忙しい年末
冬休み最初の土曜日。 寒空の下を歩きながら真面目は駅へと向かっていた。 昨日セルナ言い渡された場所に集合するためだ。
冬休み始めだからか人は多くはいないが、それでもそれなりに人はいる。 真面目はかなり厚着をしているが、冷たい風は容赦なく襲いかかってくる。 マフラーも風で靡いている。
「ええっとここからその駅までは・・・40分か。 2回乗り換えて・・・あ、集合場所どこにするべきかな? 目印になるような場所があればいいけど。」
最悪向こうに着いた時に近くにいればいいかと考えた真面目は、そのまま電車を乗り継ぎ、そして目的地である「水族館口駅」へと到着した。 そこから降りればホーム近くからエントランスまでそれなりに人が多くなってきていた。
「これ大丈夫かな?」
これだけの人だかりの中で本当に1人の女性を探すことが出来るのかが少し不安になってきた真面目。 まずは目印になりそうな建造物を見つけようと辺りを見渡した。
銅像やポスター、モニターなどもあるが、どれも人だかりは出来ている。 しかしいないよりはいくらか見つけられる可能性を考慮して、銅像の前に立つ。
「水族館口駅って言うくらいだから、この銅像のモチーフも水族館の動物関係なんだろうなぁ。」
真面目が見ている銅像には下にペンギン、右にマナフィー、左にイルカがいて、正しく水族館がありますよと言わんばかりの銅像の出で立ちである。
「時間は・・・集合時間の10分前って、実際にはどうなんだろ?」
恋愛経験が今までなかった真面目にとって、この選択が正しいのかは分からないが、相手よりも先にいること+時間に遅れない程度でも相手からの印象は変わるもの。 真面目に至って遅刻をするような人間は言語道断だと言いたい。
「連絡は・・・来てないけどもう既にいるのかな?」
再び辺りを見回す真面目。 セルナがどんな格好で現れるか分からないが、少なくとも奇抜なファッションだったり、こちらを驚かせるような服を着てこないであろうという想定のもとで見回してみると、ふと赤い水玉模様の帽子を被り、サングラスをかけた見た目は男性に見える人と目があった。 とはいえこれだけの人だかりなので、不特定多数の視線があってもおかしくないし、余程の不審者ムーブでもかまされない限りは気にするほどでもない。
無い筈なのだが、その目のあった人物がこちらに向かってきていることは真面目にも分かった。 向こうがサングラスをしているので本当の焦点が分からない。 本当は向こうに待ち人がいるだけかもしれないと、内心びくつきながらその人物の行動を待つ真面目。 そして明らかに自分の前に止まった。 そして
「良かった。 降りた瞬間に見つかって。」
そう言ってサングラスを下にずらして目線を合わせに来た人物、セルナが喜びを口にした。
「セルナだったのか。 ・・・っ。」
セルナの名前を口にして思わず周りを見渡してしまう真面目。 目の前に有名人がいるとなれば騒ぎになることは間違いない。 折角変装をしてきたのにも関わらずこれでは無意味になる。
どうやら他の音でかき消されていたので、真面目がセルナの名前を呼んだところで周りには気が付かれていないようだった。
「ははは。 有名人になるとファンからの圧が怖いんだ。」
「まあここは日本だから、よっぽど過激なファンじゃなければ大丈夫・・・かな? いや、僕がいる時点である意味ではアウトだろうけど。」
「ここからまずは離れましょ。 みんな既に入り口で並んでると思うし。」
そう言ってセルナは真面目の手を引く。 そんな真面目は目が離せないじゃないかと1人ため息をついたのだった。
そして到着した水族館入口には、老若男女多くのお客がそこに並んでいた。
「うひゃぁ。 開店前なのに凄いね。」
「やっぱり人気のスポットの1つだからねぇ。 入るだけでも時間が掛かりそう。」
そうこう言っているうちに先頭が動き始めたので真面目達もそれに習う。 そして並ぶこと15分。 ようやく真面目達の番になる。
「チケットを高校生2枚お願いします。」
そう言って真面目は財布と共に自分の身分証明書である学生証と自分の前の姿の入った証明写真を見せる。
「わざわざそんなことをしないといけないのね。」
「仕方ないよ。 新しく作られた法律でもあるし、なにより証明の仕方がこれしかないからさ。」
「ふーん。 それじゃあ私も見習うわ。」
そう言ってセルナが取り出したのはパスポートだった。 そして受付の係員がパスポートを確認して、改めて値段を提示する。
「それではお二人合わせて3200円になります。」
そう言われたので真面目とセルナはお金を出すのだが、3200円なので真面目が1700円、セルナが1500円という出し方でチケットを購入したのだった。
「こう言う時って割り勘よりも男子側が払う方が正しいのかな?」
「私は奢られる人間にはならないわ。 そう言う人もいるでしょうけど、そう言う人達って長続きしないような気がするの。 それに今の私はあなたと一緒にいるだけの一般人に近いけど、帽子の1つでも脱いじゃえばあっという間に有名人に早変わりよ。」
「そんな有名人に微々たる金額でも自分の方が多く払ってるって考えると、それなりには役得なのかな?」
変な疑問を持ちながら真面目とセルナは水族館内に入る。 最初に目の当たりにしたのはアクアリウム。 様々な魚があちらこちらを行き来していた。
「綺麗なものねぇ。」
「本当だ。 夜の星空っていう表現が正しいのかな?」
「なかなか目の付け所が良いわね真面目。」
「お褒めにお預かりどうも。」
そしてアクアリウムを十分に堪能した後に次に向かったのは別の水槽とその前に置かれている魚の説明のかかれたパネルのある場所に来ていた。
「ふんふん。 あれがあの子であれがあの子かぁ。」
「よく見分けが付くね。 僕にはおんなじにしか見えないや。」
「1匹1匹見るのは無理でも、目星を付けて探してあげれば案外いけるものよ。 ほら、例えばこの子は尾びれが少しギザギザだから、同じ形の子を探してあげれば・・・あ、あの子ね。」
真面目は間違い探しなどは鈍感な方なので、こう言ったやり方が分かるのはありがたいようにも感じる。 水族館の楽しみは人それぞれである。
「そう言えばどうしてここにしたの? 確かにデートスポットとしては良いのかもしれないけど。」
その言葉に水槽を見ていたセルナは、少しだけ口角を上げる。
「へぇ。 真面目はこれを私とのデートだと思ってくれるんだ?」
その表情に真面目は色々な意味で失言したと後悔した。 しかし事実は事実。 真面目も決して間違ったことを言っているわけではないので返しに困っていた。
「まあ理由としては、こうやって魚がなに不自由無く泳いでる所を見てみたかったから、かな。 水族館に行ったことが無かったって言うこともあるけれど。」
その水槽から反射する水からの光で照らされているセルナは、どことなくオーラが漂っているように真面目には見えた。
「あ、そうだ。 そろそろ上に行きましょ?」
「上?」
「始めるのよ。 1日2回のいるかショーが。」




