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そうして始まった朝食会。
お義母様の独壇場かと思いきや、皆に話題を振っている。
「あらあら、じゃあソランはミナちゃんのレシピでパン屋をしているのね!」
「オレだけじゃなく、イーグとウルも一緒だ」
「あの二人も! 料理だけして生きていけたらって言ってた夢が、叶ったのね」
「うん。パン作り、面白いんだ。焼き立てのパンの匂いがウキウキするんだ」
「今日からおかずパンも売り出してくれるんだろ。肉系の具のやつ、予約な」
「おいヘッグ、ずるいぞ一人だけ。オレも予約が出来るだろうか」
ワチャワチャと、パン屋の話題に盛り上がったかと思ったら。
「賢者のシエルさんは、息子と一緒にダンジョンへ行くのよね」
「ああ。今はそれに使える魔法を、考えているところだ」
「あらあらあら、素敵ねえ。どんな魔法なのかしら」
シエルさんの今やっていることを、聞き出している。
ちなみにシエルさん、攻撃魔法を練習中だとは、予想をしていたけれど。
なんと転移魔法を使えるようになりたいそうだ。
「行きはともかく、帰りは旅をせずにさっさと帰れた方が、楽だからな。途中で帰ることが出来るのも、便利だし」
なるほど、自由自在の転移魔法。
舞台がどんどん広がっていく系のRPGでは、付きものだよね。
確かに便利なので、是非開発して欲しい。
「ただ、魔力が足りない」
そこで行き詰まっているのだと、シエルさんは語る。
私たちがこの国に来たような転移魔方陣には、複数人で魔力を込められる。
他にもフィアーノ公爵家の魔方陣には、補助魔力として魔宝石が配されていた。
魔力に余裕があるとき、充電ならぬ充魔力をしていると、あのときアランさんから聞いた。
ああした転移魔方陣は、双方向でパスをつないである魔方陣だ。
リオールなどにある国同士を繋ぐものは、各地へのパスがあり、行き先を指定する大規模なもの。
公爵家にあったものは、二ヶ所だけを繋ぐもので、小規模だった。
そしてシエルさんがやろうとしている転移魔法。
こちらは起点となるものを、この下宿に設置するつもりだと、シエルさんは言う。
でも任意の場所から転移するには、パスを即席で繋いで転移をする魔術が必要だ。
そうした即席で効果をつける魔術は、術者個人の魔力を使うことになる。
魔宝石を使う方法もあるけれど、即席魔術に使うと、魔力を使い果たして壊れる。
魔宝石は、本来なら充電のように魔力を注いで長く使えるものだ。
正直を言えば、その使い方は勿体ない。
しかもシエルさんは、何度も行き来したいのだから。
「私の魔力を譲ったり出来たら、いいんですけどね」
なにせ魔力量といえば、私が圧倒的に多い。
賢者のシエルさんは、多いといっても人族の基準からは高いというレベルだ。
私は人族の基準と比べると、人外レベルだ。
エルフより多い魔力量は、歴代聖女とも違うレベルな気がする。
「魔力を借りられる魔術、か。それが出来ればいいんだが」
シエルさんも、それは考えていたらしい。
魔道具は、魔法石や魔宝石などで威力を発揮するのだから、人から魔力を貰うことも出来るのではないか。
電池から電力を賄うのと、コンセントで電力を賄うことは、結果は同じだ。
むしろコンセントの方が大きな電力を扱えた。
魔法を発動するのはシエルさん。
そこに私やマリアさん、他の人が魔力を供給する。
実現できそうな気はしたけれど。
「身体に他者の魔力を入れるのは、相性によっては反発がすごいそうだ。文献には、それを試して死に至った術者もいたと書かれていた」
何それ怖い!
