卒業式 見送り
そして遂に卒業式の日がやってくる。
真面目がいつもの時間に登校をすると、既に来場者が所狭しに集まっている。 卒業生の親などはともかく、地域で関わったお偉いさんなども来ているので、体育館の入り口近くはかなり圧迫されているように真面目には見えた。
「僕の方も他人事にはならないか。」
そう呟く理由は登校した時間にある。 時刻を見れば7時45分。 普段の真面目としては少々早いのだがこれには訳がある。
来場者用の席があるとは言え、昨日からなにも変化が無かったとは言いきれない。 生徒会として最終確認をしに登校したのだ。
鞄を教室に置き体育館へと顔を出すと、既に金田と歌川が準備を進めていた。
「おはよう一ノ瀬君。 早速で悪いけど、通路の掃除をしてきてくれないかな。」
「分かりました。 ほうきとちりとりは倉庫の中でしたよね。」
金田に言われてそうじ道具を取り出して通路の掃除をする。 そんなにゴミも取れないだろうと思っていた真面目だったが、ほうきを動かしていると砂やホコリがあり、案外汚れているのだと実感させられた。
そして時間となり卒業式が開始された。
最初は当然卒業証書の授与から始まる。 リハーサルでは先頭の数名のみだったが、今回は全員行う。 それなりの人数ではあるものの、これをやらないことには卒業したとは言えない。
とはいえこの辺りでの呼び出される名前に真面目達はあまり興味を示していない。 誤解のないように言うがそもそも新入生が卒業生と触れ合った機会はほとんど無かった。 なので名前を聞いただけではどんな先輩なのかがピンと来ないだけである。
そして全員分が配り終わり、卒業生達の学校生活の様子が後ろに用意されているスクリーンから流れる。 こうして見れば先輩達も最初は戸惑いながらも、性転換してからの学校生活に勤しんでいるのが分かる。 そしてその映像が流れ終えれば、在校生代表として現生徒会長である金田が教壇に上がる。
『卒業生の皆さま。 ご卒業おめでとうございます。 卒業生の方々は、僕達在校生よりも先に入学していた先輩として、我々を親身に寄り添ってくれていました。 そのお陰で性転換をしてからの生活を苦難無く過ごせました。 先輩方々が卒業することで、一時的に学校内の活気は失われてしまいます。 ですが今度来られます新入生に対し、今度は我々が最高学年として教えていく形になります。 そんな先輩達の旅立ちを、我々在校生は心より祝福します。 未来に幸あれ。 在校生代表 金田 松丸。』
そうして締め括られた在校生代表の答辞は、教壇から降りる金田に送られた盛大なる拍手と共に終わりを向かえた。
『続きましては卒業生代表の答辞になります。 卒業生代表 高柳 銘。』
壇上に銘が上がる。 そして答辞用の紙を広げて、全校生徒及び全教員、そして来賓にも目を向ける。
『私がこの壇上に立つのは、今日をもって最後になります。 私は生徒会長として何度もこの場に立ち、全校生徒の代表としてふさわしくなるよう、高校生活を送ってきました。』
その言葉に空気が一変した。
『私はこの学校で一人の生徒として学び、汗を流し、クラスメイトと打ち解けあったこの生活を、ちゃんと送れていたのか個人として不安に思う節もあり、生徒の模範として日々努力をしてきました。 そうして積み上げてきた結果、青春を逃しているのではないかと感じる所存にあります。』
生徒会長として強気な姿勢を見せていた銘は、今は一人の卒業生。 そして話の節々から伝わる不安。
だがそんなのを払拭するかのように銘は教壇を叩く。
『しかしそれでも私は、私らしくあるために生きてきた! 肉体の変化があろうと、心情の変化があろうと、私は私と言う証明のもとで生きてきた! 私達は卒業する、だが次に同じ様な面持ちで入学してくる生徒を支えるのは他でもない君達だ! 我々は常に、どんな苦難にも乗り越える力があることを示していくのだ! それが先駆者としての最初の教えと伝えるのだ!』
そして全てを出しきった銘が一拍おいた後
『これが私からの最後の言葉だ。 ご清聴感謝する。』
教壇を降りていく銘の姿に、静かに、だけど盛大なる拍手が送られていた。
「全校生徒、お立ち下さい。 校歌斉唱。」
そうして校歌斉唱が行われ、最後は見送るために少しずつ空けられていた通路を先頭から卒業生が歩いていく。
その節々で他の卒業生や生徒が色々と言っているのを聞こえていたが、真面目は流石にそう言ったことはしない。 しても届かないのは明白だったからだ。
そして15分による長蛇の列が終われば、来賓が退場する。 そしてその後で在校生全員で椅子をしまい終えて、ようやく終わったのはお昼前だった。
本来ならばここで解散となるのだが、真面目は学校の校門前である人物達を待っていた。
「やぁ、君が最初に来ていたのか。」
現れたのは現在の生徒会長である金田。 それと後ろに歌川も一緒についてきていた。
「考えることはみんな一緒なのねぇ。」
「そのようですね。」
そう、この場にいるのはなにも生徒会メンバーだけではない。 至るところで少人数ながらに集まりがある。 当然彼らにも目的はある。 そしてその目的はここに集まっているグループ全員が同じ目的だ。
そして目的の人物達。 先程までお見送りされていた卒業生の面々がズラリと並んできた。 そしてグループ毎で目的の人物を見つけてはいろんな言葉を投げ掛けている。
卒業生ともなればこの学舎に戻ってくる生徒は数少ない。 最後の最後まで惜しまずに伝えることができるのは、ある意味ではこの場が最後なのである。
それは生徒会メンバーも例外にはならない。
「おや、来ていたのか。」
「俺達には必要ないと思っていたのだがな。 こうして迎えられるのは、悪くはないな。」
そのメンバーを見て反応したのは銘と海星。 卒業証書の入った筒を持ちながら真面目達に挨拶をする。
「ご卒業おめでとうございます。 銘先輩。 花村先輩。」
「おめでとうございます先輩方。」
「先輩達がいなくなってしまうのは、やっぱり寂しいものですね。」
「ありがとうみんな。 先輩と言う呼ばれ方はやはり慣れないものだな。 なんというか、こそばゆく感じてしまう。」
「なにかと「会長」、「副会長」と呼ばれていたからな。 だが今後の社会に出る上では重要な事になるだろうな。 社会での上下関係は学生時代よりも手厳しい。」
後輩からの祝辞を受けて、銘は柄にもなく照れ、海星はそんな銘を見て息を吐く。
「でも先輩方はまだ大学がありますから。 そこで少しでも慣れていけばいいと思います。」
「そうかもしれんな。 それに大学にいれば性別が元に戻ったとて友人関係に溝は出来んだろう。」
海星の言うように今の日本に起きている性転換の時期は高校生から成人になるまで。 それ以下の年齢でもそれ以上の年齢でも発生しない、本当に思春期特有とまで言われている存在なのだ。
「元に戻った姿も楽しみにしてますよぉ。」
「その頃には君達も卒業しているだろう。 まぁ機会があれば、という所だろう。」
歌川の言葉に銘も返す。 そして時間だと言わんばかりに海星が移動しようとする。
「それではな。 生徒会として達者でやってくれ。」
「お前達なら心配無いだろう。 元気でな。」
「先輩方もお元気で!」
「たまにはお立ち寄り下さいねぇ。」
「ご卒業おめでとうございます!」
そうして卒業生は自分達の学舎の門を抜けていくのだった。




