表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
114/159

113 (ヘッグ)

※ヘッグさん視点です。



 動く死体という特殊魔獣を、浄化魔法で倒したミナが、突然消えた。


 ダンジョンの中は、特殊な空間だ。

 壁や床などダンジョンの構造物は、普通は出来るはずのことが、出来ない。

 土魔法で穴を掘ることも、衝撃を与えて壁を壊すことも。

 魔力も通らず、魔方陣を出して人を召喚するなんてことは、出来ないはずだ。


 唯一の例外があるとすれば、ダンジョンを支配する者。


 事前にオレたちは、精霊王という者がいると説明されていた。

 魔力や魂の循環を司り、瘴気を魔力に変換する際のエネルギーを、魔獣の発生やダンジョンの変動などで発散しているという。

 今回の目的は、その精霊王が抱える瘴気の浄化。

 そして精霊王に、聖女を守る協力依頼をすることだと聞いている。


 だからこの事態は、聖女が精霊王に呼ばれたのだと、予想がついた。


 それでも番がいきなり消えたことで、焦ったのだろう。

 グレンはダンジョンの奥へと、すぐに駆け出した。




「おい、私たちも行かなければ」

 焦って追おうとしたシエルの肩を掴み、引き留める。

 ギドもオレと同じ意見なのだろう、追おうとはしない。


「大丈夫だ。グレンに任せよう。オレたちは逆に、あいつの足手まといだ」


 グレンが強行突破でダンジョンの最深部を目指すなら、オレたちが追いかけても、逆に足を引っ張る。

 残念ながら、グレンの強さにオレもギドも追いつけていない。

 グレンの方が年下だが、黒竜族の特質を持ち、無茶なダンジョンの潜り方をしていたあいつは、とにかく強い。


 シエルも、グレンの抜きん出た強さは知っていた。

 悔しそうな顔を見せて、進もうとしていた力を抜いた。




「グレンさんは、目的地があって走ったのだろうか」

 その言葉にオレたちは答えを持たない。

 番の魔力をちゃんと感知した上で、走り出したのか。

 焦ってひとまず、ダンジョンの最奥を目指したのか。


「少し、待ってくれ」

 シエルはそう言うと、何やら魔法を使い出す。

 だが、すぐに首を横に振った。

「駄目だ。空間把握と魔力感知で、ミナを探せないかと思ったが、このエリアにはいないということしか、わからない」


 ダンジョンは、エリア間を魔方陣が繋ぐ構造だ。

 それぞれのエリアが、別空間にあると考えた方がいいだろう。

 となると、シエルの魔法でミナを探すことは出来ない。


 それを伝えると、シエルは眉根を寄せた。

「その…私に出来ることは、ないだろうか」


 賢者として、多くを出来る可能性があるからこその言葉だろう。

 だが、ダンジョンという特殊空間の中では、人は無力だ。




 焦る必要はないことを、どう伝えるか迷ったが。

 彼は、予言された賢者だ。

 となると、聖女の事情を伝えても、いいのではないか。


 ギドに視線を送ったが、オレに判断しろとばかりに無反応だ。くそっ。

 どうしたものかと迷ったが、オレはシエルに聖女と精霊王のことを話した。


 ミナは、この世界の浄化を司る聖女であること。

 本来聖女は、この世界で生まれるべきだった。

 それが前回の勇者召喚により、異世界に魂を飛ばされていた。

 戻った聖女を守るため、精霊王に手助けを求め、ダンジョンに来たこと。


 魂や魔力の流転を司る精霊王もまた、溜まりきった瘴気に困っているはずだ。

 聖女を守るための協力は、してくれるだろう。

 そんな、竜王の記憶からザイルに共有され、オレたちに与えられた情報を、シエルに伝えた。




「待ってくれ。ではミナは、もし帰る方法が見つかっても、帰れないのか?」

 心配そうなシエルの声。


「帰ってもらっては困る。聖女は、こちらの世界にあるべき存在だ」

