無かった筈の視線
今回は女性の服事情についてのお話です
「真面目。 ちょっと。」
壱与に手招きされてそのまま駆け寄る真面目。 外に出掛けるのならば着替えなければならないと思ったので部屋に戻ろうかと思っていたのだが、呼ばれたのなら行くのが筋だろう。
「どうしたの母さん。」
「あんたシャツのままで行こうとしたでしょ。 それは止めておきなさい。 これから女の子としてしばらくいくんだから、男の子よりも身なりはしっかりしないと。」
「それはそうかもだけど・・・」
「というわけで、今着ている服をとりあえず脱いで。 上も下も。」
「し、下も?」
真面目が呼ばれたのが浴室前なので、脱ぐことにはおかしくないが、もう真面目も高校生であるにも関わらず、母親の前で自分の服を脱ぐというのには些か抵抗があった。
「い、いや。 自分で脱げるから別に母さんがいる理由が・・・」
「それは後で教えるから、早く脱ぎなさい。」
こうなった母には逆らえまいと真面目は着ている服を全部脱ぎ、母親に一糸纏わぬ姿を見せることになった。 そしてそんな壱与の手には明らかに女物の下着が手に取られていた。
「下はとりあえず問題ないとして、問題はその上よね。」
自分の息子が娘になり一気に肥大した胸元を見て、壱与は正直愕然としていた。 明らかに自分よりも大きさが上な為、壱与が持っているものでは入るかいまいち分からないのだ。
「え? ま、まさか、それを着けろって言うこと・・・だよね?」
こんな身体になった真面目に拒否権が無いのは分かっていたが、まさか母のものですら入らない程だとは夢にも思っていなかったのだ。
「念のためサラシも買っておいて良かったわ。 窮屈かもしれないけど今日だけは我慢なさい。」
そう言って壱与は真面目の周りをくるくると歩きながらサラシを巻いていく。 真面目も自分がサラシをする理由がこんな形だとは思わなかったし、サラシが巻かれる度に苦しくなってくる。
「・・・よし。 出来たわ。 どう? 動ける?」
「・・・普通に苦しいんだけど。」
「仕方無いわね。 さ、シャツを着て行くわよ。」
「行くって・・・」
「服屋に決まってるでしょ。 後はランジェリーショップもね。」
「ら、ランジェリーショップ!?」
真面目が驚くのも無理はなかった。 何せ無縁とも言える場所に足を踏み入れることになるのだから。
「ま、待って母さん! まだ心の準備が・・・」
「そんなのは着く前に決めておきなさい。 さ、行くわよ。」
強引に連れてかれる事になった真面目は、急なことで色々と頭が回らなくなっていたのだった。
服屋へと行く道すがら、真面目はキョロキョロと周囲を見渡していた。
「真面目、そんなに挙動不審にならなくても大丈夫よ。 貴方と同じくらいの子だっていると思うもの。」
「分かってるよ・・・分かってるけど・・・」
今まではそんなに視線を気にしなかっただけに、今日は一段と気になり始めていた真面目であった。
「さてと、着いたわよ。 さ、腹を括りなさい。」
「・・・仕方無い。 僕だってこうなるのは知っていたんだ。 今更引き返したりするもんか!」
どこかやけくそ気味の真面目が入ったのはどこにでもありそうな女性向けの服屋。 その名も「リバーシブル」。 しかしここを選んだ理由は別にある。
この店では他の店よりもいち早くこの「性転換現象」に着目したお店で、高校生応援キャンペーンと称して、高校生から大学生に限り、通常よりも値段を安くしている。 これには店側のれっきとした理由があって、それは「いきなり性転換して、異性のものが無いのは可哀想だから」とのこと。
しかしそれは最もなことで、女子が男子になった時に、父親のお下がりなど本来なら年頃の乙女としては願い下げな話である。
そんなわけで全国に普及した「高校生からの衣服変更」の発展とも言えるこの店で着る服を揃えるのだった。 因みに制服の仕立て直しもこの店が発祥と言える。
「いらっしゃいませ、こんにちは。」
そう言って店員が明るく挨拶をする。 そして真面目はあることに気が付いた。 レジにいる店員の名札が皆そこそこ幅があるということに。 良く見てみると左上に小さく役職がかかれており、その下に名前、さらにその下には年齢と性別まで書いてあるのだ。
(あれになんの意味が?)
