有名人からのお呼びだし
バレンタインも後数日と言った所になった週末。 真面目は家ではなく開店前の大きなデパートの前にいた。
「凄い人・・・だけど男性って言うのがちょっとなぁ・・・」
デパートの垂れ幕にデカデカと書かれている「バレンタインフェア」の文字と有名どころのチョコレートメーカーが目当てなのは言わずもがななのだろうが、その並んでいる1/4程が男性、正確に言えば真面目と同じくらいの年齢の男子なのだ。
ここまで言えばお分かりだろう。 「彼ら」は「彼女ら」なのだ。 絵面としてはもっと華々しいものなのだろうが、今の現実は受け入れがたいものがあった。
とはいえそんな列に真面目は並んではいない。 あくまでも遠目から見た限りの感想だ。 では何故真面目はそんなところにいるのかというと
「お待たせ。 待たせちゃったかな?」
帽子にマフラー、セーターにズボンまでもが黒いモコモコした服装で登場した人物が真面目に声をかける。 その声を聞いて真面目は安堵とも呆れとも取れるような溜め息をその人物に向けた。
「・・・まあそれで許しが出てるからいいか・・・ せめてそのサングラスだけは取らないで欲しいと願うばかりだよ。」
「認識阻害の眼鏡はまだ開発されてないものね。 最もそんなものが出来た暁には確実に犯罪に使われるでしょうけど。」
「漫画の見すぎ・・・とも言えないのがなんとも言えない・・・それだけ有名になっているからって言うこともあるのかもしれないけど・・・」
真面目が目を向けるその人物、セルナは首を傾げる。
そう、今回真面目がここにいる理由はセルナから「一緒に買い物しましょう」というお誘いを受けたからである。 勿論断ることも出来たのだろうが、そこは優しき男子(女子)である真面目は面倒だと思いつつも出掛けることを受け入れたのだ。
「というかまさかバレンタインゲリラライブを日本でやるなんて聞いてないんだけど?」
「それはそうよ。 告知したのは2週間前だもの。」
「え? それチケットとかどうするの?」
「告知した次の日には予定枚数は完売したって。」
「エグすぎる・・・」
セルナはまだメディアに取り上げられてはいないのだが、年内には確実に取り上げられると思っている。 というか確実に来そうである。
「そんな忙しい筈の人がこんなところでお忍びで来ていいの?」
「お忍びだからいいんじゃないの。 ゲリラライブだから、終わったら日本からすぐに戻らなきゃいけないんだから。 でも本格的に日本での活動も考え中よ。」
「そうですか。 それじゃあ並びに行こうよ。 こうしてる間にも並んでる列が増えてるし。」
「あら、別にあの列に並ばなくてもチョコは買えるじゃない。」
「え? あれが目的じゃなかったの? というかああいったのに並ばないの?」
真面目が驚いていると、セルナは長蛇の列を見ながらこう話し始めた。
「私は元々しがない投稿者。 これだけ大きくしてくれたのもファンの人がちゃんと見てくれたから。 だけど私はそんなことで傲らない。 一時的な贅沢でも、それは裏を返せば元には戻れないかもしれないの。」
「セルナ・・・」
真面目はセルナの切実な想いを聞き、そして口を開く。
「本音は?」
「あんなに高いものを買わなくてもお菓子は楽しめるもの。」
単純に値段の問題だったらしい。 そんなわけで真面目とセルナはそんな列とは関係無い場所からデパートに入る。 バレンタインが近いとはいえ一部の店舗を除けば普通のデパート。 2人は並んでいたであろうお店から少しずつ遠ざかっていく。 その間にすれ違うお客さんも例の場所に行くために走って行ったりもしていた。
「みんな分かってないわよね。 バレンタインであげるチョコに必要なのは値段じゃないわ。 気持ちよ。 愛情がなければ伝わらないわ。」
「今の姿の君が言っても信憑性は薄れるかもね。」
「そうかしら? そういうあなたはどうなのよ? 今のその姿だと、受け取る側だとしても文句は言われないものね。」
その辺りは真面目もどうなるのか分からなかった。 バレンタインの風習を考えるならば、女子がチョコを渡すだろう。 真面目達含めて近年の中高生は見た目と中身が反転している。 定義上としてどっちに働くのか、近年の謎だったりもしている。
「まあどっちになったとしても関係無いよ。 僕だってチョコを作る予定だし。」
「あら、それなら私にはくれないの?」
「手作りじゃなければあげるけど?」
そんな会話を繰り返している内に、真面目達はごく普通の店舗の中に入る。 勿論その店にはとある特徴がある。 それは
「今日は駄菓子な訳?」
「もっと大きな理由はあるけれど、日本のお菓子はユニークで美味しいものばかりですもの。」
そんなセルナの話によれば、どうやら定期的に駄菓子は購入してはいるものの、こう言ったお店で実物を見るのは経験が少ないようで、今回のゲリラライブに来る際に立ち寄っておきたかったのだとか。
「それなら僕要らなかったんじゃない? ボディーガードの人とか連れてくれば駄菓子なんて・・・」
「言ったでしょ? 大きな理由は別にあるのよ。 これも大事な用事だけど、本命じゃないわ。」
本命という言葉に少し敏感になった真面目であったが、それはそれとして真面目も自分の嗜好品としていくつか駄菓子を手にとって会計を済ませるのだった。
「日本のジャーキーは美味しいのよねぇ。 それに箱買いしても嫌な顔をされないもの。」
「それをジャーキーの分類にしていいのか定かじゃないけど、喜んでるならそれでいいんだもんなぁ。」
セルナが買ったのは個包装されている駄菓子だが、数があるのに値段が安いので、それを箱買いしていた。
「ちょっと早いけどお昼にしましょ。 この時間帯から行かないとすぐに行列になっちゃうから。」
真面目は時計を見ると10時半を回っていた。 お昼にしては確かに早いのだろうが、セルナの予定のことを考えれば早めになるのは仕方の無いことだと真面目は思った。
「いいよ。 行くのはフードコート?」
「いいえ。 折角のこう言った時期ですもの。 やってみたいことがあるわ。」
そう言ってセルナが歩き始めたので、真面目もその後を追いかけた。
デパート内を歩いて5分程。 着いたのはレストラン街の中にある料理店で、ビュッフェスタイルの場所だった。
「もしかしてあれがやりたかったの?」
そう言って真面目が指差したのはタワー状の置物から流れる大量の液体チョコレート。 チョコレートフォンデュをやるための装置だった。
「風情があるでしょ? この時期だから出きる限定企画らしいのよね。」 「あぁ。 確かにこう言ったお店だとやってること多いよね。 片付けとか大変そう・・・」
お店の前で待つこと数分。 真面目達の番になり席について、ビュッフェスタイルの説明を受けた後に早速セルナが動いたので、真面目は席で待つことにした。
「待たせたわね。」
「それじゃあ僕も取ってくる。」
そうして2人でゆっくりと食事を取り、そしてメインであるチョコレートフォンデュのある装置の前に立った。
「これ下には溜まらない構造にしてあるんだね。」
「噴水の仕組みと同じらしいわよ。 下から吸い上げて上に持っていく感じなんだって。」
「水圧で上にあげる構造なんだ。 それでフォンデュする食材は・・・イチゴにキウイ、パイナップル・・・酸味が多い果物が主流なのかな?」
「チョコ事態が甘いしね。 でもマシュマロとかワッフルとかもあるよ。」
「そこまで奇天烈な物は置いてないか。 ええっと串に刺して、チョコを潜らせる・・・あ、ちょっと楽しい。」
2人で楽しくやっていて、充実したお昼を過ごしたのだった。




