素質
「もうすっかり元通りかしら?」
「まだ油断は出来ないけどね。 でも頭の痛さもダルさもないよ。」
まだ続くかと思われた痛みは引いたようで、真面目は朝御飯を出された分だけ食べていた。 食欲が無かったのもダルさのせいだと思いながらガッツリと食べている。
「それだけ元気なら大丈夫ね。 一応薬とナプキンは持っていくのよ。 それじゃあ母さんは先に出るから。」
「うん。 行ってらっしゃい。」
そうして真面目は朝御飯を食べ終えて、家を出る。 昨日までとは全く違う気分の良さを感じながら登校する。
「雨じゃなければなぁ・・・」
天気には流石に逆らえなかった。 ここのところ良い天気が続いていたので、そろそろ崩れるとは思ってはいたものの、まさかこのタイミングだとは誰が予想できただろう。
「まあ仕方ないか。 痛みが引いただけ良しとしよう。 靴もこういう時のために防水仕様の物にしたし。 傘も最新モデルだし。」
今の真面目のスタイルは、靴は防水加工の入った黒のローヒール。 流石に靴まで校則で縛られていることは無いので、晴れの日用と雨の日用で使い分けるつもりだ。 傘も前が長いタイプなので鞄ごとカバーできる。 勿論真面目にとっては制服の前部分が濡れるのも避けられるため一石二鳥だ。
この日の為に改めて買いに行ったとも過言ではないファッションスタイルで真面目は何だかんだで上機嫌だった。
「ふんふっふっふ~♪ ふふふんふ~♪」
鼻歌交じりで通学路を歩く真面目。 とはいえ楽しんでもいられない。 雨に長時間晒されるわけにも行かないので、しっかりと歩いていく。 それでもなお鼻歌は止められないらしく、上機嫌のままで道を歩いていると、横道から人が、岬がひょっこりと顔を出した。
「あ、おはよう浅倉さん。」
「おはよう一ノ瀬君。 どうやら終わったみたいだね。」
「まあね。 あの痛みからの解放は凄まじい位に清々しいね。」
「今日は雨だけど?」
「それは言わない約束。」
そう言いながらまた鼻歌を歌いながら歩き始める真面目。 その姿を見て岬はよっぽど嬉しかったんだろうなと、真面目の後ろ姿を見ながら思ったのだった。
「やっぱり雨だからみんな気分が落ちているね。」
「気分が落ち込むのは仕方ない。 雨は憂鬱になりやすい。 特に女性は髪の毛の湿気が酷くなるから天敵でもある。」
そう言いながら岬はむくれた顔をする。 よっぽど大変だったのかなと思いながら、あまり変わっていない自分の髪に、自慢のような何かを感じていた。
授業の間休みになり真面目はトイレを利用していた。 用を終えた真面目だったが、使っていて思うことがあった。
「元々は女子用だったから分かることだけど・・・やっぱり低い気がするんだよぁ。 鏡の位置。」
トイレを出た後の洗面台に設置されている鏡の位置が真面目にとっては屈まなければ自分の顔が見切れてしまうのだ。 自分だけだとは思うが、使いにくいのも確かではある。
「それに伴って洗面台も若干低いように感じるんだよね。 後はここかな。 結構直角な入り口だからぶつかったら危ないよね。 とはいえ削ったりするのは無理だろうしなぁ・・・っとと、授業が始まっちゃう。」
時間が迫っていることを確認した真面目はすぐに教室へと戻ることにした。
そんな真面目の後ろ姿を見る影が一つ。 その影は真面目のそんな姿を見て、ニヤリと口角をあげるのだった。
そしてそのままお昼になり、真面目と岬、そして今回は得流と叶も一緒に食べることになった。 なんでも雨の日でも座りながら食べられる場所が見つかったと言っていたので、その場所で食べようと言う話になったのだ。
「へぇ、ここって誰も使ってないんだね。」
「意外だろ? 結構集まりやすそうな場所なのに人が来ないんだよな。 まあもう一つの校舎って大体が普通の教室じゃないからってのもあるんじゃね?」
今4人がいるのは教室棟ではなく特別教室棟の階段下。 そしてそこは今は誰も通らない秘密の場所になっている。
