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忙しい年末 3

 次に訪れた深海エリアは先程までの熱気とはまるで違い、周りの雰囲気も相まってかなり静かに設計されていた。


「やっぱり深海だからあんまり大きい音とか出せないのかしら?」

「雰囲気作りを優先したんじゃない? 深海は音が届きにくいらしいし。 水圧とかもあるから持ってくるのとか大変そうだろうけど。」


 元も子もないことを言っている真面目は、セルナに呆れられつつも、深海コーナーへと足を踏み入れる。 先程までの明るさがなくなる変わりに、水の中が鮮明に映し出されている。


「こんなに小さな光源でも魚達は生きているのね。」

「深海に住む魚達は視力が弱い代わりに聴覚や嗅覚に優れているから、天敵から逃れられる術をちゃんと持っている。 視力に頼れないから他の五感を鋭くする。 そういう生き物なんじゃないかな。」

「マジメってもしかして動物とか好きなの?」

「見ている分には面白いと思わない?」


 動物を飼育するほどの愛情は注げないが、見ているだけなら楽しいと思っている真面目。 そんな言い分にセルナは「フフッ」と笑う。


「変だった?」

「いいえ。 真面目の知られざる部分を知れて嬉しいなって思っただけ。」


 言われてみれば動物観察については誰にも話したことは無かったと思い出す真面目。 とはいえ別に恥ずべき事でもなければ、知られたらマズイ内容でもない。 余計な一言だったかなと思いつつ、真面目は順路通りに進んでいくセルナの背中を追いかけるのだった。


 ショーが終わった後にすぐに深海エリアに来たため、お昼を食べていないことに気が付いた2人は、遅めながらも昼食を取ろうと、水族館施設内のレストランに入ろうとしたものの


「うわっ。 やっぱりまだ混んでる・・・」

「少し過ぎたとはいえお昼時には変わり無いからねぇ。 かといってここで食事を逃すとなぁ・・・」


 レストラン内もフードコートも他のお客さんで溢れかえり、2人が座れるスペースすら確保できるかも怪しい状況になっていた。


「仕方ない。 とりあえず席が空くまで待つことにしようか。」

「そうね。 動き回ったからそろそろ休みたいと思っていたから、丁度いいかも。」

「それなら近くで・・・あ、あそこの席空いた。」


 そう言って真面目は早速と言わんばかりに席を確保しにいく。 早い者勝ちの世界は厳しいのだ。


「先に買ってきていいよ。 僕は待ってるからさ。」

「一緒に行かないの?」

「荷物番してるよ。 流石にこの多さと狭さじゃ荷物がどうなるか分からないからね。」

「そんなに物騒かしら? でも分かったわ。 すぐに戻ってくるから待ってて。」


 別に気にしなくてもいいのにと真面目は思いつつも、セルナなりの配慮だろうと感じながら、戻ってくるのを待つのだった。


「それにしても、こんな僕が今をときめくアイドルと一緒にいるなんてね。 未来というものは本当に何が起きるか分からない。 少なくてもこの現状は予測不可能でしょ。」


 ふとした出会いから物語が始まるとは良く言ったものの、真面目の人生において、こんなことがあるとは誰が思うだろうか。


「1日有名配信者とデートが出来る権利かぁ。 ファンなら喉から手が出るほど欲しいのかな? 望んでいるかどうかはセルナ次第だろうけど。」

「なにが私次第なの?」


 独り言を喋っていた真面目のもとにセルナが戻ってくる。 持っているお盆の上には大きめの丼と小鉢が乗っていた。


「いや、セルナと1日いられる権利が他の人に渡ったらどうなるかなぁって考えてて。 ほら。 需要はありそうじゃない? まぁそもそもそんなことをするような君じゃないと思うけどね。」

