忙しい年末 2
真面目達が上の階層に行く間にも大きな水槽があったりもしたが、他のお客も同様に上の階層に向かっていっていた。
「急いでマジメ! いるかショーは人気なんだから取りたい席が取れなくなっちゃう!」
「そんなに急いだところで仕方ないっていうか、時間的に出遅れてるなら狙った席はもう無いって考えた方がいい・・・って聞いてないか。」
人の話を聞かない程に先には行っているものの、楽しみであることに変わりがないのだから仕方の無い事。 それにセルナはこのお出掛けが終わってしまえば有名人となり多忙な日々へと駆り出される。 彼女が楽しめるのならば無茶な事でなければ振り回されても構わないと思っている真面目であった。
そうしているかショーが始まる会場に行くと、案の定と言わんばかりに人が集まっていた。
「うーん、あそこもダメ、あそこも取られてるし・・・」
「一体どの席を狙っていたのやら・・・」
真面目が呆れていると、ようやく見つけたのかセルナから手招きされていた。
「ここよマジメ。」
「ここは・・・また微妙な位置取りの席だ事。」
座ってみたのはステージを左側から見る位置。 しかも高くもなく低くもない位置。 この席が本当に取りたかったのかいささか疑問になっていた。
「いいのよここで。 あ、食べ物と飲み物買ってくるわね。」
「1人で行って大丈夫?」
「子供じゃないんだから大丈夫よ。 マジメは座って待ってて。」
席を立ったセルナが売店に向かって歩いていく。 真面目が心配しているのは買えない事ではなく「セルナだとバレる事」なのだが、彼女はそんなことお構い無しのようだった。
「それにしても凄い人だかり。 やっぱり人気なショーなだけあるなぁ。」
左側から観客席側を見れば様々な人で溢れかえっているのを真面目は目の当たりにする。 家族連れも多いがそれでも若い男女、特に真面目と同じくらいの年齢の子達がちらほらいたりする。
「・・・分かっていても性別が逆転してるなんて想像もつかないよね。 あんな光景見てもさ。」
そう、若いカップルということは元々の性別とは違うのだ。 ただしそれは日本人の高校生から大学生まであたりで、それ以上の年齢になれば元に戻る。 本当に不思議なウイルスを作ったものだと真面目は思った。
「お待たせマジメ。 まだ始まってない?」
そんなことを考えていると、ジュースやフライドポテトの乗ったプレートを持ってきたセルナが横に座った。
「まだ始まってないよ。 というか混んでなかった?」
「とても混んできたわ。 店員さんもてんやわんやだった。」
「ああいう売店の店員って大体1人2人しかいないから、急にお客さん来られると対応しきれない気がするんだよね。」
「マジメ達も海の家で働いてたじゃない。」
「あれはヘルプみたいなものだよ。 アルバイト代は出たけど。」
『本日もご来店誠にありがとうございます。 まもなくいるかショーが始まります。 開演されましたら席をお立ちにならないよう、お願い致します。』
大きなモニターから説明が入り、劇場などで使われる開幕音が鳴り響く。
それと同時にステージの水槽からイルカが勢いよく飛びだしてきた。 その勢いの良さに観客席から拍手喝采が送られる。 そしてステージの上にイルカ達が綺麗に並んでいた。
『皆さま。 本日のいるかショーを見に来てくださり、ありがとうございます。 本日も元気なこの子達のパフォーマンスをどうぞお楽しみ下さい。』
飼育員が説明をした後に、イルカ達は自分の尾びれを器用に左右に振り、観客席を盛り上がらせる。
『それでは最初にイルカ達と飼育員さんの絆を見てもらいたいと思います。』
そう言うと同じ様に壇上に立っていた飼育員の何人かが水槽の中に入り、イルカ達を呼んで水に入ったイルカ達の背びれを持つ。 そしてそのままの流れでイルカが泳ぎ始めるが、飼育員はそれに振り回されないようにしっかりと捕まっており、イルカ達も水槽の中で泳いでるような速さは出さずに一緒に泳いでいた。
そして飼育員とイルカが一度離れたと思えば今度は飼育員をイルカの鼻先に乗せて水面を走るかのごとく飼育員を運んでいた。 その光景に更に拍手が広がっていく。
「動物もちゃんと教えればああして人間と寄り添えるのね。」
「イルカって元々賢い生き物だからね。 でもその分褒美はあげないといけないんだよね。 ほら、あそこで魚をあげてる。」
「本当だわ。 ショーの最中なのに。」
「動物でサーカスをすると色々と大変なんだろうね。 あ、あの上のスロープからボールが流れてきた。」
他愛ない会話の最中でもショーは続く。 次に出てきたのはボールだが、観客席からでも分かるくらいに高い位置にある。 具体的に言えば4~5mほどの高さに設置されている。
『さあさあ。 お次はあの高いボールにイルカ達が触れていきます。 水槽の中で勢いをつけて飛び上がりますので、お見逃しの無いように!』
壇上に上がっていたイルカ達が水槽の中に潜っていき、勢いをつけて泳いでいる。 そして下から上へと勢いよく泳ぎ、そして水面から飛び上がって口先でボールを触る。 更にもう1匹も勢いよく飛び上がり、今度は尾びれをボールに当てる。 その凄まじいパフォーマンスに皆一様に拍手をする。
「凄いわよねぇ! あそこまで本当に飛び上がっちゃうんだから。」
「水から飛び上がる時の推進力もあるし、人には到底出来ない芸当だよ。」
「たまに水泳競技であんな感じで飛び上がるのを見たことあるけど?」
「でもあれって人が人を押し上げてるだけだし、あんな高さまでは絶対にいかないんだよね。 そうなるのも無理はないのかもしれないけど。」
そしてイルカ達が尾びれを綺麗にヒラヒラした後にショーが終了する。 観客席を立とうとするが、あちらこちらで同じことをする人達の波があるため真面目達は待機をすることにした。
「あ、折角買ってきたのにほとんど食べてなかったわ。」
「ショーがそれだけ盛り上がったんだろうね。」
「一緒に食べない?」
「その為に買ってきたんじゃないの?」
出入口付近がまだ騒がしいのを確認しながら真面目達はポテトを食べる。 ジュースの方は蓋がしっかりとしているため、持っていくことも出来るようになっている。
そしてポテトを食べ終わり出入口がある程度空いてきたところで、ジュースの入ったカップを持ちながら歩き始める。
「それで次はどこに行くんだい?」
「次は深海魚のいる場所に向かう予定よ。 今日1日しか無いんだから、最後まで付き合ってよねマジメ。」
「はいはい。 それにしても僕としてはちょっと困ったりもしてるんだけどね。 本当に僕で良かったの? 日本に来るのは分かるけど、他にもいるんじゃないの?」
その真面目の質問にセルナは足を止める。
「セルナ?」
「私ね。 日本では沢山のファンがいるのは知ってるのよ。 でもそれは友達とは言えない。 心からゆっくり出来る人じゃないのよ。 それに自国でも、そんなに友人と呼べる人もいなかったわ。」
そして真面目に振り返る。
「だから貴女が本当の意味での友達なの。 一番最初のね。」
「今は女子だけど、あと5年もしたら元の男の姿に戻るけど?」
「それでも変わらず接してくれるでしょ?」
変わらず接したら大問題では? と真面目は思ったのだが、それは起こりうる未来の話。 今はただの友達同士。 細かな事は考えても仕方がないのだ。
「次は深海魚だったね。 行こうか。」
「そうね。」
2人は次なるエリアへと足を運ぶのだった。




