後から必要になるもの
「一ノ瀬君。 放課後は予定ある?」
前で授業を受けていた岬が急に後ろを振り返りながら真面目に質問した。 午後の授業が終わった直後の事で真面目は、面を食らいながらも少し思考を巡らせてから答える。
「特にこれと言っては・・・」
「なら着いてきて欲しい所がある。」
「着いてきて欲しいところ?」
そう質問はしたがすぐに担任が来たのでHRが始まってしまった。 そして先程の質問に答えを返すこと無く岬はすぐに教室を出ていってしまう。 その後をすぐに追うように着いていく真面目。 同じ様に帰る生徒の波の中に岬がいるので、見失わないように動いていると
「お? おーい真面目! 一緒に帰らねぇか!?」
この波に入ろうとしている隆起の声がした。 真面目は断りを入れようとするも岬が見えなくなる方が大変なので、一旦は昇降口を出ることを考えた。
そして出た後すぐに岬のところに駆け寄る真面目。
「はぁ、はぁ。 急に移動しないでよ。 危ないじゃないか。」
「おーい。 返事くらいしてくれよぉ。」
真面目が出たと同時に隆起も出たようで、合流することが出来たようだ。
「あ、ごめん隆起君。 すぐに返事が出来なくて。」
「まあそんなのは別にいいんだぜ。 にしてもどうしたんだ? ん? 浅倉?」
「折角なら木山君も一緒に来る? 私の買い物。」
「買い物? なんだか良く分からないが着いていくぜ。 面白そうだからな。」
そんな理由で? と真面目は思ったが、1人よりも2人、2人よりも3人と考えを改め直したので、なにも言うことはなかった。
「着いた。」
「ここって普通の薬局じゃねぇか。 なんか病気とかでもかかったのか?」
岬に連れてこられた場所に隆起が疑問を持つ。 着いてきてと言われたのでもっと大層な場所だと真面目も思っていた。
「病気自体はかかっていないけど、これから重要な時期になると思う。 お互いに。」
「お互いに?」
真面目には岬の言っている意味が分からなかったが、岬はそのまま薬局へと入っていったので、真面目も隆起も顔を見合わせた後一緒に入っていく。 そして最初に着いたのは男性用化粧品の棚だった。 そして見た目が女子な2人は顔を再び見合わせて納得したように頷いた。
「浅倉さん。 そこにある消臭スプレーは匂いがキツすぎるのもあるから、そこで香りを確認してみるといいよ。」
「あとは制汗剤だな。 シートタイプもいいが、夏場だとすぐに渇くから、最近だとこういったタイプもお勧めだぜ。」
真面目も隆起も各々の主張を岬に説明する。 男子にとって生活臭や運動した後の汗は特に匂いがキツい人もいる。 体質と言えばそれまでなのだろうが、それでもやるに越したことはない。 男子は女子に嫌われるのは心のダメージが大きいからだ。
「ありがとう2人とも。 やっぱり連れてきて良かった。」
「いいってことよ。 でもシートタイプは刺激が強いのもあるから、そこは気を付けて買えよ? あ、そうだ。 それならこいつも買っておいた方がいいだろうぜ。」
そう言って隆起が手に取ったのはシェービングクリームだ。 振ってから泡を出すタイプのものだ。
「こういうのなら私も持ってるけど?」
「甘いぜ浅倉。 男の髭とか体毛ってのは手強いんだ。 例え剃り残しが無いようにやってもなあ。 それに女性用だとカミソリ負けするのは必然。 やっぱり泡立ちは強いのじゃないとな。」
「それ自分でも同じことをしたの?」
そう真面目が聞くと、隆起は肩を竦めるのみだった。
「でも参考になる。 ありがとう。」
そう言って一緒のかごに入れる。 そして自分が買うものを確認した後にレジに向かうのかと思えば、今度は別の棚に移った。
「あれ? レジにはまだ行かないの?」
