体育館での競技は
体育館での競技で真面目達がやる騎馬戦はトリになっているため、それまでの間は応援と言った形で体育館のあまり危なくない場所から中を見ることになる。 外は未だに雨が降り続いているせいなのか、それとも体操服という薄着だからか、肌に伝わってくる冷たさがあった。
『さあ午後の部最初の種目はクラスの力自慢が集まった綱引きだ! どの辺りにどんな人物を置くのかが意外にも鍵になるこの戦い。 制するのはどのクラスだ!?』
そうして左右で2つ用意された綱の端に数名の生徒が今か今かと待ちわびていた。
「なぁ真面目。 普通綱引きっつったら外での競技だよな? なんで体育館でやるんだ?」
「午前の部は走りの競技に集中させたことと、服を必要以上に汚さない為だって。 後はたぶん床の問題じゃないかな?」
「床の問題って、体育館の床が良くて、グラウンドの地面じゃ駄目ってこと?」
「本当の実力を測るなら滑らない場所の方が分かりやすいって事だと思う。 たまにある「足元をすくわれる」何て事もおきにくい。 ちゃんと足が地に付いているから、踏ん張りも使える。」
「そこまで考えてたのかは知らないけど・・・まあ影響力は少ないから大丈夫だよ。」
そうして綱引きは始められた。 一方的な試合はほとんど見受けられずに、互いのクラスが全力を出し合って、接戦に次ぐ接戦を繰り返していた。
「いけー! もっと力込めろー!」
「諦めないで! 最後まで分からないよ!」
「まだか! まだ終わらないのか!」
綱引き競技は学年問わずに盛り上がりを見せて、参加生徒も負けた時の悔しそうな気持ちは微塵も感じられず、むしろ清々しい気分の生徒が多かった。
『盛り上げサンキュー! それじゃあ泣いても笑ってもこれが最後の大一番、騎馬戦へと入っていくぞ! 本来なら全学年が入り乱れる大接戦になる予定だったけれど、そんなのを体育館でやったらさすがに大惨事になるということで、学年対抗なら学年対抗らしくさせてもらったらしいぞ! そして騎馬戦で勝ち残ったクラスには、学年問わずの大乱闘を繰り広げてもらう流れだ! テレビで見ている生徒も、最後の最後まで見ていってくれよな!』
おおーっと声をあげていく中で、一年生の騎馬が登場してきた。 その中でも異質のようにその場に登場したのはチアガールの衣装に身を包んだ真面目率いる、岬の騎馬だった。
「何故だろう。 物凄く特別な気持ちになってる。 王様になった気分。」
「その分狙われやすくなってるってことを忘れないで欲しいんだけど。」
何故か威張っている岬を真面目は呆れた口調で返していた。
「その一任者の一ノ瀬が言うと説得力無いぜ?」
「私達も出来る限りの事はするけど、後は2人に任せるからね?」
後ろの2人も戦意喪失はしていないので大丈夫だろうと踏んだ真面目はどこから攻めるかの狙いを定める。
狙うのは乱戦時ではなくその隙間。 始まりの時点で既に背の低い岬と目立つ格好をしているので不利なのは見えている。 だからこそ真面目達が動きやすくするためにはある程度予測しなければならないのだ。
騎馬全体が回転し始めて、そして音楽が鳴り止むと同時に騎馬は真ん中に集まるのだが、真面目達は敢えて1歩遅れて真ん中近くに行く。 そうすることで後ろ側が見えていない騎手のハチマキを取れるからである。
「あ!? 無くなった!?」
「とりあえず1つ。」
真面目達の騎馬は決して中に入ることはせずに、周りを移動しながら2つ3つ程で距離を取る。 岬が力負けするのは目に見えているし、確実にもみくちゃにされ、怪我をしてしまう恐れがあるので、これくらいで戦うのがベストだと真面目が感じたので、格好は目立っても戦闘では目立たないように立ち回った。