「そうねえ。身体に魔力を受け入れてというのは、現実的ではないわねえ」
お義母様も頷き、ザイルさんも同意する。
「竜人族の番の儀をしたミナなら、わかるだろう。人の魔力が体を通るのは、相性が良ければともかく、そうでないものは苦痛を伴い、受け付けられない」
他者の魔力を身体に受け入れるのは、影響がとても大きいということだ。
うん、わかる。相性が良いグレンさんでも、昨夜気絶しちゃったしね。
あ、グレンさんへの抗議がまだだった。
魔術を発動する人に、魔力を渡すというのは、難しいことみたいだ。
それに私の魔力をシエルさんに渡すことを、グレンさんが嫌がった。
魔力を交換できるのは、番だけだと。
「じゃあ、例えばシエルさんが魔方陣の形で魔術を出して、それに私も魔力を注ぐというのは?」
皆様の反応を窺うと、それはアリという結論になった。
ただ、即席で魔方陣を出現させることが出来るかという課題が残る。
その場に魔方陣を刻んでしまうと、私たちが転移したあとに魔方陣が残る。
即席の転移魔方陣は、使い終えたら消えるものでなければならない。
「敷物なんかに双方向の転移魔方陣を刻めれば、持ち歩けるのではないかしら」
マリアさんから出た意見も、実現の可能性があるようだ。
ただ、その敷物の回収をどうするかという問題が残る。
ひとまず、その二方向で転移魔法を開発してみると、シエルさんは張り切った。
転移魔法が完成すれば、旅の途中でも気楽に帰ってくることが出来る。
なんて素晴らしい発案!
朝食会のあと、グレンさんはお義父様と手合わせに行くと、連れ立って出かけた。
お義父様はさすがグレンさんのお父さんだけあり、とても強い人なので、竜人自治区の男の人たちが、手合わせをしようと盛り上がったそうだ。
私はお義母様と、お茶会という名のおしゃべりだ。
ティアニアさんやマリアさんも一緒だ。
あちらの見学もしたかったけれど、お義母様の話術でこちらに誘導された。
今日はテオ君も同席している。
いろんなお菓子をテーブルに並べたので、テオ君は目を輝かせている。
もちろん、子供にお菓子を食べさせ過ぎはよろしくない。
なので小さく切り分けて、いろんなお菓子をワンプレートにしてみた。
すると他の人からも要望が来て、みんなでワンプレートのお菓子を食べながら、おしゃべりをすることになった。
異世界召喚から竜人自治区に落ち着くまでの経緯は、私とマリアさんが話した。
つい最近セシリアちゃんに話したので、短時間できれいにまとめて話せたと思う。
お城の噂や状況は、ティアニアさんがザイルさんから聞いた話をまとめてくれた。
このあたりの神殿では、聖魔法スキルの人たちを、強引に神殿で生活させている。
その神殿についての情報や、その人たちに還元することなく、浄化の報酬が高額なことなども、ティアニアさんは話した。
そうした神殿の話は、私やマリアさんには初耳なことも多かった。
「神殿や一部の貴族が広めた、聖女の噂話は、シーモル伯爵令嬢が物語として書かれることで、噂の否定にはなると、ザイルも話していましたけれど」
「あら、シーモル伯爵令嬢って、どんな方かしら。物語を書くことで知られているの? 私、その方のお名前を聞いたことがなかったように思うわ」
「お若い方で、つい最近の話ですもの」
「まあまあ、どんなふうに物語を書かれるのかしら。興味があるわあ」
お義母様の反応に、私はセシリアちゃんから、以前書いたという物語を借りていることを、思い出した。
その話をして、場に出してみる。
お義母様は、さくっとその場で目を通されて。
「あらあらあら、いいじゃない。貴族の間でこれが大流行していて、次回作も注目をされている。そこにうちの息子とミナちゃんのことを、物語としてお披露目してもらえるのね」
パラパラめくっていただけに見えたけれど、しっかり内容を把握されたようだ。
ちなみにその間、ティアニアさんがソワソワしていた。
「あの、これは写しを取らせてもらっても、いいのかしら」
「書き写しはいいって言われてますよ。ただし正確に写して欲しいそうです」
そう。書き写すなら正確に書き写してねと、条件は付けられている。
まあわかる。変に間違った写しや、改ざんされた話が出回るのは、嫌だろう。
