1つの出来事で
「ただいま」
家に帰ってきてそう挨拶する真面目であったが、あまり気分は良くない。 部屋に戻って着替え直した上でシャワーを浴びに浴室へ向かうと、洗面台に写った自分の姿を見ると、頬が腫れたかのように赤く染まっていた。
「・・・大分力入れて殴ってきたんだ。 しばらくは腫れが引かないかも。 いきなりだったけど口の中を切らなかったのはまだ良かった・・・のかな。」
自分の女子の顔を見て、整った顔が台無しだと思っていた。 仮に男子のままだとしても、かなり痛みは残ることだろう。 実際に殴られた後から頬を触っているが、それだけでもとても痛い。
それがシャワーを浴びてもっと刺激されることになり、思わず軽く悲鳴をあげてしまう。 口から血が出ないのは不幸中の幸いだろうか。
「お帰り真面目。 ・・・あら?」
リビングに入った真面目を見た壱与は、真面目が右頬を触りながら入ってきたのを見て、気になったようだ。
「あんた、その怪我どうしたのよ。 普通の怪我じゃないわよね?」
どうやって誤魔化そうかと考えていた真面目だったが、それを先読みしたかのように壱与が言うので、嘘を付く気にならなかった。
「前に少しいざこざがあった奴とすれ違いに殴られたんだよ。 向こうが全面的に悪いのに。」
「そんなことがあったなんてね。 それで、その後はどうしたんだい?」
進もいつになく真剣に聞いてくる。 自分の息子(娘)が顔を殴られたとなれば、なにも心配しない方が親とは思えないのだ。
「近くに浅倉さんがいたのをみて組付こうとしてたから腕に手刀を当てて、お腹に一発入れたよ。 あの悶え方からすると、悪い場所に入ったのかもね。」
「そう。」
壱与はそう言うと夕飯の準備を再開させる。
「怒らないの? 僕のやったことに。」
「それはあんたのやり返しが甘かったに対して? それともそんな事をした相手を放っておいたことに対して?」
どうやら壱与は息子が行った行為に対して、説教をする気は毛頭無いように聞こえた。
「先に仕掛けたのはあっちなんでしょ? だったらあんたがそれ以上何かをする理由はない。 むしろ岬ちゃんを守ったのなら、それでいいじゃない。」
壱与の言い分としては「あんたは理不尽にやられだけなのだから、怒る理由はあってもやり返す理由はない」というもののようだ。
「安心なさい。 そんなことのためにPTA集会のような事を企てる気はないわ。 そんな事をしてもその場で終わらされるのがオチでしょうし。」
壱与の言い分が完全に昔何かあったような言い方をしているものの、真面目も概ね理解は出来ているので、席について夕飯を取るのだった。
とはいえ流石に腫れたままにするわけにもいかないようなので、寝る前までに氷水を頬に付けておいてから寝ることにした。
それのお陰か翌朝には大分痛みは引いていたし、見た目も元に戻っていた。
「とりあえず見た目の心配はない・・・と。」
そんな感じでリビングに降りて壱与と会う。
「おはよう真面目。 どうやら痛みは引いたみたいね。」
「元々痛みはそこまで無かったんだけどね。 見映えはまあ悪かったと思うし。」
「女の子の顔に傷を付けたらいけないのよ。 引っ掻き傷だったとしてもね。」
「やられたのも女子なんだけどなぁ。 見た目は。」
皮肉にもどちらとも言えない状況の話をしながら真面目は朝食を食べるのだった。
今日は珍しく雨が降らないとの予報だったので、傘は持たずに登校をすることにした。 しかし真面目としてはあまり気分の良いものではなかった。
「結局紫藤は何がしたかったんだろう? あんなにも公の場で同じことを繰り返したんだから、今度こそ学校側に連絡があるだろうな。 別に僕は悪くないけど、気の毒だと思った方がいいのかな? でも母さんの言うように仕掛けたのは向こうだしなぁ・・・」
「なにをぶつぶつと言っているの?」