「今度は隆起君も呼んでみようかな。」
「誰ですか? それ。」
「僕のこの学校で見つけた中学の同級生。 近野さんは知ってる筈だよ。 ほら、オリエンテーションにいたオレンジ髪の・・・」
「おー! 確かにいたな! そっかそっか、今度紹介してくれよ!」
そんな喋りをしながらお昼を食べ終えると教室棟へと戻る廊下の先で階段に行こうとしたところ、叶が誰かにぶつかった。
「きゃっ・・・!」
「おっとと・・・大丈夫? 怪我してない?」
「う、うん・・・ありがとう一ノ瀬君。」
「こらー! 危ないだろ! 廊下は走るなって教わらなかったか!?」
叶がバランスを崩した所を真面目が支え、既に過ぎ去った相手に得流が怒った。 真面目はその理由は分かっていた。 ぶつかった相手が走ってきた先には、例の購買部が存在していたからだ。
「前に一ノ瀬君が行ってたけど、あんな感じだった?」
「今日はいつになく激しいかも。 雨だからか余計にそう感じるかも。」
「あれ運動部じゃなきゃ勝てなくね?」
「そんなことはないけど・・・やっぱり怪我してからじゃ遅いからなにか対策は必要だと思うんだよね。」
「例えば?」
「例えば・・・入り口と出口をちゃんと分けるだけでも変わると思うんだよね。 あとは購買のメニューは先に見せておくとかさ。」
「それって誰がやるんだ? 生徒会か?」
「どうだろ? でも僕達じゃどうしようもないよね。」
そう言いながら階段を上る4人。 そこにはまた同じ影があったが、誰もその存在に気が付くものはいなかった。
そして午後の授業も終わり、今日は雨なので部活見学は日本舞踊クラブに行くことに決めた真面目。 廊下を歩き特別教室棟の奥の部屋まで行こうとする。 しかしそこでまた真面目は気になることを見つけてしまう。
それはほぼ1日降り続いた雨が一階の渡り廊下と庭とを繋ぐ通路のところで、大きな水溜まりが出来ているのだ。 ここは庭と庭とを歩く通路としても使われるため、すれ違い様に水溜まりが跳ねることもある可能性が出てくることが考えられた。
「うわちゃぁ・・・結構大きな水溜まりになってるや。 昼休みの時はそこまで大きくなってなかったのになぁ・・・」
通り抜けるしかないとはいえ、廊下の端が完全に水溜まりになっているため、大人数では通り抜けるには一人ずつの幅しか無くなっていた。
「荷物を持ちながらすれ違うのは大変そうだ・・・もっと排水が出来るようにするか、ここに簡易的に溝みたいなのを作れば・・・」
「なかなかに良い着眼点と改善案を考えているようだね。」
「え!?」
独り言のように喋っていた筈の真面目に、誰かの声の相槌が返される。 驚いたように振り替えるとそこには1人の男子生徒が仁王立ちの構えで立っていた。 その人物というのが
「ええっと・・・あなたは・・・生徒会長の・・・高柳先輩・・・でしたよね?」
部活動説明前に威風堂々と現れた高柳 銘だった。 真面目はそんな彼の姿に萎縮をしていた。 そんな学校で、生徒の中で一番偉い人物が何故声をかけてきたのだろうと思ったのだ。
「君の事はお昼頃から見ていたよ。 そして我々生徒会でも課題に出なかった部分を的確に見抜き、尚且つ今後の学校生活にも対応した上で指南してくれている。 君には見定める観察眼と先の事を考える思考力に長けているようだ。」
「あの・・・結局なにが言いたいのですか?」
誉めて貰っていることにはありがたいことなのだろうが、何故いきなりそのような誉め倒しをするのか分からなかった。 そもそも生徒会長が一生徒に対してそこまで言ってくる理由がなんなのかを知りたかった。
そして高柳はまるで呼んでいるかのように手を真面目に差し伸べる。 そして
「君の名前を、聞かせて貰えるかな?」
「え、ええっと・・・一ノ瀬 真面目、です。」
「一ノ瀬 真面目君。 私の推薦で生徒会に入らないか?」
そんな言葉と共に、一つの雷鳴が外に鳴り響き、雷の光が二人を照らした。