ティアニアさんが言うには、竜人族の奥様方も話を聞いて、読んでみたいと話題になっていたそうだ。
一冊でも写しがあれば、回し読みが出来る。
印刷技術がないこちらでは、著作権だの版権だのはない。
読みたいなら書き写してねと、気楽に渡してくれた。
私はすぐにゆっくり読む時間は取れないので、先にティアニアさんへお渡しした。
このあとダンジョン行きの準備で、お料理をたくさん作るつもりだ。
亜空間に料理を入れておけば、すぐに食べられる。
つまり鍋ごとスープやシチューと、食器を持って行けば、いつでも食べられる。
普段はあまり使わない、魔道具ではない普通の鍋が、倉庫にたくさんあるそうだ。
それらは好きに使っていいと、ザイルさんから言われている。
なのでこのお話が済んだら、大量のお料理に取りかかる予定なんだ。
一緒に行くグレンさんやヘッグさんも、手伝ってくれるそうだ。
あまり凝った料理はできなくても、大量の野菜を洗ったり剥いたりはしてくれる。
大量料理を作るには、お手伝いがあれば嬉しい。
竜人自治区に来てからのレシピ登録や、聖水納品の話もした。
聖女口座にお金が貯まれば、聖魔法の学校を作りたいというアイデアも話した。
そちらは浄化が落ち着いてからになりそうだけれど、アイデアとしては面白いと、お義母様も賛同して下さった。
シェーラちゃんがコンセプトショップを作ることは、マリアさんが話した。
「あらあら、聖女というイメージで、オシャレな小物や可愛いお菓子を売るの」
「ええ。ミナちゃんは商業ギルド長から、お菓子の聖女様なんて呼ばれていることだし、そのイメージを活かせばいいと思うの。そういえば、お菓子モチーフの小物とかも、あちらにはあったわよねえ」
マリアさんのアイデアが膨らんでいる。
確かに、私もマカロンそっくりなクッションを部屋に置いていた。
兄嫁がくれたもので、お気に入りだった。
「セシリアちゃんのお話と合わせての、イメージ戦略にもなるわよね」
それについては、噂対策として、ありがたいと思うのだけれど。
「聖女って言葉は、色々とイメージしやすいのよね。ミナちゃんのことだけじゃなく、歴代聖女のイメージだっていいじゃない。世界を浄化する聖女様の、清らかなイメージで、化粧品関係を展開してもいいし」
そのあたりで、マリアさんがやりたいことを詰め込むつもりだと漏れている。
たぶん、商売として考えるのが面倒で、一括でシェーラちゃんに任せたいやつだ。
目がキラキラしておられる。止められない。
「そうよね、いいわよね、聖女様の清らかなイメージって! お店の内装なんかも、演出したら面白そうよね。特殊素材が必要なら、竜人の里からも持って来たらいいわね。内装関係が得意な人に、声をかけておくわ。聖女イメージのお店作り、みんな張り切りそうだわあ」
なぜかお義母様までが乗り気だ。
竜人の里総出で、シェーラちゃんのコンセプトショップを後押ししそうな勢いだ。
まあ、竜人族と聖女の関係を聞いた今、竜人族の聖女に対する思い入れがありそうだとは、わかるけれども。
竜人族の奥様方にも、聖女の眷属がどうのと情報共有されているのだろうか。
それって、いつのタイミングで情報共有されるのだろう。
マリアさんがいるので、そのあたりの話が聞くに聞けない。
「イメージを固めて改装して、店の開店となると、時間がかかりそうですね」
そんなに勢いで動かなくてもいいですよと、伝えたつもりだったけど。
「物語を先に発表して、それに絡めたショップなんだから、後追いよ」
マリアさんが張り切っておられて、勢いが止まらない。
「あらあらまあまあ、楽しくなってきたわ。聖女様という存在へのイメージ戦略。そのための物語と、そのためのお店! いいじゃない、いいじゃない! きっとみんな張り切っちゃうわ。ひとまず情報収集を終えて、あちらに戻ったら、神殿本部との話もだけど、そっち方向も話を詰めてくるわね」
お義母様の話の方向も、もうコンセプトショップ開店が決定した雰囲気だ。
私が口を差し挟む余地がない。味方がいない。
シェーラちゃんがこの話をどう受け止めるのか、わからないけれど。
竜人族に押しかけられても頑張ってねと、心の中だけで応援しておいた。