真面目は疑問に思ったが、今は気にせずに服を見ることにした。
「へぇ、スカートだけでもこれだけあるんだ。」
真面目はスカートコーナーに足を運び驚きを隠せずにいた。 なにせ右と左で微妙な偏りのあるスカートの形がいくつもあるのだ。 軽く見るだけでも目眩がしてきそうだった。
「とりあえず最初はワンピースタイプでいいかしらね。 どうせ視線なんて一点に集中しそうだし。」
それは真面目がここに来るまでにめちゃくちゃ実感したことだ。 サラシできつく締めているとは言え、その存在感は計り知れなかったからだ。 最初のうちは慣れないかもしれない。
「あとはそうねぇ。 タイトだとお尻が邪魔して歩きにくいだろうから・・・こっちのふんわりしたロングスカートの方がいいかしら。」
自分の母がテンションが若干上がっているのを確認している真面目は、そっちは任せると言わんばかりに、別のところに目をやることにした。
向かったのはズボンのコーナー。 元々男であるため穿くならばやはりズボンだろうと思ったのだ。
「うーん。 男性用のズボンだと多分腰回りが違うんだろうなぁ。 女性でもベルトってするのかな?」
そんなことを思いつつも自分に合いそうなズボンを見てみる。 真面目は1つのジーンズを取ってみると、明らかに今まで穿いていたジーンズよりも太ももの辺りが細かった。
「これ・・・本当に入るの?」
分からないなりに考えつつも、真面目が見つけたのはサロペットを手に取っていた。 手に取った理由は何となくだが、これなら最初の違和感は拭えると思ったのだ。 真面目はそのまま手にとって母の元へと進む。
「母さん。 これもお願い。」
「分かったわ。 それじゃあ次は下着でも見てきなさい。」
「・・・え? 1人で行くの?」
「当たり前でしょ? それに店員さんがその辺りはちゃんとやってくれる筈だから。 ほら、行ってくる行ってくる。」
てっきりついてくるものだと思った真面目は、変な羞恥心と共に下着コーナーへと進むのだった。
真面目が目についたのは、見せつけるかのように並べられた下着の数々。 今は女であるため変な期待がない。 無いが自分の身体に何が合うのか分からない今では、なにから手をつけていいか、真面目は混乱していた。
「お客様。 なにかお悩みでしょうか?」
「ひぇ!?」
そんな時に店員に声をかけられたものだから、びっくりして変な声が出る。 しかし自分で分からないのなら分かる人にやって貰うしかない。 そう思い真面目は意を決した。
「あ、あのー、僕、今日から女の子になったんですけど・・・」
「ああ、下着がどのようなものが合うか分からないと。 では試着室へと案内しますね。」
全部を言いきる前に足早に移動する。 その辺りは流石だと言わざるを得ない真面目であった。
そして試着室へと入れられる。 店員の手にはメジャーが持たれていた。
「それでは万歳してください。 あ、でもその前にサラシは外してくださいね。」
「あ、あの。 僕男なんですけれど・・・」
「分かりますよ。 性別転換なんて誰しもが初めての経験ですし、私も数年前まではそうでしたから。 あ、服は脱がなくてもいいですよ。」
そう言いながらテキパキとサイズを測っていく店員に真面目は
(もしかして店員さんの名札に名前が書かれているのはその為?)と考えた。
そうこうしているうちに店員がいなくなったかと思えば、いくつかの下着を持って試着室の中に入ってくる。
「貴女の場合は恐らくこの辺りが妥当かと思います。 上の服はちょっと大きめの方が、ボディラインは目立ちにくいと思うので。」
「は、はぁ・・・」
そう言って店員の手に持っている下着のサイズを見てみるとそこには「G」という文字が書かれていた。
(こ、これがG?)
自分の胸を見て、想像していたものよりも小さいのではないかと錯覚してしまいそうになったが、アニメや漫画の表現とは随分と違うなと改めて思ったのだった。
「お帰り真面目。 とりあえず何着かは見繕っておいたから、休みの日にでも着なさいな。」
「・・・うん。」
「どうしたのそんな疲れたような顔をして。 これからこういう機会が増えるんだから、諦めて慣れることに努めなさい。」
「そう思うと改めて気が滅入る・・・」
とはいえ真面目も聞き分けが悪いわけではないので、母の言うことをしっかりと聞いておく。
下着も含めて15着近くは買った筈なのだが、いざ値段にして見たら本来の値段よりの7割程になっていた。 キャンペーンというのも強ち間違いではないのかなと真面目は思った。
「またのご利用お待ちしております!」
店員の明るい声に見送られて店を出る。 しかし真面目は来た時とはまた別の感じの視線を家に帰るまでに感じたのだった。
よくある目で追っちゃう系のあれです。
女性の方は案外一度は経験しているのでは無いでしょうか?
胸のカップ数はちゃんと調べた上で考えました。