忙しい年末 9
「この遊園地の目玉ってなにかな?」
「ジェットコースターもあるけど、このコーヒーカップが人気なんだって。」
「へぇ。 確かに並んでる人達がいるね。」
真面目達が一番最初に来たのはコーヒーカップのアトラクション。 他のアトラクションがあるにも関わらず、並ぶ人達は沢山だった。
「なにか理由があるの?」
「普通のコーヒーカップのアトラクションよりも大きくて長いんだって。」
「長いって?」
「乗ってる時間が。」
そう言いながら並んでいて実際のコーヒーカップが動いているのを見てみる。 見る限りでは普通のコーヒーカップ。 たまにマグカップやティーカップなどもあるが、コーヒーカップはあくまでもアトラクションの名前な為不思議ではない。
「・・・今何分経った?」
「5分程。」
「・・・コーヒーカップってそんなに長かったっけ?」
「だから言った。 乗ってる時間が長いって。」
そして大体7分位でようやく終わりを迎え、次の乗客と入れ替わりの準備をしている。
「行列の理由って人気だからじゃなくて、乗ってる時間と入れ替わりの時間があるからじゃない?」
「真相は闇の中。 深く考えたらいけないと思う。」
「・・・まあ考察しにきた訳じゃないからいいか。」
真面目は考えることを止め、コーヒーカップに乗れるまで並んで待つ。 そしてようやく真面目達の番になり、真面目達を含めて入ってきた人達は各々乗りたいカップへと移動する。
「僕達はどうしようか?」
「このティーカップにしよう。 柄が好み。」
そう言って岬は乗り、真面目も岬と対面するように座った。
「・・・なんでそっち?」
「え? いやぁ、深い意味はないよ?」
「ならこっちに来ても問題ない。」
「うーん、でも・・・」
「そっちが来ないなら私が行く。」
そう言って岬は勢い良く真面目の隣まで移動する。 突然の出来事と近付かれた体温で真面目の気持ちが昂る。
『それでは開始致します。 皆様コーヒーカップで回る楽しみを存分に味わってください。』
起動音と共に大きな台がゆっくりと周り始める。 それに合わせてカップの下の台も回る。
そしてコーヒーカップの代名詞とも言える中央の台に岬が手をかける。
「ふっ・・・くくっ・・・」
だが予想以上に堅いのか、それとも岬の筋力が無いのか、どちらにしてもカップが回る程の力が加わっていなかった。
「僕が回そうか?」
「男として不甲斐なくさせる気?」
「いや、そんな力んでる時点で甲斐性は無いから。 僕もやってみるよ。 ・・・んっ。 確かにこれは・・・重い・・・」
「ほら、人の事言えない・・・」
「・・・あ。 これ下の台と逆に回してるからじゃない? ほら、同じ方向に回せばっ!?」
真面目が逆に回してみると、今度は一気に回りが速くなる。
「おー、いい回転。」
「言ってる場合!? とりあえず落ち着かせるからしっかり捕まっててよ?」
「分かった。」
そうして岬はコーヒーカップの縁ではなく、真面目の腕をしっかりと握っていた。
「・・・あの、浅倉さん? 出来れば掴むものは別のものにして欲しいなぁ・・・?」
「こっちの方が安全。 遠心力の強さって侮れないんだよ?」
真面目も学力はあるので岬の言い分も理解できないわけではないものの、密着してるがゆえの体温が真面目の心臓の鼓動を高めて、緩めようとしている手に力が入らなくなっていた。
そしてコーヒーカップが終わり、次の団体へと交代する。
「あー、熱かった・・・」
「そんなに熱中して回してたの?」
「・・・誰のせいさ。」
真面目はポツリと呟くが、気を取り直して次のアトラクションへと行くために貰っておいたパンフレットを確認する。
「近いところだとフリーフォールになるけど、先にジェットコースターに行く?」
「いや、そこで大丈夫。 この時間はまだ混んでるから。」
「ふーん。 じゃあお昼頃にジェットコースターに行ってみる?」
「それがいい。 あ、でもお昼を食べる前に行くから。」
「・・・? ・・・ああ、酔った時のため?」
正解なのだろうか岬は目線を反らした。 真面目も理解して他のアトラクションに乗るように移動を始めたのだった。
そうして2人はお昼前に乗れるだけのアトラクションに乗った。 フリーフォールを乗った後に2人して頭を抱えたり、メリーゴーランドでは2人とも馬を選んで照れ合ったり、ヴァイキングではフリーフォールの時とは違った風を浴びたりと、とにかく楽しむだけ楽しみ、現在はジェットコースターに乗るために列に並んでいた。 時刻は正午少し前である。
「本当に並んでる列が少なくなってるとは・・・」
真面目達がメリーゴーランドに行く道中でチラリと見た時は待ち時間は50分となっていたのに、今はその1/5程の時間で乗れるようになっていた。
「人間の思考心理の裏をかいた作戦。 これが遊園地を楽しむための最も正しい方法。」
「もしかして家族で何回か来てる?」
「ここじゃないけど遊園地には良く連れていって貰ってた。」
「へぇ。 僕はどっちかと言えば動物園とかかな。」
「動物園、楽しい?」
「普段見られない動物とか見れるとね。 まあ飼育されてるから野性味は無いけど。」
「あったら襲われる。 牙を抜かれるのは仕方ないこと。」
「もうちょっと言い方があると思うんだけど・・・」
そんな会話を繰り広げていると、真面目達の番になり、ジェットコースターの座席へと案内されるが、
「お客様。 本ジェットコースターは風の影響を強く受けて大変危険ですので、貴重品や上着等はロッカーの中へとお入れください。」
それを言われては仕方がないと、上着や携帯、財布もロッカーの中へと入れていく。 あまりにも身軽になったせいか、岬が震え始めた。
「やっぱり寒い?」
「一気に体温を持ってかれた感じがする。 今なら34度台に行ってるかも。」
「そこまではないと思うけど・・・?」
しかしこのまま岬を寒さの中に野ざらしには出来ないと、真面目は真ん中あたりの席を確保した。
「こういうのだと前か後ろに行くものだと思うんだけど?」
「まあ、風避け? ちょっとしたね。」
そう言って真面目達は座席に座り、安全レバーを降ろされて、ちゃんと動かないかの確認をされる。 そして席が満員になったのを確認してから、開始の音が流れる。
コースターは発車され、上へと伸びるレールを上っていく。
「・・・こういうドキドキ感と恋愛におけるドキドキ感って、実は似てるようで似てないんだって。」
「吊り橋効果とか擬似体験ってやつ? でもあれって本当に同じ効果なのか」
な、と真面目が言おうとした時にコースターは上り終えて一気に急降下する。 そこからの約3分間ジェットコースターの速度と風に当てられる事になった。
『お楽しみ頂けたでしょうか? お忘れものをなさいませんよう十分お気をつけ下さい。』
あっという間の3分間ではあったものの、勢いが凄まじかったようで、真面目も岬もすぐには口を開かなかった。
「すぅ~・・・ふぅ~・・・お昼はどこで食べようか?」
先に意識を取り戻した真面目がそう岬に声をかける。 まだ岬は放心状態にあるものの、それでも話を聞く程には戻っていた。
「・・・そう・・・だね。 なににしようか。」
「浅倉さんのおすすめで・・・ん?」
岬と違う方向から袖を引っ張られる感覚のあった真面目は、逆の方向を見ると、そこにいたのは小学校に入る前位の小さな男の子が袖を持っていた。 真面目が不思議がっていると
「・・・お母さん?」
そんな不穏な一言が放たれたのだった。




