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宿のコテージに戻り、今日はヘッグさんと一緒に竜人自治区へ転移した。
ギドさんには、夕食になるものをテーブルに並べて帰った。
ギドさんからの要望は、ケークサレとブランデーケーキ。
ヘッグさんだけが食べて、おいしかったと言っていたので、自分も食べたいというご希望だった。
スープ鍋も好きなものを選んでもらい、合わせてテーブルに置いてきた。
ブランデーケーキは、また食べ尽くされる可能性がある。
私も食べたいので、改めて作らなければならない。
「おおー、戻った戻った。ちょっとオレ、風呂に行ってくるわ!」
転移でシエルさんの部屋に出た途端、ヘッグさんは快活に叫んだ。
よほどお風呂に入りたかったみたいだ。
そしてなぜか、グレンさんの首をひっつかんで、連れて行く。
まだジェラシーな気分が残り、一緒にいたかった私は、グレンさんが連れて行かれてちょっと不満だったけれど。
夜にイチャイチャする予定で気分を切り替え、厨房へ向かった。
夕食準備には少し時間が早いので、まずはブランデーケーキだ。
ついでにケークサレも少し多めに作っておこうかなと、生地を作っていく。
そんなふうに調理を進めていると、ソランさんが帰ってきた。
「ミナ! 昨日のオコメっていうやつ、扱い方を教えてくれないか!」
昨夜、私たちは夕食にリゾットを作った。
これまでにない食事に、皆はちょっと戸惑った顔だったけれど。
食べ始めれば、美味しいねと言って、完食してくれた。
私たちの故郷の穀物が見つかったのだと、あのときソランさんには説明していた。
新しい穀物ということで、ソランさんはとても気になっているようだ。
「私はお鍋で炊くのに慣れていませんけど、一緒にやってみますか?」
「頼む!」
そうしてソランさんと一緒に、お鍋でご飯を炊いてみる。
炊きたてご飯なら、今日は牛丼にしようと、お肉やタマネギなどを煮込んだ。
温泉卵とか作ってみたいけど、こちらの卵の実で作れるだろうか。
試しに温度や時間に気をつけて、温泉卵を作ってみると。
ちょっと緩めだけど、温泉卵になった。
まあ、これはこれでヨシとする。
ご飯もちょっとお焦げが出来たけど、うまく炊けてくれた。
早めの時間に取りかかったので、ティアニアさんとマリアさんが来る頃には、豚汁も含めてあらかた作り終わっていた。
「私もオコメの炊き方を覚えたいのに」
ティアニアさんに、ちょっと拗ねられた。
夕食は牛丼と、豚汁、そして唐揚げ。
唐揚げは私がお弁当を作っているのを見て、マリアさんがティアニアさんに、どういう料理か説明し、一緒に色んな味を作っていたものだ。
マリアさんが亜空間に、揚げたてを収納していた。
うん。唐揚げって色んなアレンジがおいしいよね。
スパイス系の葉っぱを使ったり、塩の実の醤油系など、色々とある。
あと唐揚げにしてから、さらにソースをかける系もある。
お昼ご飯とかぶった唐揚げだけど、味の種類が違う。
なのでヘッグさんもグレンさんも、シエルさんまでたくさん食べていた。
今日はガイさんが、夕食に遅れて帰ってきた。
どうしたのかなと思っていたら。
「城からミナに、手紙を預かっている」
またセラム様からかと思ったけれど、どうやらお城からということらしい。
目の前の食事をひとまず完食していた私は、食事の席ではあるけれど、その手紙を開いてみた。
「夜会、ですか」
内容は夜会への招待状。
あのときの王妃様の言葉が、どうやら本当になってしまったみたいだ。
他国の人も来られる夜会へ、聖女を招くように、各所から要請があったらしい。
いっそ私が人前に出て、噂を払拭した方がいいという話も書いてある。
私自身、あのときほど聖女であることを隠す必要は、もうないと思っている。
そもそも竜人自治区にいれば、煩わしい接触をされることはない。