 オレが言うと、シエルは沈痛そうな面持ちになった。

「ミナは、二十歳だと言っていた。成人したとみなされる年齢とはいえ、二十歳はまだ子供に近い大人なんだ」


 異世界ではまだ社会のことを学んでいる最中の、大人見習いの年齢なのだと、シエルは話す。

 オレもそれは予想をしていた。


 ミナはしっかりと考えて様々な判断をしているようだが、どこか危なっかしい。

 子供と大人の境目な年齢と言われれば、そうなのだろうと思う。


「まだ大学生…教育を受けている最中で、親の庇護を受けている者も多い年齢だ」

 こちらの世界に残るのは、親から引き離されることが、決まったということだ。

「私のような大人だった者とは違う。ミナは、きっと帰りたかっただろう」




 悲しそうな物言いに、非情な要求をしている気がして、胸が抉られる。

 だが聖女に帰られては本当に困るんだ。

 ようやく、こちらの世界に帰還してくれたのだから。


「泣いていたんだ。最初は、しっかり考えて動いていたくせに。父親とケンカしたままだったというようなことを、言っていた」


 ああ。ザイルから聞いている。

 それでも、帰られては困るんだ。

 聖女はこの世界にあるべき存在だ。


 シエルには言えないが、世界の管理者のひとりなんだ。

 聖女がいなければ、この世界は瘴気に呑まれ、崩壊する可能性が高い。




 こちらの沈黙をどう受け止めたのか、シエルは黙り込んだ。

「ひとまず、帰ろう。宿で連絡を待つしかない」


 冒険者ギルド経由で、竜人自治区のザイルには連絡を入れておく。

 聖女が恐らく精霊王に呼ばれ、浄化にあたっているのだろうと。


 今のオレたちには、ミナとグレンが無事に帰ってくるのを、待つしか出来ない。


 シエルはしばらく迷う顔だったが、やがて空間把握でもう一度、今度は魔方陣の場所を探り、そちらへ向かった。

 今はどうにも出来ないことは、理解してくれたようだ。









 竜人の各一族は、それぞれ特徴がある。


 白竜族は、物作り好きの変わり者が多いが、マイペースで自分の心に素直だ。

 黒竜族はグレンのように、戦闘特化でまっすぐな気性が多い。

 青竜族は知識人が多く、生真面目だ。


 そしてオレたち赤竜族は、社交性が高い分、用心深い。

 物事を斜めに見るところがあり、オレは特に、それが強い。

 だから子供の頃から、聖女という存在に疑問を持っていた。


 竜人族は聖女の眷属だと聞いていたが、その聖女は、一向に現れない。

 なぜ現れないのかは、誰にもわからない。


 聖女が世界を浄化するのを、竜人族が手伝うのだと、幼い頃から聞いていたのに、その肝心の聖女がいない。

 実際は、竜人族の聖魔法を使える連中が、懸命に浄化をしていた。


 聖魔力を持たない竜人族は、ひたすら魔獣討伐だ。

 瘴気が多ければ、それだけ大きく強い魔獣が生まれる。

 地上もダンジョンも、魔獣を倒すことは瘴気の解消につながると、聞いていた。




 聖女はなぜ現れないのか。

 この世界は聖女に見捨てられたのではないかと、ふと考えたことがある。


 いなくても済むのなら、聖女はいらないんじゃないかとも、考えた。

 でも瘴気は厄介なことに、次々生み出され、竜人の里の付近はひどい状況だ。

 人族の聖魔力持ちも、竜人族の聖魔力持ちも、疲弊していく。


 そもそも瘴気とは何なのか。

 人族の欲が絡むのかと思っていたが、そういうわけでもないらしい。

 世界がそのように出来ていると言われたら、どうしようもない。


 ただ、聖女という存在を、少し恨めしく感じていた。


 冒険者としてあちこちのダンジョンに潜り、魔獣討伐をする。

 それは性に合った仕事で、方々を旅するのは楽しかったし、ダンジョンのドロップ品も面白い。

 そもそもダンジョンという場所が面白かった。


