練習で
週末を越えれば学年末テストを向かえるその日。 真面目は自宅のキッチンにて目の前の材料達を見て、気合いを入れる。
「まずは作りやすそうなものからかな。」
そう言って真面目が持っているお菓子作りの本のページをパラパラと捲っていく。 そして最初に目を付けたのはトリュフチョコレートだった。
「まずは耐熱ボウルにお湯を張って、そこから別のボウルでチョコレートを割りつつヘラで溶かしていく・・・」
調理道具は壱与がたまに洋菓子の試作品を作ることがあるため、それなりに用意できていた。
今回作るのは作り方を覚えるために作るだけでこれらをあげたりはしない。 そもそもまだ2週間も先なのでこのタイミングで作ったところで冷蔵庫が埋まってしまう。 なのでここで作るのは失敗作や試作品として自分のお腹の中に入るだけだ。
「トリュフチョコレート自体はこれをスプーンで取って成形するだけだから・・・ このあまりを使って牛乳でブラウニーでも作ってみてもいいかも。 確か小型ケーキ用の器があったはず。 あれも耐熱性だったっけ? っていうかブラウニーはそれで出来るんだっけ?」
改めてレシピを見れば、型に入れたあとは空気を抜いてレンジに入れればよいと書いてあった。
「あ、トリュフチョコレートよりも時間がかからないんだ。」
ならばと真面目はトリュフチョコレート用にボウルを移し変えて、冷蔵庫に入れて、残りの方に牛乳や砂糖などを流し込んで混ぜ合わせて、耐熱性の入れ物に入れて、左右に振ったり、軽く叩き付けたりして空気を抜いていき、レンジに投入。 5分ほど加熱して取り出して放置をする。
「なんかそんなに拘らなければ簡単に作れるものなんだね。 チョコ菓子って。」
レンジの中に入れたブラウニーを見ながらそんな感想を述べる真面目。 とはいえ別に母の作っているものが簡単だとは微塵も思っていない。 むしろこれだけ手間のかからない事に拍子抜けな気持ちになっていた。
そしてレンジからブラウニーの入った型を取り出して、少し冷やして型から取り出す。 そしてトントンと器を叩き、中身を取り出してみる。
「・・・うん。 最初にしては上出来?」
中から出されたブラウニーを見て、まあまあ満足している真面目。 ここから更にトッピングをする方法もあるが、今回は無しだ。 というよりも練習なのでそこまで手の込んだ事はしない。
ブラウニーを食べやすい大きさに切り揃えたら、冷蔵庫で冷やしておいたチョコレートの入ったボールを取り出して、スプーンで一口大にして丸めていく。 スプーンはボウルと一緒に入れていたので冷えている。 これで熱伝導による融解率はぐっと下がる。
「自分の手まで冷やさないといけないのは、この時期はやっぱり堪えるなぁ・・・霜焼けにならないようにしないと・・・」
流石に氷水で手を冷やす事はしなかったものの、時期が時期なだけに手を痛めるのは必然的。 しかも今は女子の身体となっているため、なおのこと気にしなければならないのだ。
そうこうしているうちにそこそこの量のトリュフチョコレートが完成し、上からシュガーパウダーやココアパウダーを振りかけて出来映えを見る。
「これなら後は入れ物に気を付ければ出せそうかな。」
今回はそんなことはしないものの、出しても特に文句は言われないであろう出来映えにはなったと真面目は思っていた。
「後はもう一度冷蔵庫に入れておこう。 クッキーとかにするとやっぱりその分色々とかさむのかな?」
ペラペラとレシピ本を読んでいく真面目。 作ることはないにしてもやはり気にはなるのだろう。 そんなことをしていると真面目のお腹が小さく鳴った。
「そういえば朝は特になにも食べてなかった気がする。」
時刻は午前10時半。 本日は仕事である壱与に加えて、普段は家で休日を過ごす進が珍しく朝から出掛けていったので、真面目は現在1人で家にいる。 だからこそこうしてゆっくりと出来るし、チョコ菓子の試作も出来るわけであるのだが。
そんなこともあってか朝御飯は用意されていなかった。 そんなことは些細な事ではあるものの、先程のチョコ菓子を作ったこともあってか余計にお腹が空いたのだろう。
「本当は勉強の合間とかに食べようかと思ってたけど・・・まあどっちみち誰かに食べて貰う訳じゃないしいいか。」
そう言って冷蔵庫からブラウニーとトリュフチョコレートを2欠片ほど取り出す。 自分で消費するとはいえ一気に食べる気にはならなかったので、少しずつ食べようと思ったのだ。
「まあ砂糖も塩も入れてない素材のあじのはずだから不味くなる事なんてあり得ないでしょ。」
そう言うとまずはブラウニーの方に手を伸ばす。 掴み心地はパウンドケーキ程柔らかくは無いものの、しっかりと膨らんでくれていることに安堵してから真面目は口の中に入れた。 チョコの甘味が口の中に広がっていく。 そしてブラウニー特有の少しだけ粘り気のある食感も不快にならない位に丁度良くなっていた。
「次はトリュフチョコレートだけど。」
こちらは口に放り込んだ瞬間、溶けていくようにチョコが広がっていき、これまた口の中が甘くなった。
「うーん。 まあ素材が良かったから簡単に出来たかもね。 変なものも特に入れてないし。」
素朴な感想を元に残りを口の中に放り込んで、甘くなった口の中をゆすぐように冷蔵庫のサイダーを飲む。
「みんなに渡す時には温度管理は注意しないといけないな。 ブラウニーはともかくトリュフチョコレートは常温だと溶けて悲惨なことになるかも。」
なにかのタイミングでドライアイスとかでも貰ってこようかと考えた真面目は、時間もあるのでそのままテスト勉強に励むことにした。
そんなこんなで夕方になるまで勉学に勤しんでいた真面目であったが、夕飯の準備をしていないため炊飯器にご飯だけでも炊いておこうと考えた時に、玄関が開けられる音が聞こえた。 そしてリビングに入ってきた壱与と目が合う。
「お帰りなさい。 まだこれから準備なんだけど。」
「ああ、大丈夫よ真面目。 今はちょっとだけ休ませてほしいだけだから。」
この時期に見る壱与の疲労具合は真面目も把握しているので特に驚きはしない。 そして壱与はキッチンに向かって歩き、冷蔵庫を開く。
「ちょっと喉乾いたからお茶を・・・あら?」
壱与が冷蔵庫にあるお茶の入ったペットボトルを取ろうとした時に、真面目の作ったチョコ菓子が目に止まった。
「真面目、これ・・・」
「あ、それは・・・」
真面目がなにかを言おうとした瞬間に、疲れきっていた筈の壱与の目に光が入ったように真面目には見えた。 元気を取り戻したと同時に面倒なことになりそうだと言う予感も走った。
「へーへーへーへーへー。 あれだけ興味が無いって言っておきながら本心ではやっぱり気持ちはあったのねぇ。 それで? 誰にあげる気なのかなー?」
「母さん今日お酒使ってないよね?」
「ブランデーチョコの製作なんて一番最初の試作の時点で味は確定済みだから、味見しなくても作れるわ。 それよりもなによ。 ちょっと興味があるだけでもお母さん少し感動してるわよ。」
「それは表情と台詞を合わせてから言ってくれない?」
相も変わらず面倒な母だと思いつつも、多少の事で仕事から吹っ切ってくれてくれた事はちょっとだけ安心した真面目であった。