神殿のおかしな動きも、地域性であって、神殿本部の意向じゃないみたいだし。
一時は下手に顔バレして、竜人族の皆に迷惑をかけたらと、考えていた。
でも今の噂を放っておく方が問題だ。
私はグレンさんと番の儀をしたので、もう夫婦だ。
なのに他の人が勝手に、私にセクシー系なお誘いを受けたとか言っているらしい。
魔性の女とか、この私が言われているのは、圧倒的におかしい。
私が人前に出て噂を払拭というのは、子供な見かけになっていることだろう。
どう考えても、今の私は、噂とはかけ離れている。
セクシー系な美女とかけ離れていると、自分で認識するのは、ちょっと傷つくけれども。
「わかりました。受けて立ちましょう!」
「夜会か。ドレスが必要だな」
おっと、ザイルさんに指摘されて、そこはどうしたものかと、ちょっと困った。
以前レティにドレスは頂いたけれど、あれは夜会で通用するのだろうか。
夜会のお作法なども、よくわからない。
既に予定されている夜会への出席依頼なので、開催までは十日ほど。
準備期間のあまりの短さに、謝罪もされている。
ここはレティに相談するべきかなと思っていたら。
「夜会へ出席するということなら、城で用意するそうだ。明日、ひとまず出席の意向だと伝えよう」
ガイさんが、お返事を引き受けてくれた。
その後夕食も済み、ブランデーケーキやケークサレ、その他料理を作り。
聖水作りや寝る支度も済ませて、お部屋へ戻る。
グレンさんは、私のお部屋のソファーで待ってくれていた。
「シホリに渡す物がある」
そう言って、細長い布包みが差し出された。
アクセサリーなどではなさそうだ。
ずっしりとした重みの、腕の長さほどある、布に包まれたものだ。
意外な重さだったけれど、グレンさんが手を添えていてくれたので、落とす危険はなかった。
包みを開いてみれば。
「短剣、ですか?」
「武器を使ってみたいと、言っていただろう」
なんと、魔力包丁と同じ仕様の、魔力を込めて斬るタイプの短剣だった。
ヘッグさんのお風呂へのお誘いは、どうやらこれを用意するためだったみたいだ。
急ぎで竜人族の武具職人へ依頼して、既製品に少し手を加えてもらったそうだ。
「ありがとうございます!」
「この仕様なら、シホリが自分で怪我をすることはないはずだ」
そんなグレンさんの言葉には、微妙な気分になる。
まるで私が運動音痴みたいな認識は、やめて欲しい。
そりゃあまあ、グレンさんのように華麗に武器を振り回せる気はしないけれども。
「では明日は、これで魔獣をやっつけてみます!」
私が意気込んで言うと、グレンさんに頭を撫でられた。
なんだか慰められているみたいで、やっぱり微妙な気分になる。
そう思っていたら。
「今日シホリは、嫉妬をしていたのだろうか」
そうグレンさんから訊かれた。
「ヘッグが、嫉妬をさせてしまった後は、贈り物をしろと言っていた」
それは私にバラす話なのでしょうか。
ちょっと反応に困ってしまった。
でも、そうか。
それで考えついた贈り物が、この短剣なんだ。
グレンさんが一生懸命に考えてくれた贈り物だ。もちろん嬉しい。
「嫉妬は、もちろんしますよ。だってグレンさんは、私の番なんですから」
そう伝えると、グレンさんが私を大事そうに抱きしめてくれた。
うん。焼き餅はもちろん、焼いてしまいますよ。
だってグレンさんは、カッコイイから。
シェーラちゃんだって、初恋がグレンさんだったと言っていた。
今日みたいなことは、これからもあるかも知れない。
グレンさんを信じる云々じゃなく、私が不快かどうかの問題だ。
やっぱり他の人が、グレンさんに女性的な接触をするのは、嫌だ。
あと、以前の聖水を使った魔獣討伐は、番の儀の直後なのに、グレンさんがひとりで行った。
でも私だって戦えると見せておけば、次の機会は一緒に行ける。
グレンさんの妻として、私だって色々とやれるのだ!
