102 ウズドのダンジョンへ向かおう
グレンさんのご両親は、お茶会が終わるとすぐにお城へ向かった。
そして、そのあとはお会いすることなく帰られた。
またすぐに会うというようなことを、出かけ間際にお義母様が仰ったので、こちらにまた来て下さる予定があるのだろう。
シエルさんの転移魔法は、敷物タイプの転移魔方陣が、夜には完成した。
ただ敷物に転移魔方陣を描けばいいというわけでは、なかったようだ。
持ち運んだ地点同士をつなぐ、転移魔方陣。
実はかなり難しかったという。
仮想の地点同士をつなぐ魔方陣について、シエルさんがドヤ顔で、色々と解説してくれたけれど。
正直、さっぱりわからなかった。
ただ頑張って完成させたのだなとは、理解した。
我が家の和菓子コンペのお菓子について、私が力説したとき、友人たちが「うん。とにかく頑張って考えたことはわかった」と言っていた気持ちが理解できた。
お料理は、サンド系とかの、すぐに食べられる食事を多く作ってみた。
そんな中で、食材見本も開けてみたらば。
なんとお味噌がありましたよ!
マリアさん、シエルさんも一緒に、大喜びをした。
アボカドに似た実の中に、お味噌がつまっている。
白味噌や赤味噌など、複数の種類があった。
よし、合わせ味噌を調合して、ちょうどいい配分を探ってみようか。
お味噌は、クセが強くて、味が濃い。
調味料としても、扱いが難しかったのかも知れない。
なので流通はしていなかったけれど、存在していた。
ここは味噌レシピを色々と登録すべきかも知れないけれど、帰ってからだ。
私とマリアさんは喜び勇んで、豚汁や土手煮とか、味噌系お料理を作った。
切実にお米が欲しかったけど、それはなかった。残念。
装備も完成したものを、試着してみた。
ちょっとコスプレチックな衣装だけれど、着てみてテンションが上がる可愛いデザインだった。
防御効果とやらは、まだあまりわからないものの。
動きやすい上に可愛くて、マリアさんのセンスに感謝だ。
シエルさんも、コスプレチックな衣装を身につけている。
デザインは、マリアさんに色々と要望を伝えていたらしい。
「ネットゲームのキャラクターになったようだ」
そんなふうに悦に入っている。
ふと、シエルさんの名前って、ネットゲームでつけた名前かなと思った。
聞いてみると、そのとおりだった。
私と同じように、反応できる名前として、ゲームの登録名にしたそうだ。
ちなみに今から本名を名乗るのは、なんとなく恥ずかしいので、このままシエルと呼んで欲しいとのこと。
ファンタジーな世界で、これから生きていくのなら、もうその名前でいいのだと。
本人がそれでいいのなら、今後もシエルさんと呼ぶことにした。
聖水は、こちらに帰るたびにザイルさんに預けて、ザイルさんから納品してもらうことにした。
あと食材の発注なんかも、ザイルさんから伝えて貰うことになった。
たぶん味噌系の発注をしているので、レシピ登録をして欲しいという話は出るだろうけれど。
それはダンジョン攻略の後ということにしてもらう。
食材見本には、他に海苔の原料があった。
鑑定のヘルプさんの力で、魔法を使って板海苔を作ってみた。
うん。切実にお米が欲しい!