「一ノ瀬君。 木山君も。 恐らくこれから酷い経験をするかもしれないけれど、それは決して逃れられない事だと思って。」
「な、なんだ急に? 怖いことを言うなよな浅倉。」
岬が急に低い声で喋り始めたので、真面目も隆起もたじろく。
「貴女達はまだ知らない。 多くの女性が悩む、その苦痛と苦悩の連続。 しかもそれは唐突に訪れる場合も否定できない。」
「ええっと、浅倉さん? 一体何の話をしているの?」
得体の知れぬ恐怖が真面目を襲う。 そして岬は手に取ったものをそのまま2人に渡す。 その渡されたものは
「・・・ナプキン?」
「そう。 女子の身体になったからにはそれは必需品になる。 そしてそれを使う日が必ずやってくる。」
「なぁ、これを使わないでも回避する方法って・・・」
「今の貴女達では絶対に治せない。 そもそも生理現象なんて、治らないのだから。」
それだけ力説されては真面目も隆起も聞くしか出来なかった。
「もちろんそれだけでどうにかなるわけではないけれど、それを使う日は必ず来ることを忘れないで。 それと一応これも。」
そう言って渡してきたのはまた別の物だ。 今度は錠剤のようだ。
「これは?」
「簡単に言えば精神安定剤。 最初のうちは絶対に必要になってくる。」
「なんか至れり尽くせりじゃね?」
「ありがとう浅倉さん。」
「これもお互い様ってやつだよ。 私も貴女達も知らなければいけないんじゃない。 今のこの身体について。」
そう言って岬はかごを持ち直した。 岬の表情は真剣そのものだ。
「それもそうだな。 いくら5年後に元に戻るからって、悠長に待ってられないってな。」
「これも1つの勉強、だよね。」
隆起も真面目も身体が変わったとは言え本人に変わりはない。 ならばせめて自分達の身に起こっている事くらいは考えなければならないだろう。
「ところでこれで欲しいものは終わりか?」
「うーん。 他に必要なものあったかな?」
「制汗剤関係に消臭材、シェービングクリームに念のためのカミソリ。 そして僕達用にナプキンと精神安定剤って所だね。 あ、かごは分別しておこうか。 分かりやすくなるだろうし。」
「それならよ、折角だから飲み物位は買っていかねぇ? こういうのも醍醐味だろ?」
そう言うか否や隆起は食品コーナーへと足を運んでいた。 なにやらテンションが上がっている隆起に、2人は首をかしげながらも足早に後を追いかけた。
「いやぁ、一度でいいから友人と買い食いしてみたかったんだよなぁ。」
「それくらいなら僕達じゃなくてもいいんじゃないの?」
「分かってないなぁ真面目。 これから色々な苦難を乗り越える仲だぜ? 友情の証って大事だと思わねぇ?」
「うん。 確かに。」
「いや、2人ともやってみたいだけでしょ。」
2人にツッコミを入れつつも、真面目も自分の飲みたい物と食べたいものをかごに入れてレジを通す。 全員金銭的には困っていないが、一応学生証を見せることで一割引はされる。 そんなわけで薬局を出ると日が沈みかかっていた。
「そんじゃ、暗くなる前にやっちゃおうぜ。 新しい友情に乾杯!」
「「乾杯。」」
そうして自分達の買ってきた飲み物を飲む。
「かぁー! うまいなぁ! これからこれが出来るって思ったら最高だなぁ!」
「なんか中身が変わってないからその声で男子みたいな台詞を吐かれると違和感を感じるよ。」
「おいおいまだ俺達はれっきとした男子だぜ? まだ普通だって。」
「そこで変わるかどうかは今後次第だね。」
そして飲み物を飲み干した(岬はさすがに残したので残ったものを鞄に入れた)後にみんなで解散をした。
「こんな生活がこれから続いていくと考えると・・・まぁ悪くはないよね。」
こんなことで怒られるとは思ってはいないが、楽しめる青春は今のうちに楽しんでおくべきだと、真面目も帰りながら思ったのだった。