生徒会立候補選挙会
真面目からの言葉に銘はニヤリと口角を上げる。
「君の方から来てくれるとは。 私としても嬉しい限りだ。 けれど・・・」
そう言って銘は引き出しからある紙を真面目の前に出した。
「これは明後日行われる生徒会立候補選挙会の立候補の紙だよ。 ここに自分の名前を書いて貰えるかな。」
そう言われて真面目は紙の内容を確認した。
「本当の事を言えば、君が直接来てくれたのなら、そのまま推薦をしても構わなかったのだけれど、別の候補者が募ってしまってね。 流石に私が推薦したから生徒会に入れるなどと言う不公平な事はしたくなかったのでね。 君もそう言う意味では公平に見て貰いたいだろ?」
立候補の紙を確認した上で真面目は自分の名前を書いて、銘に渡したのだが、会話を聞いているうちに真面目は疑問に思ったことを聞くことにした。
「それなら何故わざわざあの様な事を言ったのですか? ここに来るかも分からなかった僕に。」
「私のお眼鏡にかかったこと、我々が悩ませていた問題を解決策まで考えていたこと、そしてなによりも君は正義感が強い。 だから私は推薦した。」
言っていることもやっていることも本人の納得する方法でしかないと真面目は考えていたが、その事を目の前の彼女(男子)に追求しても無駄だろうし、真面目も昨日の事を思い出せば、偽善紛いな事をしているのは確かなのだろうと感じてはいたが、「関係無いから」と突っぱねられてなにも救えないのは後味の悪いと感じたからである。
「とにかく選挙会は明後日だ。 君にとっては急なことかもしれないが、積極性は大事だからね。 私も演説楽しみにしているよ。」
そう言って銘は真面目を返して、また手元の資料に目を通していた。 真面目もこれ以上はいる意味がないと感じて、生徒会室を後にした。
「今日は遅かったようだが、なにか外せない用事でも?」
「ええ、まあ。 そんなところです。」
既に部活が始まっていた所に真面目が入ったためか目黒はそう聞いてきたが、真面目自身はまだ公にするわけにはいかなかったため、濁す形で話を終わらせた。
「そうか。 それなら私からはなにも聞かないよ。 後輩の手は煩わせたく無いからね。」
「すみません。 ああ、それと明日は部活動には欠席します。」
「分かった。 こちらの心配はしなくていいからね。」
そう告げてから部活を続けて、その日はそのまま家へと帰った。 昨日の女子は見つけられなかったが。
その夜真面目は自分の壇上での意気込みについての台詞を考えていた。 真面目にとってこのようなことはもちろん初めてで、感覚が全く分からない手探り状態ではあるものの、自分の想いを伝える大事な場面で少なくとも失敗はしたくなかった。
そして翌日の昇降口前の掲示板には「生徒会立候補者」と紙が張り出されており、その中に真面目の名前もしっかりと入っていた。
「一ノ瀬君、立候補したの?」
隣で一緒に登校してきた岬も、これに関しては誰にも話してはいなかった。
だから岬も少し驚いていた。
「まあ、ちょっとしたキッカケでね。」
真面目も生徒会長に直接声をかけられたとは言えなかったので、ここでは言わなかった。
「変かな? 僕が生徒会なんて。」
小・中学校共にそう言った自分が誰かの為に動いたり、上に立ったりなどはしてこなかったので、そんな自分が想像できないでいる。
すると岬はそんな真面目の手を取って、
「応援してる。」
その一言だけを真面目に言って、教室へと入っていったのだった。
その日の授業を乗り越えて、まっすぐ家に帰った真面目は、もう一度自分が生徒会に入る理由の台詞を見返していた。 ミスが許されないからこそ、確実な物にしたかったから。
更に翌日の放課後になり、いよいよ生徒会立候補選挙会の始まりである。 壇上には既に生徒会のメンバーが座っており、その目の前で演説を行うことになっていた。
「それでは今年の生徒会立候補者の方は、壇上へお上がりください。」
先生の声と共に真面目を含めた女子2人、男子1人が壇上にあがり、用意されていた椅子に座った。
「さて、本日は選挙会へとお集まりいただき誠に感謝している。 先人である先輩達が抜けてしまい、生徒会は今役員不足となった。 この3人はそんな生徒会の一員になるべく立候補したもの達ではあるが、残念ながら空いている席は1つしかない。 よって彼らの生徒会に向けての想いを聞いて、皆に判断をして貰いたい。」
生徒会長である銘がそう説明した後で、真面目ではないもう一人の女子立候補者から演説が始まった。
順番は先行順であるため真面目は最後となる。 1人目の演説は学校を明るくすることの公布だった。 より良い学校生活を送るための対策などを視野に入れていた。
2番目の男子は地域性をもたらす事をモットーに演説をしていた。 多少面倒な事も増えてはいるものの、交流を深めると言う意味では利にかなっているのかもしれない。
そんな風に聞きながら、真面目の番へと指し変わる。 自分がこうして壇上で演説をするなど夢にも思っていなかったし、なにかを言おうとするだけでも胃酸が逆巻き吐きそうになる。 だがここで怖じ気づいていては生徒会は務まることはないだろうし、なにより自分は言いたいことがあるからここにいるのだと言い聞かせて、一呼吸おいた。
「立候補者の一ノ瀬 真面目です。 最初に断っておきますが、僕は、この立候補選挙会が始まる前に、生徒会長である高柳先輩から既に推薦が出されていた者です。」
その真面目の一言にざわめきが生まれる。
「ですが自分がどうして生徒会長のお眼鏡に叶ったのか、その時は理解できずに保留し、今この場で演説を行っています。」
再度呼吸を整えて、真面目は口を開いた。
「皆さんは未だに減らない性別による差別をどう思われていますか? 自分には関係無いと思っている生徒がいると思います。 今更そんな話をと思う生徒もいるでしょう。 しかし自分は見てしまったのです。 この学校にも、少なからずそのような実態が残っていることを。」
真面目はそこから更に声を上げた。
「全てが平和的解決を望める訳じゃないのは分かっています。 でもせめて同じ学校に通うもの同士ならば、そのような差別はおかしいと思わないといけないのではないですか? 性別が逆転したから? 昔の自分と違うから? そんなことで他人に八つ当たりしてもいい理由にはならないはずです! 我々は一人の人間です。 そこに優劣を比べるのは昔以上に無意味なことなのです!」
そして更に一呼吸をおいてから真面目は喋った。
「自分はこの学校の問題を解決する為に、生徒会に入りたいと思っています。 どうか一ノ瀬 真面目に清き一票をお願いします。 ご静聴ありがとうございました。」
真面目がお辞儀をすると拍手が鳴り響く。
「では候補者3名の方は壇上から降りてこちらに来てください。 それではこれよりこちらから紙とペンを配布いたしますので、書き終えたら紙を二枚折りにして投票箱の中に入れてから教室へと戻ってください。」
そして投票が開始される。 真面目達立候補者達は一足先に教室へと戻っていた。 公平に見るために、候補者達には敢えて立ち合わせないようにしたのだ。
「・・・ふぅ・・・今までの人生で物凄く緊張した・・・」
誰もいない教室で気の抜けたようになっていた真面目は、完全にその意識を落とした。
「・・・おや、寝ている。」
そしてクラスで一番早い岬が教室に戻ると、既に眠っている真面目を見ることになった。 そんな真面目の頭を岬は優しく撫でた。
「お疲れ様。」
他の人が来るまでの間だけの、2人の空間になっていた。




