父との休日
朝起きると下から朝御飯の匂いがしてくる。 その香りに誘われて階段を降りると、リビングで既に調理をしている進の姿があった。
「おはよう真面目。 随分と早起きだね。」
「こんなにいい匂いがしたらね。 僕の部屋は2階だし。」
そう進と喋りながらテレビをつける。 今は午前6時半。 まだ壱与は起きてはいない。 ニュースを見ながら父が作ってくれる朝御飯を待っていると
「ふあぁ。 おはよう2人とも。」
まだ眠たそうにしている壱与がリビングに入ってきた。
「おはよう壱与さん。 朝食は出来ているよ。」
「ありがとう進さん。」
「また新作のアイデアで夜更かししたの?」
「そんなところよ。 洋菓子ならゼリーもありだなって改めて思ったらアイデアが生まれて来ちゃってね。 まあどんなのにするかまでで、具体的にはまだなのよね。」
そう話し合いをする3人。 壱与の休日の出勤前に眠たそうにしているのは、大体がお店やお菓子のアイデアで脳をフルに使っている証拠で、それを何かしらの形として残すために紙の媒体に残すのだが、その作業が深夜近くまで続くため、朝に響くのだ。
「それならなおのことしっかり食べていかないとね。 お味噌汁の具はアサリにしておいたから。」
「本当に助かるわ進さん。」
「同室だからね。 そう言ったのは敏感なんだよ。」
「阿吽の呼吸かぁ・・・凄いや。」
「真面目もいつか分かる時がくるさ。」
そんなものかと思いつつ、真面目達は朝食を終えて、壱与が家を出てから、進と真面目はリビングでテレビを見ていた。 本来ならば真面目は部屋に行くのだが、今日ばかりは家で休むと決めていたので、こういった行動を取った。
「真面目。」
そんな時に進から真面目に声がかかった。
「その身体は不便じゃないか?」
会話をすることはあまり多くはないものの、父との会話は嫌いではないので、真面目も自分の思ったことを返したりしている。
「不便じゃないかと言われれば・・・不便なところもあるかもね。 身体が前の時よりも重たいし。」
そう言って自分の胸を持ち上げる真面目。 女子の身体になってから多少たりとも不便さを感じていたりはしていたが、それを言ってしまえば世の女性に失礼に値するので感じないように必死だった。
「そうか。」
そこで会話が途切れる・・・かと思いきや
「真面目、どこかに出掛けてみないか?」
「出掛けるって言ったって・・・」
外を見ると天候は不安定で、今にも雨が降りそうになっていた。
「別に外の施設に行こうと言ってるんじゃないさ。 そうだな、お昼は外で食べようか。」
「珍しいね。 父さんがそう言うことを言うのって。」
「少し位はな。」
進も日頃の疲れもあってあまり外には出掛けたがらない人ではあるものの、たまにこういった行動をするのだ。
「父さん、何か飲む?」
「ではコーヒーを頂こうかな?」
「分かった。 砂糖はスティック2本分だよね。」
「ああ。 間違っていない。」
そんな感じで真面目と進はゆったりと午前を過ごすことにしたのだった。
「さて、出掛けてみようか真面目。」
「いや、流石に雨降ってるから止めない?」
出掛けようと言った時には既に雨が降り始めていた。 一ノ瀬家は車はないため、出掛けるにしても歩いていかなければならない。
「それでも行くのさ。 雨の日だって、なにか見つけられるかもしれないだろ? それに真面目だって既に出掛ける準備をしているじゃないか。」
進の言葉に真面目もなにも言い返せなくなった。 雨の日ようにコーデした服を言われて説得力が無くなっていた。
「なに、そこまで遠くに行くわけでもない。 それなら問題は無いだろう?」
「はいはい。 それなら早く行こうよ。 この時間帯だと混み始めるだろうし。」
そう言って真面目と進は家を出る。 ひとしきり降った後なので、道路は濡れていた。
