バレンタインデー
翌朝真面目は何時も通り支度をして、その上で冷蔵庫で冷やしてあった包み袋に入っているトリュフチョコレートを一応融けないようにとドライアイス入りの保冷用の袋に入れて登校した。
真面目の通学路はそこまで人が通らないとはいえ使われていない訳ではない。 真面目の他にも別の高校生や大学生なんかも利用している。 何ら代わりの無い通学路だ。
「雰囲気とかだけじゃ、バレンタインデーなんて思えないよね。 盛り上がっているのは街中だけだろうし。」
そんな風に思いながら学校へと到着して、教室へと入る。 そしてあちらこちらで行われているチョコレート交換会を見て、全員に行き渡るようには無理だろうなと真面目は思った。
「やあ一ノ瀬君。」
そう言ってすぐにやってきたのは刃真理だ。 その手には既に両手で抱え込めない程のチョコレートを貰っていた。
「やっぱりモテる男は違うって奴? 中身は女子だけど。」
「あははは。 確かに渡されたのは女子からなのは分かるけど、見た目が男子だからどうしても抵抗感はあったね。 私個人としても複雑だよ。」
バレンタインデーの風習としては女子から男子に渡すもので、女子同士は友チョコとして交換を行うこともあるものの、真面目達のご時世ではどっちがどういう意味を込めて受け渡ししているのかハッキリと分からない。 なので男子から女子に渡すという風景になることもしばしばある。
「まあそれなら僕からもあげようかな。 はい。 バレンタインのチョコレート。」
そんな真面目も両手で抱え込んでいる刃真理のチョコレートの山の上にポンと置いた。
「ありがとう。 本来ならこう言う形だったんだろうけどね。 私も用意自体はしてあるから、これを机に置いたら渡すよ。」
そう言いながら刃真理は自分の席に戻り、鞄の中からトートバッグを取り出して抱え込んでいたチョコをその中に入れる。 そして別の袋からチョコを取り出して真面目のところまでやってくる。
「見え見えの義理チョコだけどどうぞ。」
「ありがとう。 随分と用意周到だけど?」
「慣れというものだね。 中学生の時からわりとそうだったから。」
「・・・慣れ?」
慣れとはなんだと思った真面目だったが、聞くのが怖くなり、それ以上は聞かない事にした。
チョコレートの交換会は朝のHR前に終わり、真面目もクラスメイトから様々なチョコレートを貰っていた。 勿論その分お返しもしているが、真面目の親しい友人に渡すためのチョコレートは確保しなければならなかったので、打ち止めのような状態で真面目の交換は終わった。
「いやあそれにしても本当に多いなぁ。 見た目と中身が別々だから、その分量が多くなったってところかな?」
バレンタインデーは女子のイベント、というノリは昔から変わっていないようなのだが、見た目は女子、中身は女子と見方が変わるため作る側も貰う側も量がおかしくなるのだ。
「真面目は結局いくつ貰えたんだ?」
そしてお昼休みに入り、隆起が真面目にそんな質問をしてくる。
「それやるのって昔から変わらないらしいね。」
「俺もあるある話の中で見つけたぜ。 今となってはどっちもやるらしいがな。」
「それなら私達もやってみる?」
同じ様に一緒にいた岬から提案される。 とはいえ目の前に実物があるわけではないので、数の言い合いという具合になるだろう。
「とはいってもある程度同じクラスなら総量は決まってくるかもね。」
「そうとも限らないだろ。 全員分持ってきてる奴なんかいなかったし。」
「確かにそうかもね。 僕も全員分は用意してなかったし。 貰ったのも全体の半分くらいからだったしね。」
「やっぱりそんなもんだよな。 でもうちのクラスでも他とは明らかに倍の量貰ってる奴もいたぜ。 食べきるの大変だろうな。」
「貰えるのは、嬉しいことだと、思います、よ。」
「そうだろうねぇ。 というわけで。」
会話を途切れさせるように得流が真面目に対して手を差し出してきた。 それを悟ったかのように真面目も鞄からトリュフチョコレートの入った袋を得流に渡す。
「ありがとう一ノ瀬。」
「そんなに露骨に手を出されるとねぇ・・・」
「あれ、さっきはもう無いって言ってた。」
「ここのみんなに渡す分は取っておきたかったの。 だからみんなにも渡すよ。」
そう言って真面目はトリュフチョコレートの入った袋をみんなのもとに渡していく。
そして真面目は岬にも渡すと、叶が疑問に思ったようで、真面目に質問をした。
「あれ? 岬ちゃんにも、渡すんですか?」
「え? そうだけど?」
「いえ、てっきり、教室で既に、渡しているものかと。」
「そう。 私が行った時には既に無くなってた。」
「大体交換してきたの朝早い段階だったからねぇ。 てっきりいの一番に来ると思ってたのに。」
「そこは私も考慮した。 だから貰い損なった。」
「まあまあ、ちゃんと貰えてるんだしいいじゃんか。 それにしてもこれ手作り? 本当に器用だよね一ノ瀬って。」
「簡単なものならね。 本格的なものは作れないよ。」
「逆に作れるならほとんど血筋みたいなもんだよな。」
そう言いながらも真面目だけでなく他の皆からもそれぞれで貰ったりしていく。 気が付けば原因手荷物でパンパンになっていた。
「こういうイベントがあるのも案外悪くねぇな。」
「というかこんなにチョコを貰ってもすぐには消費できないよ。」
「でも2人とも気を付けた方がいい。 甘いものはすぐに脂肪になるから。」
「そっちも食い過ぎは注意だぜ。 チョコを食うと鼻血が出るって奴。 あれって溜まった血糖値を減らすためにやってるんだとよ。」
「そう、だったんですか?」
「いや、知らねえけど。」
そう言い放った隆起に皆が白目を向ける。 しかし隆起はそんなことを気にすることもなく貰ったチョコの1つを食べた。
「そう言うのって普通持ち帰ってから食べるものじゃない?」
「本人の前で食べる訳じゃないから大丈夫でしょ。 それにこういうのって食べれる時に食べておかないといつの間にか冷蔵庫の奥の方に行っちゃってたりするし。」
「そこまでの心配はない・・・と思うけど・・・」
「不確定要素なのがツラい。」
そんなこんなでお昼を過ごしていき、皆が再び自分達の教室へと戻ろうと動きだし、真面目も行こうとしたところで、岬に裾を掴まれる。
「一ノ瀬君。 このチョコレート。 教室で私が貰いに行っても渡してくれた?」
言いたいことがなんとなく分かった真面目は、岬の方を向いて質問に答える。
「そうだね。 元々別で渡す予定のものだったから、あの時来ても渡すことは出来たかな。」
「そっか。」
そう言いながら岬は袋の中からあるものを取り出して、真面目に渡した。 袋の形は違うものの、それがチョコレートなのは理解できた。
「私もみんなに渡したのとは別のものを持ってる。 そしてこれは一ノ瀬君にしか渡さない。 この意味、分かってくれるよね?」
その言葉と表情に真面目は息を飲む。 それを受け入れられない訳ではないと、真面目はしっかりと握った。
「ありがとう浅倉さん。 気持ちと共に大事にするよ。」
「お礼は3倍返しで。」
「・・・それを言わなければなぁ・・・」
そう言いながら真面目と岬は教室へと戻ったのだった。