そのお陰で真面目達は生き残ることが出来たのだった。
『1年生の部の騎馬戦が終了したので次は2年生の部だ。 残った1年生はハチマキは外さないでくれよ。 後は逆恨みでハチマキを取りに行こうとするんじゃないぞ。 スポーツマンシップには則って、正々堂々と戦うのがこの体育祭だからな。』
そう敗者への牽制を言う放送部の先輩が声をかけた。 そして2年、3年と終わり、そして再び1年生も交えて騎馬戦が始まった。
結果として真面目達は先程の作戦が通用しなくなり、岬が奮闘したものの、体格差によってハチマキを取られてしまった。
しかしポイントは入っていき、体育祭はすべてのプログラムを終了したのだった。
『さあ! これにて全てのプログラムが終了したぞ! 今全クラスのポイントを確認している所だから、少しだけ待っていてくれよな。』
そうして休憩を挟んで、結果が反映されたようで、体育館にいた生徒は既にそれぞれの教室へと戻っていた。
『さて、今自分の手に結果の載った紙が届いたぞ。 中身はっと・・・ よし、それじゃあ発表するぞ! 今回の体育祭の優勝クラスは・・・1年D組! 2年A組! 3年E組となったぞ!優勝おめでとう!』
体育館の放送コードからドンチャンと音が鳴り響く。
『他のクラスの生徒も栄光を称えよう! 今年の体育祭もこれで終わりだ! コンジュラッシュレーションー! 今度は文化祭の放送でお会いしましょう。 実況は放送部でした! 帰るまでが体育祭だぞ! またねー!』
そうしてクラス全員の緊張が解けて、ようやく体育祭の終わりを告げたのだった。
「はぁぁ。 今日はどっと疲れたよ。」
「お疲れ様一ノ瀬君。 そんな格好になってでも頑張ってたのは偉いよ。」
「誉められた事じゃないよ。 さてと僕も着替えを・・・」
「ねぇ一ノ瀬君。」
着替えようとしていた真面目に声をかけたのは、クラスメイトの男子だった。
「どうかした?」
「ええっと、写真撮ってもいいかな?」
「え?」
「ああっと、ほら。 そういった姿してるのも珍しいからさ。 記念に1枚、ね? 一緒に撮って欲しいな、なんて。」
「んー。 そういうことなら僕は構わないよ。」
「ありがとう。 それじゃあこっちに来て・・・せーの。」
カシャッという音と共にシャッターがきられて、相手のスマホの画面に真面目と写った写真が現れる。
「ありがとう一ノ瀬君。」
そう言って男子は離れていったものの、その後に何故か列が出来てしまい、最後まで着替えることが出来なくなっていた。
「ぐへぇ。 最後の最後までこき使われた気分。」
ようやく一段落落ち着いた時には、女子はみんな着替えてしまっていた。 残っているのは真面目のチアガールのみである。
「お疲れ様一ノ瀬君。 どう? 人気者の気分は。」
「・・・良し悪しだけで言うなら悪くはないけど、ちょっとした有名人っぽくなるのはちょっとね・・・ これでようやく着替えが」
「待って、誰か忘れてない?」
そう言われて真面目は思い返し、そして目の前の人物に答えと懇願を求める。
「え? まさか?」
「みんながいなくなるだろうなって思ってたから、最後は私にやってよ。」
今さら断る気力すら残っていなかった真面目は、岬にも同じことをする。
「これでいいんだよね? ふぅ、ようやく着替えられる。」
「そうだね。 でも一ノ瀬君、最後に1つだけ。」
そう言いながら岬は真面目の方に歩み寄ると手を取って、
「今の一ノ瀬君。 めちゃくちゃ可愛らしかったよ。」
その一言だけで岬は去っていき、真面目はもう少しだけ呆然とするしか出来なかったのだった。
「最後の最後くらい、言っておかなきゃ私の気が済まなかったから、ね?」




