どこから知るべきですか?
「わざわざ他の部活と掛け持ちをしてまで私達の部活に来てくれるなんてね。」
「こちらは部活としては正式ではないので、普段は水泳部に行ってもらって構わないから。 我々のために時間を取らせるのも申し訳無いので。」
真面目は日本舞踊クラブへと足を運び、入部届を皇に渡したのだ。 話は通じてあるため、週一以上の参加で構わないと言ってくれたのだ。
「それにあなた以外にも入部してくれると言って来た子がいたので。」
そう皇が話した瞬間に、真面目が入ってきたドアが開かれた。
「お待たせしました! もう始めてしまいましたか?」
その声に真面目は振り替えると、真面目と背丈が同じくらいの男子がいた。 白というよりは銀に近い長髪で後ろはヘアゴムで軽く結んである。 ツリ目で鼻が高く、口から犬歯が少し飛び出ているので、荒々しい風貌ではあった。
「大丈夫ですよ砂城さん。 まだ始めてはいませんので。」
「はー、それなら良か・・・あん? あんた誰だ?」
「砂城さんと同じ新入生の方ですよ 彼は一ノ瀬君です。 とはいえこちらでの入部は掛け持ちとなりますので、会う機会も多くはないかと。」
「一ノ瀬 真面目です。 よろしく。」
真面目は握手を交わそうと手を差し出したが、砂城と呼ばれた男子は「フン」と鼻を鳴らした後に真面目の手を弾いた。
「砂城 紗羅。 一つの事に本気にならないあんたと馴れ合うつもりはない。」
そう言って中に入っていく砂城。 そこで二ノ宮に声をかけられる。
「駄目だよ砂城さん。 これから同じ部員として仲良くやっていかないと。」
「しかしですね二ノ宮先輩。 一つの部活に集中出来ない優柔不断な人は流石に・・・」
「そう言うことにしておきましょうか。 その様な話は不毛ですから。」
「・・・分かりました。」
二ノ宮に対しては慕う先輩のように話しているのに、皇が軽く流したのを聞いて、不服そうにしていた。 弾かれた手のひらを擦りながら真面目は思った。
(入ってきた時は礼儀正しい人かと思ったけど、何て言うか好意を持った人にしかなびかないタイプかな。)
そのことで頭に浮かんだのは「舎弟」という言葉だった。 だが別に真面目もライバル関係になるつもりはない。 馴れ合う気がない相手と手を取り合えるとも思っていないので、持ちつ持たれつのような関係になるだろう。 口の聞き方だけには気を付けないといけないと思う真面目であった。
「さて、新入生のお二人に舞踊を教える前に。 お二人はそもそも日本舞踊と言うものにどのようなイメージをお持ちでしょう?」
皇に聞かれて真面目と紗羅は顔を合わせてからそれぞれの主張を述べる。
「独特な音楽に合わせた舞、またはその地に伝わる伝統的な儀式の一つだと思っています。」
「神を讃えたり静めたりするために、踊るって聞いたことがあります。」
互いの意見を聞いて皇は腕を組み首を軽く振るだけだった。
「二人の主張はそれぞれ正しい所もあれば、間違い、または認識のズレもあります。」
そう言って皇はまず真面目を指差した。
「独特な音楽、そして伝統的な儀式と言ったけれど、昔から受け継がれている事に関してはどちらも伝統があり、更に追求することにより音楽と舞の協調に意味を成してくる。」
そう言った後に今度は紗羅に指を差した。
「神を讃えるのは人の舞だけではない。 時に竜になり、時に魚になりと、ありとあらゆるものになることも舞を演ずる上では重要になるのだ。」
それぞれの主張を含めた目の付け所とそれに対する指摘に真面目も紗羅も頷く他なかった。
「まぁ最初から分かっている人はほとんどいないからね。 だからこその保存会が存在するのさ。 さて今日は舞踊についてそれぞれ触れていこうか。 僕が舞について、皇部長が音楽関連について教えよう。 僕はまず一ノ瀬君から。」
「ちょっと待ってください。 何故彼からなのですか? 練習するならばあたしが適任だと思うのですが。」
