10 (セラム)
※セラムさん視点です。
「驚いたな」
正直なところ、態度の急変に困っていた。
ミナは少女のように見えるが、しっかり強かな女性だと認識していた。
そんな彼女が、いきなり子供のように泣いた。
マリアはあの召喚の場において、既に悲痛な心情を明かしていた。
それに比べれば、彼女は平気そうだと思っていたが。
いきなりのことに理解が追いつかない。
心の中で嘆きながらも、あれだけの機転を利かせたということなのか。
そんなことが、あの年若い女性に可能だったのか。
「召喚直後から、知恵を絞って立ち回り、考えて動いて、張り詰めていたってことでしょう」
苦笑するザイルの言葉に、なるほどと頷いた。
彼は最初から彼女の動きを察知していたようだ。
出立前の食事の際に、その話は出ていた。
あの場で咄嗟にステータスの偽装を行い、聞けばシエルの偽装も助けた。
時間稼ぎのため、勇者に声をかけた。
あの甘えたような声で勇者を褒め倒していたのは、どうかと思うが。
思えば誰も彼女を警戒しないまま、そういうものかと動かされていた。
誓約魔法もそうだ。
あのときは口約束に何の意味があるのかと思っていたが。
あれが誓約魔法だと知れば、あとは国境を越えさえすればいいという目標が立てられた。
とても効果的な手を、次々に彼女は打っていた。
それだけのことをするのは、けして楽にこなしたわけではないだろう。
自分が召喚され、異なる世界に来た。
そんな中で混乱する気持ちを抑えつけ、今できる最善を考え続けた。
とんだ胆力の持ち主だと感心するほどだ。
だからこそ、彼女はずっと張り詰めていたということなのだろう。
「張り詰めていたものが、ついさっき、切れたということか」
私の言葉に、ケントも頷く。
「でしょうね。ステータスに年齢は出ていませんでしたが、まだ年若い人間です。無理もありません」
口調はしっかりしていたが、見た目はとても若い。
少女のようにさえ見える。
「ああ、そうだな。しかし、グレンにも驚いた」
もうひとつの驚きを口にすれば、またケントも頷く。
「いつも寡黙で冷静なグレン殿が、女性にあのように近づくというのは、初めて目にしましたな」
二人の言葉に、ザイルが苦笑して応えた。
「グレンにとっては、ようやく会えた番ですからね」
そうかと、頷きそうになって。
「はあ?」
勢いよく振り返り、素っ頓狂な声を上げていた。
ケントも驚きに目を見開いている。
ザイルの目は、泣き崩れるミナと、それを支えているグレンに向けられていた。
「異世界人たちが召喚されてきたときから、グレンが彼女を凝視してました。あまりにも視線が一点から外れないので、私も気がついたのです」
この国の異世界召喚の儀式で、異世界の者たちが現れてからずっと。
グレンは、彼女ただひとりを見ていたという。
ザイルが言うには、竜人の番とは、近くにあれば魔力の気配でわかるという。
グレンは召喚されてきた人たちの中に、番の気配を感じた。
ようやく見つけた番の魔力に、グレンは瞬時に惹きつけられていた。
「彼女は小柄なので、大柄な人たちに隠れて、色々と頑張っていましたね」
「色々と」
「ええ。最初に鑑定石を使った人物がいたときから、自分のステータスをたぶん確認し始めて、スキルを試していましたね」
「そんな初期から、何かをしていたのか…」
いつも落ち着いているケントが、額を押さえている。
召喚されてきた他の面々は、呆然としていた中、猛然と動いていたという彼女。
「空間魔法で荷物を収納してから、ステータスの改ざんに取りかかっていたと思います。あのときスキルなどは使っていないのに、しばらくの間、何かに集中して作業をしている様子だったので」
その後、治癒や結界魔法を試していた。
そのときから面白くて、自分も目が離せなかったとザイルは語った。
「私たち竜人が番に出会うのは、かなり難しいことです」
その話はセラムも聞いたことがあった。
ザイルやグレンたち竜人族は、番がなかなか見つからないのだと。
そのため子が成せないものもそれなりにいる。
しかし長命なので、今のところ滅びるほどにはなっていないと。
「ましてあいつは、あの予言でしたからね。目出度いですねえ」
「予言?」
「巡り会うのは絶望的だと、オルド爺に言われていたのですよ。もし出会うとすれば、番の不幸でもあると」
オルド爺とは、竜人族の中でも長老的な年齢で、予言スキルの持ち主だ。
今回の異世界召喚もオルド爺が予言し、召喚を阻止できないならば、その召喚の場にセラムとグレンを必ず向かわせるようにと、国王に進言していた。
自分はともかく、なぜグレンなのかと思っていたが。
なるほどと思いながらも、ザイルの言葉の意味を考える。
「番の不幸…異世界に生まれている存在だから、か」
「そうですね。召喚されて、家族と引き離された不幸を基に、グレンとの出会いが成ったわけですから」
ザイルの返す言葉に、沈痛な気持ちになる。
グレンは厳つい見た目のわりに、優しく心配りもする男だ。
そんな彼は、この出会いをどう感じているのか。
いつも以上に無口なのは、彼自身が心の整理をつけかねているのか。
それでも泣く番を放置できるような竜人はいない。
今寄り添う、彼の心の内を思うと、なんともやり切れない気持ちになる。
今回の召喚は、彼女にとっては不幸だったのだろう。
でもグレンがとてもいい奴だということを、自分は知っている。
どうか彼女がグレンを受け入れ、ともに幸せになって欲しいものだと、セラムは願った。
実はここまで一言も話していないヒーローでした。
自己紹介はザイルさんが取り仕切り、彼が話す必要がありませんでした。