忙しい年末 8
「・・・早く着きすぎたかもしれない・・・」
世間はクリスマスイブ。 街はきらびやかに彩られており、どこを見渡しても、赤、白、緑のコントラストだらけになっている。 しかしそんなきらびやかとは裏腹に、今真面目のいる駅周辺は実に閑散としていた。
「・・・いや、朝の8時だよ? 一応まだ平日だよ? ここまで人通りがないことある?」
風の音が聞こえるかのように静かな現状を見て、真面目は疑問に思っていた。 だがそんなことはすぐにどうでも良くなり、ミトンで覆われた手に意味もなく息をかけてみる。
「うーん、流石に早すぎた? でも場所が場所ならこの時間帯でも遅くはない筈。 まあ浅倉さんの事だからもう少し遅れて来るかもね。 そんな感じがする。」
「具体的にどのくらい遅れそう?」
「今が8時だしそこから後15分は遅れてくるって思ってる。 でもお互いに集合時間とか決めてなかったしそうなっても仕方」
「えいっ」
「ないアッツ!」
唐突に項に熱いものが当てられた真面目はガラにもなく大声を上げる。 周りに人がいなくて本当に良かったと思いつつ、その当てた人物を見るために後ろを振り向く。
「人の事を軽く見た罰。 失礼に値する。」
真面目が振り向いた先にいたのは、ニット帽を被って、ダウンコートの上から更にマフラーを羽織っており、今日は寒くなる予想の中で寒さに耐えるための対策をバッチリしてきた岬がいた。
「浅倉さん・・・動きづらくない?」
「冬の寒さを舐めたら駄目だよ一ノ瀬君。 体温なんてあっという間に持ってかれるんだから。 雪も降るしそんな軽装じゃあ身体が凍るよ。」
「東北の冬じゃあるまいし・・・」
とは言え真面目も岬が寒がりなのは知っている。 夏の時ですら長袖の時もあったくらいなので、冬でこうなるのではないかと予想はしていた。 していたのだがここまでだとは思っていなかった。
「来たなら行こうよ。 人がいないうちに移動しちゃおう。」
「そうだね。 あ、それとこれ。」
そう言って岬は真面目に先程項に当てた缶コーヒーを渡す。 先程よりも外気に当てられているため少しだけ冷めている。 そして良く見れば岬の手には別の缶コーヒーが握られていた。
「微糖が良かった?」
「ううん。 ブラックでも飲めるよ。」
「なら良い。 行こう。」
そうして2人は駅へと向かうのだった。
「それにしても遊園地のチケットなんて商店街の福引きで良く当てたね?」
「お母さんは意外と豪運持ち。 でも当たり外れは両極端だったりする。 本当に欲しいものとかが当たらない。」
「当たらない方が普通だと思うんだけどなぁ・・・」
目的地の最寄り駅に行くための急行列車を待っている間、2人は他愛ない話で盛り上がる。 その間にも人はやってくるが、行き先が分からない人達ばかりである。 意識して見ないようにはしているものの、目には止まってしまうものだ。
「あまり私達みたいな学生も見かけない。 平日だけど、今日はイブなのに。」
「僕達みたいに遠出するとは限らないんじゃない? 行く場所なんていくらでもあるんだし。」
「一緒にいる相手がいるわけでもない、と。」
「その言い回しは多方面から怒られるから止めよう?」
そして電車がやってきたのでそれに乗る。 電車はそこそこの混み具合だったため、扉付近に真面目と岬は陣取ることになった。
「・・・苦しくない? 浅倉さん。」
「私は大丈夫。 一ノ瀬君に危害が無ければ今は。」
「普通は逆なんだけどねぇ・・・立場も立ち位置も。」
今の状況は真面目が扉側に位置して、岬がそれに寄り添う形になっている。 なってはいるのだが、身長さのせいか岬が真面目の胸に蹲っているような姿勢になってしまっている。 岬が苦しい筈なのだが、岬は気にしないで欲しいらしい。
「とりあえず数駅は我慢しようか。」
「一ノ瀬君を守れるならこれくらい問題ない。」
「守られてるのはどっちなんだろう?・・・」
そしてようやくの思いで目的地の最寄り駅に到着する。 ここから更にバスに乗っていくのだが、その場所行きのバス停に意外にも人が並んでいた。
「んー。 僕達出遅れた?」
「元々30分に1本のペースだし、まだ始発も来てない。 多分もっと早くから来てる人たち。」
「楽しみなんだろうなぁ。 子連れも多そうだし。」
「向こうに着いたらもっといるかもね。」
そしてようやくバス(大きめのマイクロバス)が来て、遊園地直通行きで料金を支払い、真面目達は前の方に座ることが出来たのだった。
「直通便だからかかなり大きめのバスだったね。」
「それだけ今日の事を想定していたのかもしれない。 バスの横に貼ってあった宣伝のこともあるだろうし。」
「そういうことなんだろうねぇ。」
そしてバスは出発し、周りの景色をみつつバスに揺られること20分。 真面目達はバスから降りる。 そこに広がっていた景色は
「まさにザ・王道の遊園地って感じ。」
「ジェットコースターのレーンとか観覧車が見えるのは、意識的に見せるための演出だと思う。」
そんな感想を述べる2人はバスから降りてきた人数よりも明らかに並んでいる列の人数の多い入園口に並ぶ。
「そのチケットって入園券の他に何が付いているの?」
「フリーパスのリストバンド交換券。 これで丸1日どれでも乗り放題。」
「やっぱり遊園地に来るならフリーパスの方がお得だよね。」
「その分元は取らないと逆に損になる。」
「というか開園前なのに凄い行列。 今並んでる人達は僕達と同じなのかな?」
「先行予約とか前売り券とかの人だろうね。 それがなかったら今頃あれの最後尾に並んでた。」
「買うだけで1時間くらい掛かりそう・・・」
そんな会話を続けていると、不意にファンファーレが鳴り始める。
『皆様大変長らくお待たせいたしました! これより開園致します! ゲートに沿って順番にお並びください!』
開園したと同時に待機していた列が動く。 それに気圧されないように真面目と岬も前えと進むが
「浅倉さん! 近くにいる!?」
「ぎゅむ・・・ちょっと苦しい・・・」
「近くにいるうちに手を・・・」
そして真面目と岬はなんとかかんとかゲート入り口にたどり着いて、受付の人にチケットを見せる。
「はい、ご確認致しました。 こちらがフリーパスリストバンドになります。 お帰りになるまで外されませんようよろしくお願いいたします。」
受け取ってゲートを潜り抜ければ、開放的な空間へとやってくる。 出迎えるのは遊園地のモニュメントだ。
「ふぅ。 ようやく入れた・・・」
「なかなかに大変だった。 だけど入ってしまえば後は行くだけ。」
「そうだね。 それじゃあ早速・・・」
そう言って移動しようとした真面目だったが、何故かグイッと後ろに戻される。
「またはぐれられても困る。 園内とは言え人は多い。」
「・・・うん。 それは分かるんだけど・・・」
真面目は手を握られていることに気が付くと同時にその力が強まった。 更に言えばその状態で岬が腕を絡ませに来た。
「こうして歩く方がお互いに離れない。 そうは思わない?」
「いや、まあ・・・」
なぜわざわざそんなことをするのか聞き出したい真面目だったのだが、その岬の真剣な眼差しに、余計なことを考えるのを止めた。
「行こう。 人気な乗り物は人が並びやすいから。」
「・・・分かったよ。」
こうして2人の遊園地巡りが始まったのだった。