さて、ダンジョン行きの準備は整った。
ウズドのダンジョンは、遠方の国オブシスにある。
その国は人族至上主義の国家だそうで、ダンジョン都市以外は、行きたい場所ではないという。
ダンジョン都市は、さすがにいろんな種族が出入りしているため、人族至上主義の空気は薄いらしい。
オブシス国内の転移魔方陣より、隣国の転移魔方陣がある都市、ホランから行く方が近いため、そこからウズドを目指すと説明された。
ひとまず私たちは騎獣でリオールへ行き、そこから転移魔方陣でホランへ転移。
そして騎獣でウズドへ向かう。
ホランでは、ヘッグさんの冒険者仲間、ギドさんと合流するそうだ。
ヘッグさんと同じ、赤竜族だという。
「ダンジョンの最深部に行くなら、手伝いが欲しいんでな」
初心者な私とシエルさんがいるので、ダンジョンに慣れた助っ人が呼ばれた。
うん。お世話になります。
リオールから王都まで、馬車では三日の距離だった。
今回は騎獣を駆けさせて行けば、かなり時間が短縮出来る。
人を乗せて駆けるのに特化した騎獣に、今回は乗っていく。
私をグレンさんが抱えて、シエルさんはヘッグさんが乗せる。
時間短縮には、私の回復魔法もある。
うまく行けば早朝出発で、夜中にはリオールに着けるかも知れないそうだ。
そうすればリオールの宿の一室で、結界の中に転移魔方陣の敷物を置いて、転移で帰って来られる。
今ではすっかり、竜人自治区のベッドが慣れた寝床になったので、私もその方が、ありがたい。
ひとまず早朝出発を前提に、ダンジョン行きの準備を整えた。
そして出発前夜の部屋の中。
私はベッドでグレンさんにもたれながら、疑問に思っていたことを聞いてみた。
「ダンジョンって、他にも色々とあるんですか?」
「ああ。各地にあるな」
「じゃあ、どうしてそのウズドのダンジョンへ行くって、決めたんですか?」
このダンジョン行きの目的は、精霊王に会うことだ。
そこに精霊王がいるというのは、竜王の知識で知ったのだろうか。
精霊王はいつもウズドのダンジョンに、いるのだろうか。
それとも今、精霊王がそこにいると、わかる何かがあるのだろうか。
私の頭を優しく撫でながら、グレンさんは説明してくれた。
精霊王がいるダンジョンは、移り変わる。
なので今、精霊王と繋がっているのがウズドのダンジョンだと、グレンさんが判断する理由があった。
それは、ウズドのダンジョンのありようが、今まさに激しく変わっていること。
普通ダンジョンは、その構造がある程度は決まっている。
各階層の特色だとか、出てくる魔獣の種類など判明していることが多いほど、冒険者たちは自分たちの目的のため、メインで行く階層を決めて挑める。
でもダンジョンには変動期があり、激しく構造が変わる時期がある。
そして今は、ウズドのダンジョンと、アベスのダンジョンが、変動期になっているそうだ。
その変動期が、瘴気を精霊王がエネルギーに変えるときに起きるものだと、竜王の知識でグレンさんは知った。
だから、精霊王が今いるのは、ウズドとアベスのダンジョン。
「各地でダンジョンの変動期が多くなっていることは知っていた。竜王の知識で、精霊王が瘴気を発散するために、そうした現象を起こしていることを知った」
変動期が激しく多いのは、それだけ瘴気を発散しなければいけないから。
それで発散仕切れない場合はどうなるのか。
わからないけれど、精霊王の居場所に向かい、瘴気を浄化することが急務だと、竜王の知識で感じたそうだ。
「これほど長く聖女が不在だったことはない。精霊王も溜まった瘴気に困っている可能性が高い」
なので直接浄化に向かう。
そして、聖女が不在だった理由を伝えて。
聖女を狙う存在があるかも知れないことに、協力依頼をするという。
精霊は物質となる肉体を持たず、魔力の塊として、世界の循環を担っている。
小さな精霊は意思を持たず、本能のようにただ魔力の塊として、魔力を纏って循環の流れに沿って動く。
エルフが精霊魔法と呼ぶのは、あくまでも精霊を感知し、小さな精霊の特性を利用して、魔力で誘導するもの。
では大きな精霊はどうかというと。
「大きな精霊は、精霊王の意思がすべてだ。エルフの魔法にも反応はしない」
そこで精霊王に事態を知ってもらうことで、何かの際には、大きな精霊に協力してもらえるようにする。
浄化とは別の、もうひとつの目的が、それだという。
竜王の知識でも、精霊王と会ったことはない。
そういう存在だと知ってはいても、会ってどうなるかはわからないという。
でも世界の管理者同士、下手なことにはならないはずという確信は、あるそうだ。
「聖女が狙われている。復活した聖女が、また不在になりかねないのは、世界の危機だ。それを知れば、協力してもらえるはずだ」
人族として生まれる聖女より、精霊王は世界の管理者としての特性が強い。
世界を守るために、聖女を守ろうと協力してくれるはずだ。
グレンさんは、そう考えている。
「一緒に、会いに行こう」
ダンジョンの奥にいる精霊王。
どんな存在か。少し怖くて、少し楽しみでもある。