 でも、そうやって魔獣討伐をしても、どんどん魔獣は生み出される。

 瘴気も次々と、各地で瘴気溜りを作るようになっている。


 この世界はやがて瘴気に包まれて終わるのだろうか。




 竜王の魂を持つというグレンは、見ていて哀れな気がしていた。

 先代の話は聞いている。

 竜王として目覚めないまま、ただ闇雲に強さを求め、ダンジョンに潜って死んだ。


 そしてグレンもまた、竜王として目覚める術がないまま、ただ強さを求め続けるのを見た。

 身体を鍛え、武術を学び、ダンジョンに行きたがる。


 こいつもすぐに死ぬのかなと思っていた。

 けど無茶をしながらも、意外とちゃんと生き残った。

 年下なのに、もう追いつけないほどの強さになったグレン。

 ちょっとすごい奴だと感じた。


 ただ、なんだかちょっとズレている。

 そういうズレたところがあるから、一途に強さを追い求められたのかとも思う。




 グレンについては、オルド爺さんが予言を与えた。

 なんとも気分が悪いものだった。

 番と巡り会うのは絶望的。もし出会うとすれば、番の不幸でもある、と。

 何だその、番の不幸ってのはと、憤りすら感じた。


 聖女と源を同じくする賢者と伴侶を頼れというのも、訳がわからない。

 源を同じくするって、どういう意味だ。

 同族の、人族という意味なのか。同じ国出身という意味なのか。


 そんな中、聖女が見つかったと聞いた。

 異世界から召喚された者の中に、聖女がいたという。


 異世界ってどういうことだよと、また苛ついた。

 別の世界に聖女が逃げていたということか。

 どういう状況かわからないが、ふざけるなと言いたい気分だった。


 他の奴らは、聖女の帰還だと喜んでいるけれど。

 聖女がこの世界にちゃんと居てくれれば、こんな大変なことには、ならなかった。




 会う前はそんなふうに、聖女という存在に失望していた。

 無責任に、役割を放り出した聖女の魂を持つものだと。


 歴代聖女は、慈愛で世界を浄化してきたという。

 か弱くはかない、力という面では無力な、竜人族が守るべき、人族の女。

 異世界に呼ばれたことを不幸と感じ、嘆いているのだろうか。


 そう思っていたのだが。

 実際に会ってみれば、まだほんの子供にしか見えないが、生命力にあふれていた。

 ダンジョンに興味を持ち、冒険者のことを色々と聞いてくる。

 なんとも予想外だった。


 口調や態度はそれなりなので、見た目ほど子供でもなさそうだ。

 それでも、大人として扱えない年齢だ。


 聖女の魔力は、番とは異なるが、竜人族にとって心地良いものだと聞いていた。

 なるほど、温かいものを感じる。




 初対面の挨拶から、オレたち赤竜族に近しいものを感じた。

 ずっと人と関わって、人というものを知ろうとしてきた者の接し方だ。


 まだ経験不足なところはあるが、かなり勘がいい。

 そういえば、聖女には魔力感知の能力があると聞いたことがある。

 先代聖女も悪意などを感じ取れたらしい。


 魔力感知で人の心を探りながら、相手を見極めて接してきたというところか。

 幼い頃から多くの人と関わってきたような、初対面で物怖じしない雰囲気だ。


 育った異世界は、魔法のない世界だったという。

 オイ、聖女が魔法のない世界で育ってるって、どういうことだよ。

 大丈夫なのかよ。




 でも実際は、魔法のない世界で育った彼女は、可能性の塊だった。

 まず、聖水とやらを作ったこと。

 聖魔力を入れ込んだその水で、現地へ行かずに浄化が出来るって、何だそりゃ。


 オレたちが世話をする一方かと思っていたが、こちらに来て早速、異世界のパンを作って食わせてくれた。

 すげえ、うまかった。


 しかも聖女の魔法を駆使して作ったという。

 いや、おかしい。なんだそれ。なんで食べ物に聖女の魔法を使うんだ。


