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 騎獣に乗っての移動は、どんなものかと思っていた。

 私もシエルさんも、乗馬はしたことがなかった。

 自転車には乗れても、生き物に乗るのは別の話だ。


 乗馬はすごく揺れると聞いたことがあった。

 実際、公爵領でグレンさんに抱えられて乗ったときは、けっこう揺れた。

 お義母様が言ったように、抱えられて乗ったから寝ていたというのは、慣れているからだと思っていたけれど。


 人を乗せて駆けることに特化した騎獣は、揺れも少なく快適だった。

 彼らは人に飼い慣らされた魔獣で、風魔法も使って、とても速く静かに駆ける。

 瘴気溜りで発生する魔獣と違い、普通の魔獣は飼い慣らすことも出来るそうだ。


 早朝に起きた私は、グレンさんに抱えられた状態で、がっつり寝てしまった。




 シエルさんは、さすがに抱えられているわけではないけれど。

 ヘッグさんの後ろに乗った状態で、やはり寝てしまったそうだ。


 抱えられていないのに、落ちる心配はないのかと思うものの。

 実は魔法で、鞍に身体を固定してくれているので、大丈夫らしい。

 これもあまり一般で流通しているものではなく、竜人の中で活用されている魔道具の鞍だという。


 がっつり寝たといっても、昼寝程度だ。

 短時間で起きて、騎獣が疲れた頃に回復魔法をかける。

 そのあとは起きて景色を眺めて、水分補給の休憩で回復魔法。


 回復魔法をかけるたびに、騎獣が鼻面を寄せてくるのが可愛い。

 なんだか懐いてくれているみたいだ。




 お昼ご飯は、広々とした草原の中、亜空間に入れたサンドイッチとスープ。

 なんだかピクニックみたいな気分だ。


 私は安定の、グレンさんの膝の上。

 うん。もう慣れてしまった。

 ちょっとシエルさんの視線が生ぬるいのは、気にしない。


 ときにグレンさんが、私に食べさせるし、私もグレンさんの口に持って行く。

 ヘッグさんの視線も微妙になってきたけど、気にしない。


 だってグレンさん甘やかしデーが、色々と不発に終わってしまったんだ。




 ちなみにあの夜、キスで魔力交換がされたのは、わざとではないみたいだ。

 あのような触れ合い方で、お互いに魔力が巡ってしまうのは、よくあるそうだ。

 特に、番の儀からある程度の期間は、魔力の巡りも強くなる。


 グレンさんとしても、キスをしていてふと見たら、私が寝ていたのは、残念だったらしい。

 うん。グレンさんを責めたのは間違いだったようだ。ごめんね。


 ただ、互いに魔力が巡るのはよくあるけれど、気絶するほどというのは、そうあることでもない。

 なのでグレンさんは、あの機会にお義父様に訊いてみたという。


 竜人族の番は魔力の相性で決まるけれど、少しの個人差はある。

 グレンさんと私は、ほぼ初対面で、私がグレンさんの腕の中で安心して寝てしまうほど、私の方に強く影響があった。

 どうやら私は、グレンさんの魔力に、かなり敏感らしい。


 あとは私の身体が未成熟なため、影響が大きいのだろうという話だった。




 なので色々と、グレンさん甘やかし作戦は、不発のままだった。

 主に私の体質のせいで。


 こうなったら旅の間、グレンさんを甘やかさないといけない気分になっている。


 ちょっと恥ずかしいのは、気にしない。

 だって夫婦だから!


