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さて、商業ギルド長に話を持って行く前に、まずは調理だ。
試食が出来る状態にして、食材だと証明しなければならない。
いきなり帰ってきた私たちに、ザイルさんたちが驚いていたけれど。
「マリアさん、お米です!」
「なるほどお米ね! 重要ね!」
そのやりとりに、食べ物関連かと、ちょっと微妙な顔をされた。
だってお米、重要。
あと遠い国とはいえ、世界のどこかの食料事情の大幅改善。大事なことだ。
「精米用の魔道具を作ってみるか。糠と似たようなものなら、表面に衝撃を与えて、糠をふるい落とせばいいはずだ」
昔何かの本で読んだそうで、シエルさんが張り切っている。
「あら、精米がうまく出来れば、私はお鍋でお米を炊けるわよ」
マリアさんも、心強い言葉をくれた。
おおお、二人とも、心強い。
私はその辺の知識が乏しかったので、助かる!
シエルさんが魔道具作成のため、お部屋に戻る。
私たちはまず、試しに炊いてみる分を、魔道具ボウルで精米出来ないか試した。
マリアさんがイメージして魔力を込めて、精米を成功させてくれた。
精米したものを鑑定すると、調理方法は、私たちが知る米とほぼ同じとある。
私は炊飯器を使って炊くことなら出来たけれど、水の測り方もうろ覚えだ。
炊飯器の線まで水を入れるやり方しかわからない。
「私は日本育ちだったから、留学で母の祖国に行ったときも、お米は食べたかったのよね。でも炊飯器が手に入らないから、鍋で炊いていたの」
おおお、鍋でご飯を炊けるエキスパートがここに!
ささっとお米を洗って、水の分量を鍋で調整してくれている。
元の世界のお米と一緒なら、水に浸しておく必要がある。
その間に、マリアさんは糠を別容器に入れていた。
「この素材、何かに活用できそうだわ」
私の鑑定では、その部分は食用不可と出るだけだ。
でもマリアさんの鑑定では、色々と使えそうな表示が出ているらしい。
ここでもスキルに繋がる鑑定ヘルプの差が出た。
それから鍋でお米を炊く方法を、マリアさんから教わる。
私はメモをとり、次回から自分でも炊くことに挑戦しようと思った。
ご飯に合うおかずは、土手煮を作ってある。
ああ、甘辛く葱とタマネギと牛肉を煮て、牛丼なんかも食べたい。
お塩だけで、おにぎりもいい。
味噌を塗って、焼きおにぎりもいいなあ。
うん。やっぱりお米、食事の幅が広がるなあ。
シエルさんが、おはぎを熱望されていたので、餅米的なものも精米してもらい、うるち米的なものと混ぜて炊いてもらう。
マリアさんもウキウキして見える。
私たちが猛然と動いているのを眺めていたザイルさんが、事情を訊いてきた。
忙しくしている私たちのかわりに、ギドさんから説明がされた。
ホランを出てから、私が葱坊主を見て騒いだこと。
私たちの主食だったと説明されたと。
「あの魔力活性化ポーションの材料だよねえ。臭いし無理だと思ったんだけどお、こうやって処理された物は、あの素材とはまったく違うねえ」
私たちが炊き始めたお米に、ギドさんは感心した声だ。
「ずいぶん形も違うし、このモロモロした部分が食用ではないので、食材として認識されていなかったんだと思われます」
私も鍋の傍から答えた。
この世界、そのまま食べられるものが多い。
わざわざ中身を分類して、精米してまで食べなかったのだろう。
鑑定スキルがあっても、調理スキル持ちの鑑定スキル者でないと、分別しての食材鑑定は出来ないのだと思う。
いや、一般の鑑定にはヘルプ情報がないから、そこまでの鑑定自体が無理か。
ザイルさんも、あのあたりは行ったことがあるそうだ。
「なるほど。あれが食べられるものなら、あちらの食糧事情が大きく変わるな」
すぐに理解してくれて、商業ギルドへ知らせてくれた。
さて、ご飯が炊けて、おにぎりも作ってみて。
精米魔道具を作ったというシエルさんも合流して。
商業ギルド長への説明が先というのもわかるけれど。
炊きたてご飯が食べたい。
ちょっとだけ食べてみる?という雰囲気になったところに、商業ギルド長とテセオスさんがやってきた。
テーブルには、塩おにぎりに板海苔を巻いたもの。
味噌焼きおにぎり。
器に盛ったごはんに、土手煮と豚汁。
そして大量お料理の日に炊いていた餡子で、おはぎも作っている。
おはぎの中身はもちろん、半搗き状態だ。
きな粉がないのが惜しい。
「これは…」
商業ギルド長もテセオスさんも、恐らく嗅いだことのない匂いなのだろう。
ごはんの炊けた匂いも、味噌の匂いも、彼らは馴染みがない。
もしかすると、まずは説明を先にすべきだったかも知れないけれど。
「まずは、試食でよろしいでしょうか」
まずは食べよう。そうしよう。
私とシエルさんとマリアさんの三人が、食べる気満々な雰囲気を隠さなかった。