あそこまで慕われているのならそれが当然とも言える。 だがその疑問に対して二ノ宮は答えた。
「確かに砂城さんは熱心に躍りを見てくれた。 だからこそまずは平等に素晴らしさを伝えたいのだよ。 なに、ちゃんと砂城さんに教える時間も作るさ。」
「・・・分かりました。」
完全に残念そうな表情をしている紗羅に真面目もこればっかりは平等だからと、特に恨まれたわけでもないのに勝手に言い訳を心の中でしていた。
「では次は右腕を上から下へ。 その時に手は流動的になるように。」
「は、はい! こう、ですか?」
「それではゆっくりと流れる川としか表現されない。 もっと柔らかく、そして動きは早く、だ。」
言われていることは分かってはいるものの、いざ動かしてみても全くといっていいほど上手く行かない。 練習にはかなり時間を強いられそうだ。
「どうした? それがお前の実力か一ノ瀬?」
「はいはい、そっちに気を回さないこと。 力強く弾きすぎです。 それとそれに影響して他の弦も弾いていますよ。」
真面目が踊れていないことを煽っていた紗羅も、琴が簡単には弾けていないと皇に厳しい指摘を受けていた。 紗羅の表情は険しいものだったそう。
「では交代だ。」
そう二ノ宮が言うと紗羅はウキウキで二ノ宮の元に近付く。 どうやら皇の厳しい指導からの解放と、二ノ宮との練習の喜びを一気に表しているようだった。
一方の真面目はヘロヘロになっていた。 これはどちらかと言えば精神的疲労に近い。 日本舞踊は細かいところから入るのが資本と言われてから、ほとんど同じ躍りをやっていたので、それが真面目には出来ずに何度も繰り返す羽目になったのだ。
「お疲れさん。 二ノ宮君、見た目に反してスパルタやろ?」
「ええ、まぁ・・・でもあれくらい根気が無いと、華麗なものなんて出来ませんよね。」
「あんた、自分のせいにばかりしてるといつか大損致しますよ?」
既に痛い目を見ている真面目にとっては、今の皇の返しなどどうでもよくなっていた。
「まあええでしょう。 今回教えるのは琴。 触ったことは?」
「弦楽器全般は初めてです。」
「そうですか。 ではまずアイテムとして弾き爪と柱と呼ばれる音程を調整する装飾があります。 今回は柱の方は動かしませんので、まずは弾いてみて下さい。」
そう言われて爪を付けて、早速琴の練習が始まる。
「まずは音を鳴らすところから始めましょう。 琴の弦はかなり引っ張られており、少しの力でも音が出ます。」
そう言って皇は弦の一つを軽く弾く。 するとその弾いた一音だけ鳴り響いた。
「おお・・・」
「では一ノ瀬君も。」
「はい。」
初めての琴を弾く体験。 ちゃんと成功するだろうかと思いながら弾いてみる。 皇が鳴らしたものよりは綺麗ではなかったものの、一音だけを確実に鳴らせた。
「出来た・・・」
「お見事ですよ。 では次に合わせ爪という技について説明しましょう。 使う用途としては・・・」
こうして真面目は皇から琴の講義を受け始めた。 一方の紗羅も二ノ宮との舞踏でかなり上機嫌になっていた。
「本日はここまでです。 各々の得意不得意は分かりました。 では次回お会いいたしましょう。 私が部屋を閉めますので、先に帰って貰って構いません。」
「お疲れ様でした。」
「お疲れ様でした!」
そう言いながら部室を出た紗羅と真面目であったが、真面目はふと肩を叩かれる。 振り向くとそこには先程まで座っていたはずの皇がいた。
「あなたは部活動に顔を出す機会は少ないでしょう。 この本で勉強をしておいてくださいな。」
そう言って渡してきたのは「琴の弾き方 初級編」だった。
「すみませんわざわざこのようなものを用意してくれて。」
「いえいえ。 年数は古いですが、内容は拘っておりますので。」
そう言って本当の意味で2人に別れを告げた真面目であった。




