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目が覚めて、一瞬ここがどこかがわからなかった。
軽い揺れを感じながら、温かいものに身を任せている。
耳をくっつけている、その温かいものから、人の鼓動に似た音が聞こえて。
ひうっと、息を鋭く吸い込んだ。
一瞬で飛び起きたら、私を抱えていたその人が、ふっと目を開けた。
微かな灯りの中、彫りの深い精悍な顔立ちの、切れ長の鋭く見える目が、私を見て優しく目尻を下げる。
かっこいい男の人だなと認識し、そんな男性に抱えられていたことに、混乱しそうになって。
あれ、見たことある人だと記憶を探る。
やがて帰省からの異世界召喚、そして大泣きをしてしまったことを思い出した。
恐らく泣き疲れて寝落ちをしてしまったのだろうということも。
もう成人したというのに、私は子供か!
「グレンさん」
呼べば、優しい目で頷いてくれた。
いや、相手が誰かということと、寝る前の状況はわかったけれど。
どうしてこの人に抱えられて寝ていたのかが、わからない。
泣いたときに慰めてくれて、グレンさんに縋りついてしまった記憶はある。
そのまま寝てしまい、私がどこかを掴んだまま離さなかったとか、そういう状況?
だとすれば、とても迷惑をかけてしまっただろうか。
今は馬車の中のようだ。
軽い揺れは、馬車が静かに走る振動。
マリアさんの付与魔法の効果がまだあるのか、あらためて付与してくれたのか。
速度を緩めているにしても、この馬車の性能ではもっと揺れそうなところが、穏やかな振動だ。
おかげでぐっすり寝ていたようで、頭がすっきりしている。
そこからの寝起きドッキリで、心臓に悪い状況なわけですが。
「あの、ご迷惑を、おかけしました?」
寝たときの記憶がないので、疑問形になった。
するとグレンさんも、不思議そうな顔になった。いやいやいや。
「私があの…泣いたまま寝てしまったので、たぶんご迷惑をかけての、この状況かなと。ごめんなさい」
決まりの悪い気持ちで、歯切れ悪く口にした。
グレンさんはゆっくりと瞬きをする。
「何も迷惑は、かけられていない」
低音のその声に、腰が抜けそうになった。
周囲が寝静まっているために、初めて聞くグレンさんの声は、優しい囁きになっている。
しかし何というか。イケメンは、声までイケメンらしい。
これがイケボというものか。生で初めて聞いた。
そして今も、グレンさんの膝の上で、腰に手を回されているこの状況よ。
彼の肩に手を置いて、上半身を起こしてはいるけれど。
そこからグレンさんの反対の手が、優しく私を自分の方に倒そうとしてくる。
いやいやいや、待って。なんで?
「まだ夜だ。見通しが悪く、安全のためにも馬車をゆっくり進めている。今は寝ておいた方がいい」
「いえ、あの、でも」
そうじゃない。そうじゃないんだ。
見回せば、馬車の中で抱えられているのは私ひとりだ。
外から灯りが入ってくるのは、どうやら護衛の人たちが、魔法の灯りをつけているためらしい。
三人並びの座席で、私を抱えるグレンさんの隣に、ザイルさん。
向かい側にはマリアさんとシエルさん、そしてセラムさん。
それぞれ座席の背もたれに身を預けて寝ている。
マリアさんとシエルさんが互いにもたれて寝ている状態だが、それはさておき。
「膝から、下ります」
というか下ろして欲しくて宣言すると、グレンさんがキリっと答えた。
「大丈夫だ。落としはしない」
いや、そんな心配はしていません。
ズレてる。ズレてるよ、グレンさん。
「寝ていたときに、完全に脱力していた。この方が安全だ」
相変わらずのイケボで、優しい目で、グレンさんが囁く。
本当にやめて欲しい。自分の声と顔面の威力を知っていて欲しい。
どうやら寝落ちした私が、熟睡してまったく体を支えられずに、この状態になっていたらしい。
つまり親切でのこの状況ということですかね?
いやいやいや、そうにしてもだ。
昨日が初対面の成人女性に対して、距離が近い。近すぎる。
馬車がこの程度の揺れなら、むしろ床に転がしてくれていてもいいんですよ。
グレンさんは、女性にだらしないタイプではないだろう。
むしろお堅いタイプと見ていた。
人を見る目はあるつもりだったけど、見立てを外したのだろうか。
それとも日本人は若く見えるというアレだろうか。
もしかして成人女性に見られていないのか。
子供として、保護対象になっているのか。
こちらに向けられる視線に、見つめ返すと、優しい眼差し。
うん。これたぶん、子供の保護対象だ。
いやらしい意図は感じないので、完全なる善意のようだ。
どうしたものかと顔を伏せると、そのまま胸にもたれさせられた。
チビの私がすっぽりと収まってしまう、大きな体。
厚い胸の、筋肉の弾力と温もりが気持ち良くて、眠くなるけれど。
いやいやいや、え、これいいの?
グレンさんって、それなりの年齢の大人だよね。
実は奥さんとかいるってことない?
子供と思ってのこの態度だけど、実は成人女性でしたと後から言ったら、トラブルにならない?
混乱しながらも、筋肉の温かさと静かな揺れに、眠気が襲ってくる。
ダメだ拒否しなければと思いつつ、またしても意識がフェードアウトした。