「そうね。 ファンはファン。 プライベートはプライベートで今は分けたいわ。 個人的なものにまでファンに知られたくないし。」


 それもそうかと真面目は肩を竦める。 四六時中見れる配信者なんて流石にどうかとも思う。


「それにこうやって出掛けれるのもマジメとだけだし。」

「うん? なにか言った?」

「ううん。 それよりマジメも注文してきなよ。 今は空いているからチャンスよ。」

「え、あ、うん。 そうだね。 行ってくるよ。」


 そう言って真面目は店の前に並び始める。


「マジメは鈍ちんだから、分からないかもね・・・」


 セルナは先ほどの一言が聞こえていなかったことを安堵しつつ、ただ一人の人物に向けられた好意に気が付かない相手に少しだけ悲しみを覚えたのだった。


「魚を見た後に海鮮丼ってどうなんだろうね?」

「そういうマジメだってフィッシュバーガーは残虐性が強くないかしら?」


 真面目とセルナはお互いに注文したものに対してもの申しているのだが、結局それがメニューにあるのだから、食べたいものを食べるのは悪いことではない。


「あそこにいる魚達じゃないって分かってても、ちょっと食べるのに抵抗しちゃうかもね。」

「そういうのは思ってても言わないのが通例じゃないの?」


 色々と言いつつも何だかんだでお昼を終えた2人。 次に向かったのは熱帯雨林地帯。 そこでも様々な魚の他、爬虫類の水槽も多くあった。


「あ、これは見たことある。 ヤドクガエルだ。」

「毒を持ってるカエルだっけ? なんだかもっと毒々しい色をしてるかと思ってたけど。」

「その外見って意外と逆だったりするらしいよ? 何もないと思わせる方が仮に天敵に攻撃されても守る術があるらしいから。」

「自然界も奥が深いわね。 そういう意味じゃあ、私は恵まれていたのかも。 そう言った危ないものには会わなかったし。」


 セルナの産まれを考えれば確かにそうなるだろう。 そもそも真面目もこう言った場所でなければそのような生物を見かけることも無かったと言えば、近からず遠からずの意味になる。


 そして2人は更に奥へと進み、亀や鰐のいるゾーンへとやってきた。


「あ、あれ見て。 岩かと思ったら亀の甲羅だったわ。」

「岩亀だね。 完全に周りの岩と同化してる・・・ 身を守るために生まれた特徴か無意識か。」

「亀ってひっくり返すと自力では立ち上がれないんでしょ?」

「甲羅が邪魔になって短い手足じゃ自分を立ち上がらせられないからね。 でも亀は意外と俊敏なんだってさ。」

「えー? 童謡にもなってるほどなのに?」

「まあそこは、生物界だし・・・お。 池から鰐が出てきた。」


 真面目とセルナが楽しんでいるうちに、出口近くまで来ており、そこにはお土産コーナーがあり、水族館関連の商品が数多くあった。


「こう言うのも醍醐味だよね。」

「そうね! なにを買おうかしら!」

「早速楽しんでるし。」


 そう言いつつも真面目もなにを買おうかと考える。 とはいえ個人的に言えば食べられるもので十分だったりするのだが。


「んー。 どうしようかな。 やっぱりしょっぱい方にするか、それともラング・ド・シャみたいな甘さ控え目でも十分楽しめるものにするか。」

「結構悩んでるのね。」


 真面目が色々と選んでいると、色んな魚のぬいぐるみを抱え込みながら真面目に近付いていたせいで、顔が全く見えなくなっていた。


「え? それ全部買うつもり?」

「まあね! マジメも両方買ったら?」

「家族用に買うだけだからそんなにいらないんだけど。」


 とりあえず手に取ったものにしてお土産コーナーを出ると同時に水族館も出るのだった。


「今日は楽しかったわ!」

「それは良かったよ。 これからライブ配信とか準備とかで大変だろうけど、頑張ってよ。」

「そうね。 でもそれだけで帰るのは勿体無いわね。」


 そう言ってセルナは真面目に近寄り、そして顔を近付けて、互いの顔を合わせた。


「・・・え?」

「これで私は満足よ。 それじゃあね。」


 そうして真面目とセルナは別れることになったのだった。


「今のは・・・チークキス・・・だよね? 唇は付けてないよね?」


 顔が真横だっただけに分からなかったが、柔らかい感触だけはあったことには変わり無い真面目だった。


「ただいま。」

「お帰り真面目。 随分と疲れてるみたいだけど?」

「まぁ、うん。 お出掛けは本当に気力を使うよ。」


 そう言いながら壱与との会話を終えて、自室に戻り動きやすい部屋着に着替え直す。


「・・・冬休みの初っ端からこれじゃあ先が思いやられそう。」


 余程気疲れが激しかったのか、真面目はベッドで横になるとすぐに眠ってしまった。


 彼の冬休みはまだ始まったに過ぎない。 まだ忙しくなることを知らずに。

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