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岩の洞窟みたいなダンジョンは、通路を進むとわずかに変化があった。
でもわずかな変化なので、私だけだと迷いそうだなと思う。
何度か戦闘を挟み、しばらく進むと水場がある、不思議な雰囲気の場所に出た。
ヘッグさんが荷物を下ろして座る。
「こういう水場は、ダンジョンの魔獣が来ないんだ」
「ほう、セーフティーゾーンか」
シエルさんがわかった顔で言う。
つまり魔獣に備えないで、休憩が出来る場所ということみたいだ。
「魔獣は来ないが、冒険者同士は会うかもな」
あまり油断し過ぎないようにと、ヘッグさんが注意を促す。
朝ご飯はしっかり食べたけれど、そろそろお腹が空いていた。
今日は日本のお弁当らしいお弁当を、持参している。
重箱みたいな入れ物は、マリアさんに作ってもらった。
「お弁当の定番、俵おにぎりと、唐揚げと、卵焼きと、ブロッコリーの和え物!」
ブロッコリーの和え物は、お弁当の彩りのための、我が家の定番だ。
なのにこちらの世界のブロッコリー的な野菜は、黄色だった。
彩りにならない。卵焼きと同じ色じゃないか。
幸い、こちらのニンジン的なものは、赤いほうれん草みたいな野菜で、緑色のパプリカみたいな物と炒めれば、それなりに彩りになったので、ヨシ。
そして俵おにぎりには、いろんなおかずを仕込んでいる。
肉味噌炒めとか、しぐれ煮とか、ツナマヨ的な物とか。
重箱にぎゅうぎゅう多めに詰めたそれは、成人男性が四人もいれば、楽勝だった。
むしろ足りない雰囲気だったので、スープ鍋を出した。
さて、早い昼食を終えてからは、私とシエルさんも、魔法で戦闘に参加する。
ここまではグレンさんをメインに、ヘッグさんやギドさんも戦闘をしていた。
私とシエルさんもソワソワしていたけれど、まずはダンジョンの雰囲気に慣れるようにと指示されていた。
そして戦闘に立ち合ううちに、飛び出してくる魔獣などは、魔力感知でわかるようになってきて、驚かなくなった。
なので私とシエルさんも、戦闘に参加することになったのです。
武器も借りることが出来ないか、訊いてみたけれど。
「駄目だ、危ないだろう」
「魔力包丁と同じ、自分の魔力で斬る仕様の武器にしておこうねえ」
ヘッグさんとギドさんに反対された。
あれ、ひょっとして私、運動音痴と思われている?
これでも格闘技をやっていた職人さんに、兄と一緒に教えて貰ったことがある。
子供のとき、兄と棒を振り回して遊んでいたら、近所のおじさんに振り方を指導してもらったこともある。
けっこう活発な子供時代だったので、護身術程度は出来るんだけどな。
まあ、竜人族の人たちほど、戦えるわけじゃないけれど。
そんな話をするうちに、魔獣が出て来た。
あまり素早くない、大きなカピバラみたいな魔獣だ。
ずんぐりしているけれど、意外と牙は鋭く、力が強いそうだ。
まずは私が、調理器具で鍛えた風魔法を披露することにした。
どうだ、サイコロ切りのときの切れ味!
そう意識して風魔法を飛ばしたけれど、魔獣が倒れるほどではなかった。
むしろちょっと痛かったみたいで、凶暴な声を上げられた。
慌てて今度は、みじん切り魔法を飛ばす。
強めに魔力を込めたら、なんだか無残な倒し方になった。
モザイクが必要な絵面になり、ちょっと顔が引きつりそうだったけど、無事にダンジョンの床に溶けて消えた。
あとにはドロップ品が転がっている。
初討伐!
そう思って周囲を見れば、微笑ましげな視線だった。
うん。まあ、うん。そうだけど。
期待した視線じゃない。
えええ、初討伐なら、こんなものじゃないんですか?
竜人族なら、もっとスマートに倒すのだろうけど。
こっちは攻撃魔法が初めてなんですよ、上出来だよ!
私の次は、シエルさんがやった。
今度は大型の猿みたいな魔獣に、意気込んで風魔法を飛ばす。
シエルさんは、既に雷魔法で討伐に参加したことはあったけれど、ここは風魔法を使いたかったみたいだ。
結果は、私と似た感じだった。
最初は弱すぎて、次は強すぎた。
「加減が難しいものだな」
「まあ、ダンジョンの魔獣なら、最後は消えるだけだから、倒し方はどうでもいいが。外の魔獣は、そのあとの素材活用も考えて討伐が必要だからな」
そうヘッグさんに言われて、なるほどと頷いていた。
そんな戦闘を何度かこなして、たどり着いたのは。
セーフティーゾーンに似た雰囲気の場所にある、ふたつの魔方陣。
「ここから次のエリアへ行くんだ」
なんと、ダンジョンの階層は、魔方陣で移動するそうだ。
転移魔方陣のように見える。
階段で降りて行くのではなかった。
「こちらは入り口へ戻ることが出来る。一度たどり着いたエリアには、何度でも行くことが出来るから、今日はある程度まで攻略したら戻ろう」
なるほど。だからあの宿の取り方をしていたのか。
この仕組みを活用して、毎日戻るつもりだったんだね。
「深層部は広いから、攻略に日数をかけることもあるな。今のところは、日々戻る予定だ」
そう説明された。
「あとダンジョンの変動期は、前回いた層までしか行けないはずなのに、いきなり深層部へ飛ばされることもある」
「今回の場合はあ、深層部を目指しているから都合がいいんだけどねえ」
そうして次の階層へ行く魔方陣に、皆で乗った。
転移魔方陣みたいに魔力を込めるのかと思ったけれど。
しばらくすると、魔方陣が勝手に光り出した。
どうやら自動で転移するみたいだ。
ダンジョン内の転移魔力も、ダンジョンのエネルギーが使われているみたいだ。
次の階層も、岩の洞窟の雰囲気だった。
ただ今までよりも、湿った感じになっている。
足元が滑りやすいからと、注意を受けた。
ふふふ、装備のブーツはかなり快適で、足元は安定して滑りにくい。
履き心地が良くて可愛くて、機能も万全とか、最高です!
