンさんが私を見て、すぐに宝石みたいなのを踏みつけて、こちらに駆け寄る。
きゅうっと抱きしめてきたグレンさんの腕が、少し震えている。
あああ、ごめんなさい。いきなり消えて、ご心配おかけしましたああっ!
精霊王さんと、おやつ休憩でまったりしてる場合じゃ無かったよ!
謝り倒していたら、震える浅い息から、ようやく大きな息を吐いて。
腕をほどくと、私のあちこちを、ポンポンと軽く触れていく。
どうやら怪我をしていないか確かめられているみたいだ。
グレンさんの方が、怪我こそないけど服がほつれたり、死体魔獣を倒したみたいな汚れがついていたり、大変そうだ。
改めて深く息を吐いて、目の前に膝をついた様子も、疲れているみたいだ。
もうもう、本当に申し訳ない。
「無事で、良かった」
低音の響きの良い声で、しみじみとグレンさんが言う。
「本当に、ごめんなさい」
私が謝ると、いつものように、大きな手で頭を撫でられた。
「いや。ダンジョンの中で聖女が浄化魔法を使えば、精霊王に呼び寄せられることは、予想が出来たことだ。精霊王の浄化をしていたのだろう」
そうだけど、浄化で魔力を使った後で、まったりおやつ休憩しながら、おしゃべりをしていたんだ。
グレンさんが慌てて追いかけて来ているとか、ちゃんと考えていなかった。
にしていた自分に腹が立つ。
唇を噛みしめていたら、改めて抱き込まれた、ゆっくり頭を撫でられる。
「大丈夫だ。お互いに無事だったんだ。何よりだ」
ああもう、グレンさんが優しすぎる。
もっと怒られるところじゃないかなあ。
「魔力をかなり使ったなら、今日は帰るか」
グレンさんが、私を抱き上げた。
疲れているだろうに、手を放す方が怖いみたいに、きゅっと抱きしめてくる。
『えええ、聖女はん、もっと浄化して欲しいんやけど』
精霊王さんの、不満そうな声。
「魔力を使い果たすと、危険ですから。ひと晩寝て魔力が回復したら、またちゃんと浄化しに来ます」
『ああー、そうか。そうやな。人族はそう早うに魔力は回復せんわなあ』
魔力の循環を司る精霊王は、人の魔力の回復にそれなりの時間が必要だと、思い至らなかったようだ。
休み休みで、それなりに浄化が進むと思っていたのだろう。
『そうかあ。ほなら、こうしよか』
精霊王さんは、しばらく靄の向こうで何かをしているようだった。
やがて、ポンと何かが飛び出してきた。
黒いフェレットに見える、小動物だ。
写真で見たことのある、おこじょとかいうのにも似ている。
えええと、これは何だろうか。魔獣?
『わて、あんさんについて行くわ! うまいもん、食わしたってえや!』
なんと、黒フェレットから、精霊王さんの声らしきものが聞こえた。
聞けば分身体なるものを、今即席で作ったそうな。
精霊王さんの本体は、常にこの、通常ではない別空間にある。
この空間とダンジョンは、簡単に繋ぐことが出来るけれど。
私が次に来たとき、精霊王さんがすぐに気がつかないかも知れない。
それなら分身体を作り、私に同行させることで、この空間にいつでも呼び寄せられるようにした方がいいと、そう言われた。
その方が、浄化がスムーズに出来るだろうと。
ついでに地上の食べ物を、他にも色々と食べてみたいそうだ。
魂の流転で記憶を覗いたとき、食べ物の記憶は気になっていた。
でも精霊王さんは食べる必要もなく、手に入れる方法もなく。
今まで気になりつつも、食べ物を味わうということを、出来なかったらしい。
精霊王さんの声はグレンさんには聞こえていなかった。
突然現れた小動物に、グレンさんは警戒していたけれど。
「精霊王の、分身体」
私が説明をすれば、すぐに構えを解いた。
「私の魔力が回復したら、またすぐに浄化できるように、一緒に来るそうです」
ついでに食べ物を味わいたいという話は、今はしないことにした。
ややこしいし、おやつ休憩でお菓子をわけた話をするのも、気まずい。
「そうか。では精霊王への願いも、宿でゆっくり話せばいいか」
『願いってなんやねん』
グレンさんの言葉に精霊王さんが反応する。
グレンさん側に声は聞こえないけど、精霊王さんの方には、グレンさんの声が届いているみたいだ。
グレンさんと直接話はできないのか聞いたら、出来ないと即答された。
『わての話す言葉は、魔力感知でも特殊なアンテナがいるねん。聖女はんにはそれがあるけど、普通は持たへんもんやねん』
もしかして、異世界言語についていた特殊な表記は、そのアンテナ関係だろうか。
知能ある全種族って、そのアンテナがあるから、話が出来るってことかな。
「私の安全に協力してもらおうという話を、していました」
ひとまず会話のことは置いて、グレンさんの言葉の説明をしてみた。
『聖女はんの、安全? どういうこっちゃ』
とはいえ、ここでじっくり説明するというのは、落ち着かない。
「説明は後でゆっくりでもいいですか? あの、グレンさん、他の皆は?」
グレンさんの返事は、少しの沈黙のあとだった。
「置いてきてしまったな」
「え、大丈夫なんですか?」
「たぶんだが、追って来なかったなら、宿へ先に帰っているだろう」
少し心配になったけれど、精霊王さんが言ってくれた。
『さっき聖女はんがおったエリアより下には、誰もおらんで。かなり深層やったしなあ』
ということは、グレンさんの言うように、先に帰ったのだろう。
地上には、精霊王さんが送ってくれた。
宿に向かうグレンさんの腕の中には私がいて。
精霊王さんは私の肩に乗っている。
そういえば、精霊王という存在は一対、つまり二体だと聞いている。
個別の名前はないのかと聞けば、ないそうだ。
『別に何か、呼びやすい名前をつけてくれはってもええで』
そう言われたので、クロさんと呼ぶことにした。
黒いフェレットだったので。
肩に乗るクロさんを撫でてみると、フカフカ気持ちの良い手触りだった。
グレンさんの腕の中で運ばれながら、私はクロさんの毛並みを存分に撫でた。