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01 電車に乗っていただけでした

色々すっ飛ばして、新しいお話です。

書こうと思っていたお話は、構想が固まらず後回しにしました。


「おお、異世界の勇者たちよ!」

 でっぷり太った豪華な衣装のおっさんが、声を張り上げていた。

 うん。テーマパークのイベントかな?


 とりあえず、私も周囲も固まっている。

 なぜならついさっきまで、普通に電車に乗っていたのだ。

 ここがテーマパークにしても、ほんの瞬きほどの間に、何が起きたのだろうか。


 電車の中から、いきなり神殿みたいな石の床の上にいる。

 電車どこ行った。瞬間移動?


 座席に座っていた人たちは、尻餅をついている。

 私も同じだ。平衡感覚を無くしたとき、膝に乗せていた保冷箱を咄嗟に庇ったけれども、お尻が痛い。

 座席横にあったスーツケースは、私が手を乗せていたためか、ここにある。荷物はそろっている。


 学生っぽいチャラい系の男の子たちは、扉の近くに立っていたそのままの体勢で、周囲を見回している。

 スーツ姿の男性は、私と同じく座席に座っていたので、尻餅をついている。

 パンツスーツのお姉さんもだ。


 近隣いちばんの主要駅を越えて、電車の中は空いていた。

 空港につながっている路線なので、スーツケースを持つ人も私以外に数人いた。

 金髪でスーツの男性も、茶色のウェーブヘアの色白美人さんも、スーツケースの傍らで尻餅組だ。




 そんな電車組の向こう側には、変な格好の、顔の濃い集団がいる。

 全身甲冑の人とか、ローマ系銭湯漫画に出て来そうな人たちだ。

 いや、むしろドワーフやエルフが出てくる、小さな人たちが主役の、指輪な物語だろうか。

 とにかくコスプレをした人たちに、取り囲まれている。

 テーマパークの役者さんが全力で演技をしているようにも見えるけど、はて、何が起きているのだろうか。


 私たちが座り込んでいる石の床は、模様が描かれている。

 その模様の外には、倒れている人たちがいて、救助にザワザワしている。

 声を張り上げる太ったおっさんは、救助には目もくれない様子だ。

 隣の細い人も、両側に控える甲冑の人たちも、倒れている人たちに目を向けず、私たちを見ている。



「召喚に応えてくださった勇者たちよ! 我が国を救い給え!」


 あ、これ、あかん奴や。










 私は和菓子屋の娘だ。

 幼い頃から父の職人のこだわりを見ながら、販売の手伝いをしていた。


 祖母はお茶を嗜んでいて、季節にこだわりの花を活けたり、季節の菓子や料理の知識を教えてくれた。

 四季にこだわる日本文化に囲まれて育ち、和菓子も好きだったけれど。

 不満だったのは、父が洋菓子を敵視していたこと。


 誕生日ケーキに憧れていたのに、洋菓子を買うことを父は許さなかった。

 誕生日の和菓子をわざわざあつらえてくれ、子供の頃はそれが当たり前だった。

 けれど、他の家で出される洋菓子のおいしさを知ると、不満が生まれた。

 だって誕生日やクリスマスの生クリームケーキは、世間では当たり前のものだ。

 なぜ我が家では、食べられないのか。


 職人としての父は、尊敬している。

 餡子の炊き方、寒天菓子、芸術作品のような練り切り。

 父の菓子は、もちろん大好きだ。

 でも、洋菓子の良いところもある。

 生ドラとか、餡子とクリームの組み合わせもよく見る。

 洋菓子と和菓子のマリアージュ、良いではないか。


 けれど父は頑なだった。

 そこで私は、洋菓子職人を目指してみた。


 それを知られたときは、勘当だと叫ばれケンカになった。

 こっちも意地になり、言い返した覚えはある。

 でも父のことが嫌いだったわけでは、けしてない。




 バイトをしながら製菓学校へ通うことにした。

 母はこっそり応援してくれ、学費を援助してくれた。

 地元から離れて、洋菓子店のバイトをしながら、製菓学校に通った。


 学費は出してもらったが、生活費はバイトで賄った。

 この進路は、私の我が儘だったからだ。


 学校近くの都会に住み、洋菓子店で働いた。

 小さな店ながら、自分なりに食べてみて最高だと思った洋菓子のお店だ。


 そのうち作業も手伝わせてもらい、家の話もした。

 きちんと技術を学ぶ姿勢を買ってもらえて、少しずつ手伝う範囲が増えた。

 製菓について学ぶべきことや、店をしたい場合の資格の話なども教えてくれた。


 すると卒業を控えた夏休みに、店の調理場で菓子を作らせてくれた。

 自分の考えていた、和菓子と洋菓子のコラボ。

 帰省をしていなかった私に、卒業前に一度は帰っておきなさいと。

 背中を押されての、今回の帰郷だった。




 自分なりに父へのリスペクトも表現した、今できる最高の洋菓子を作れたと思う。

 他の家族への土産や友人への土産には、店の菓子を買った。


 そうして久々の帰省で、父と話すつもりだった。

 誤魔化して逃げるように家を出て、洋菓子の道に進もうとしたけれど。

 時間を置いて、少しは冷静に父と話せる気がしていた。




 我が家でもある和菓子屋は、空港からのモノレール沿線にある。

 地元の観光ガイドにも載ったことがあり、そこそこ有名店になっている。


 電車は、空いている端の車両に乗った。

 生菓子を含めた大荷物を持っていたから。


 ぼんやり窓の外の景色を眺めていると、ふと車内からの光が目に入った。

 振り返り、電車の床が光っているのに顔が引きつった。

 まさかテロか。


 いや、でも何かおかしい。異常現象だ!

 そう思ったとき、視界が暗くなり、めまぐるしく切り替わり。

 浮遊感に、お菓子の入った手荷物をかばったら、尻餅をついた。




「おお、異世界の勇者たちよ!」

 そして冒頭の状態になっていた。


前作で誤字報告や感想をくださった方々、ありがとうございます。

新作もよろしくお願いします。

たぶん今作は数日おき更新になると思います。

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