 そう割り切って、シエルさんとヘッグさんの視線は無視して、グレンさん甘やかし行動を継続中だ。




 お昼とおやつの、長めの休憩中は、そんなふうにイチャイチャもして。

 順調に進んだ結果、夕方にはリオールの街に入った。


「回復魔法って、すげえな。あれだけ休憩が少なければ、そりゃそうだな」

 ヘッグさんが感心している。


 今回乗せてくれる騎獣は、魔力も体力も使うので、基本的に休憩時間を大きくとってやらないといけない。

 それでも一般の旅路より、日数が少なくて済む。


 その上で私がいると、大きな休憩をせず、水分補給程度で先へ進める。

 最初は今日中に着くとしても、夜遅くだろうと考えられていた。

 そんなヘッグさんの予想を、大きく上回った。




 できれば今日のうちに、転移魔方陣でホランまで行っておきたい。

 ホランで宿をとり、明日の朝、もうひとりの竜人族の人と合流すればいい。

 そう話して、転移魔方陣の施設へ向かった。


 竜人自治区へ帰るときの魔方陣にも、魔力が必要だ。

 なので今回の転移魔方陣には、私とグレンさん、ヘッグさんで魔力を注ぎ、ホランへ転移した。


 転移先の施設は、リオールとも、最初のバーデンの施設とも、違う印象だ。

 転移した部屋の造りは同じだけれど、壁の装飾などが、バーデンほどぶっきらぼうではなく、リオールほど華やかでもない。

 ほどほど小綺麗な、頑健な施設といった感じだ。


 身分証の提示を求められ、グレンさんとヘッグさんは冒険者ギルドの証明書。

 私とシエルさんは、商業ギルドで最初の取引のときに作った証明書を見せた。

 行き先がウズドだとヘッグさんが伝えると、あっさり通された。


 ウズドへ行くために、この転移施設を利用する人は多いそうだ。

 身分証に怪しいところがなければ、ここはすんなり通れるものらしい。




 施設を出ると、サフィア国とはまた違った空気感だった。

 少し乾いた印象を受ける。

 空気の中に、スパイス系の匂いも感じる。


 風景は石造りの街並み。

 不潔ではないけれど、少しそっけない感じの街を、騎獣を引いて歩く。

 夕方の街は、それなりに人が多く、雑多な印象だ。


 そして人々の顔つきが、サフィア国の人族とは少し違った。

 ヨーロッパ系と、アジア系の人の違いっぽい感じだ。

 竜人族の中にも黒竜族や赤竜族がいるように、こちらの人族も、いろんな系統の人がいるみたいだ。




 そんな風景を眺めながら、ヘッグさんの案内で宿へ向かった。

 小綺麗な外観の宿は、一階が食堂、二階に宿泊する部屋がある。


 私たちは転移魔法で帰るけれど、きちんとした宿だ。

 なぜならヘッグさんが泊まるから。


「こっちの転移魔方陣は、オレが預かっとくから、帰ってゆっくり休め」

 だそうだ。




 ヘッグさんも大きなお風呂に入りたいので、明日以降は、交替で帰るという。

 冒険者生活が基本のヘッグさんは、おいしいご飯があれば、寝床はどうでもいい。

 でもやはり、お風呂は入りたい。


 そんなわけで、ヘッグさん以外の三人で、今夜は初めての転移魔法を使う。

 マリアさん発案の、敷物を使っての転移だ。


 シエルさんが亜空間から取り出した敷物は、二畳ほどの大きさだろうか。

 宿のお部屋のテーブルや椅子を隅に寄せ、敷物を広げた。




 敷きっぱなしにしても問題はないけれど、転移してくるとき、魔方陣の上にあるものは外に弾かれる仕組みだ。

 そうしなければ、転移してきたとき、身体にそれが混ざるなんていう危険もある。

 多くの転移魔方陣は、そうした仕組みになっているそうだ。


 なのでもし朝、私たちが転移しようとしたときに、ヘッグさんが魔方陣の上にいると、弾かれる。

 でも魔方陣が光り出すという予兆はあるから、大丈夫みたいだ。


 お部屋が手狭になる件は、私がテーブルに料理を色々と並べることで、チャラにしてくれた。

「ひとりでゆっくり、好きな料理を好きなタイミングで食える。最高か!」


 コミュニケーション能力の高い赤竜族も、ひとりでゆっくりという時間は、とても魅力的みたいだ。

 まあ、わかる。

 家族のことも好きだったけど、部屋でひとりの時間とか大事だよね。




 ご機嫌なヘッグさんに見送られ、私とシエルさん、グレンさんは転移魔方陣に魔力を注いだ。

 特殊な魔方陣のためか、少人数なのに施設の転移魔方陣よりも、魔力が取られる。


 二万ほどの魔力を注いで、ようやく魔方陣が起動した。

 シエルさんもけっこう魔力を使ったみたいで、転移を終えたら、敷物の上にへばっていた。


「私やグレンさんの方が魔力量は多いから、シエルさんは、ほどほどの魔力で大丈夫ですよ」

 グレンさんも竜王として覚醒して、魔力量が大幅に増えたそうだ。

 元の魔力量は知らないものの、私の魔力量から考えて、共鳴しているグレンさんも大概だということは、予想がつく。


「次回から、そうする」

 身を起こしながら、不満そうにシエルさんは言った。


 どうやら自分の魔方陣なので、自分がやらなければと、ギリギリまで頑張ってしまったようだ。

 次回からは手加減して魔力を注ぐと言っていた。




 転移先はシエルさんのお部屋だった。

 扉の色は、意外な小豆色。


「うまそうな色だと、思ってな」

 さすがの餡子好きなチョイスだ。


 ちょっとピンク系の内装だけど、シックな家具で、それなりに男性の部屋としても大丈夫だ。

 まあでも、意外な色味だった。


 一階に顔を出せば、ちょうど夕食準備の最中だった。


「あら、今の時間に間に合ったのね」

 ティアニアさんが驚いた顔だ。


 まあね。あれだけ張り切って旅の食事を作ったのに、外では昼食とおやつを食べただけだからね。

 普通に夕食作りに参加して、普通に夕食を下宿で食べる旅。

 うん。確かに旅としては、ありえない状態だ。




「こんなふうに帰って来られるのなら、商業ギルドとのやりとりも可能か?」

 ザイルさんに確認された。


 聖水の納品と、味噌を発注したとき、やはりレシピ登録の話をされたらしい。

 転移魔法で旅先から帰るかも知れないため、旅立ったことを、ザイルさんは濁してくれたそうだ。


「時間はこちらに合わせるそうだ。夜を指定してもいいようだが、どうする?」


 訊かれた私は、翌日の行程がわからないので、グレンさんを見た。

「そうだな。今日の状況から考えると、明日も夜には宿泊をして、転移で帰ることは出来そうだ」


 グレンさんも大丈夫と言ってくれたので、レシピ登録の話を、明日の夜にすることになった。


 旅先から気軽に戻っての、日常の対応。

 なんだか不思議な感覚だけど、これはこれで、ありがたい。




 お菓子や料理の作り足しもして。

 お風呂に入り、聖水も作ってザイルさんに一部預けて。

 夜は私のベッドで、グレンさんにくっついて眠る。


 ダンジョンへ向かっている旅の途中とは、とても思えない夜だった。


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