子供の見かけで侮られても、私はグレンさんの妻だ。
隣に堂々と立って、一緒にどこへでも行ける。
そのためには魔法だけじゃなく、武器での戦いだって出来ると見せておきたい。
うん。明日はこの短剣で、華麗に魔獣をやっつけちゃいますからね!
翌朝、早くに目が覚めたので、また色々と早朝の調理をして。
朝昼のご飯の準備を亜空間に収納して、シエルさんの部屋へ集合。
ヘッグさんはまだ来ていなかった。
待っていたシエルさんが、私とグレンさんに布を差し出してきた。
見れば、魔方陣が刻んである。
「魔力譲渡の魔方陣だ」
シエルさんは、あれから魔力譲渡について、考えていたらしい。
魔力の相性が悪ければ死に至ることもあるので、通常は出来ない魔力譲渡。
「竜人族の番同士であれば、出来るだろう。ミナとグレンの間で使えばいい」
だそうだ。
私かグレンさんに、何か魔力について問題があれば、お互いに魔力を譲渡出来れば、色々と対処できるだろうという。
確かに、何かのために持っておいて損はない。
ありがたく受け取らせてもらった。
あと増幅の魔方陣と魔道具を、考えているらしい。
誰かの魔法の威力を増幅させるというものだ。
どうやら米糠だったモロモロ素材で、そういう何かが出来そうだという。
まだ構想中で、完成はしていない。
でも浄化魔法の増幅なんて出来たら、かなり楽だろうと言われた。
確かに、大規模瘴気溜りはキツかったので、そういう魔法があれば嬉しい。
魔道具として完成させると、下手に悪用されると困る。
だって攻撃魔法だって増幅できてしまうからだ。
なので魔道具ではあるが、使用時に魔方陣が必要な仕様にするという。
お待ちしておりますと、力強くお願いしておいた。
ヘッグさんの合流後、朝の転移をして、ギドさんを交えて朝ごはんを食べる。
やはりブランデーケーキは食べ尽くされていた。
「ヘッグが言ったとおり美味しかったあ!」
満足そうに言われては、苦笑するしかない。
まあ、美味しく食べてくれたなら、何よりだ。
ヘッグさんもギドさんも、胸焼けはしていないみたいだし。
ダンジョン行きの準備として、私はグレンさんから頂いた短剣を装備してみせる。
「おー、似合うな!」
仕掛けたヘッグさんが褒めてくれたので、気を良くして軽く振ってみた。
ヘッグさんは「お、筋がいいな」とまた褒めてくれる。
「グレンに手ほどきをしてもらったら、上達するんじゃないのか?」
そう言われると、気分が上がってその気になったのだけれど。
「いや、オレは手加減がうまく出来ない。ミナに怪我をさせたくない」
グレンさんから拒否られた。しょんぼりだ。
でも結界を張った状態で、ダンジョンで剣を使う許可は出た。
体に結界を張って、剣の部分は結界の外にあれば、攻撃は出来る。
さて、その日は大きなトラブルもなく、存分にダンジョン攻略をした。
武器での戦い方も学んで、私はご機嫌だ。
なんとなく一人前の冒険者な気分になっているけれど、ヘッグさんとギドさんの視線は、相変わらず微笑ましいものを見る目だ。
なんだろう、どういうことだ。
強くなったと褒めてくれているのに、その微笑ましげな表情は何ですか。
まるで子供のヒーローごっこを見る視線だ。
きっと彼らからすれば、私はとっても弱いのだろう。
まあ、本当に強い彼らみたいな、あんな動きは出来ないからね。
でも結界で身を守ったままとはいえ、ちゃんとオオトカゲを剣で倒したのに。
登録したての冒険者としては、まずまずだと思うんだけどなあ。