108 ウズドのダンジョン
さて、翌朝になって転移してから、驚いた。
なんと私たちは、ウズドのダンジョン都市にいた。
ヘッグさんひとりで、国境を越えていた。
あれ、私たちって、オブシスに不法入国しちゃってない?
ヘッグさんが泊まっていた宿の部屋で、一緒に朝ご飯を食べながら、状況を聞く。
コテージ形式の宿は、団体で一定期間利用できるものだという。
泊まる人数での宿代ではなく、ひと棟いくらの宿代なので、出入りのチェックも特にされないのだとか。
今回の私たちみたいな使い方には、向いている。
ヘッグさんは、ひとまず五日ほどの予約をしてくれていた。
複数の寝室があり、今は皆で使う居間らしいお部屋で、朝ごはんだ。
「旅がすぐに終わっちゃった」
私がちょっと不満そうに言うと、ヘッグさんが笑って返す。
「あの国境審査は厄介なんだ。なけりゃないに、こしたことはないんだよ」
そこはまあ、そうなのだろう。
商業ギルド長も、オブシスへの入国審査は厳重だと言っていた。
人族至上主義の国だなんて言われると、厄介そうな気はすごくする。
「それにしても、このオコメってやつ、美味いなあ」
「でしょう。パンもいいけど、お米のご飯は、やっぱり別格なんです!」
ヘッグさんも、お米は気に入ってくれた。
ちなみに味噌焼きおにぎりが、一番気に入ったそうだ。
お腹持ちもいいのだと言うと、感心していた。
「それで、このオコメ問題は片付いたのか?」
ヘッグさんの質問に、私はにこやかに答えた。
「はい、商業ギルド長に丸投げしてきました!」
ぶはっと吹き出すようにヘッグさんは笑う。
「まあ、こんな感じだ」
「うん。大体わかったよお」
ヘッグさんとギドさんのやり取りが、ちょっと納得いかない。
「いやあ、しかし食生活の充実した旅はいいなあ」
ちょっとむくれている私を前に、ヘッグさんはご機嫌だ。
昨日、別行動のヘッグさんには、合流までの食事を渡しておいた。
昼食用のサンドイッチ、夕食用のケークサレ。
スープの鍋は凍らせておけば、夕方火にかければ食べられる。
シエルさんが手助けしてくれて、夕方まで氷結魔法が保つようにしてくれた。
例の私が作った保存食ビスケットも、渡した。
それから、とっておきのブランデーケーキ。
「あのブランデーケーキっての、メチャクチャうまかった!」
アルコールに浸しているので、日を置く方がおいしい。
長持ちするものだから、よかったら食べてねと渡しておいたものだ。
「残りは皆で食べましょうね」
「すまん。ない」
潔く即答された。
絶対に残ると思っていた、ブランデーケーキ。
ヘッグさんは、完食してしまっていた。
「丸ごと、食べちゃったんですか」
「止められなかった」
完食するまで、食べるのをやめられなかったそうだ。
まあ、おいしく食べてくれたのなら、いいんだけれど。
胸焼けしなかったのかな。
亜空間に入れておくとブランデーの馴染みが悪いので、背負い袋に入れていた。
今もひとつ入っている。
冒険の旅の合間に、いいかなと思って。
亜空間収納で、私とシエルさんは手ぶらでどこにでも行ける。
でもさすがに手ぶらはおかしく思われる。
なので私もシエルさんも、背負い袋を装備している。
中身はほとんどないけれど。
そこにブランデーケーキを入れていた。
まあ、食べられてしまったものは仕方がない。
もうひとつあるし、ダンジョンで手軽に食べる物は、他にもそれなりに準備した。
気分を切り替えて、さあ冒険だ!
何はともあれ、初ダンジョンだ!
ウズドの街は、ホランよりも活気に満ちていた。
でも乾いた空気の景色は、なんとなく荒れた印象もある。
夜はひとりで出歩かない方が良さそうな雰囲気だ。
冒険者が多いためか、荒っぽい人が多いように見える。
露天を出している人も、どこか厳つい人が多い。
女の人もいるけれど、少数だ。
移動中、私はグレンさんに抱えられている。
冒険者が多いこの街で、万一はぐれたら大変だと、宿を出てすぐ抱き上げられた。
グレンさんだけではなく、ヘッグさんやギドさんも、のんびり口元は笑っているけれど、空気がピリッとしている。
シエルさんは、注意深く周囲を見て、そっと結界を強化していた。
うん。冒険はいいけれど、ちょっと物騒な街みたいだ。
他のダンジョン都市も、こんな感じなのだろうか。
「ここは特に、荒っぽいのが多いな」
私の心を見透かしたみたいに、ヘッグさんが言った。
「人族至上主義の国に、わざわざ来る冒険者だからねえ。他種族は強気なのが多いしい、人族は傲慢だしい」
ギドさんも、用心するようにと言外に言っている。
うううん、あまり場所柄は良さそうではない。
ダンジョンはともかく、街の冒険はしない方が良さそうだ。
初冒険だけど、お友達になれそうな人も、見つかりそうにない。
まあ、仕方がない。
ダンジョン都市は他にもあるので、そういう冒険は、また別のところでしよう。
今日は変動期真っ最中の、ウズドのダンジョンへ行くのだ。
ダンジョンの入り口は、宿から少し歩いて、岩山のような地形のところにあった。
関所みたいな感じに、人の出入りを規制している場所だ。
入り口で冒険者ギルド証を見せれば、入れるそうだ。