「こうしてその姿になって一緒に歩いたのは入学式以来じゃないか?」
「大阪旅行があるよ。 でも2人で歩くのはこれが初めてかもね。」
父親と息子という筈なのに、片方は性別が変わってしまっている。 それでも端から見られても変には思われない。
「父さんはな。 お前がその現象について、もっと不安がると思っていたんだ。 なにせ壱与さんもそう言った事を真面目に言わなかったからね。」
「確かにそう言う意味だと自分の冷静さが怖いよ。」
知っているがゆえの冷静沈着ではあったものの、思い返してみれば冷静過ぎて不気味な感じになっていたのも不思議ではないだろう。
「父さんも母さんもお前が中学を卒業した時からの1ヶ月間は不安だったものだよ。 性別が変化して名前通り真面目なお前がヒステリックを起こすんじゃないかとか、もし学校で上手くいかなかったりしたらとかな。 だがそんな心配を払拭するかのように、お前は動いてくれていた。 それだけでも嬉しいものだったよ。」
そこまで心配されていたことを初めて知った真面目は、なんと言い返そうか悩んでいた。
「だから真面目は真面目らしく生きて欲しいのが、両親からの願いだよ。」
そう言われた真面目は進の方を見て、真面目は多分それが言いたかったが為に出掛けたなと感じた。
「さて、着いたよ。」
「着いたって・・・こんなところにこんなお店が出来たなんて知らなかったんだけど。」
いつもと逆方向に歩いていた真面目達がたどり着いたそのお店は、イタリアンではあったものの提携店としてまた別の形を取ったお店だった。
「ゴールデンウィーク明けに出来たみたいでね。 父さんも偶然見つけたんだ。 とはいえ今は雨だからお店が空いているようだね。」
開店記念と書かれているが人はまばらである。 そんな店内へと真面目達は入っていった。
「いらっしゃいませ。 2名様でしょうか?」
「はい。」
「少々お待ちください。 ・・・はい。 ご案内いたします。」
そう言われて店員に席に案内された。
「これ、母さんに言わなくて良かったの?」
「また改めて誘うさ。 それよりもなにを食べる?」
「うーん。 今日の夕飯が肉じゃがだからなぁ。」
「良く覚えていたな真面目。」
「昨日の今日で忘れないよ。」
そう言ってメニューを確認して、真面目はボロネーゼ、進はチーズリゾット、そしてディアボロピザを頼んだのだった。
「どんな風に出てくるか楽しみだな。」
「お皿はかなり綺麗そうだけどね。」
そして2人は届いた料理を堪能してからお持ち帰り用のティラミスを買ってから帰ることにした。
「何でティラミス買ったのさ?」
「壱与さんの為だよ。 流石に出掛けて何もないのはちょっとね。」
何だかんだで壱与の事を大切にしているようで、ある意味安心した。
そして家に帰ってきてすぐに肉じゃがを仕込む準備をし始めて、それに真面目も一緒に準備をする。
そして時間をかけて肉じゃがを仕込んでから時間を置いてから壱与が帰ってくるのを待っていると、玄関が開かれた。
「ただいまぁ。 いやぁ雨が凄いことになってきたわよ。」
「お帰り壱与さん。 風邪を引く前にお風呂に入ってきて下さいな。 準備はしておくので。」
「そうさせて貰うわ。」
そうして壱与がお風呂から戻ってきてから、夕飯を食べた後に家族それぞれの場所に移動して、日曜日を終えるのだった。
壱与「この肉じゃがちょっと甘くない?」
進「すまない、砂糖の分量を一杯分間違えてしまった。」
真面目「水で薄めればいいって言ったのに、「余計に分配を間違えそうだ」って言って聞かなかったんだよ。」
壱与「進さんらしいわね。」
進「次からは気を付けるよ。」
真面目「僕もちゃんと見ておく。」
壱与「優しい2人で私、幸せだわ。」




