忙しい年末 10
「一ノ瀬君・・・その子は・・・まさか・・・?」
「はいそこ。 お約束の反応をしない。 驚いてるのは僕の方が上なんだからね。」
わざとらしく驚いた表情をしていた岬に向けて、真面目は呆れるように返すと、同じ様に岬もすぐに熱を冷ます。
「一ノ瀬君はもう少し遊び心を持った方がいい。 愛嬌は大事。」
「TPOは弁えようよ。 あと普通に誤解される可能性の方が高いから。」
そう言いつつまだ泣き始めていない男の子に対し、真面目は目線を合わせるように屈んで話し始める。
「ごめんね。 良く見て貰えば分かるけど、君のお母さんじゃないんだ。」
「・・・お母さんじゃない?」
「そうだね。 だから迷子センターに一緒に行こうか。 君の本当のお母さんも心配してるだろうしね。」
「・・・うん。」
「聞き分けのいい子だ。 さ、行こう。」
そうしてその男の子の手を繋いで迷子センターに到着する。 後は向こうの人に任せれば良いと真面目と岬は迷子センターを立ち去った。
「なにか良いことがあるかも。」
「・・・そう?」
「善行は重ねておいて損はない。 そう思うの私は。」
「まあ報われるならそれでいいような気もしなくはないけど。 折角良いことをしてるのに何もないのは不平等でしょ。」
「そう言うこと。 さ、お昼を食べに行こう。」
そう言って岬が先に行くのを後から追いかける真面目。 元気だなぁと誰目線なのか分からない眼差しを岬に向けるのだった。
「すぐに席に案内されて良かったね。」
「さっきの善行が効いてるのかな?」
「そんなに早く来る?」
お昼時は既に過ぎており、それでも真面目達のように時間をずらして食べている人はチラホラはいる。 なので席が少なくても混んでいるように見えるのだ。
「それにしても人が多い。 前に来た時は休日だったけどここまでの人はいなかった。」
「へぇ。 クリスマスイブだからじゃない?」
「一理ある。」
そんなこんなで料理が運ばれてくる。 真面目はピザトーストを頼み、岬はドリアを頼んでいた。
「一ノ瀬君それだけで足りる?」
「この後も乗り物に乗るならそこまでお腹にいれない方がいいかなって。 戻したら元も子もないし。」
「相変わらず先の事まで考えてる。」
お昼を済ませて再び園内に戻ると、アトラクションのある場所のあちらこちらで行列が出来ていた。
「・・・これ帰るまでにあとどれくらい乗れるのかな?」
「チャレンジ精神は大事。 出来るところまでやっていこう。」
遊園地で楽しまないわけにはいかないとすぐに岬は行動する。
「その行動力を見習わないといけないかなぁ・・・」
人によりけりだと頭では理解していても、たまに岬の原動力には真面目には無いものだろうと思ってしまう。 そんな彼女だからこそ・・・
「・・・? この気持ちは・・・?」
「一ノ瀬君。 早く。」
急かされた真面目は、勘違いだろうと心の中に閉まっておくのだった。
それからと言うものそれなりに多くのアトラクションには乗っていたつもりだったのだが、やはり人気のアトラクションには乗れずじまいになり、あっという間に日暮れギリギリになっていた。 そして真面目と岬は最終的に観覧車の列へと並び始める事になった。 現在観覧車は1時間待ちだった。
「もうみんな終わりに差し掛かってるって感じだね。」
「人気のアトラクションだし、乗らなきゃ終われない。」
「そういうもの?」
真面目も疑問には思いつつも、並んでる間にも次々と列が出来上がってきているので、本当に人気のアトラクションなのだろうと真面目は思っていた。 それと同時に疑問に思っていることも出てきた。
「・・・それにしてもやけに男女のペアが多いと言うか・・・カップルが大多数を占めていると言うか・・・」
「気のせいじゃない。 私達と同じぐらいの人達が多い。」
「・・・だよねぇ。」
あからさまな雰囲気に真面目は意識をし始めてしまう。 特段そんな理由も無しにだ。
「一ノ瀬君。 緊張してる?」
「・・・なんでこんなところで緊張するのさ。 これが1人だったら気まずいけど、今は浅倉さんがいるし。」
「・・・ふーん。」
岬はそんな真面目の感想に、何故かニヤケ顔になっていた。
「なにさ。」
「別に。」
そんなやり取りをしているうちに自分達の順番になる。