少し戸惑っていたものの、商業ギルド長とテセオスさんも、テーブルについた。
折良く、お昼時だ。お昼ご飯だ。
私たちの勢いに、ギドさんとザイルさんがちょっと引き気味だ。
グレンさんは何の疑問もないとばかりに、私の隣に座ってくれている。
そうして始まった試食兼、お昼ご飯。
私たち異世界組は、マリアさんがお箸を作ってくれている。
他の皆は、スプーンなどで食べる。
「不思議な匂いばかりだけど、モチモチしてて美味しいわね」
「このスープ、好き」
ティアニアさんとテオ君は、早速気に入ってくれた。
グレンさんも、しっかり噛みしめて、おいしそうに食べてくれる。
ザイルさんとギドさんも、食べ始めれば食欲旺盛に食べている。
もちろん私たち三人は、久々のお米を、ゆっくり噛みしめて食べた。
うん。やっぱりお米のご飯、おいしい。
「なんというか、包まれるような、優しい味わいですな」
テセオスさんは豚汁に、そんな感想を言っていた。
「ううむ、噛みしめると甘みが出る。濃い味付けのものと食べると、これまた美味しい」
ギルド長が、ご飯を気に入って下さっている。
ひとしきり味わって貰ってから、それぞれのレシピを説明した。
まずは白いご飯が、あの葱坊主の中身を、モロモロな部分を取り除いて炊いただけのもの。
各味噌料理と、海苔について。
ひととおり私が説明するのを、ギルド長もテセオスさんも、静かに聞いていた。
それからギルド長、こちらを見据えて口を開いた。
「なるほど。このオコメのことですが、まずよろしいか」
「はい」
「お渡しした食材見本には、ございませんでしたな。これは北方の、かなり遠方の植生ですが、どうされたのでしょうか」
「行って、採って来ました」
言いながら、ちょっと目を逸らしたくなる。
これは、敷物型転移魔方陣の説明が必要な状態でしょうか。
あれって言ってしまっても、いいものでしょうか。
ついシエルさんを見たら、おはぎにご満悦ながらも、話は聞いていたようだ。
「ウズドのダンジョンへ向かう途中で手に入れた。あの地域の食糧事情が大きく変わる話になるということで、持ち運びの出来る転移魔方陣で帰ってきた」
「持ち運びの出来る、転移魔方陣」
ギルド長の言葉が、重々しい。
テセオスさんは、どこか遠くを見やっている。
「とんでもない物を開発された印象は受けますが、まずは食材の話ですな」
そこからは、実際に葱坊主の実から米を取り出し、精米魔道具にかけて、炊くまでを実演した。
ご飯の炊ける匂いに、さっき食べた白米だと、ギルド長とテセオスさんがうなずき合っている。
「なるほど。ヌカという物を取り除く工程、水に浸す工程。炊くときの注意。それらの共有をすれば、あれがきちんと食料になるのですね」
「確かにあの地域にとっては、画期的な話になりますな」
「今はそこらに生えている状態だが、今後はあれらをどう管理していくか、植えて育てることも必要になる」
「情報だけが広がっては乱獲されます。まずはあちらの商業ギルド長と、綿密な相談が必要かと」
現時点でよろしくない食料事情がある地域。
情報だけが先走っては、とんでもない混乱も起きかねない。
そんな相談が、なされている。
私はそれらを見て、シエルさんとマリアさんに相談を持ちかけた。
私の話に、二人も賛成してくれた。
「食糧事情の改善という難しいお話だもの。その点はシンプルにしないとね」
「ああ。この魔道具も、原理さえわかれば難しいものではない」
「じゃあ、ご飯のレシピは三人の共同名義で公開レシピ。レシピ使用料は放棄で」
そう。レシピ使用料の放棄。
誰もがこれを食料として活用出来るように。
そしてシンプルに丸投げしやすいように。
ただでさえ、食糧事情の改善をどう進めるか、難しい問題もありそうだ。
なのでそこに利権は絡ませない。
シンプルに、食糧事情の改善だけに邁進してもらえばいい。
「ただ、このお米は定期的に、私たちも手に入るようにして頂きたいのですが」
ギルド長は笑って、あちらの地域のギルド長にも、その点は必ず約束してもらうと、請け合ってくれた。
「感謝いたします。ミナ様、マリア様、シエル様」
そうして白米の話は、商業ギルド長へ丸投げさせて頂いた。
私たちはただ、定期的にお米が手に入るなら、それでいい。
そこからはお味噌と海苔の素材について、レシピ登録を進めた。
お味噌は調味料とは認識されず、濃い味の食料として活用が難しかったそうだ。
こちらの世界の調味料は、塩の実や、スパイスの葉っぱなどが主だ。
あの癖のあるペースト状のものが調味料とは、不思議な感覚みたいだ。
海苔もまたクセのある風味だ。
しかも私の知る岩海苔と違って、アロエみたいな葉の中に海苔があった。
知っていなければ、どう食べていいのか、わからなかっただろう。
これについてはご飯が普及したら、海苔の佃煮もいいかも知れない。