 これからちゃんと生活をするためだと、市を見たいと。

 職人として菓子を作りたいという。

 まだ子供なのに、生きることを誰かに頼り切ろうとはしない。

 そういうまっすぐさは、グレンに近いものを感じる。


 そうして実際に、菓子作りで稼ぎ始めた。

 いろんな美味い物を、次々と作り出す。

 保存食まで美味くなった。




 予言にあった『番の不幸』は、異世界の家族と引き離されたことだった。

 それについては、確かに可哀想だと思った。


 あとから知った聖女の事情は、クソなハイエルフの起こした異世界召喚とやらに、巻き込まれた事故だ。

 聖女に対して感じていた怒りが理不尽だったことに、ちょっと気まずくなった。


 予想外ではあったけれど、表面はともかく本質は慈悲深い。

 スラムのために動く連中に、無防備なほどに手を貸したがり。

 商業ギルド長や貴族は、それぞれの思惑があるだろうに、安易に信じたり。


 なんというか、危なっかしい。

 色々と知恵も回るくせに危なっかしいって、どういうことだ。




 そんな危なっかしさが、意外なことに味方を増やしている。

 王族たち、フィアーノ公爵家、マルコさんたち。


 商業ギルド長も、自分の職責以上に気にかけている。

 子供の見た目に対する庇護欲か、有能な職人の保護かはわからないが、すっかり彼女の味方だ。

 この機会に冒険者ギルド長まで巻き込みやがった。


 まあ、商業ギルドとのやりとりは、一部オレでも感心したものだ。

 あんな若さで、相手の利をきちんと考えている。

 無償の奉仕ではなく、相手も自分も利があるようにという考え方が、商業ギルドの連中にとって、ずいぶん気持ち良く映るのではないか。


 なんだかんだで、人たらしな気がする。


 オレだけでは用心が足りない気がして、ギドに今回の助っ人を頼んだ。

 ギドも彼女を気に入ったようだ。

 ミナもシエルも、ギドの言葉やクセのある仕草について、特に指摘も何もしない。

 無関心なわけではなく、受け入れられたことに、ギドも気を良くしている。


 ギドもオレのように、聖女に懐疑的だった竜人族だ。

 なのに、今ではすっかり、ほだされている。

 元々が面倒見のいい奴だ。


 ミナは見た目が小柄で、目がクリクリした小動物みたいで。

 美味い物を出してきては、人懐こく笑う。

 むしろ、ほだされない奴の方が、少ないのではないか。




 極めつけは、今回のダンジョンだ。

 聖女は浄化を司り、清らかで争い事はできないと思っていた。

 ミナは活動的な女だが、それでも聖女だ。魔獣討伐とは無縁のはずだが。


 積極的に、攻撃魔法で魔獣討伐に参加したがり、挙げ句にオーバーキルだ。

 えらい無残な倒し方をして、気まずそうな顔になっていた。

 もう笑うしかない。


 その上に、剣でまで戦いだした。

 身体強化が出来る聖女って、何なんだよ。

 調理スキルに付随した身体強化というが、なんで聖女が物理的に強くなりつつあるんだよ。




 戦う聖女という存在に、思わずオレもギドも、笑いが浮かぶ。

 少なくとも竜人族に伝わる話の中に、聖女がダンジョンで戦った記録はない。


 異世界出身の聖女は、本当にオレたちの度肝を抜いてくれる。


主人公が生ぬるい視線と感じたのは、戦う聖女を面白がっていました。

店番で相手の雰囲気を読むのが得意と思っているけれど、聖女の魔力感知を無意識に使っていた優位性なだけなので、意外と読みは外れるのです。

まだ二十歳の女の子なので、ときどき彼女の読みは外れています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
シエルさん、いい人…。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