真面目が独り言を呟いていたら、いつもの交差点に来ていて、そこで岬と合流するのだった。
「なんか最近この形で浅倉さんと会うことが多い気がするんだけど、デジャヴ?」
「デジャヴは追憶みたいなものだよ。 でもこの形で合流することは多いよね。 ・・・頬の傷は治ったみたいだね。」
「まだ治ったとは言えないけどね。 でも母さん達には聞かれたよ。」
そう言いながら頬を触る真面目だったが、その後で岬の手が触れる。 その手は夏も近付いているのにひんやりとしていた。
「浅倉さん、手冷たいね。」
「私体温は低い方だからさ。 雨の日とかは特に体温をあげないといけないから、時間がかかるんだよね。」
「あ、もしかして雨の日が遅いのは・・・」
「ある程度体温をあげるために温かいお茶とか飲んでるから。」
「変温動物かなにか?」
そんなことを話し合いながら登校を再開させるのだった。
「そういえばあの時の写真って残してある?」
「あ、そうだった。 教室に着いたら送っておく。」
岬は真面目にそう言いながら携帯を触っていた。
「と、そのようなことがあったんです。」
放課後、真面目は生徒会昨日の事を銘に伝えた。 すると銘は少し渋い顔をして、真面目を見るのだった。
「一ノ瀬庶務。 今回の件はどうやら向こうからの説明がなければいけなくなったらしい。」
「もしかして彼と関係が?」
「彼、というよりは、彼の来ている制服に問題がある。 次の生徒会メンバーとの交流会の学校がこの制服の桃源高校なんだ。」
まさかの事実に、真面目は青ざめる。
「とはいえここで桃源高校との話を無しにするわけにもいかないのが現実だ。 それにこれに関してはお前は悪くはない。 強いて言えばその生徒の個人的な恨みなのだから、学校側には関係無い・・・とも言えないだろうがな。」
海星も事の重大さを理解した上で真面目に語るが、起こってしまった事象を元に戻すことは出来ないと言うことだ。
「でもどうするんです? この事を話せば、今後の学校交流に亀裂が入るかもしれないですよ?」
松丸も色んな事象を体験したが、こればかりはどうするかは銘に委ねるしか出来ないようだ。
「ふむ。 一応この事に関しては謝罪をしてもらうとしても、向こうに賠償を求めるつもりはない。 本来ならば個々の問題であることは間違いないのだからな。」
「それはそうですよね。」
「だがそれで交流会が崩れるのならば、そこまでと言うことだ。 考えを改める必要はある。」
銘の言葉に真面目は背筋が凍る。 この人はやると言ったらやる「凄み」を感じたのだった。
「とにかくこの話は当日までは出さないでおこう。 その問題を起こした生徒が学校内でどういう生活を送っているかによっては、こちら側からの情状酌量の余地があると言うことだ。 それまではこれ以上この話は引き延ばす事はないだろう。」
話を延ばすことで話は終了して、生徒会の仕事を終えて、久しぶりの水泳部での練習を終えて学校から帰るのだった。
「次は週末明け・・・ しばらくの間は商店街に行くのは止めておこう。」
紫藤が商店街に行くとしているのならば、行けばまたすれ違う可能性があるので、何とか週末出掛けるのを考えながら、家に向かって歩いていたのだった。
「はぁ、ただいま。」
そうして家に帰ると、珍しくもなく家に誰もいなかった。 週末前は良くこういった事が起こるので、真面目も慣れたものだ。 リビングへと入り、キッチンの冷蔵庫を開けると、カツとじがラップをして入っていたので、作り置きをしてくれていたのだろう。
「別にこれぐらいなら自分で作れるんだけどなぁ。」
両親の苦労を知っている真面目は、わざわざと思ったけれど、作ってくれた訳なのに流石に愚痴を言うのは間違っているので、そのまま温めて夕飯を済ませて、月曜日の準備をした上で眠るのだった。