作ってくれたバルコさんに感謝!
念のためにしっかり踏みしめて歩いているけれど、大丈夫そうだ。
出てくるのは爬虫類が混ざってきて、シエルさんがちょっと及び腰になっている。
そういえば爬虫類が苦手って言っていたよね。
結界を広めにしていて、いきなり飛びつかれない仕様にしている。
賢者様、爬虫類対策は万全ですね。
私たちは、また今のフロアに慣れてから、攻撃魔法もしてみるかと言われた。
最初のトカゲの群れは、ギドさんが火魔法で対処。
次にハイエナみたいな群れが来たのは、グレンさんとヘッグさんが剣で倒した。
グレンさんもヘッグさんも、魔法は使える。
でも剣の方が、戦いやすいそうだ。
だって、素早く動いたと思ったら、もう複数の魔獣を倒しているのだ。
魔法よりも、こちらの方が効率がいいのだろう。
ギドさんは、剣も魔法も使う。
次は私も火魔法を使ってみたくて、機会をもらってやってみた。
火魔法はあの調理用魔道具で、圧力鍋的な使い方をしたイメージがある。
圧力の中で加熱をする感じで使った程度だ。
なので結界に閉じ込めて、電子レンジをイメージして、結界内を加熱した。
結果、トカゲの魔獣たちが、破裂した。
結界を張っていて、良かったというべきだろうか。
結界がなかったら飛び散っていただろう。
ちょっと自分でも引いたくらいなので、シエルさんはドン引きだった。
またもヘッグさんとギドさんの視線が生ぬるい。
グレンさんは、私の頭をポンポンと優しく叩いて慰めてくれた。
シエルさんは、このフロアの戦闘は避けたいと言った。
爬虫類は、直視するのも苦手らしい。
敵から視線を逸らしての攻撃は、まあ、やめた方がいいだろう。
そんなわけで、ここは私の訓練場になった。
何度か火魔法の攻撃をして、魔獣をスムーズに倒せたのは、五回目あたり。
その次は水魔法だと張り切ったけれど、水圧で押しつぶす方法は、魔獣たちがどこかへ押し流されただけだった。
うううん。攻撃魔法、難しい。
ヘッグさんは、お腹を抱えて肩を震わせているので、軽く足を踏んでやった。
「大丈夫だよお、ミナちゃんかなり上達してきてるよお」
ギドさんの気遣いが優しく染みる。
でもちょっと微妙な表情は、笑いを堪えているのか。
もう素直に笑えばいいのにと、ちょっとむくれる。
そんなふうに火、水、土、聖魔法の雷などの攻撃魔法を色々と試して。
おやつや軽食の休憩を挟みながら、順調に洞窟を進んでいった。
ひととおりの攻撃魔法を試して、改めて風魔法の加減を鍛えるぞと思った頃。
次のエリアへの転移場所が見えた。
残念。爬虫類エリアを抜けたなら、次はシエルさんの番だ。
またおやつ休憩を挟んで、新エリアを探索だ。
シエルさんも爬虫類への緊張感から解放され、いざ、次のエリアへ。
そこはまた少し違う、広めの土の洞窟になっていた。
植物が生えていて、鑑定してみると食べられる物がいくつかあった。
「これ、採取してもいいですか!」
「もちろんだ。何か美味い物になるのか?」
「枝豆は単純に塩茹でが美味しいし、成長しきったこちらは大豆ですね」
「おおお、きな粉だな!」
シエルさんが元気に反応している。
そして食べ物が、甘味メインの発想になっている。
豆類と、スパイス系の葉っぱの今まで出会わなかった物。
それから少し行った場所には、果物もあった。
マンゴーみたいな中身バナナは、本当に頭が混乱するから、やめて欲しい。
とはいえ、こちらでは自然にそうなっているのだから、仕方がないのだけれど。
それらを採取する合間に、また狼みたいな魔獣が出た。
今度はシエルさんが張り切っている。
私はこのフロアでは、採取をメインにすることにした。
果物は柑橘類にも出会えて、嬉しい限りだ。
色は変だけど、柑橘類らしい見た目なので、脳がバグらない。
ただし、グレープフルーツにしか見えないのに柚とか、そういう変化球はあった。
そんなふうに、シエルさんは攻撃魔法を、私は採取に夢中になっていたところ。
悲鳴が響き渡った。