感謝と見返り
女の子の日が始まった時からの月曜日。 とりあえずそこまで酷くもなっていなかったので、登校は出来るようだと真面目は思いながら、ゆっくりと階段を降りて浴室へと行く。
昨日まであんなことがあったので、あまり重点的に洗いたくはないのだが、身体を洗わないという選択肢は流石に無いので、あまり刺激しないようにするのを考えながら身体や頭を洗った。
そして制服に着替えてからリビングに入る。
「おはよう母さん。」
「おはよう真面目。 食欲はどう?」
「とりあえずは食べれそう。」
「無理そうならヨーグルトだけでも食べて行きなさい?」
壱与としても無理矢理食べさせるよりも、少しだけでも食べて貰う方が腹持ちはいいと思っているので、そんな事を真面目に言った。
「行ってきます。」
壱与が出た後に真面目も登校するために家を出る。 歩くだけでも少々ダルく感じるが、自転車を使っていきなり倒れるよりはマシだろうと真面目は思っていた。
「うぅ・・・ 今日ずっとこんな感じなのかな?」
真面目はお腹を押さえながらゆっくりと歩いていく。 支障がないくらいになったとはいえ気分の悪さは変わっていない。 このような状態で授業も受けるのかと思う。
何だかんだでいつもの場所に行くと、そこには岬が待っていた。 確かに遅くはなっていたものの、待ってくれているとは思っても見なかった。
「おはよう一ノ瀬君。 珍しいね遅れてくるなんて。」
「おはよう浅倉さん。 まだ2週間しか経ってないよ?」
気分が悪いながらも真面目は挨拶を返す。 その様子に岬は疑問に思った。
「どうかした? 調子悪そうだけど?」
「あー・・・なんか来たみたいなんだよね・・・「女の子の日」ってやつ?」
「なるほど。 やっぱり来たんだ。」
「うん。 みんなと分かれた後辺りからずっとだったんだよね。」
「唐突だからね来るのは。 因みにちゃんと持ってきてる?」
「あ、うん。 なんか自分で持ってるのが当たり前ってネットで書かれていたからさ。」
鞄の中をガサゴソと探って、チラリとナプキンと鎮痛剤を出す。
「そっか。 それならよかった。」
岬も真面目の取った行為にホッとしたようだ。
「その事でお礼が言いたかったんだ。 ありがとう浅倉さん。」
「お礼を言われるようなことはしてないよ。」
「いやいや、先に買っておいたお陰で、慌てることも無かったし、苦しい中で買いにいくことも無かったから感謝してるよ。」
その真面目の表情は本当に感謝しているような表情をしていた。 そんな真剣さに岬の方が困ったような笑みを浮かべるのだった。
「一ノ瀬君って優しいよね。」
「そう? 今回のことは流石に助けられたからそのお礼を言っただけなんだけど?」
「そう言うことなら何か頼んでもいいのかな?」
「うん。 僕が出来る限りで言ってみてよ。」
そんなことを笑顔で言う真面目にまたも苦笑する岬。
「今は思い付かないから、また思い付いたら言う。」
そうこうしているうちに学校の正門前まで着いていた。 そこで真面目は隆起に声をかけられる。
「よう真面目! 元気してっか?」
「おはよう隆起君・・・今日はちょっと駄目かも・・・」
「あん? どうしたんだよ?」
「実は・・・」
そんな2人のやり取りに置いてきぼりにされた岬は、その光景を見ながら
「そうやって屈託の無い笑顔を振り撒いていると、いつか取り返しのつかない事が起きるよ、一ノ瀬君。」
彼らに聞こえない声でポツリとそう言ったのだった。
「済まなかったな真面目。 まさかそんなことになってるなんて思わなくてよ。」
「分かって貰えればいいんだよ。 それにまだ軽い方みたいだし。」
「話を聞く限りだと多分今日か明日くらいまでだと思うよ。 それまでの辛抱。」
あれから隆起にも分かって貰えたようで、今朝のようなノリは既に無くなっていた。
「隆起君も気を付けてね。 家で起きた時はすぐに親に言う方が楽になるから。」
「ああ。 俺も気を付けるぜ。 警告ありがとうな。」
「うん。」
