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聞こえたのは、複数の女性の悲鳴。
助けて、という声も聞こえる。
私とシエルさんは、一瞬だけ顔を見合わせて、声の方向へ走り出した。
素早くギドさんも私たちの横に並ぶ。
「実力がないなら、変動期のダンジョンに入るんじゃねえよ」
ヘッグさんが悪態をつきながら、私たちを追い越した。
グレンさんがさらに、蹴る勢いで跳ねてヘッグさんを追い越す。
そんなグレンさんの向こうに、魔獣の群れが見えた。
ついさっきシエルさんが倒した、ハイエナみたいな魔獣だ。
グレンさんはそこに飛び込むと、魔獣の群れを一閃。
ギュワン! という悲鳴が響いて、魔獣たちはダンジョンの床に溶けていった。
わずかな残りは、ヘッグさんが剣を振って仕留める。
私とシエルさんは、結界で身を守りながら、それを見学していた。
とにかくグレンさんがカッコイイ!
抱きつくと腕が回らない胸板とかだけど、上背があるので太って見えない。
それでも体つきは筋肉質なので、重そうに思える。
でも、動きが軽やかに、駆け抜けて跳ねて、斬る。
むしろ動きはヘッグさんの方が、重そうな動きだ。
新たな群れが来て、ヘッグさんは剣をブンと振り回して力強く倒す。
グレンさんも力強い攻撃だけど、動きがしなやかで、躍動的だ。
あああ、あのカッコイイ人が私の彼氏!
いや、もう夫だ。夫婦だった。
魔獣の群れが消えたあとには、ドロップ品がそこかしこに転がっている。
シエルさんはそれらを浮かせて引き寄せる魔法を、考え出して使っていた。
このフロアに来てからの便利魔法で、ものの数秒でドロップ品の回収が出来る。
私たちは、グレンさんとヘッグさんに駆け寄り合流した。
「グレンさん、格好良かった!」
私がテンション高く褒めちぎると、グレンさんは私を抱き上げた。
私はその首に抱きついて、耳元にキスをした。
グレンさんが格好良すぎて、テンションがおかしなことになっている。
「えええ、いい男だと思ったのに、子供連れ?」
「どういうことよ、この変動期のダンジョンで」
女性の声に振り返る。
そこには女性二人組と思われる冒険者たちがいた。
ちょっと露出の高い衣装は、こういうダンジョンにそぐわない気がする。
でも魔法で防御系の付与も出来るので、そういう装備かも知れない。
「そうだな。変動期のダンジョンに、この程度の魔獣に囲まれて、助けを呼ぶ程度の奴が潜っているのは、どうかと思うがな」
ヘッグさんが厳しい声を向けた。
彼女たちは、むっとした顔になった。
「いつもなら、もうちょっと深く潜ってるけど、加減してここにいるんです」
「ちょっと調子を崩しただけよ。助けてくれたのはありがたいけど」
苦言は聞きたくないという態度だ。
私は冒険者の常識がわからないので、聞き役になるしかない。
彼女たちはなぜか、私を抱き上げているグレンさんに寄ってきた。
「あなたいい男ねえ」
女性の腕が、グレンさんに伸びる。
と、さらっと下がって避けるグレンさん。
うん。身のこなしが鮮やかだ。
「ねえ、私たちも仲間に入れてくれないかしら」
もうひとりの女性が、ギドさんに向かって身を捻った。
普通にテレビでアイドルとかがしていたら、気にならない仕草かも知れない。
でも目の前でされると、なんだか微妙な気分になる。
「ええー、やだあ」
笑顔でギドさんが、さくっと返した。
「ボクたちは変動期のダンジョンだからあ、舐めずにベストメンバーで潜ってるからねえ。邪魔は困るよお」
身を捻っている動作が、なんだか目の前の彼女たちよりチャーミングだ。
戦闘系筋肉男子なのに可愛いとは、これいかに。
私たちの目の前の女の人は、諦めずにグレンさんに向き合う。
「ねえ、いいでしょう?」
「断る」
グレンさんも、さくっとお断りをしている。
そしてなぜか、彼女たちに私が睨まれた。
「あんな女の子が入っていて、私たちは断るの?」
「あんたたちじゃ、足手まといでしかない」
ヘッグさんの返しも辛口だ。
「あの子だって、足手まといじゃない!」
「えー、彼女は優秀な魔法士だよお」
聖女と言うわけにはいかないので、ギドさんがそう言ってくれた。
そこにうなり声が割って入る。
「きゃあ、ちょっと、また」
魔獣の群れが地中から溢れてきた。
ダンジョンの魔獣は、倒せばダンジョンの床に溶けるけど、出てくるのもダンジョンの床からみたいだ。
「ええ、待ってよ。きりがないじゃない。どうなってるの」
「変動期なんだから、この程度は予想がついただろう」
「知らないわよ!」
「知らずに入ったなら、さらにバカだよねえ」
ヘッグさんもギドさんも、意外に容赦がない。
「ミナ、やってみるか?」
ヘッグさんが私に振った。
ううん、この群れを私に振りますか。
でもまあ、優秀な魔法士って言われたら、きっちり仕留めないとね。
ここは一度失敗している風魔法で、華麗に仕留めてみましょう。
手加減なしの、鎌鼬的なイメージで、群れを一掃してみようではありませんか!
