悩む若人達
「いよいよ本格的にバレンタインムードになってきた・・・」
始業式が始まってから帰り道の色んな場所にバレンタインデーの幟が上がっているのをみて、嫌気までとはいかなくても、流石に見飽き始めている真面目は、憂鬱に近い状態になっていた。
「興味ないって言っているイベント程目に止まりやすくなるんだよね。」
本日の帰りもそんな気持ちでいっぱいになっている。 特に今は女子となっているため、なおのこと目に止まるのかもしれない。 真面目にそんな気は無くても、どこか本能的になっているのだろう。
そして家に帰ると進がテレビを見ながら疲れた様子を見せていた。
「随分と疲れてるみたいだね。 父さん。」
「ん? ああ真面目。 おかえり。」
「夕飯は適当に作る? しばらくは母さんも帰りが遅くなるんだし。」
疲れている父を労うと同時に、バレンタインデーに近付くとチョコレート関連の洋菓子が売れるので、商材を増やすために従業員と必死になって作っている壱与の事を考えて、真面目が夕飯を作ることを提案する。
「そうして貰えると助かるな。 あ、卵が賞味期限が切れそうだから、優先的に使って欲しいそうだ。」
「分かった。」
そう言って夕飯を作り、食べ終えた後に自室に戻り、課題を済ませて眠りにつく。 何気ない1日を少しずつ過ごしていく真面目。
そんな真面目、いや、真面目達が焦燥に駆られたのは1月も中旬まで差し掛かった頃だった。
「なあ真面目。 他の奴ら、やたら浮かれてるように見えねぇ?」
お昼休みになり、何時ものように集まるかと思えば、隆起が真面目だけを呼び出してそんな話をし始めた。
「浮かれてるって、具体的には?」
「何て言うか・・・男子はソワソワして、女子はギクシャクしてって感じでよぉ。 ・・・なあ、これってやっぱり・・・」
「ちゃんと答えが出てるならそれがそうなんじゃない?」
そうばっさりと答えて、隆起は溜め息をつく。
「俺が言うのもあれかもしれないが、こんな風に気持ちがなるとは思わないだろ?」
「そうだね。 そんなこと微塵も興味なかったのにね。」
真面目と隆起は互いに天井を見る。 去年までは全くもって自分達に振り掛けることが無いであろうイベントだったのにも関わらず、周りがそんな雰囲気になり始めてしまっては、影響も少なからず受けてしまう。
「それでよぉ真面目。 お前はどうするんだ?」
「・・・どうするってなにが?」
「誰に渡すとか決まってるか?」
そんな言葉で真面目は頭をひねり、そして悩む。
「そうだよなぁ・・・悩むよなぁ・・・」
「ん? ちょっと待って?」
真面目は少し頭を整理した後に真面目は隆起に問いただす。
「え? 隆起君。 もしかして1人だけに渡そうとしてる?」
「ん? そう言うものじゃないのか?」
どうやら隆起は盛大に勘違いを起こしているようなので、真面目は隆起に指摘をする。
「あのね。 別に誰か特定の人にあげるってイベントじゃないんだよ? 無理して1人に絞る必要はない、というか日頃の感謝に近いんだから1人には絞れないでしょ?」
「じゃあ手作りっていうのも」
「本当に想ってる人とかに上げるってことだよ。 本命チョコとか友チョコとかって聞いたことあるでしょ?」
真面目の説明を聞いて隆起はホッと肩を落とした。
「なんだよ。 じゃあそんなに気を張る必要なんて無かったって事かよ。」
「むしろなんでそんなに気を張ってたのかの方が僕の方は気になるんだけど。」
「いやほら、今まで縁が無かったから、ちょっとネットで調べてたんだよ。 そしたら「好きな人に手作りチョコを」とか、「気になるあの人にさりげなく」とか書いてあったからさ。」
「隆起君、調べ方が大分偏ってるように感じたよ。」
とにもかくにも隆起の誤解が解けたことで真面目も安堵する。
「でも結局チョコってどうするんだ?」
「まあ市販のものでいいんじゃないかな? 友チョコなら交換会みたいになるし。」
「それもそうなんだが、バレンタインデーって本来女子のイベントだろ? 俺達は見た目はこんなんでも、中身は男子な訳だし。」
真面目も実はそこに関しては定義が曖昧になっていた。 確かにバレンタインデーと言えば女子が盛り上がりを見せるイベントではあるが、性転換をしたこの状況、世間的には変わらないが当事者である現代高校生はどう思うのだろうか。
「確かにそれは気になるかも。 男子の姿の女子が女子の姿の男子に渡すのか。 それとも今の状況のままでやるのか。」
真面目と隆起は天井をみて考える。 考えた末に出た結果は
「「ま、どっちでも同じだよね (な)。」」
楽観的な考え方になり、何時も通りの昼休みを過ごしたのだった。
――――――――――
「みんなは今までどうしてた?」
そんな風に聞いてきたのは岬。 真面目と隆起が「男同士で話がしたい」と言っており、行き場を無くした岬達は、別の場所にて昼休みを過ごすことにして、岬が質問を投げ掛けた。
「どうしてたって?」
言葉足らずだったのを思い出し、改めて確認する。
「バレンタインデー。 みんなはどうしていたのかなって。」
「どうしていた、と言われましても・・・」
質問をされた得流と叶はお互いを見合う。 そして発せられた言葉は
「特にどうもしてなかったよ。」
「うん。 私達には、関係無いな、って。」
「そっか。」
岬もある程度は予想していたのか、素っ気なく言葉を返す。 そこから話題が広がる事は言わずもがなだった。
「そもそも中学ってお菓子とかの持ち込み禁止だったじゃん。 渡そうと思っても無理無理。」
「定期的に持ち物検査やってた。 誰かが持ってきてたからかもね。」
「あはは。 そもそもそんな日に、なったとしても、渡す人が、いませんし。」
「そうそう。 気になる男子とかいなかったよねぇ。 顔が良かった男子もいたけどなんか違うって思ってたし。」
やはりそう言うものなのかと岬が思っていると、不意に得流が岬に詰めよった。
「って言うかなんでそんな話をするのさ?」
「・・・なんとなく?」
「岬ちゃんって、たまに誤魔化すのが、下手な時、あるよね。」
図星を突かれたのか渋い顔になる岬。 そして2人の視線に岬は諦めを付けて、それでも言葉を選ぶように話し始める。
「バレンタインって想いを乗せてチョコを渡す日って習慣になってる。」「うん。」
「友達に渡すのは分かる。 異性に渡すにしても、親なら問題はない。」
「兄弟とかでも同じだね。」
「でも異性の同い年ってなった時、しかも幼馴染みでもなんでもない男子に渡すって考えたら、難しいなって思って。」
「それって一ノ瀬のこと?」
「私誰に渡すなんて言ってないけど。」
「やっぱり岬ちゃんは嘘をつくのが苦手なんだね。」
「どういう意味。」
「というか、別に関係無いんじゃない? 渡したいなら渡せば良いし、無いなら無いで良いんだし。」
迷いのあった岬に対して得流はバッサリと言い放つ。
「そうだよね・・・そうだよね。」
岬も納得したようで、肩の荷が下りた感覚があった。
「でも友チョコ位は頂戴?」
「得流は貪欲。」
そうしてゆっくりとお昼は流れていったのだった。