『それでは有意義な空の時間をお楽しみください。』
乗ってすぐに向い合わせで席に座る真面目と岬。 お互いに2~3分程沈黙が続いて、口を開いたのは真面目からだった。
「こうやって遊園地の方を見ると、改めてお客さんが多いって思うよ。」
「一ノ瀬君。 現実から目を背けようとしてる?」
岬の言葉に真面目は肩を震わせる。 列に並んでからと言うもの、真面目は岬の事をほとんど見ていない。 いくら性別が入れ代わって言おうとも、異性同士がこうして2人乗りしているのには、少々気持ちが落ち着かなくなるものだ。 更に言えば今は周りの目というものが何もない個室の状況。 真面目の心臓は脈拍を上げるばかりだ。
「・・・はぁ。 なんだろう。 そんな風に意識をしたことが無かっただけに、ちょっとでも気を抜くと浅倉さんに意識が持っていかれそうになる。 それも友人としてじゃなくて、1人の異性として。」
「なにも不思議なことはない。 その感情も正しいものだよ。」
まだ真上には辿り着かないゴンドラの中で、真面目と岬は目を合わせる。 互いに頬が赤く見えるのは、夕日のせいか、それとも・・・
「・・・自覚しちゃうとツラいものなのかもね。」
「その辺はお互い様。 でも私はその場の気に当てられた気持ちは受け取れない。」
「そうだね。 本当に気持ちが落ち着いたら、改めてって所かな。」
そしてゴンドラが頂点に辿り着くと、もうすぐ沈んでいく夕日と夕暮れから夜になる橙と紫色の空の色が2人の目に焼き付いていく。
「これを見るために乗ってると言っても過言じゃない。 ここはそういう場所。」
「人気な理由が分かったよ。」
そしてゴンドラが降りかけていくその瞬間。 前のゴンドラに乗っていたカップルが隣同士で座り直しており、真面目達が見えるか見えないかのタイミングでキスをしたのを見て、真面目は顔が熱くなっていった。
「? どうかした?」
「い、いや。 なんでも、ない。」
岬に後ろを見るのはマズイと感じたのか、真面目は言葉を濁した。 そして頂点からゆっくりとゴンドラが降りていくのに、ただただ身を任せるのだった。
「そろそろ閉園時間かな?」
「クリスマスイブだし、まだこれからじゃない? ほら、明かりが付き始めたし。」
日が沈み、辺りが暗くなり始めたところで、遊園地内の街灯が点灯されていく。 クリスマスイブともあってか、装飾もそれ一式になっていた。
そしてそんな中でも真面目達とは違う方向に歩いていくお客が増えていることに気が付いた。
「なんだろうね? もうすぐ夜になるけど。」
「向こうは・・・ライブステージがあったはず。 誰か来るのかも。 行ってみよう。」
そう言って真面目達もその波に乗る。 そしてまだ暗いままのステージに辿り着く。 すると時間になったのかステージがライトアップされる。 そこに現れたのは
『本日遊びに来ている皆さん! サプライズ訪問でしたが来てくれてありがとうございます! 短い間ですが楽しんでいってください!』
なんと現在日本ツアー中のはずのセルナの姿だった。 それでもステージ衣装になっている辺り気合いの入れ込みは本物だ。
「へぇ、セルナたまたま来てたのかな? 公演はもっと別の場所の筈だったのに。」
「一ノ瀬君。 セルナが来ること知ってたの?」
「まあ一応? でも流石にサプライズ公演は知らないよ?」
「ふーん・・・」
岬が白目を向けているのに対して、真面目はセルナを見ている。 そして不意にセルナと会った日の最後の別れ際に彼女が行った、チークキスを無意識に自分の頬に触れて思い出してしまっていた。
「・・・一ノ瀬君。 セルナとどこかであった?」
「え? いやぁ、そんなことあるわけ無いじゃないか。 彼女は有名人だよ?」
「・・・ふーん・・・。」
そういうと岬は真面目の腕にがっしりと掴んできて、自分の身体を寄せた。
「浅倉さん!?」
「人が多くなるから離れないように。 おかしい?」
おかしくはないのだろうが、せめて一言欲しかった真面目ではあった。
そして真面目達は早めに遊園地を抜けて帰路に立つ。 そして最寄り駅で降りれば、2人は別の方角に足を向ける。
「それじゃあまた。」
「次に会うのは大晦日?」
「かもね。」
そう言って真面目達はそれぞれ歩いていく。 こうして2人のクリスマスイブのお出掛けは終了したのだった。