というわけで、鎌鼬をイメージした風魔法を、魔獣の群れに魔力を込めて放った。
それは群れの中心で、巨大な竜巻になる。
「おい、ちょっとやり過ぎだ」
「ごめんなさい!」
大部分は竜巻に巻き込まれたけれど、一部が弾き飛ばされる。
グレンさんは私を抱っこしたままなので、ヘッグさん、ギドさんが狩っていく。
シエルさんは大人しく空気に同化している感じだ。
彼女たちは呆然と、私と竜巻を見比べている。
「ダンジョンは狭いから、あまりこうした巨大な攻撃魔法は使うな」
「ボクらなら大丈夫だけどお、足手まといがいるときはあ、味方に被害が出かねないからねえ」
ちらりとギドさんが、彼女たちを見た。
彼女たち、強張った顔をして、怒りか恥ずかしさか、頬を紅潮させている。
えええと、ちょっと煽りすぎてないかな?
「信じられない! 私たちを無視して、そんな子供相手に、ちやほやして」
「子供が趣味の変態たちなんでしょ。行きましょう!」
彼女たちは足早に去って行った。
大きな胸を私に見せつけるように、胸を反らせて弾ませてから。
「私だって、ちょっとは成長できるはずなんですけど」
口を尖らせて、ぽつりと言うと、グレンさんに頭を撫でられた。
二十歳の私は、今よりもう少し胸らしいものはあったのですよ。
あと、うちの母は、大学卒業後も成長していたらしい。
だから私も成長するかも知れないと、言ってくれていた。
私の成長期は遅かったので、その言葉に希望を持っているのだ。
「セクシー系じゃなくてもお、可愛い系もいいと思うよお」
ギドさんが慰めてくれる。
私はグレンさんの首に、ぎゅうっと抱きついた。
「ちゃんと私も成長するから、待っててね、グレンさん」
そう伝えると、さらに頭を撫でられる。
「わかっている。今でも充分可愛いが、大人になった姿も楽しみだ」
私だけを見てくれているグレンさんの言葉に、ちょっと溜飲が下がる。
なるほど。そうとわかっていても、私は彼女たちにジェラシーだったんだ。
うん。大丈夫。
グレンさんはセクシーな女性がいても、ちゃんと私を選んでくれる。
竜人族だから浮気はないって言われても、やっぱり気分は微妙なんだ。
「そろそろ帰ろうか」
このまま探索を続けると、また彼女たちと鉢合わせる可能性がある。
なので私たちは帰ることにした。
もしまた彼女たちから助けを求められても、困る。
彼女たちを連れてのダンジョン探索なんて無理だ。
変にグレンさんに絡む人たちと一緒なんて、私だって嫌だ。
「空間把握の魔法を使ってみる。少しだけ待ってくれ」
シエルさんが、魔力を広げてしばらく目を閉じた。
「ああ、見つけた。たぶんあれが、次のエリアへの転移魔方陣だ」
シエルさんが言うには、空間把握という魔法自体は既にあるものだ。
行き止まりなど、ダンジョンのマップが頭で作れるものらしい。
でもその魔法では、どこにセーフティーゾーンがあるか、どこから別フロアへ行くのかまでは、わからない。
そこでシエルさんは、魔力感知も組み入れた、新しい魔法を作った。
その魔法のおかげで、最短ルートで魔方陣のある場所へ行けた。
そのまま魔方陣に乗り、ダンジョンを脱出する。
ダンジョンを脱出しても、グレンさんの腕の中、私はその首に抱きついていた。
皆の生ぬるい視線を、私は背中で感じたけれど無視しておいた。
しょうがないのだ。
わかっていても、ジェラシーは感じるんだ。
グレンさんは、私のグレンさんなんだからね!