そうして隆起は自分のクラスの方に歩いていき、そのまま真面目達も教室へと入る。 するとそこには真面目と同じようになっている生徒が数名見受けられた。
「人によるって言ったけど、内のクラスは割りと同じ時期なのかもね。」
同じ原因で体調不良になっているのが真面目だけでなくてよかったと、心底思っていた。 だが実際に痛みを伴えばそうも言ってられないのだろうと同時に感じたのだった。
結局ダルさと痛みで勉強が身に入らず、ノートすらもまともに取れなかった状態でお昼休みになってしまった。 そして真面目が昼食として手元にあったのは、固形栄養食と紅茶だった。
「食欲が無くてもこれくらいは食べなさいって言われて渡されたんだ。」
「そこまで食欲が落ちるなんてね。 しかもわざわざ作ってくれるなんて。」
そう、この栄養食は市販のものではなく壱与がオリジナルで作ってくれたものなのだ。 壱与いわく「クッキーの四角いバージョン」と思っているらしい。 形式的にはそうなるが、もう少し言い方を考えてほしかった。
「うぅ・・・まだ気持ち悪い・・・」
「一ノ瀬君、午前中の授業、ノートに取れてた?」
「んー・・・書けてる部分と書けてない部分があるかも・・・」
「ノート見せようか? 多分写す程度なら書けてると思うし。」
「本当? 助かるよ。 明日には返すからさ。」
「因みにどの教科?」
「世界史かな。」
そんな会話をしている内に昼休みは終わり、そのまま保健体育の授業が始まった。
「・・・えー、本日は男女の骨格の差についての授業をしようと思いましたが、予定を変更して「男女の病気」についての勉強をしていこうと思います。 ページは24ページを開いてください。」
授業の内容が変わったことに戸惑いを隠せないB組だったが、開いたページの内容を見て納得をするのだった。
「まず本日の生徒の中に数名同じ現象で苦しんでいるかと思われますが、これは女性として必ず起きるものです。 勿論症状の大きさや来るタイミング、治るまでの期間は個人によってバラバラです。 なので女子になった身体でまだ来てない人も、いずれは来ることを忘れないでください。」
そう説明に区切りをつけた上で、別の話へと移った。
「しかしこれは女性だけに起こりうることではありますが、男性にも無いわけではありません。 男性の場合でも女性よりもなる可能性の高い病気もあります。 男性になってしまった女子の皆さんはくれぐれもいつもの苦しみが無くなったからといって、油断しないようにしましょう。 さてそれではどうして女性にはそのような病気があるのかを説明して行きたいと思います。」
そして保健体育の授業も終わり、放課後になった訳ではあるが、部活動見学には正直に行く気分ではない真面目はそのままの流れで昇降口へと向かうことにした。 そこで隆起と偶然にも出会った。
「おっす真面目。 おっと、今日は調子悪いんだったな。」
「そんなに勢いよくじゃなきゃ大丈夫だよ。 それよりも隆起君の方は部活考えた?」
「ああ。 俺はサッカー部に行こうと思ってな。」
隆起は中学の頃はサッカーのポジションでディフェンスをやっていた。 その名残があるのだろう。 隆起らしいと真面目は思った。
「お前はどうする気なんだ?」
「そうだなぁ。 水泳部にも行ってみたいけど、日本舞踊クラブも捨てがたいんだよねぇ。」
「そうか。 ま、お前が行きたいところに行くのが一番だろ。 まだ1週間はある筈だろ? ゆっくり考えな。 そうだ、ついでに近くのスポーツ用品売場でちょっと見ていかねぇか?」
「僕体調悪いんだけど?」
「おっとそうだったな。 じゃあまた調子が戻った時にな。 俺ももう帰るぜ。」
そう言って隆起は帰っていった。 真面目も帰ろうと思い靴を履こうとしゃがむと、まだお腹辺りがキリキリと痛むのが分かった。
「ノート、取れるかな?」
岬から借りたノートを思い出しながら、お返しはなにがいいだろうと、特にリクエストもされていない見返りの品を考えながら帰る真面目であった。