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春休みという休息

 春休みが始まった。


 とはいえ真面目のやることは変わらなかった。 変わらないと言うよりもやることがないのが正直な感想であった。


 元々真面目はインドア派であり、ほとんど外に出ることはない。 外で遊ばないわけではないのだが、やはりあまり外には出ない。


 とはいえ家にいるだけでは体が鈍ってしまう。 女子の体と言うのなら尚更。 真面目はどうしようかと悩みながらリビングに向かうと、お重のようなお弁当箱を準備している壱与が目に入った。


「あれ? どこか出掛けるの?」

「お店の子達とお花見しに行くのよ。 ほら、あそこの公園の桜。」

「ああ、大体は争奪戦になるよねあそこ。 というかそれならこの時間はまずくない?」


 折角花見をしようと思ったのに場所を確保できないのは非常に残念な事である。 お重に入ったお総菜も無駄にはならないにしろ、味気無いものになりそうだ。


 そんな風に思っている真面目であったが、どうやらそうではないらしいという表情を壱与は見せていた。


「大丈夫よ。 場所取り班は別でいるから、私は食事係なの。」

「そう言うことなら良かった。」

「というよりもこれを開催しようって言ったのは従業員の子達なのよねぇ。 久し振りのお店の休みだからって提案してきたのよ。 私は参加しなくても良かったんだけど、私がいないと~って言うから、せめて料理はやってこようと思って。」

「慕われてるのは良いことじゃない。」


 真面目と壱与のちょっとしたやり取りをしつつも残りのお重に詰める料理も入れ終わった所で風呂敷を使ってお重を包む壱与。 もう既に出掛ける準備は整っているので、そのまま出るかと思われたが、


「あんたも来る?」

「え?」

「家にいたってやること無いでしょ? 皆も知らない仲じゃないし、家族の1人2人増えたところで嫌な顔なんかしないわよ。」


 それはそうなのだろうが、果たして会社の交流会のような場所に行っても良いのだろうかと疑問に感じたが、別に知らない人間がいるわけでもないし、ましてや壱与に行きたくない口実を潰されたので、仕方ないかというより思いに駆られながらついていくことにしたのだった。


 真面目達の家から徒歩20分程。 歩くには少し遠い場所に目的の公園がある。 そこには既に他のお花見客がいたのだが、そこに紛れ込むように真面目にも見たことのある人達がマットを敷いて桜を楽しんでいた。


「ああ。 いたいた。 おーい、みんなー!」


 壱与の声に触発されたのか、すぐにその声に反応して返事を返してくるお店の従業員達。


「あ! 主任! お疲れ様です! 席は用意してありますので、どうぞこちらに。」


 壱与はそのまま流されるように特等席のような所まで座らされる。 お弁当箱も持っているので貫禄があるような風貌になっている。


「おや、そちらは息子さんですね。 主任から話は常々伺っております。 またお手隙の際にはお手伝いして貰えると助かります。 どうぞこちらに。」

「あ、どうも・・・」


 真面目に気が付いた従業員の1人が真面目も座らせるように空間を空ける。 端から見れば女性のみのお花見会となるのだが、実際には真面目1人だけ男性と言うなんとも肩身の狭い思いになっている。 もちろん従業員の人達がそんな事を気にするような人物達でないことは真面目もたまのアルバイトで知ってはいるので、肩に力が入りすぎているだけだと真面目は思っていた。


 とはいえ中身は男でも見た目は女子高生。 胡座をかくわけにはいかないため、真面目は他の人達と同じ様な座り方にしていた。


「私達の事は気にしなくても良いんですよ?」

「皆さんと言うよりは周りの目がですね・・・ 見た目が見た目ですし。」


 そんな事を真面目が話せば、今度は別の従業員が真面目に質問をしてきた。


「うちは男の子なんだけど、やっぱり性別が入れ替わることは大変だった?」

「そうですね。 これは女子もそうだと思うんですが、あったものが無くなってたり、無かったものが存在したりするのはかなり困惑すると思うんですよ。 実際に困惑しましたし。」


 あれからもう1年経つのかと思えば思う程、今の体に馴染んできているのだろうなと思う真面目。 最近はどちらかと言えば女子寄りの思考になりつつあることも、少しながら危うく思えている。


「ほらほら、うちの子に話を聞くのも良いけど、桜を見なさいな。 こんなに綺麗なのはそろそろ終わりに近いんだから。」


 壱与の一言に皆が桜の方を向く。 この桜は公園内を見回しても大きいとは言えないが、他の桜に比べて咲く様が綺麗なので、他の桜に負けず劣らずの賑わいが感じられる。


「この桜が見られるのも今日で最後かもね。」

「明日からは風が吹くので、桜の花びらが散っていってしまいますね。」


 春も長くはないと真面目は桜を見ながら感じていた。 始まりと終わりは表裏一体の関係。 新たに時を重ねて行くのは少しだけ寂しい気もした。


「そんなしんみりしないの。 ほら、お弁当もあるから、それ食べてお花見を楽しむのよ。」


 落ち込んだ空気を変えるために壱与は自分が作ってきたお弁当をみんなの前に差し出す。 重箱の中身はおにぎりから始まり、唐揚げや肉団子などの肉類の入った箱に、レタスを敷いた上にポテトサラダが乗っている箱を見せて、みな一様に歓喜していた。


「うわぁ! 凄く美味しそうです!」

「すみません。 こちらで準備する手筈だったのですが。」

「いいのよ。 こういうのは役割分担した方が沢山出来るのよ。 それに


 皆も作ってきてない訳じゃないんでしょ? ほら、出した出した。」

 壱与にそう言われて数名の従業員の人達がお弁当箱を出す。 それだけでもちょっとした宴会ムードになっていた。


「というかいつの間にこんなに仕込んでたの? そんな素振り全然無かったけど。」

「馬鹿ね。 半分以上は冷凍物よ。 仕事終わりの主婦の忙しさを舐めないでよね。」


 壱与がそんな風に真面目に言う。 それはそうだよなと思いながら真面目はおにぎりを食べながら桜を見る。


「新たな季節の始まりかぁ。」


 降り注ぐ桜の花びらを見ながら真面目は黄昏る。 去年までの自分もどこまで今日の事を思うことがあるだろうか。


「真面目。 あんたも食べないと無くなるわよ?」


 壱与の声に触発されて、真面目は花見を楽しむことにしたのだった。

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