入り口前でグレンさんに下ろしてもらい、係の人に冒険者証を見せると、あっさり通らせてくれた。
あっさりさ加減に、ちょっと拍子抜けではあったけれど。
このウズドの冒険者ギルドで登録をしていたら、きっと何かがあったのだろう。
うん。商業ギルド長に感謝だ。
冒険者登録したばかりの私やシエルさんが、変動期のダンジョンにあっさり入れた違和感は、ヘッグさんの言葉で解消した。
「さすがに初心者ばかりで変動期ダンジョンには入らせない。今はオレたちがいるからな」
同行しているグレンさん、ヘッグさん、ギドさんが高ランクなので、新人育成だと思われたらしい。
なるほど。確かに色々とレクチャーして頂いているところだ。
岩山の中の洞窟に入るみたいな感じで、地下に続く通路を歩く。
ダンジョンによって風景は違うけど、ここの浅い階層は岩の洞窟が続くそうだ。
変動期は、奥の方が激しく地形が変わるらしい。
浅い階層は地形までは変わらない。
でも出てくる魔獣が、意外と高ランク魔獣が出るそうだ。
魔獣のランクは、その強さで冒険者ギルドにより、まとめられている。
でも変動期は、同じ魔獣なのに強くなっていたりする。
いわゆる変異種が多くなるのだという。
「二人とも、しっかり結界は張っておけよ」
そう注意をされた。
洞窟の中だけど、暗くはない。
通路の各所がほのかに明るい。
ぼんやりと壁が光っているような、不思議な景色だ。
ヘッグさんが言うには、洞窟型ダンジョンの壁は、大体こんな感じだという。
ファンタジーだと、光苔なんて表現をされることがあるけれど。
うん。不思議な感じだ。
もしかしてこれは、瘴気を魔力に変換するエネルギーを活用した、灯りだろうか。
まあ、この世界の仕組みはわからない。
元の世界だって、科学で解明できているのはほんの一部だなんて言われていた。
最新の学説が、新しい事実が判明して覆ることだってあった。
世界を知るなんてことは、人には傲慢で、手に余ることなのかも知れない。
通路が続くだけの洞窟だなと思いながら、歩いていたら。
「うあっ!」
突然目の前の枝道から、狼みたいな魔獣っぽいのが複数飛び出してきた。
女子らしい「キャ」なんて叫びにならないことは、置いておく。
ちょっと焦ったけれど、私もシエルさんも、ちゃんと結界を張っている。
何より私のところに来る前に、グレンさんがさっと動いて、魔獣たちは斬られた。
しなやかな身のこなしで、左右に舞うように剣で薙ぎ、倒す。
あの大規模瘴気溜りのときとは違う、細く少し短めの剣だ。
洞窟の中で、あの大剣は使えないようだ。
別の武器でも鮮やかなお手並みに、心の中でひたすらグレンさんを褒め称えた。
口にはまだ出さない。
だって狼のあとで、さらに熊みたいなのが出て来たからだ。
私が下手な声を上げると、戦うグレンの邪魔になりそうだ。
ヘッグさんとギドさんは、私とシエルさんを挟むみたいな立ち位置をとる。
戦うのはグレンさんに任せ、何かがあったときのために、備えてくれていた。
二人もまた、この状況に慣れていそうで頼もしい。
やがてその場に現れた魔獣は、すべて倒された。
「グレンさん、すごい、カッコイイ!」
私が駆け寄ると、グレンさんは抱き上げてくれたので、その頬にキスをした。
うひひ、番の特権だ!
地面に倒れた魔獣は、すうっと溶けるように消え、あとには何かが残された。
毛皮や石、骨の欠片みたいなのと、ぷよっと半透明な物に包まれた何か。
「ドロップ品か。本当にゲームのダンジョンみたいだな」
シエルさんの言葉に、ほほう、そういうものかと頷いた。
これが、ダンジョンの魔獣を倒したときの、謎現象。
「この中身は、お肉?」
「ああ、ちょっと変わった肉がよく入っている」
あのベーコンとかハムみたいなお肉か。ツナもあったな。
ダンジョン産のお肉は、加工肉が色々と手に入ると聞いていた。
今も半透明の包みを開いてみれば、燻製肉っぽいものだった。
「この包みは、どういう素材なんでしょうね」
「ああ、それは窓とかに使うな」
なんと、あの強化プラスティック的な素材だった。
あれはダンジョンの素材の包みになっているものだったらしい。
ダンジョンの食材系は、ほぼこの、ぷよっと素材に包まれているそうだ。
しかも包みを開かなければ、中の食材は長持ちするのだという。
何その親切設計!
私やシエルさんは亜空間収納があるけれど、一般の冒険者は、この親切設計に食料面で助けられているそうだ。
「いつもは捨てていくこともあるが、今回はひとまず全部拾えるな」
「亜空間収納っていうの、すごく便利でいいよねえ」
普段、ドロップ品はすべて拾えるわけではない。
深層に行くときなどは、価値あるもの以外は捨て置くことが多いという。
今回はシエルさんと私が、全部収納しておいて、あとで分けることになる。
「マリアさんへのお土産ですね」
「そうだな。マリアさんが喜びそうだな」
私もだけど、いそいそとシエルさんも拾い集めている。
うん。なんだかマリアさん大好きオーラが出ている気がする。
お付き合いのことを知った今では、シエルさんのこういう一面は、ちょっと嬉しい気分になる。
子供っぽい一面だけど、マリアさんのことが大好きなのは、実にいいことだ。